ヤンデレ&モラハラが酷い幼馴染から俺が完全に逃げた方法とその顛末
この話の日本では同性婚が合法化しています。
私には好きな男の子がいる。
格好良くて優しい私だけの幼馴染のりー君。カッコイイから何時他の女に取られるか不安で、私はついついヤキモチを焼いちゃう。
それでもりー君は優しいから、そんな私の我儘を許してくれるんだぁ。
でも最近、りー君の姿が見えない。
夏休みだからしょうがないけど、お家にも居ないみたいだし、私の事を可愛がってくれるおじさん・おばさんの姿がない。LINEもスタンプだけだし、もしかしたらおばさん達に何かあったのかな・・・・・・?
そんな事を考えていたのと同時に、臨時登校のお知らせが届いたのだった。
「何だよ『臨時登校』て。俺、本当なら遊園地に行く予定だったんだぜ⁉︎」
「しかも全員荷物を教室に置いたら『直ぐに体育館に来い』って、何かあったかな?」
「体育館とかマジで嫌だわ〜エアコンがないから蒸し風呂状態じゃん。先生達何考えてんだろ」
他学年はざわざわと急な登校になった理由が分からず騒めいていた。
私もその一人何だけど、友達に話をしようにも、皆何故か他所他所しくて、私から誰も寄り付いて来ない。そう言えば私の学年の人達、特に私のクラスの顔が妙に暗いのは何故だろう?
『ねぇやっぱりこの集会って・・・・・・』
『あの噂ホントだったんじゃ?』
『どうしよう・・・・・・! こんなのバレたら親にどんな事言われるか・・・・・・!』
『と言うか、何であの子、分かってない顔してんの?』
『まさか自分が何したか分からないんじゃ?』
何やら私を見てコソコソ言っているグループがあるけど、声が遠くて話の内容が分からない。何か良い気分じゃないなぁ。
「静かに! これより緊急集会を始めます」
穏和な校長先生が見た事の無い様な険しい顔をしている。校長先生だけじゃない、教頭先生や生活指導の先生、他の先生方もかなり厳しそうな顔で生徒達を、特に私達のクラスを睨んでいる様な気がする。
そう言えば、私達の担任の先生の姿だけが見えない様な・・・・・・?
「えー夏休みを満喫している諸君等に急遽登校して貰ったのは他でも無い。誠に残念な事に我が校で陰湿ないじめが発生していた事が発覚した」
えっ?
嘘でしょ⁉︎
マジかよ!
先程よりも生徒達は騒めく。何せ『いじめ』何て言葉は、ニュースとかで聞く事があっても自分達には縁がない言葉だと勝手に思っていたからだ。
「静かに‼︎ ・・・・・・・・・・・・被害に遭ったのは男子生徒と女子生徒一名ずつ。男子生徒は一人の人物から執拗にいじめられていた。女子生徒にいたっては集団でいじめられていた。・・・・・・・・・・・・良いかね⁉︎ 『いじめ』の言葉で軽く扱われるかもしれないが、やっている事は犯罪だ‼︎‼︎
『傷害罪』『暴行罪』『強要罪』『名誉毀損』挙げられるだけでこれだけある‼︎ いじめられた側は人生を粉々にされる可能性がある! 我が校では今回のいじめに関わった生徒達には厳しい処分が下ると覚悟しておけ‼︎」
怒鳴り声が体育館中に響き、生徒全員が小さくなってしまった。女子生徒の中には啜り泣く声が小さく聞こえる。
校長先生は茹で蛸の様に顔を真っ赤にして荒く呼吸を整えていた。血管が切れる寸前の校長先生を下がらせたのは、普段校長先生の腰巾着状態の教頭先生だ。
「当事者達は自分達だと分かっていると思うが、今更もう遅い。今回の件は余りにも悪質過ぎると言う事で、学校中に知らせる事にした。そしていじめの事を知っていながら黙認し、挙句にその一端を担った担任は今は自宅待機しているが、恐らく懲戒免職になるだろう。
いじめの詳しい調査をする為に教室でアンケートを取る。アンケートを書き終えたクラスは帰っても構わないが、心当たりのある生徒は私達から聞き取り調査があるから心しておく様に」
それから私達は自分の教室に戻りいじめの実態アンケートを書いていた。
あの事なかれ主義の教頭が彼処まで言うんだ、よっぽど酷かったのだろう。
私がそんな場面を目撃したら絶対に止めるのに、いじめらしい場面は見た事がない。素直に『知らなかった』の所に○をつけた。
・・・・・・それにしても担任の先生の姿が見えないな〜先生が来ないから他の受け持ちがない先生や教頭先生がウチのクラスに来てる。私のクラスヤンチャな人達が多いから、この体制なのかな?
