77 箝口令
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意識を失ったキャローナが嬲れる事も無く、フロレアールが揺り動かし声を掛けている様を見たクーヴァが意を決して口を開く。
「フロレアール様、無事に意識を取り戻されたとの事で宜しいでしょうか?」
その一言を受けてフロレアールは視線をクーヴァへと移すと少し困惑した表情を浮かべながら応える。
「意識は戻っているわ…。でも正常とは言いきれないかしら…。どうやら記憶に欠落が生じてるみたいなの…私。貴方は私の事を知っている様子だけど、申し訳無いけどもう一人の男性含めて私には二人とも見覚えが無いのよ。それに今いる正確な場所も判らなくて建物などからして恐らくチェーネの街だろうって予測の範囲でしかないわ。キャローナが負傷に至った経緯も分からず、その原因が恐らく私だという事も推察でしか導きだせていないの…」
それを聞いてクーヴァはバースニップに視線を向ける。
バースニップはフロレアールの発言に偽りが無いことを頷くことで肯定する。
「こいつはマジみたいだな。フロレアール殿の言葉に嘘偽りは無い、俺が保証する」
その言葉にクーヴァは神妙な表情を浮かべつつ慎重に言葉を選んでフロレアールへと話し掛ける。
「フロレアール様、我々は争う事も逃げる事も致しませんので一先ず床に降ろして頂けると幸いなのですが…。その後にでも、私どもが判る範囲に限られますが事の経緯をご説明差し上げます」
フロレアールは逡巡した後に「承知したわ」と短い返事を口にするとバースニップとクーヴァを床へと降ろして自身の飛翔魔術の拘束から解放する。
次いでキャローナを連れ添ってカルチナの側へと移動する。
初めにうつ伏せのカルチナを飛翔魔術で床から浮き上がらせ仰向けなるようゆっくりと回転させ再び床へと降ろす。
彼女の表情がニヤケ面だった為に、思わずフロレアールは苦笑いを浮かべてしまうのだった。
次いでキャローナをその隣りに降ろすと二人に浄化魔術を施す。
浄化を終えたフロレアールは床に膝を着き、治療が途中で止まっている痛々しいキャローナの右腕を自身が左手で持ち続けていたロンググローブに突っ込むと完全再生魔術を施すのであった。
それを見たクーヴァはやや躊躇いながら声を掛ける。
「フ、フロレアール様、失礼ながら流石に再生治療の途中の腕にちぎれた部位を着けるのは如何なものかと思うのですが…」
「この方が対象のカラダも施術者へ負担も少ないの。様子からして負傷後の時間経過は然程経ってない様だったから、ちぎれた部位自体の傷み(腐敗)も殆ど起きてない筈よ。これって中級治療魔術を覚えるに際しての基本的な内容よ、知らなかった?」
「そうなのですね、申し訳ありませんが魔術は人並みに毛の生えた程度な私めは初歩のヒールしか扱えないもので。生憎とその様な知識は持ち合わせておりませんでした。失礼しました」
「気にしなくていいわ。こちらも言い方が少しキツかったわね。ごめんなさい。それと黙って治療を待ってくれてありがとう。結合も終えた様だから話を聞かせて貰えるかしら?」
そう言ってフロレアールは立ち上がるとクーヴァの方へと視線を向ける。
そうしてクーヴァやバースニップから簡単な自己紹介や大まかな経緯の説明を受け始める。
尤も無かったことにされた一件については当然の様に伏せられていた。
バースニップはこれ幸いと無かった事なのだからと伝える必要無しと都合よく解釈し、クーヴァは余計な発言を控えるように言われた為であった。
説明が進むに連れてフロレアールは頭痛に襲われ始めていた。
それはまるで欠落した記憶を取り戻す事への拒否反応の様に話しが進む程に痛みも徐々に増してゆく。
話しが大使館の建設や竣工確認期間まで進み封書へと進もうとした頃、部屋のドアが激しく叩かれる。
その頃には窓を失った壁の開口部からも時折叫び声が混ざる騒然とした音が響いていた。
記憶欠落と頭痛に苛まれているフロレアールは現状を理解できてておらず、バースニップやクーヴァに至ってはある大切な事を失念していた。
