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第一話 到達、ソキ=イスト

 そこは、とても奇妙な空間だった。


 見渡せば、無機質で冷たい素材でできた壁と床。壁沿いには、人一人がすっぽりと入れそうな大きさの、卵型のカプセルがずらりと並ぶ。

 あたりに陽光が差し込む窓はなく、代わりに天井から見慣れない白い光が降り注ぐ。


 そんな中、紅髪の青年はただ立ち尽くし、見惚れていた。


 彼の目の前には、カプセルの中に静かに横たわる1人の少女の姿。


 ガラス越しに見える彼女の髪は黒く艶やかで、肌は透けるように白い。微動びどうだにもせず目を閉じ眠るその姿は、稀代きだいの天才が作り上げた美しい人形のようにも見えた。


「まさか、こいつが…」


 少女を見つめながら、青年は驚き、呟く。


「こいつが、一億Gか!」


――


 そう、よくある話だ。


 ある家の夫婦が多額の借金をこさえて夜逃げし、残された兄と妹がその返済義務を負う羽目になった話も。


 兄妹がどうにか借金を返そうと四苦八苦するも上手くいかず、思いつめた妹が人買いブローカーに身売りし、それなりの額の金と引き換えに兄の元からいなくなってしまった話も。


 なおも残された多額の借金を前に、”いつか借金を完済し、消えた妹を連れ戻す”ことを誓った兄が、金を稼ぐために手段を選ばなくなった話も。


 その兄がいつしか、盗掘者まがいの遺跡冒険者となり、遺跡に巣食う魔物や賊を排除するようギルドから依頼を受けて、各地の遺跡にもぐるようになった話も。


 すべて、この世界ではよくある話だ。街に出て周囲を見回せば、そんな事情を抱えた連中はごまんといて、故にことさらに同情されるようなことでもない。


 だから彼は、今日も当たり前のように遺跡へと出向き、獲物を狙う。


「…」


 遺跡を囲む森の木々の影。


 柔らかな腐葉土の上に腹ばいになり、1人の男が長銃を構えている。


 ざんばらの紅い髪、紅い瞳を持つ若い男だ。綿製の長袖シャツに長ズボン、その上になめし革で造られた簡素な防具と、指先の切られた黒いグローブを身に着けている。

 腰にはベルトが巻かれていて、大きめの雑嚢ざつのうやこぶし大のポーチが吊ってある様子が見てとれる。


 銃口の先、スコープの向こうに見えるは、くすんだ緑色の肌を持つ矮躯わいくの亜人。遺跡の入口を前に、剣や鉈を携えた数体が、所在なさげにたむろしている。


 ……ゴブリンか。


 彼は一切の躊躇ちゅうちょもなく、まるで息をするかのようにトリガーを引いた。


 刹那せつな、銃内部に圧縮されていた彼の魔力が解放され、紅いビームのような形態となって目標へと突進していく。


 彼我ひがの距離は100mにも満たないほど。攻撃の到達速度はまさに一瞬であり、撃たれた個体は自分に何が起こったのか全く分からなかったことだろう。


「GyaGyaGoGaGeGo!?!?」


「GoGoGaGoGa!?!?」


 不意に仲間のうち一体が頭を消し飛ばされ、大混乱に陥るゴブリンたち。


 彼らは慌てて周囲を見回して射手を捜すが、その間も紅髪の男は攻撃の手を緩めない。


―ヴシュゥウン…


―ヴシュゥウン、ヴシュゥウン…


 一体、二体、三体。


 ……態勢を立て直す間など与えるものか。


 彼はそのまま立て続けに攻撃を放ち、木々の間から飛来する紅い光の束が、次々と緑の小鬼の頭を射抜く。


 男が手にする長銃は”魔導銃”と呼ばれるもので、遺跡の奥からよく出土する”火薬により弾体を射出する武器”とはおもむきが違う。


 ”魔導銃”は、チャンバー内に使用者の魔力を注入・圧縮したのち、銃口から射出する魔道具の一種だ。

 帝国の魔導士の間では割とメジャーであり、オーソドックスな杖、近接武器としても機能する刀や剣、槍の類に続いて、使用者の多い武器である。


 そのパワーは使い手の魔力保有量や魔力操作能力に大きく依存するものの、十分な力と才能を備えた者が使用した場合の威力はまさに見てのとおりである。


 ……残り1つ。


「GyaGyaGyaGya!!」


 それなりにいた仲間が僅か数秒のうちにことごとくむくろへと変じ、最後の一体となったゴブリンが、半狂乱はんきょうらとなって遺跡の奥へと向けて駆け出そうとする。


「Gya―…」


 が、その瞬間に頭を背後から射抜かれ、彼は他のむくろの仲間入りをすることとなった。


 遺跡の前にたむろしていたゴブリンたちは一体残らず地面に転がり、その場を不気味な静寂が支配する。


「…」


 銃口の先に動く者がいなくなった後も、紅髪の青年は腹ばいの姿勢のまま無言不動むごんふどうで警戒を続けていた。


 だがやがて、彼は小さく息を吐くと身を起こし、銃本体からスコープを取り外して、腰の雑嚢ざつのうへとしまい込んだ。

 それからベルトに複数吊られたポーチの1つを開けると、そこから円筒状えんとうじょうの部品を取り出し、自身が扱う魔導銃の銃口についていた部品と交換する。


 マズルアタッチメントの交換である。


 魔導銃は、銃口に取り付ける部品を切り替えることで、射出する魔力の性質を大きく変化させることができる。


 狙撃特化の収束型や、接近戦向きの拡散型、扱いやすい連射型など、状況に応じて最適なマズルアタッチメントを使い分けることが重要となる武器なのである。


 紅髪の青年が今選択したアタッチメントは、連射型のようだ。


 彼は魔導銃を構えたままの姿勢で歩みを進め、森から出て屍山血河しざんけつがの有様をさらす遺跡の前へと向かう。


 上半身をほとんど動かすことなく、よどみのない足さばきで無駄なく動く。


 遺跡の前へと到達し、ゴブリンたちが全員死んでいることを確認すると、彼は周囲を見渡してぼそりと呟いた。


「…ここで、間違いなさそうだな」


 目の前にそびえ立つ、岩だか鉄だか判別の付かない不思議な素材でできた壁。

 多種多様な植物に覆われながらも確かな存在感を放つその壁には、ぽっかりと長方形の穴が開いており、その先に壁と同じような材質でできた通路が続いている。


 帝国領東の端に位置する小さな遺跡、ソキ=イスト。


 この遺跡はつい最近発見された未踏遺跡の1つだが、どうやら早くも賊が住み着いたらしい。

 彼らを排除し、後からやってくる帝国正規の調査隊の露払いを行うのが今回の仕事だ。


 死体ならば、1人当たり1000G、生け捕りなら、2000G。


 ……このゴブリンどもはおそらく、元々遺跡の奥に住んでいたところを追い出されてきた手合いだ。この奥には情報通り、賊が住み着いていることだろう。


 地面に転がるゴブリンたちの肉付き、装備の状態等からそう判断すると、赤髪の青年は再び銃を構え、遺跡の奥へと慎重に進んでいく。


 彼の名は、アルトフェン・D・クロイセル。通称、アル。


 古代遺跡に潜り、そこに巣食うモンスターや賊を倒し、時に価値あるお宝を発見して持ち帰る―…遺跡冒険者ルインズエクスプローラーである。

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