アンケートを取った後、どうしてか私達のクラスは一人ずつ帰らされて教室には私一人だけ残されていた。
も〜早く帰ってりー君の様子を見に行きたいのに〜もう夕方になってるよ。
「三日日。直ぐに来なさい」
「は〜い」
やっと呼ばれた私は鞄を持って先生に連れられて帰宅する筈だった。
「えっ? お父さん、お母さん?」
何故か生徒指導室に連れて来られて、ドアを開けるとそこには共働きの両親がそこにはいた。両親の目の前には厳しい顔の校長先生と見た事がないスーツ姿の五十代位の男の人がそこにいた。
よく見たらお母さんは目元を真っ赤にしてハンカチで口元を覆っているし、お父さんは顔を真っ白にして私を睨んでいた。
『そこに座りなさい』と言われて私はお父さんとお母さんの真ん中に座った。
「・・・・・・貴女本当なの?」
お母さんが重苦しく私に何かを聞いてきた。
「えっ? 何のこ・・・・・・」
「理貴君をいじめてクラスメイトの女子をいじめる様に扇動した事よ‼︎‼︎」
「えっ?」
自分でもぽかんとした顔をしている事が分かる。だってお母さんが言っている事が全く意味が分からないからだ。
私の様子にスーツの男の人が呆れる様に溜息を吐いて隣にいる校長先生の方へ顔を向いた。
「此れは予想以上ですね」
「いやはや。クラスメイトの何人か『三日日君は自分のしでかした事を理解していない』と証言をした時は、自分達の罪を軽くする為の嘘かと思ったら本当に自分がした事を理解していないとは・・・・・・」
校長先生は痛そうに頭を抱え、スーツの男の人は困った様に溜息を吐くと私を真正面から対峙する。その目は厳しい目だった。
「三日日詠亜さん。貴女の考えは佐原理貴は君の恋人で、同じ大学に入って将来は結婚する予定で、今回のいじめには何の関係がない。・・・・・・と思っているんだね?」
「そんな恋人だなんて! まだりー君から告白されていないし・・・・・・そりゃあ私とりー君はラブラブだし、大学も私がおばさんを通してお願いしたお陰でりー君も同じ大学を受けてくれるし、将来は結婚して子供を三人作って一軒家で暮らしたいとは思って・・・・・・」
「理貴は全く思ってはいない」
私の話から被せる様にスーツの男の人は何か話した。・・・・・・?
「君は全く理解していない様だから簡潔に言うが、私の甥は君の事を何とも思っていないし、此処に呼ばれたのは君がこのいじめの黒幕だと発覚したからその最終確認で呼ばれたんだよ。因みに否定しても、証拠が山程あるし、クラスメイトやアンケートの内容でも本当だと確認済だからね」
???? コノヒトハナニヲイッテイルノ??