それは爆発に関する報告、連絡、相談、所謂、報連相であった。
チェーネの町は突如として発生した役場最上階での爆発により騒然としていた。
街の中で最も高い建屋、その最上階は広範囲に渡って多くの人々に爆発の発生を知らしめていた。
爆発の瞬間、役場の建屋は突如として凄まじい轟音と激しい振動に見舞われた。
役場に居た職員らによって居合わせた人々は全員屋外へと急ぎ避難し、その後に職員らの判断によって安全が確認されるまでは役場建屋内への職員及び一般人の立入りを禁止とした。
役場周囲に居た人々も響き渡った轟音と揺れ感じたことで建屋内に居た人々が外へと次々に飛び出してくる。
その人々が目にしたもの、それは頑強なフロレアール謹製の窓が吹き飛ばされ、離れ路上に散乱する光景。
その窓が元々備え付けられていたと思しき役場最上階の一室から立ち上る白煙であった。
一人の女性がその光景に悲鳴地じみ叫び声を上げる。
それは少し前に役場にてフロレアールの応対をしていた役場の受付嬢であった。
「イ、イヤーー!!あ、あの部屋には、み、御使い様と領主様方が居られる筈よ!!クーヴァ様を呼びに行った際に直接伺ったから間違いないわ!!」
その一言を耳にした者たちは慌ただしく動き始める。
衛兵へと事態を伝え、捜索と救助を要請しようとする者たち。
冒険者ギルドへと事態を伝え応援を求めに走る者たち。
家族や友人、知人へと事態を知らせに走る者たち。
不測の事態に備えて自宅へと急ぐ者たち。
そして志しを同じくする者へと声を掛けながら、ある施設を目指して走る者であった。
フロレアール達の耳に激しくドアが激しく叩かれ続ける音に併せて、そのドア越しにややくぐもった叫び声が響いてくる。
「ご無事ですか!?御使い様!!領主様!!誰か、意識があれば返事をして下さい!!」
叫び声の後にガチャガチャとのドアノブを激しく回す音、次いでガギンガギンとの硬質な物体が叩き付けられる音がドアから奏でられ始める。
それに続いてドアの向こうでは慌ただしく会話が飛び交う。
「ダメです!!バカになってるのかドアが開きません!!ドア自体も頑丈過ぎて、ぶち破る事も破壊することも無理そうです。叩き付けている斧や槌の方がイカれてきてます!!」
爆発の影響によりドアノブや蝶番はイカれておりドアの開閉が叶わない状態であった。
また、ドア自体も室内の内圧上昇に伴って僅かに傾きガッチリとドア枠に嵌っており、文字通り部屋への入口は固く閉ざされていた。
「ちぃぃ、諦めるな!!隣の部屋から窓越の突入を試すんだ!!後は屋根伝いに降下突入も行うぞ!!三班に別れ突入!!各班に長綱を収納済みな者を入れるのを怠るな!!左右の部屋の者は窓を取り外した後に長綱の先に斧や槌を括り付けて対象の開口部目掛けて放り込め!!壁に当たっても建物には傷一つ付かんから遠慮するな!!今こそ訓練の成果を発揮しろ!!」
「「了解です!!」」
捜索兼救助隊と思しき者たちの登場にフロレアール、バースニップ、クーヴァの三人は互いの顔を観て反応を伺いあう。
「…ゴメン。状況が分からないから私は動けないわよ」
記憶の欠落、そして状況説明を受けている途中のフロレアールは、先手をとるなり匙を投げてバースニップとクーヴァに対応を委ねる。
それを受けてクーヴァがバースニップへと切り込む。
「そう言えば主様、先程キャローナ殿から爆発の言い訳を考える様にと指示されてましたが?どうなんですか?」
クーヴァからの指摘にバースニップはアタフタと慌てて応える。
「えっ、いや、無理って言うか考える時間も然程無かっただろ?第一、言い訳とか誤魔化す事が苦手な俺が短時間でできるなんて貴様は本気で思ってんのか!?」
「いえ、期待してません。奇跡的に思いついているかなと念の為に確認したまでです」
「なら訊くな!!それなら貴様は何かないのかよ?」
「無くはないってだけで決して妙案ではありません。それで良ければ…」
「何もないよりはマシだ!!俺も話しを合わせるから、フロレアール殿も頼む」
「分かったわ」
