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巫女姫は巫女を辞めたい

R15は保険です。

「ロビン、貴方にしか頼めないの」


 潤んだ目で見上げながらそんな言葉を漏らすのは計算か。確信犯か。


 そう疑いたくなるほど巫女姫アリシアのお願い顔は破壊的な可愛さだった。神殿の庭師をしている青年ロビンは絶望的な思いで天を仰いだ。ロビンがこんな彼女のお願いに逆らえないことをわかっているのか。

 巫女姫はこの国を祈りで支える巫女たちの最高峰。中でも指折りの魔力を持っているアリシアは稀代の巫女姫として崇められ、大切にされている存在なのだ。


 今でこそ巫女姫と庭師という接点のなさそうな関係だが、元はといえば同じ田舎の村に住む幼馴染同士だった。アリシアが八歳の誕生日、その身に聖なる予言の力を宿しているとわかり、あれよあれよと言う間に巫女姫として神殿に連れて行かれてしまったのを、ロビンは追いかけて神殿の庭師の弟子にしてもらったのだ。


 以来、巫女姫としての修行に明け暮れるアリシアは、辛くなるとロビンのところへこっそり訪ねてきては話を聞いてもらうことで平静を保っているようだった。神殿の他の人たちもそのあたりは彼女のストレス発散のために黙認している。


 だが今回はさすがに彼女のお願いを叶えるわけにいかない。だって。


「私、巫女姫を辞めたいの」

「辞めたいって、どうして」

「私はそろそろ引退して、村でのんびり暮らしたいの。疲れちゃったのよ、そうなのよ」

「はぁ……わからなくもないけど、そう簡単にはいかないでしょう。姫の類稀な光の力があるからこその巫女姫というお立場なんですから」

「なら、その力が無くなればいいのよね?」

「なくなれば、ってそんな簡単に!」

「ううん、私、方法を調べたの」

「――あるのか? そんな方法が」


 怪訝な顔でロビンはアリシアを見た。さらりと風に揺れる銀糸のような髪、大きな青い瞳。侍女たちが寄ってたかって磨き上げるので透きとおるような白い肌は髪と同じ銀の刺繍が入った白いローブに隠されて、ストイックなまでの無垢さを体現している。


 もしもアリシアが巫女姫を辞したなら、自分にもまたチャンスがあるのだろうか――ロビンはそんなことを考えて首を横に振った。小さな頃からアリシアを好きで、ここまで追いかけてくるほどに初恋を拗らせているのは自覚している。けれどアリシアが今の高貴な立場をなくすことをちらりとでも望むなんて。

 最低な男だと自分自身に反吐が出そうだ。


 しかし、本当に巫女姫の能力をなくす方法なんてあるのだろうか。そんな方法があるのならアリシアが危険にさらされたりしないだろうか。ロビンは心配になって聞き返した。


 だがアリシアの返事にロビンは雷の直撃を受けたようなショックを味わうことになる。


「肉欲に負けた巫女姫はその力を失うっていうのよ!」


 にくよく。

 肉欲。

 ロビンの頭の中でその言葉が形を成すのにしばらく時間がかかった。そして意味を悟ったとき「はあああー?!」と大声を上げてしまった。


「おまっ、自分が何言ってるのかわかってるのか?!」

「わかってるよ、声がおっきいよロビン!」

「わっ、悪い――いやいやいや、そういう問題じゃない!」

「だってこんな話してて、見つかったらどうなると思うのよ」

「いや、そりゃあ――」


 隔離されるだろうな。いや、監禁だ。男の影も見えない神殿の奥深くかなんかに隠されて――もうロビンと会うことはなくなるだろう。

 そう考えてロビンの胸は強く痛んだ。そんなの、耐えられるわけがない。巫女姫である以上、アリシアは他のどの男のものにもならない。だから今まで耐えることが出来た。それが肉、肉、肉欲に負ければ、などと――!

 そこでハッと思い出した。

 昔からアリシアは非常に行動的な女の子だった。行動的といえば聞こえはいいが、思い立ったが吉日という言葉が服を着て歩いているような子なのだ。まさかもう何かを企てているのでは――


「ま、待てよアリシア。何かそのための計画なんか立ててたり」

「してるわよ、もちろん。でね、そのためにもロビンにお願いがあるの」

「え」


 ロビンの心臓が大きく鼓動を打つ。その音がアリシアに聞こえていないだろうか? この流れでお願いって、お願いって――


「私を連れ出してほしいの」


 きたああああああ! まさかの想定ど真ん中! ロビンは一気に血圧が上昇するのを感じた。鼻血を出さなかった自分を褒めてあげたい。


「つ、連れ出してって、どこへ」

「どこでもいいわ、外へ逃げ出すのが難しいなら貴方の部屋でだって」

「い、いやだめだ、俺の部屋は使用人の寮の中で、個室だけど壁も薄いし」

「そうなのね……確かにそれはまずいわね。いろいろ漏れちゃいそうだもの、音とか匂いとか」


 真剣に考え込むアリシアもかわいい。見惚れてしまったが、いやいや違うだろうと軽く頭を振った。


「でも」

「お願い、ロビン。貴方じゃなきゃ頼めないわ、こんなこと」


 再び潤んだ瞳がロビンを襲う。それも上目遣いで見上げられてしまっては無理だ。そしてアリシアが自分だけを頼っているという言葉が強烈なパンチとなってロビンをノックアウトした。ゴクリと喉の奥が鳴る。

 やはり好きな娘に抗えるわけがないのだ。






「ああっ! 無理ぃ……もうダメぇ……ね、ロビン、お願いだから」


 アリシア息も絶え絶えといった風情でため息を漏らす。ついそのピンク色に染まった頬や艶めいた唇に目が釘付けになる。だがロビンは彼女の横でこれまでで一番と言えるほど脱力していた。満足そうなアリシアに較べ、彼の瞳はなんの感情も映していない。


「満足したかー、アリシア」

「ええ! もうお腹いっぱい」

「そりゃあよかったな」


 目の前にはすっかり空になった山積みの皿と、焦げのついた焼き網。そして隣には少しお腹がぽっこりしたアリシア。

 夜の焼肉屋で肉を食べまくり、脂でてらってらの唇をにっこりと上げて巫女姫様はご機嫌だ。ただ最後に注文した皿の肉は半分ほど残っていて、もう食べられないとロビンの前に押しやられている。仕方なくそれらを焼きはじめた。

 肉欲。そうか、食べたい方の肉欲なのね。巫女姫様は精進潔斎して肉は食べられないらしいからなあ。

 うん、知ってた。そんなうまくいくはずがない。ロビンは遠くを見たくて目を上げた。油と煙で汚れた焼肉屋の天井しか見えない。無情。


「あー、美味しかった! でもこんなに肉欲に負けてしまったからには、きっともう力は使えないわよね。えいっ浄化!」


 んなわけねえだろう、という言葉を焼けた肉とともに飲み込む。

 そして案の定アリシアが力を使うために指さした焼き網は、焦げ焦げだったものが新品のようにピッカピカに変わっていた。


「あ、あら? 力がまだ使える?」

「そりゃそうでしょうよ……大将、同じのもう一杯」


 半ば自棄気味に酒を追加注文するロビンだった。


 彼がアリシアに本当の肉欲について手ほどきできる日はいつか訪れるのだろうか。



続きません。

がんばれロビン。

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