「わ、私いじめなんてしていません‼︎‼︎」
「うん。君はいじめをしているつもりはない。だけど君はクラスメイト達に珈しぐねさんの事を悪く言ったね?」
「そ、そんな覚えありません⁉︎」
「『りー君の事を横恋慕して私の事を排除しようとしている』・・・・・・この言葉に見覚えがないと?」
・・・・・・何となく言った様な。りー君と距離が近くってずっと話してばかりだったから、つい友達に愚痴った様な気がするけど。
「で、でも私が言ったのはそれだけで、それだけで珈さんがいじめられる理由になるとは思えません⁉︎」
「本当にかい?」
「はっ?」
スーツの男の人は机に肘をついて両手を組んで私を見つめている。その目は何でも知っていると雄弁に語っていた。
「君は学年一位の成績で、部活動も優秀な成績で、人当たりも良く誰からも好かれていた。文武両道で皆の人気者だった完璧超人である君が愚痴を溢したら、それも初めて誰かの悪口だったらどうする? しかも君、愚痴を一回零すんじゃなくて何回も沢山の人に同じ内容の愚痴を溢していたそうじゃないか。どう見ても意図的じゃなければ一体此れは何になるんだろうね?」
「アンケートやクラスメイト達の証言から裏は取れてある。言い訳しても無駄だ」
・・・・・・だってあんまりにも二人が近いからちょっと懲らしめようと悪口を言っただけだもん。
「それが原因で二人はいじめの対象に。特に珈さんは酷かった。男女問わず暴力・陰口・カツアゲの被害を毎日受けた。あまりにも酷いから一部の生徒が担任に告発したが、それも君が上手い事言って誤魔化した。しかもあろう事か生徒を導く筈の教師までいじめに加担した。どんな手練手管で堕としたんだい?」
「そ、そ、そ、そんな言い方失礼だと思わない・・・・・・」
『思わないんですか』と言葉を続け様としたけれど、お父さんの平手打ちのせいで言えなかった。
平手打ちのせいで飛ばされた私は勢いのあまり椅子から転がり落ちた。
「お、お父さん?」
お父さんに殴られたのは産まれて初めての事だった。突然の事と頬の痛み、そしてお父さんとお母さんの怒りの表情に私の目から涙が滲み出てくる。
「泣くな。お前が泣く資格はない」
何時も優しくて笑顔のお父さんが能面みたいな無表情で、私を見ていた。
「お、お父さん? お父さんもこの人達の言っている事を信じるの?」
「お父さんだって最初は信じられなかったさ。お前の事を信じていた。・・・・・・だけどな。・・・・・・だけどこんなもの見せられたら信じるしかないだろ⁉︎」
お父さんが私に投げ捨てて見せてきたのは一枚の写真。
それは私とクラスの殆ど皆と担任の先生が写っている写真。皆の真ん中にはりー君がパンツ姿で全身へ耳なし芳一の様に油性ペンで落書きされている。私はりー君と腕を組んで楽しく写っていた一枚だ。
「あぁっー」
お母さんが両手で顔を覆って泣いている。嘘、ちょっとした罰ゲームだったのにそこまで問題になる奴なの?
「だ、だってこれはりー君が自分から志願してやった事なの!」
「当たり前だ‼︎ もし理貴君が自分から言わなければ、この姿になっていたのは女性の珈さんがこうなっていたそうじゃないか⁉︎ それもこんな悪趣味な姿はお前の提案らしいな‼︎‼︎」
お父さんがそこまで言うと、今度はお母さんが私の殴られてない方の頬を握り拳で殴った。女性なのにお母さんのパンチは私の頭を床に叩きつけた程の威力だった。
床に叩きつけられた私の身体に馬乗りになって何度も何度も殴り続けた。
「奥さん気持ちは分かりますが止めて下さい!」
「それ以上は死ぬぞ‼︎」
教頭先生とお父さんが止められるまで私はお母さんに殴られるがままだった。鏡を見なければ分からないけど、もう顔がボロボロになっている筈だ。口の中が鉄の味でいっぱいで、顔が痛くない所が一つもない。自分の涙なのか血なのか分からないけど、顔から水滴が床に落ちていった。
お母さんを止めようとする大人達をぼぉっと他人事の様に眺めながら、私の考えていたのは大好きなりー君の事だった。
「何でなのりー君?」