フロレアール達の話しが纏まった頃、カテジナの上半身が壁から生え出ている室内が騒がしくなる。
クーヴァの指示に従ってフロレアールは入口のドアを撤去し、バースニップが隣室へと走り無事を急ぎ伝えるのだった。
そして場面は爆発に関する事情聴取へと進む。
「皆様、ご無事な様で何よりです。では、早速で申し訳ないですが、事情を聞かせて頂けますか?」
「承知した。おい、クーヴァ、お前から聞かせて差し上げろ。それで構いませんかね?」
「別に構いませんよ。幸い、亡くなった犠牲者も居らず、人的被害も気絶している御使い様のお仲間三名と最小限の様ですからね。それに御三方も気絶しているだけの様で、目立った外傷も無い様ですし…」
捜索兼救助を務める衛兵隊のリーダーと思しき人物が了承する。
その応えにフロレアール達は乾いた愛想笑いを返していた。
「それでは私の方は部屋の修復に取り掛からせて頂きますね」
そう言ってフロレアールはカテジナがぶち抜いた壁などの修復をするとの名目で聴取の場から離れる。
尤もこれは記憶の欠落しているフロレアールがボロを出さない様にとクーヴァからの指示であった。
「それでは、改めて説明させて頂きますが…一言で言うならば実験でした」
「じ、実験ですか!?あの爆発がですが!?」
「そうです。実験です。ご存知の通り、チェーネの町におけるその建屋の殆どはフロレアール様の謹製です。その頑強さは周知の事実であり、並大抵のことではキズすら付きません」
「其れはそうですが…何故に態々(わざわざ)室内で?」
「それはですね…、フロレアール様の来訪が急遽決まった事からですかね。衛兵の皆様なら御存知でしょうがフロレアール様たちはチェーネに到着されたばかりです。にも関わらず、お時間を割いて頂き、当方の要請に応じてこの場へとお越し頂きました。その上、明日からは領主館の建造や旧教会の撤去作業に従事して頂く事と相成りました。その様なフロレアール様のお手をこれ以上、煩わせるのは申し訳なく、この場での実験に協力頂いたのです」
普通に聞けば「あんたバカァ?」と返されそうな内容だが傾国の美貌による従属状態な衛兵は御使い様の手間を省く為との理由に納得してしまう。
「そうでしたか…ならば致し方がない事情もあったとの事は認めます。ですが、初めの話に戻りますが、何故それで爆発が生じるのですか?」
「単純に建屋の頑強さの確認ですよ。フロレアール様にも尋ねたのですが、具体的な建屋の耐久度は御存知無いとの事で実地テストを頼んだ次第です。この町の建屋の強度確認はフロレアール様以外ではまず不可能ですからね。徐々に魔術の威力を上げて頂いていたのですが最後にあの爆発と相成ったという理由です」
「…まぁ…、なんと言うか…申し訳ないのですが、そこまでして試す必要はあったのですか?」
「ありました。其れも本日中に行わなければならない理由が!!」
クーヴァが強く言い放った事で聴取を行っていた衛兵は“ゴクリ”と喉を鳴らす。
「領主館ですよ。フロレアール様か明日には建造されますので」
「えっ!?領主館ですか!?それで実験ですか?」
領主館を造るからフロレアール謹製の建屋の頑強さを確かめたとの理由は、流石に腑に落ちずに問いただす。
だがクーヴァは慌てること無く切り札の一言を放つ。
「無論です。寧ろ領主館だからこそですよ。何か勘違いされてる様なので敢えて口にしますが、こちらにいる代理領主のバースニップの為ではありません。本来の領主で在られるエヴィエオードス国王陛の御身に関わる事だからです。今やこのチェーネの町は王国内でも有数の規模を誇る町と相成りました。この町が有する城郭の規模と強固さ、街の建屋の堅牢さを考慮すれば安全面としては王都とも遜色無く、随一といっても過言では無いほどです。時が経ち国王陛下が退位された暁には、この地を領主として直接統治なされる可能性は決して低いものでは無くなっております。そして、その折には当然、領主館に住まわれる事になりますので、今回の検証必要不可欠だったのです」
将来的とはいえ国のトップたる国王、その身の安全に関わる事と言いきられては町の衛兵に過ぎない彼では何も言えなくなってしまう。
