死がふたりを別つまで
前に書いていた短編を仕上げたので投稿してみました。
色々とハードな内容になっていると思うので、苦手な方はブラウザバックでお願いします。
「――こうして、悪しき魔女を倒した二人は結ばれたのでした。めでたし、めでたし。はぁ、いいなぁ」
読み終えた本を閉じため息をついた少女の名はリーネ。手入れのされていないぼさぼさの金髪、虚ろな赤い瞳、まるで亡霊のような荒んだ姿をしている。
幼いうちに事故で両親を亡くしたリーネだったが、父親譲りの才能と叔父の援助によって、どうにか元の住処だけは失わずに済んだ。
しかし、叔父から回される仕事の都合で、森の奥の屋敷から出ることが叶わず、外界から隔絶された暮らしを余儀なくされていた。
空いた時間は孤独を紛らわすように読書に耽り、物語の世界への憧れを日に日に強く抱くようになっていった。
「わたしも素敵な王子様と出会えたらなぁ」
リーネが呟きながら幻想へと思いを馳せながら窓の外を眺めていると、門の外に誰かが倒れ込んでいるのが見えた。
「あんなところで倒れてるんなんて誰だろう? 行かなきゃだよね……お庭の外にはわたし以外出られないんだし……」
気が進まなかったものの放置するわけにもいかず、リーネは部屋を出て倒れている人物の元へと向かった。
倒れていたのは20代半ばの男で、屋敷の周囲の森を彷徨ったのか、顔は泥にまみれ黒い髪も乱れていたが、よく見て見れば端正な顔立ちの美青年であった。
「もしもーし? あ、あの、生きてますか?」
リーネは男の安否を確認するため恐る恐る覗き込み、首筋の傷を確認すると、安堵の息を漏らす。
「良かったぁ。……これくらいなら大丈夫かな? みんなのところまでは運ぶの頑張んなきゃだけど」
門の内側では屋敷で働かされている者たちが境界を越えぬように整列していた。
「あっ! 良かった、起きた。首の傷は跡が残っちゃったけど、これなら大丈夫そうだね!」
男の身体が起き上がると同時にリーネが喜びの声を上げる。
倒れていたときと比べると、身なりは綺麗に整えられていて、傷のあった首には包帯が巻かれている。
「お話できないのは残念だけど、しかたないよね」
遊び相手になってもらおうと考えていたリーネは気落ちする。
それでも、屋敷にいる作業員とは異なり客人として招き入れた男の存在はリーネにとって特別だった。
「本当の名前がわからないのは寂しいけど、代わりにわたしが大好きなこの本に出てくる王子様の名前はどうかな? あなたに似合うと思うの。よろしくね、ジーク!」
リーネは気恥ずかしそうにしながら男にそう名付けた。
「このお屋敷広いから、迷わないように案内してあげる!」
リーネはジークを連れ歩きながら説明をする。
「さっきまでいたお客さん用のお部屋はこれからジークが使ってね。それでね、ここが書斎で奥はパパの部屋。階段を挟んで反対側には私の部屋とママの部屋があるの」
寂しげな表情をわずかに浮かべたリーネはそれを振り払うように、あえて明るい声で続けた。
「一階には作業場があるから、色々教えてあげなきゃね!」
玄関ホールへと繋がる両階段を下ったリーネは、楽しそうにジークへと告げる。
「それじゃまずはお庭に行きましょ!」
テラスから裏庭へと出ると、人の背丈ほどの高さの植物がずらりと一面に並んでいた。手入れは4・5人が区画ごとに分担して作業を行っている。
「見て見て! すごいでしょ? セカイジュって言う特別な木なんだって。薬の材料になるから、伸びた枝とか葉っぱを切って集めてもらうの」
リーネは得意げに語ると、一杯になった籠を運ぶ作業員の後を追い始めた。
「ついてきて、まだ終わりじゃないんだから」
「えへへ! おっきいでしょ?」
屋敷の中へと戻ってきて、向かった部屋には大人が十数人も入れそうな大きさの釜が置かれていた。
足場を登って中を覗くと、怪しげな色をしたドロドロの液体が入っている。
「ここの釜に入れてよく混ぜるの。この次の最後の調合だけはわたしがやらなきゃなんだ。えへへ」
受け取った籠をひっくり返し、中身を釜へと移してかき混ぜる作業員の様子を見ながら、リーネは照れながらも自慢するように話した。
「ジークに使ったのもこの薬なんだよ。ホントは勝手に使っちゃいけないんだけど、頑張れば一人分くらいはなんとかなるから大丈夫!」
そうしてジークと暮らすようになったリーネは徐々に変わっていった。