あの後病院に運ばれた私は、一応検査の為一晩入院したけど、特に大きな怪我もなく翌日には退院出来た。
その間家族や友人達の誰も私の元へ顔を見せには来なかったし、退院も一人で家までトボトボ歩いて帰った。
家に帰ると待っていたのはお父さんと親戚の人達と遠くに住んでいる兄さんと姉さんがいた。お母さんの姿だけは見えない。
「母さんは嫁の所にいるよ。お前の顔を見たら今度は殺しそうになるからな」
キョロキョロとお母さんを探す私に兄さんは冷たく言い放つ。
「・・・・・・・・・・・・父さんの話を聞いて信じられなかったけど、写真やら音声やらの証拠見せられたら信じるしかないじゃない。しかもアンタの部屋を家探ししたら盗聴器と盗撮用のカメラが出てくるわ、理貴君の隠し撮りがアルバムで何冊も出てくるわ・・・・・・気持ち悪過ぎて全部焼き捨てたわよ。お風呂所かトイレの写真もあるなんてアンタは何時からそんな気持ち悪い子に育ったの?」
姉さんが頭を痛そうに抱える。ちょっと待って。私の部屋に勝手に入った挙句、私とりー君の思い出を焼いたの⁉︎
「酷い‼︎ 私とりー君の大切な思い出を勝手に捨てるなんて⁉︎ アレはりー君が悪い事をしたらしっかり叱る為に用意したりー君の為の道具なのにっ」
パァン! と姉さんが私の左頬を平手打ちにした音がリビングに響く。
「・・・・・・気持ち悪いからお前は一旦黙れ。今からお前は許可がない限り勝手に喋る事は禁止するから」
それだけ言うと姉さんはソファにドカリと座り、私はリビングの床に正座で座らさせた。
そして皆がソファか椅子に座ったのを確認するとお父さんは重い口を開いた。
「・・・・・・詠亜。今からお前は逮捕される。お前のした事は穏便に済ませる範囲内を優に超えている。どんな刑罰になるかは分からないが、間違いなくお前は少年院に入るだろう。出所した後は阿蘇品のおじさんの家にお世話になりなさい」
阿蘇品のおじさん? 阿蘇品のおじさんは確か農場をやっている人で・・・・・・
「おじさんは九州に住んでいるじゃない! 嫌よそんな遠い所! 何で私が」
「勝手に喋って良いって誰か許可した?」
姉さんに睨まれて口を閉ざしてしまった。だって姉さんと喧嘩する事はあっても、此処まで冷たい目と声は見た事なくて悲しくて怖かった。
「本当は住職の原絵さんの所と悩んだけど、動物と触れ合って命の尊さを学ばせる事で阿蘇品のおじさんの所に決定した。阿蘇品のおじさん達には事情は全て話してある。彼方もお前の腐った根性を叩き直すと張り切っているから、まぁ頑張れ」
「因みに一応給料は出るけど、理貴君と珈さんへの慰謝料と生活費を抜いた分だから微々たる分だけと。まぁ仕方がないわよね、二人共精神科の通院が必要になる程アンタが追い詰めたんだもの。それと、私や兄さん、父さん母さんとはアンタの縁は切るから。兄さんの家族の前にも現れないでよね」
「・・・・・・以上がお前に伝える言葉だ。何か言う事はないか?」
やっと喋る事が許された私は勢い良く立ち上がって姉さん達に詰め寄った。だってこんな一方的に決められるなんて酷い‼︎
「何で⁉︎ 何でそこまでされなきゃいけないの⁉︎ 私そこまでされる事はしてない‼︎」
「まだ分からないのか‼︎⁇ それだけの事をしたんだお前は‼︎‼︎」
机を叩き付けて怒鳴る父さん。今まで黙って私達の成り行きを見守っていた親戚のおじさんが重い口を開いた。
「お前のせいでウチの会社の大きな取引先が中止寸前になっている事は知っているのか?」
「えっ?」
「お前が虐めていた珈さんのお父様は大手会社の営業部長で、ウチの会社の最重要会社だ。あの会社との取引が終わればウチは借金まみれで倒産だ」
「私は教師をやっているから最悪退職するしかないでしょうね。教師間での噂話は早いから」
「俺の娘に縁談の話が出ていたが、破談になった。相手が虐めを受けていて、遠縁とはいえ虐め加害者がいる様な家は無理だとよ。・・・・・・お前のせいだぞこの馬鹿娘‼︎」
親戚中から責められて頭が真っ白になってしまった。
えっ? どうして顔も知らない親戚にも迷惑がかかるの?