加えた聴取の相手は代理とはいえこの町を任されている領主直属の配下であり、その主たるバースニップも隣で黙って頷き、クーヴァの発言を肯定している様に他者からは見えた。
その実は、“すげぇ、俺には無理だわ。何コレ、言ってる事の九割九分くらい嘘なんだけど…。怖い、この子怖いわ!!ひょっとしてコイツって詐欺師か詐称のスキル持ちなの!?”と考えており、驚きの表情が浮かばないように目を閉じて必死に耐えていた。
「承知致しました。それならば致し方がなかったとの事で今回の件は不問とさせて頂います。非常時とはいえ立場を弁えず失礼しました。無礼がありましたらお許し下さい」
「ご納得を頂けた様ですね。貴殿は職務を全うしただけの事です。それに当方にも落ち度はありましたので気にする必要はありません。そうですね?バースニップ様」
「あぁ、気にする必要は無い。迅速な行動ご苦労であった。貴殿たちの今後の活躍にも期待している」
「ありがとうございます。そう仰って頂けると幸いです」
クーヴァからと突如の振りにを何とかやり過ごしたバースニップ。
その言葉に衛兵は感謝の意を露わにする。
「あぁ、忘れるところでした。今回の一件は箝口令をお願いしますね。可能性としてですが国王陛下に関わる事柄ですからね。この事が露見する事ご早い程、悪しき結果しか呼び込まないと思われますので…」
晴れてお咎めなしとなった衛兵に対してクーヴァが箝口令を要求として突き付ける。
所謂ギブアンドテイクと言うやつであり、衛兵側としては断り難い状況をつくられた後からの要求であり、非常にタチが悪いと言えるものである。
クーヴァからの箝口令の要請に衛兵の表情は渋いものへと変わる。
「その、申し訳ありませんが、それは難しいかと。人の口に戸は立てられぬと申します。この爆発は既にチェーネ中に知れ渡っております。我々だけならばいざ知らず、流石にコレを口外するなと仰られましても無理というものです」
衛兵の申し出は尤もであり、その点はクーヴァも想定していた。
「えぇ、“この爆発の全て”との無理は申しませんよ。この場にいる者以外への口外を禁ずるのは、“爆発の原因”や“目的”に関してのみとします。衛兵の皆様にら申し訳ありませんが、そうですね…。“爆発の原因は不明”、“バースニップ様やフロレアール様など関係者は全員無事”として報じて下さい。全員が無事だった理由としては、御使い様が爆発の直前に気付いて魔術障壁をもってして皆を護ったとでもして下さい。実際に我々が無事なのは魔力障壁のお陰ですからね」
「承知しました。その通りに致します。最後に一つ宜しいでしょうか?差し支え無ければなのですが…。カテジナ殿が壁をぶち抜いたり、他にも御二方が気を失っているのは何故なのですか?」
その質問にクーヴァが即座に応えられず居たところに部屋の修復を終えたフロレアールが戻ってくる。
「それは魔術障壁の張り方が悪かったのと爆発の威力が彼女達の予想を超えてたからかしらね」
その声に衛兵とクーヴァ、バースニップがフロレアールの方へと振り向く。
「バースニップ様とクーヴァさんは私の魔術障壁内に居て護っていたの。カテジナは自身で、カルチナとキャローナは二人一緒だったわ。二人は爆発の衝撃とかを見誤って驚きからか気絶、カテジナに至っては障壁の形状やら体勢が悪かったみたいで吹き飛ばされたってところかしら。まぁ、不幸中の幸いで魔術障壁があったからこそ皆んな無事で済んだって事ね。カテジナなんて下手したら壁にぶつかって潰れたトマトになってもおかしくは無かったわ」
「な、なるほど…。御使い様、御自らお教え頂き恐縮です。それでは我々は町の皆へと先の指示に基づいて報を伝えて廻り混乱を鎮めて参ります。では、失礼致します。皆、行くぞ!!」
衛兵のリーダーはそう言って一礼すると駆け足で部屋から去り、他の衛兵もそれに続くのであった。
その頃、大翼の御使い像が坐す
施設、加えてそれに隣接する憩い場には人々が集い始めており、そこへと向かう人々の列は途切れることなく続いていたのであった。