傷んでいた髪は、母にしてもらっていたときのように、ジークに手入れしてもらったことで、美しい輝きを再び見せるようになった。
亡霊のようだった表情も豊かになり、父が趣味で奏でていた曲をジークに同じ楽器で弾いてもらうことで寂しさは紛れ、虚ろだった瞳には光が差すようになっていった。
「おはよう、ジーク! 今日はなにして遊ぼっか?」
リーネはジークを呼び出し、笑顔を見せながら飛びついた。
元気を取り戻したリーネは少し前までの姿からは想像もつかないような美少女になっていた。
透き通った金色の髪に宝石のような輝きの瞳、俯きがちだった姿勢も真っ直ぐに伸び、どこか不気味さを感じさせる雰囲気も、いまでは神秘的なものに見えた。
「じゃあ、あれの続きをしましょ!」
この頃のリーネは、大好きな物語を演じることに夢中になっていた。
ジークは喋ることができないので基本的にはリーネの一人芝居ではあった。
けれども、手の空いている作業員や番犬に悪役をさせて、ジークに庇ってもらえれば、それだけで憧れの世界に入り込めたような感覚を味わえた。
リーネはその感覚に浸るのが好きだった。
「ありがとうございます。ジーク様のように心優しく、勇敢で、思慮深い、とても素敵な方に助けて頂けたこと光栄に思いますわ。でも、安心してください。わたくし、勘違いなどしませんわ。ジーク様には許嫁がいるのでしょう? 迷惑になるようなことはしたくありませんから……」
リーネの台詞が終わるとジークの首が横に振られた。
「そんな! いいのですか? いくらジーク様といえ、国王陛下である御父様の決めた婚姻に逆らえば、国に帰れなくなるかもしれないのですよ!?」
今度はゆっくりと首を縦に振られる。
そして、片膝を立てながら跪きリーネの左手に軽く口づけをした。
「……ジーク様がそこまでしてくださるなら、わたくしも誓いましょう! いかなるときでも、貴方のとなりから離れません」
リーネはジークの眼を真っ直ぐに見つめ、互いの左手の小指を結んでから次の台詞を紡いだ。
「約束です――”死がふたりを別つまで”」
「えへへ! すっごく楽しかった。本当に、夢が叶ったみたい。ありがとね、ジーク様! ――なんちゃって!」
途中で休憩を挟んでものの、朝から晩まで芝居を続け、クライマックスのシーンまで演じきったリーネは浮かれきっていた。
熱が入りすぎて頬は紅潮し、息遣いも普段より荒くなっていたが、興奮冷めやらぬリーネは上機嫌で階段を駆けあがった。
事故が起きたのはそんなときだった。
「あっ――!」
自室のある右手側に向かう階段の途中で、足元への注意が疎かになっていたリーネは足を踏み外し、バランスを崩して背中から踊り場へと落ちていく。
慌てて手を伸ばしたが掴めるものがなく、リーネは思わず目を瞑った。
「きゃっ!?」
落下の衝撃に身構えていたリーネは恐る恐る目を開くと、ジークの腕によって受け止められていることに気付いた。
「……あ、ありがとう。ジークはやっぱりカッコイイなぁ」
リーネはどこか恍惚とした表情を浮かべながらジークを見つめていた。
そして、期待を込めてジークへと言葉を投げかけた。
「ジークがお部屋まで運んでくれるの?」
リーネの思いに応えるようにジークの首が縦に動いた。
お姫様だっこをされている間、リーネの視線はジークに釘付けだった。
リーネの目にはジークが本物の王子様のように映っていた。
「ねえ、ジークはずっと一緒にいてくれるよね?」
ベットまで運ばれたリーネはジークに問いかけるが返事はない。リーネも言葉が欲しかったわけではなかった。
ただ、ジークが離れないでいてくれる確証を得たくてこぼれた本心だった。
どうしたいのか自分でもわからずに視線を彷徨わせていたリーネは、ジークの胸元にペンダントを見つけた。
傷や汚れはほとんどなく、とても大切にしていたのが一目見ただけでよくわかる。
「えっ? わたしが貰ってもいいの?」
リーネが口にするより前に、ジークの首から外され差し出されていた。
「うふふ。じゃあ、約束ね? ”死がふたりを別つまで”」
ペンダントを受け取ったリーネは、演じていた物語のように小指を結びながら約束を交わした。
「おやすみ、ジーク」
そう言って部屋を出ていくジークを見送ると、リーネは満足そうな顔で眠りについた。
ある日、体が壊れた作業員の仕事をジークに手伝ってもらうことにしたせいで、リーネは久々に一人の時間を過ごすことになっていた。