「お前のクラスに不良グループがいただろう? その中の一人がSNSでお前達がやった虐めの動画と写真をアップしたんだ。それが大炎上したんだよ!」
「えっ⁉︎」
私は慌てて自分のスマホを取り出し、SNSで私の名前を検索した。
いつの間にか撮られていた悪ふざけの奴が投稿されていた。
私の顔や声は加工されていたけど、制服がそのままだったからそこから私やクラスメイトの名前や個人情報が流出している。
そしてりー君やあの女にした事も全部箇条書きで一つ残らず書かれていた。これを書いたのは絶対にクラスの誰かの仕業だ!
「もう父さんも今の仕事を辞めるしかない。話は聞いていたけど、此処まで酷いとは思わなかったわよ」
「嫁の両親から離婚を勧められたが、俺が婿養子になって家族と縁を切る条件で何とか許しを得たんだ。・・・・・・お前のした事でどれだけの人の人生を狂わせたのか分かっているのか?」
私が反論する事を分かっているのか分かっている様に、姉さんと兄さん達が切り捨てる様に言う。
・・・・・・えっ? あんなに仲の良かった兄さん達が離婚寸前だった? あんなにも兄さんにベタ惚れだったあのお嫁さんが? 兄さんの事をあんなにも良くしてくれたお嫁さんの両親が? 離婚を勧めた?
・・・・・・・・・・・・私のした事がそんなに悪かったの?
「私はただ、りー君の事が好きだっただけなのに・・・・・・」
「好きなら何でもして良い訳無いじゃない。そんな事も分からないのアンタは?」
心底呆れ果てた姉から吐き捨てられた。
――十年後、マレーシア。
「ほーらじーじですよ〜」
何時もは強面な義父がだらしない顔でデレデレに孫をあやしていた。
「もーお父さんたら、あんなにデレデレした顔になって」
「仕方ないわよ。一年ぶりに可愛い孫達と出会えたんだから。動画や写真じゃない孫と会うのを指折り数えて楽しみにしていたんだから」
義父の様子を呆れた様に見る妻と嬉しそうに微笑んでいる義母。
「おじーちゃーん!」と元気よく義父に抱きついた六歳の息子。ずっと義父達に会いたがっていたから嬉しいのだろう。
それは俺が夢見ていた幸せな家庭がそこにはあった。
「理貴ちょっと」
養父に手招きされて俺は隣の部屋の奥へと移動した。
「どうしたの健一父さん?」
「一応言っておく。例の幼馴染が見つかった」
「・・・・・・何処で?」
幼馴染だと言いたくないあの女は、少年刑務所から出所して直ぐに九州にある農場をしている親戚の元へ預けられた。五年は大人しくしていたから親戚達も油断した隙にあの女は脱走。直ぐに捜索願いを出したが、五年も音沙汰なし。てっきり死んでたと思ってた。
「生きてたの?」
「ああ。東京まで何とか戻ったが実家は売りに出されて家族の行方は分からず、仕方がないからホステスをやっていたそうだ。元は頭が良くて顔が良いから人気は出たが、隠された性根の悪さを見抜かれて同僚達から嫌悪されていたらしい」
「・・・・・・・・・・・・その間俺の事を探していたのか?」
「ああ。その執念は恐れいったが、お前達が海外にいる事は知らなかったみたいだ。ずっと日本中探し周っていたよ。お前達が海外に逃げた事は身内の一部以外誰も知らない」
そう。俺達はあの暴力女の魔の手から逃れる為に日本を捨ててマレーシアまで逃げたのだ。
あの粘着質な女が俺達を諦めるとは到底思えず、海外に逃げたが、結果的に逃げて正解だった。
「手掛かりもないせいかストレスが溜まり、キャストの子とトラブルを起こしてそのお店を辞め、パパ活紛いの事をやっていたらとんでもない奴に目を付けられた」
「とんでもない奴? ヤクザか?」
「いや、ヤクザだったらまだ良かったかもしれん。相手はさる政治家の隠し子で容姿端麗、文武両道、清廉潔白な大学生だった」
非常に身に覚えのある四文字ばかりだ。・・・・・・まさか。
「その男、アレの同類だったのか?」
「同類所か、それ以上のヤバい男だったよ。その男の所有していたマンションに監禁されて理貴と似た様な、いや、それ以上に酷い事をされたそうだ」
