第五話 交戦 ②
アルはその置物に目を止めるや否や、つかつかとそいつに歩み寄り、
「…お前で最後だ」
何を思ったか、その置物に向けて銃口を突き付けた。
とたんに置物の輪郭がぐにゃりと崩れ、その正体が明らかとなる。
「な、ナナナナナナ何故分かった!?あっしの幻惑魔法は完璧だったはず…!」
正体が露見し大慌てでまくし立てるは、でっぷりと腹の出た、先程までそこに在った置物にそっくりな小男だ。
やたらと装飾の付いた服、上品に整えた口ひげと、こんな辺境の未踏遺跡には似合わない妙に良い身なりをしている。
アルは小男に銃口を突き付け、引き金に指をかけたままで冷たく言い放つ。
「あいにくと、身内に腕の良い幻惑術師がいてな。色々と鍛えられている」
「う…ま、待った!話を聞いてくださいよ旦那!」
対する小男は顔中に脂汗をびっしりと浮かべて、
「ワタシはこう見えて悪い商人じゃないんです。さっき旦那が倒した賊どもに拐かされて、無理やり言うことを聞かされていたんですよ」
「…」
冷めた目で小男を見下ろすアル。
小男は両手を上にあげて降参の意を示し、必死になって事情を説明する。
「急に戦闘が始まったので隠れていたんすけど、にっくき賊どもを片づけてくれて助かりましたよ。礼を言いますぜ旦那ァ」
「…。残念だが、俺は貴様の顔を見たことがある」
「へ?」
ぽかんと間抜け面を浮かべる小男に向け、アルは静かに告げる。
「ギルドの手配書だ。人買いブローカー、ダグラス。罪状は、誘拐、人身売買、その他諸々…報奨金は生け捕りで5000G」
「ぬぐ!?…ひ、人違いですよ!ワタシはそんなダグラスなんて人間じゃ」
「ふん」
小男はなおも抗弁しようとするが、アルはそんな彼の言葉を鼻で笑って遮り、
「貴様のような賞金首が、国境間近の未踏遺跡で賊と何をしてたかは知らんが…大方、連中と取引して共和国側に逃れようって魂胆だろう」
「う…」
「共和国は人身売買に対する規制が緩い。おまけに帝国とは長く緊張状態が続いている。実際に国境を越えられれば逃げ切れたかも知れんが、運がなかったな」
「ぐ、ぬぬぬぬ…」
図星であったのだろう。小男は二の句が継げず、言い澱んでしまう。
そんな哀れな人買いブローカーに銃口を突き付けたまま、アルは抑揚の無い声で言う。
「…安心しろ。殺しはしない」
「ま…待てマテ待てマテ待て!」
絶体絶命の窮地に、小男はばたばたと手を振り回して、
「あ、あぁああんた、金が欲しいんだろ?遺跡冒険者みたいだし、お尋ね者の報奨金額もしっかり憶えてるってこたぁ、間違いなくそうだ。だろ?」
「…」
アルの沈黙を小男は肯定と受け取ったらしい。
彼はダラダラと冷や汗を流しながらも、口元に厭らしい笑みを浮かべる。
「そ、それならいい話がある。この遺跡の奥にはな、すっげぇお宝が眠ってて、なんとその価値は1億Gは下らないって話だ」
「…」
「1億だぜ、いちおく!あんただって、喉から手が出るほど欲しい額のはずだ。そいつの在処も、正体も、あっしはある筋から聞いて確かな情報を得ている。あっしを見逃してくれたら、宝は山分け!一生遊んで暮らせる額が手に入るってわけだ」
「…」
「あっしを生け捕りにしたところで、貰える額はたったの5000G。でも見逃してくれたら、一億Gを山分け!どっちが得かなんて、考えるまでもねぇ。な?」
沈黙を続けるアルの様子に、小男は交渉の成功を予期したらしい。にやにやと下卑た笑みに、どこか安堵したような表情が混じる。
が。
「…確かに一億Gは魅力的だが、貴様を見逃す理由にはならん」
「へ?」
不意に告げられた一言に、その表情が凍り付く。
小男は呆けた表情で、
「い、いやいやいや、あっしは宝の在処も、正体も知ってるって」
「それがどうした」
「あっしをヤっちまったら、宝の在処も正体も分からなく…」
「構わん、自分で捜す。それなら5000Gも、一億Gも俺のものだ」
「…」
今度は小男が沈黙する番であった。
アルはそんな小男の胴へと銃口を移動させ、
「…さっきも言ったが、殺しはせん。生きていた方が価値が高いからな」
「あ、あぁぁあ勘弁してくれ」
小男はとうとう涙目となり、情けなく懇願を始める。
「あんたも知ってるだろ?帝国の法じゃ人の売り買いは極刑だ!今ここであんたが殺さなくても、捕まったら殺されちまう!」
「知らん。そもそも俺は、人買いなどという人種は嫌いだ。助けてやる義理もない」
「そんな殺生な…頼む!頼むって」
「…。なら、1つだけ条件を出す」
「な、なんだ?」
「俺の質問に答えろ。答えの内容次第では、見逃してやる」
アルは一瞬その紅い瞳を伏せ、小さく息を吐いて続けた。
「貴様が今まで扱ってきた《《商品》》の中に、レイシアという女はいたか。俺と同じ、紅い髪と目の女だ」
「レ、レイシア…?」
明らかに答えに迷う様子となる小男。どうこたえるのが正解か、必死に考えているようだった。
「いたのか、いないのか。どっちだ」
そんな小男に向け、アルは静かに、しかし地の底から響くような恐ろしげな声で尋ねる。
小男は大慌てとなり、僅かに逡巡したのち、
「し…し、知らない!レイシアなんて…ましてや紅い髪と目の人間なんて、あんた以外に見たことがない!」
「…本当だな」
「あぁぁあ本当さ、ウソじゃねぇ!」
「そうか」
果たしてその答えが、正解だったのか、そうでなかったのか。
小男はその直後に、身をもって知ることとなる。
「ではな」
―どぱん!
失神した小男を縛り上げ、通路の隅に放り出す。
そこには他の賊たちも芋虫のように縛られた上で並べられており、大の男たちが通路脇に列をなして転がっているという異様な光景が広がっていた。
……こんなところか。
後は依頼主である帝国正規の調査隊が、後からやってきた時に回収してくれるだろう。
……賊が7、全員生け捕りで1人当たり2000G。賞金首が見つかったのは幸運だったな。
「…」
頭の中でざっと勘定を行って、アルは通路の先、遺跡の奥へと目を向ける。
他に賊の残りがいなければ、これで今回の依頼は完了となる。
だが、この奥に他の賊が隠れていないとも限らない。まだ探索は続けてみるべきだろう。
それに。
……一億Gか。
正直、先程の小男からの情報はその場逃れのための与太話に過ぎないと思うが…ここはまだちゃんと調査の進んでいない未踏遺跡、可能性が無いわけではない。
そんな超高額な値が付くお宝とは一体どのようなものか想像もつかないが…仮にそんなものが本当にこの奥に眠っているとすれば、見逃す手はないだろう。
「…。レイシア…」
本当に一億なんて金が手に入るなら、自身が背負わされた1000万Gの借金は即返済できる上、その後の目的を達成するための軍資金にも困らなくなる。
『両親から背負わされた借金を完済する。そして妹を、両親を探し出し、連れ戻す』
あの頃の幸せを、失った全てを取り戻す。
そのためには、どれだけ手を汚してでも、どんな手を使っても金を稼がなくては。
……行くか。
アルは再び魔導銃を構えると、遺跡の奥へと歩を進めていった。