欠員が発生したときは叔父に補充してもらっていたが、最近ではリーネの遊びに付き合ってもらったせいで作業に遅れが出てしまっている。
状況が状況だけにリーネもわがままを言う訳にはいかなかった。
けれどリーネは機嫌よく鼻歌を歌いながら、手に入れたジークのペンダントを磨いていた。
「ふん、ふふん、ふふーん。あっ! これって開くんだ」
偶然そのことに気付いたリーネは、中に隠れていた写真を見つけてしまう。
ジークが栗色の髪の女性と幸せそうな顔をして並んでいる二人の結婚式の様子が写っていた。一瞬、美しい光景に心を奪われたリーネだったが、すぐに浮かれていた気持ちが沈み込み、昏い感情が芽生えていく。
「……違う、こんなの関係ない!」
錯乱したリーネは窓からペンダントを投げ捨て、自分に言い聞かせるように呟く。
「ジークはもうジークだもん。あんなの知らない!」
その日の夜、リーネは初めてジークを寝室へと招いた。
「一緒に寝よ、ジーク」
寄り添うように横たわると、ジークの腕がリーネを包む。
「ジーク、わたし達ずっと一緒だって約束したもんね?」
夜中にふとリーネが目を覚ますと、ジークいないことに気付く。
「ジーク? ねぇ、ジークてばどこに行ったの?」
不安に駆られたリーネが窓の外を見ると、門の側をうろつくジークの姿が見えた。
「ジーク! ずっと一緒だって言ったでしょ!? なんで勝手なことするの!」
リーネが声を荒げると、ジークはおとなしく部屋へと戻ってきた。
この日を境にジークの奇行が増え、リーネのわがままにも拍車が掛かっていった。
「ジーク! なんで言うことを聞いてくれないの?」
「ジーク! だから離れちゃダメでしょ!」
「ジーク! どうしてどこかに行こうとするの?」
仕事のことなど忘れてジークに構ってもらおうとしていたせいで、期日が近づいていることにリーネは気付かなかった。
「待ってジーク! 置いて行かないで!」
明け方リーネは悪夢にうなされ目を覚ます。ここ数日ずっとこのような目覚め方を繰り返していた。
慌てて窓に駆け寄ったリーネの視界に映ったのは、門の外に立ち尽くす人影。
「お客さん? あっ、お仕事してない! でも、ジークが……」
リーネが逡巡をしながら顔を引っ込め、室内に目を向けると、ちょうどジークが帰ってきたところだった。
「良かったぁ! それじゃ一緒に行こっ!」
心の底から安堵したリーネは支度を整えてジークを連れて、門まで向かった。
「あっ、あの、ごめんなさい。じ、実はまだ、その、できてなくて……」
「何の話かしら? 私は人探しをしているだけなのだけれど」
恐る恐る謝罪の言葉を述べたリーネだったが、予想外の言葉に驚く。
よく見て見れば、立っていたのは旅人ような風貌の女性で、腰には護身用と思われる拳銃が入ったホルスターが吊られていて、リーネに警戒心を抱かせた。
「あっ、えっ……お、お姉さんは誰ですか?」
来ているのがいつもの御者であれば門番が通しているはずであり、迎える必要などなかったことをリーネはこのときになって気付いた。
「私はロゼッタ。このあたりで行方不明になった男の人を探して――カルロ!? 無事だったのね!」
ロゼッタと名乗った女性はジークの姿を見ると、驚きの表情を浮かべてジークの本来の名前を叫び、駆け寄って抱きつきながら泣き崩れた。
「ちょっと待ってください。一体なんなんですか? 急に現れて……この人はジークです。カルロじゃないです!」
ジークからロゼッタを引き剥がそうとリーネが間に割って入る。
「そんなはずないわ。私がカルロを見間違えるはずがない! 彼とは誓い合った仲なのよ」
ロゼッタの必死の形相にリーネは気圧されながらも、改めて向かい合ったことでリーネは気付く。
緑色の瞳の下には濃い隈があり、束ねた栗色の髪は荒れていて、美しさが損なわれるが、目の前にいるのはあの写真の女性だということに。
「……”死がふたりを別つまで”、ですか?」
男女の誓いと聞いてリーネは、実際の式でも交わされる約束であり、彼女の大好きな物語で使われていた台詞でもある、あの言葉を口にしていた。
「そうよ」
ロゼッタがはっきりと答え、それを聞いたリーネが目の色を変えた。
「だったら、ジークはジークです! お姉さんの約束はもう終わったんです!」
「……どういうこと?」
「行こうジーク! みんな、この人を追い出して!」
リーネはジークの手を引いて屋敷の方へ向かうと、近くの作業員たちに命じる。