「おい。俺達の時は集団を使ってやられたんだぞ?」
「その男は輪姦とNTRとSMが性癖と言えば分かるな?」
・・・・・・強要しなければどんな性癖持っても構わないけど、流石に暴力女が可哀想になってきた。
「十年もの間、良く子供が出来なかったな?」
「・・・・・・闇医者に色々されたらしい」
養父は多くを語る事はなかったが、その一言で全てを察した。・・・・・・胸糞悪い。アレは(死んでも嫌だが)俺との子供を三人位欲しがっていたのに、無理矢理不妊にするなんて外道にも程がある。
「相手は好きな相手の子供なんていらない人間だった。悪さをする仲間達が準性的暴行で逮捕されてから芋づる式に発覚して幼馴染は保護された」
「・・・・・・・・・・・・それでアイツはどうなってる?」
養父は目を瞑って頭を左右に振った。
「心が完全に壊れてた。まるで置物の様にじっと動かなかったと思えば、娼婦の様に男と見れば下半部をさらけて男性器を欲しがる。・・・・・・もう、理貴の事すら頭の中にはないみたいだ」
「治る見込みは?」
「ない。医者からも『完全に記憶が壊れて治る見込みが薄い。治すよりも安静にした方が最善だ』と断言された。引き取られた先の親戚が見舞いに行ってるが一向に回復の兆しがないそうだ」
「家族は?」
「入院費は払っているが縁は完全に切ってる。『もう此方の親戚達に迷惑をかけたくない』と言っていた。彼女を引き取った親戚は『こうなったのは、自分達が逃したせいだから自分達が責任を持つ』と責任を放棄しないそうだ」
アレの家族と親戚はアレが仕出かした事でかなり大変だった。仕事を辞めたり縁談が無くなったりで苦労しまくりだった。
アレの家族は親戚から絶縁され、お兄さんは仲の良かった家族と絶縁する羽目になり、(後にアレ以外の家族とは復縁したそうだが)お母さんの方は鬱病を発症した。
本当にアレ以外の家族はまともで事件発覚後は土下座して謝ってくれた良い人達だったのに、その人達にすら見捨てられたアレが哀れだった。
「そうか・・・・・・もうこれ以上俺達はアイツに怯える必要は無くなるんだな」
養父はコクリと頷く。
「お前の両親も借金返済に追われて此方を気にする暇もないし、此方も二人の情報は渡していない。」
同性愛者の養父は子供が出来ない事を負い目に感じていて、唯一の甥である俺に色々援助してくれた。
だけどあの毒親、特に母親の方はそんな養父の弱みにつけ込んで嘘をついて金をせびったのだ。しかも最悪な事に祖父母の仕送り金、月十万円もネコババしていた。あの当時は随分と高価な物を良く買っていると思っていたらそう言うカラクリだったのだ。
この事が発覚したのは、俺の件もあるが何より祖父母が本当に金に困って金の融通を養父にお願いした事で発覚した。
養父以上に祖父母が激怒して、養父から『俺に使う』と嘘をついて騙し取った金と三年分の仕送り代を請求された。借金をさせて支払わせた後は、二人を勘当した。
俺もアレばかり可愛がって実子である俺を蔑ろにする親・・・・・・特に母親に対して情はとっくに無くなっていた。だから俺の方から養父達の子供になりたいと願ったのだ。
今、父親の方は大人しく今まで働いていた会社で窓際族になりながら働いている。
一時期は慰謝料を無視した時期があったので、会社に内容証明を送ったら俺にした事が会社にバレてしまい、今でも周りから白い眼に晒されながら縮こまって仕事をしている。
母親に至っては長年専業主婦でろくに働いた事がないからやっとの思いで見つけたパート先では、自分より年が若い店長に怒られ続け、あまりにも仕事が出来なさ過ぎて同僚から疎まれ、我慢出来なくなって仕事を辞める事数回。仕事を簡単に辞めるからその度に父親と夫婦喧嘩する様になり仲は最悪に。
何せその間、高い買い物とか外食とか好き放題していたから父親がキレるのも無理もない。