「待ちなさい! カルロ! どうしてなにも言わないの!? 私よ、ロゼッタよ! 私のことがわからないの!?」
追いかけようとして行く手を阻まれたロゼッタは遠ざかっていく背中に呼びかけたが、なにも返ってはこなかった。
「この! 放して! 放せ! 放しなさいって!」
ロゼッタは押し寄せてくる作業員たちを避けながら屋敷へと進んでいた。
「なんなのよこいつら! 気味が悪い!」
枯れ枝のように萎びた腕を伸ばして捕らえようとしてくる者たちは、肌も土のような色をしていて、まともな環境下にいないことは一目瞭然だったが、もっと恐ろしい考えがロゼッタの脳裏をよぎる。
「まさか、あの子……」
冷静さを取り戻したロゼッタは追っ手たちを振り払い、裏口から屋敷の中へと入っていく。
そこから慎重かつ迅速に探索を進めて正面まで回ってきたロゼッタは、階段の上に一人で待ち構えているリーネを見つけた。
「ジークはわたしのです!」
嫉妬に燃えるリーネとは対照的にロゼッタの視線は冷たく鋭くなっていた。
「……一つだけ確認させてもらえる?」
「なんですか?」
ロゼッタが底冷えするような声音で問い、リーネも怯むことなく応じた。
鋭く長い息を吐き終えるとロゼッタがゆっくりと口を開いた。
「あなた死霊術師ね?」
死体を意のままに操る邪悪な魔術師。
それがリーネが父から受け継いだ才能を発揮できる唯一の選択肢だった。
叔父に言われて作らされていた薬も、傷を治すためのものではなく死者を動かすための道具でしかない。
世の中からは嫌悪される存在であり、リーネが人目につかないような森の中で暮らしていた理由もそこにあった。
「……そう、です」
当然リーネ自身も、死霊術師が忌み嫌われていることは知っている。
元々、隠すつもりもなかったが、だからといって堂々認められるほどリーネは割り切ることができていなかった。
「ということは、彼はもう……」
真実を突き付けられたロゼッタは、口を固く結んで顔を伏せた。
俯き涙を流すロゼッタを見たリーネは諦めさせるため、震える唇を一度だけ噛み締めてから叫んだ。
「だから! わたしたちの邪魔をしないでください! いまはもう、わたしの……わたしと約束したジークなんです!」
リーネの思惑とは裏腹に、その言葉はロゼッタをある思いへと駆り立てた。
階段を上がりリーネへと近づきながら、再び温度が感じられない声音でロゼッタが告げる。
「……せない……そうはさせないわ。あの人の体が、子供の人形遊びで好き勝手されているのを知って、我慢することなんてできるわけないでしょ?」
ロゼッタの蔑むような言葉に、リーネが反論する。
「遊びなんかじゃないもん! わたしは、わたしたちも本気で約束したんです! 約束は”死がふたりを別つまで”なんでしょ? だからもうお姉さんの約束は終わりなんです!」
リーネの縋るような言葉に、ロゼッタはまるで興味がないような素振りで答えた。
「あっぞう、なら――」
「次はあんたが死んで?」
踊り場まで上がってきたロゼッタは、腰に下げた拳銃を抜きリーネに狙いを定めた。
「っ! ケルベロス!」
身の危険を感じたリーネはこの屋敷の番犬を呼びよせた。
床を軋ませながら現れた、高さが2メートルにも及ぶ巨大な三つ首の怪物が、ロゼッタを背後から襲う。
「がはっ!」
突進を避けようとしたロゼッタだったが、ルミネとは反対側の階段へと突き飛ばされ、苦痛と嫌悪に顔を歪める。
「こんな悪趣味なものまで……!」
ケルベロスは全身がつぎはぎだらけの姿だった。
死霊術師の能力なら屍をつなぎあわせて作り出した怪物すら操れる。
「お姉さんが悪いんです! お姉さんが、ジークのことを認めないから!」
「ハァ……ハァ……認めるわけ……ないじゃない。カルロはカルロよ。死者を冒涜するような身勝手な子供には分からないでしょうけどね」
ロゼッタのその言葉はリーネの琴線に触れた。
「うるさいうるさいうるさい! お姉さんこそ、なにも分かってないくせにっ……!」
「分からなくて結構よ」
「……もう、いいです。ケルベロスやっちゃって」
泣きそうになりながら命令したリーネの言葉に従って、ケルベロスがロゼッタへと近寄っていく。
「うっ!」
振り下ろされたケルベロスの右前足に、思わずロゼッタは目を背けた。
「なんでっ!?」
リーネの動揺した声が聞こえ、ロゼッタが塞いでいた目を開くと、そこには操られているはずの恋人が自分を庇うように立っている姿があった。
「カル、ロ……? そんな……ありえないわ」
ロゼッタは自身の目を疑った。
死霊術師が操る死体に生前の記憶は存在しない。
仮にあったとしても、術者の意思に反する行動はできないはずだ。
じゃあ、もしかしてカルロは死んでなかったんじゃ。
そんなロゼッタの淡い期待はすぐに砕かれる。
ケルベロスから受けた傷から流れる血は、生者のものとは思えぬ色をしていた。
「ジーク? だめだよ……そんなのジークのすることじゃない……」
リーネの困惑はロゼッタ以上だった。
部屋で待っているように命じていたはずのジークが、よりにもよってロゼッタを守るようにしてこの場に現れた理由を、術者であるリーネ自身でさえ理解していなかった。
「……あれ? ジークじゃない……? そんなはずないよね? じゃあ、でも、なんであの女を守るの? ジークはわたしの恋人なのに……。おかしい、おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい――」
狂った様子でブツブツと呟くリーネを、ロゼッタは不審に思いながら見つめていた。
やがて独り言が収まると胡乱な瞳でロゼッタを捉えたリーネが命令を下す。
「ジークどいて、その女殺せない!」
いままでとは比べ物にならない殺気を放つリーネにロゼッタは寒気を覚えた。
しかし、それでもジークはリーネの言葉には従わなかった。
「っ! いっつも、そう。あなたのせいでジークがおかしくなる……許せない! あなたさえいなくなれば! きっとまたいつものジークに戻ってくれる!」
「させない! もうカルロは渡さないわ! 安らかに眠れるように、故郷へと連れ戻す! そのためには邪悪な死霊術師は殺さなくちゃいけないのよ!」
再び銃を手に取ったロゼッタにリーネがケルベロスをけしかけ、ジークがそれを防ぐ。
その隙を突いてロゼッタがケルベロスに発砲するが、怪物の猛攻はその程度では収まらず、敵対する者たちを突き飛ばした。
元々が屍なため銃弾を食らっても、倒れることのないケルベロスだが、それでも効果がないわけではない。
損傷が大きくなれば、動きに制限が掛かる。
不自然な動きは術者への負担も大きく、異形の怪物を動かすのはそもそも容易ではない。
激しい戦闘が続き、互いの限界が近づいてきていた。
そんな中リーネの目には、強大な敵に力を合わせて立ち向かうロゼッタとジークの姿が、大好きだった物語の主人公たちと重なって映っていた。
同時に自分が悪者になのではないかと疑念が生じる。
そんなはずはないと、自分に言い聞かせることに必死になっていた。
そのせいで、ロゼッタが向けた銃口の先が自身であることにリーネは気付かなかった。
ロゼッタは残り一発だけになった銃弾の放つ先を迷った末、半ば放心状態のような術者本人を撃ち抜くことに決めた。
もはやロゼッタにためらいはなく、チャンスは今しかなかった。
外せば目の前の怪物に殺されるだろうという状況で、疲弊し重くなってきた腕では狙いが定まらなかったが、寄り添うよう恋人の腕に支えられ、ゆっくりと引き金を引いた。
乾いた音が響き、リーネの心臓を銃弾が貫いた。
「……終わったのね。認めるつもりはないけれど……いまならあの子の気持ち、分かってしまいそう」
リーネを哀れみながら、ロゼッタが感傷に浸るようにそう呟いた。
「カルロ……?」
突然、倒れているリーネに向かって歩み出したジークにロゼッタが戸惑う。
リーネのそばで膝を落としたジークは握っていたものをリーネへと差し出した。
掠れていくリーネの視界に映ったのは、投げ捨てたはずのペンダント。
「これ、ジークの……そっ、か……わた、し……ほし、かったの、は……………」
最期に柔らかく微笑んでリーネは息を引き取り、ジークも糸が切れた人形のように崩れ落ち、動かなくなった。
二人の傍に来たロゼッタはリーネの胸元にあるペンダントを見つけた。
「これって……!? そういうことだったのね……」
カルロの物であると気付いた直後には、目を見開くほど驚いたロゼッタだったが、すぐに真相を悟った。
「……やっぱりね、おかしいもの。あれはあの人じゃなかった」
ロゼッタが納得した様子で呟いた。
今後の執筆の参考にもなるので、お気軽に自由な評価を入れていただけると嬉しいです。
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