見かねた母方の親戚から、経営している土木系の会社の寮の住み込みの食堂の料理人の仕事を紹介されたが、そこが周りには何もない田舎だった為母親は嫌がった。しかし『そこが嫌なら離婚だ』と父親の名前が書かれた離婚届と共に宣言された為嫌々仕事についた。
事情を知らされている食堂のおばちゃん達にしごかれ、屈強な男達から白い目で見られ、給料の殆どは俺の慰謝料に消えるし何もない田舎だから大好きな買い物に行けなくなって流石の母親もすっかり大人しくなって今では大人しく皿洗いやじゃがいもの皮を剥いたりしているそうだ。
これで俺と愛する家族を害する者がいなくなった。心の錘が無くなったからか物凄く軽くなった気がする。
「後でしぐねにも言っておく」
「ああ」
笑っている筈の俺を養父は何故か悲しそうに見ていた。
夢を見た。とんでもない悪夢を見てしまった。
小さかった頃の幼馴染と優しかった頃の両親が、幼馴染の家族と俺と一緒にピクニックに行ってた頃の悪夢だ。
幼馴染のお姉さんが作ってくれた花冠を幼馴染に被せたら、輝くばかりに笑う幼馴染。
『大好きだよりー君!』
『僕もだよえーちゃん!』
俺達の言葉に微笑ましく笑っている家族。
俺にとって恐ろしい悪夢だった。
深夜、飲めない酒を飲んでいた俺をしぐねが心配して起きてきた。
「理貴君大丈夫?」
「ごめん。嫌な夢を見ただけだから心配しないで」
俺の肩にしぐねの温かい手が触れる。
「三日日さんと理貴君のご両親の夢を見たのね。それも楽しかった日々の」
「・・・・・・・・・・・・何で分かった?」
「伊達に何年も夫婦をやっていないわ。・・・・・・無理に楽しかった日々を忘れ様としなくても良いわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・多分、最初は俺が選択を間違えたんだ」
小学校の頃までは良かった。何も考えずに仲良く出来たのだから。
だけど中学に上がってからは詠亜の地頭の良さと運動神経の良さ、そして(当時は)元からの性格の良さも相まって皆の人気者となった。
対する俺は平々凡々。どうしても詠亜の隣に立つのは不相応だった。実際に陰で俺の事を色々と悪く言っていた奴もいた。
俺はそれに耐えきれなくなって詠亜を避ける様になった。アイツとは一緒に帰らない様になった。
避ける様になってから詠亜の様子が可笑しくなったのはその頃からだ。
詠亜の様子が恐ろしくて高校は詠亜と離れ様としたが、何時の間にかウチの親を懐柔し、俺が受ける高校を知って、同じ高校を選んだ。本当ならもっとレベルが上の高校に行けた筈なのに。
そう言えば両親――特に母親は女の子が欲しがっていた。詠亜はきっと理想の娘だった筈。
その縁を切ろうとした息子が許せなかったのだろう。
そうして高校から詠亜の狂気が酷くなり、それに釣られて両親も段々と性格が悪くなって俺の話を聞かなくなった。
そんな俺の懺悔を黙って聴いていたしぐねは俺を強く抱きしめた。そしてはっきりと断言した。
「理貴は悪くない。たとえ最初の選択を間違えたのは理貴だったのかもしれない。だけどその後の三日日さんとご両親の対応は間違えている。それに理貴の対応は思春期の男女に良くある事よ。それから如何するかは両方の言動よ。
あの当時の三日日さん達の行動は酷過ぎるし、私達が去った後の三日日さんの話は自業自得でしかないわ」
俺の背中を優しく撫でるしぐねの手が温かくて心地良くて少しずつ眠くなってきた。
ベットに戻ってもしぐねに背中を撫でて貰ってやっと夢の世界へと戻った。
あの悪夢はもう二度と見なくなったが、それでも目から雫が一滴零れた。
――日本の精神科病棟の中庭――
「あの患者さん最近大人しくなったわね」
「ああ。どうやら幸せな夢の世界に永住したみたいですよ。先生もあのままの状態にさせる様です」
「まぁ現実世界は彼女にとって地獄だからねぇ。その方が本人にとっては幸せかもね」
女は幸せな空想を見続ける。
それは好きな人と可愛い子供達と其々の家族が笑っている普通で当たり前の空想。
自分のせいで壊れてしまった現実を捨てて、彼女にとって都合の良い世界から戻る事はなかった。