64.五年後の力
「私は師匠のように、並行世界のあなたと身体を入れ替えるような真似はできない」
「そ、そうか」
「でも、今現在のあなたを、成長させる事ならできる」
「えっ?」
「すなわち、子供にされたあなたを……アロン・エムスを、一時的に成長させる事なら可能なのよ」
「それって、つまり……今の俺のまま、大人に成長した姿になるって事か?」
メルティがコクンとうなずき、俺はゴクリと喉を鳴らした。
呪いが解けない場合、このまま成長するしかないと考えてはいたが……それを魔法によって実現できるのか?
「成功するかどうかはやってみないと分からないけど……どうする?」
「考えるまでもないな。ぜひ、やってくれ」
メルティはうなずき、杖を構えて呪文を唱えた。
「まず、私自身のレベルを引き上げないと……リンク・アップ!」
頭上と足元に魔法陣が出現し、メルティの身体を光が包む。
未来の自分とリンクして身体を成長させ、自身をアップグレードさせるという、メルティの切り札的な魔法だ。
大人へと成長を遂げたメルティは、大型化した杖を振りかざし、俺に向けて呪文を唱えた。
「時を進ませ、レベルアップした状態に……大人の姿へ変化させる……時空魔法、フォーム・アップ!」
「!?」
俺の頭上と足元に魔法陣が出現し、怪しげな光が全身を包む。
だ、大丈夫なのか、これ? 頼んだぞ、メルティ……!
目線の位置が、グングン高くなっていき、自分の身体が大きくなっていくのを感じる。
やがて大人に変身したメルティよりも目線の位置が高くなり、魔法が成功した事が分かった。
「おお、やったな。……んん? 声が本来の俺より若いような……」
「ごめんなさい。今の私ではこれが限界みたい。たぶん、一五歳ぐらいに成長したと思う。二〇歳以上にできると思ったんだけど……」
メルティは申し訳なさそうにしていた。
かなり無理をしたのか、顔色が悪いし、息も上がっている。
人間を成長させる魔法っていうのは、そこまで難しいものなのか。時の流れを操るわけだしな。
「いや、十分だぜ、メルティ。お前はやっぱり天才だよ。きっと将来は偉大な魔道士になるだろうな」
「魔剣帝の状態には程遠いと思うけど……どうにかなりそう?」
「ああ。一〇歳の子供から、一五歳になったんだぜ? 体格は大人とほとんど変わらないし、行けると思う」
「よかった……」
魔力と体力を消耗したのか、メルティは倒れそうになった。
慌てて支えてやり、その場に座らせる。大人に変身しているから当たり前だが、めっちゃ大人っぽくなってるな。元々美少女なのが、さらにグレードアップしている感じだ。
「後は任せろ。ハイティーンになった俺の力を見せてやるぜ」
「期待しているわ。でも、無理はしないで。大きな力を使えば使うほど、変身していられる時間は短くなる。何もしなければ一〇分以上は持つはずだけど、強い力を使えば……数分で元に戻ってしまうわ」
「大丈夫だ。なんとかするさ」
一五歳の頃の俺と同じような身体になったのか。そういや、急激に背が伸びたのがその頃だったっけ。
無論、毎日のように剣は振っていたが、腕の方はまだまだだったな。
しかし、肉体そのものは成長途上であっても、今の俺には経験と知識がある。魔剣帝まで行かなくとも、かなりの実力を発揮できるはずだ。
「髪は白髪のまんまか。クールっぽくて悪くないかもな」
メルティを休ませ、彼女から離れる。
魔族の騎士に爆弾攻撃を続けているカエデと黒装束達に近付き、声を掛ける。
「待たせたな。後は俺に任せてくれ」
「……誰だ、貴様は? って、小僧か? い、一体、なぜ急に成長して……」
「俺の仲間の魔法だよ。たぶん禁呪ってヤツだから黙っていてくれ」
「あ、ああ。貴様、割といい男だな……」
「?」
カエデは頬を染め、なにやらモジモジしていた。
黒装束達が「隊長、男に免疫ないから」「ぶっちゃけワイルドなタイプに弱いよな」などと呟いている。分身ではない部下もいたのか。
街の一角が爆破されまくっていてひどい有様だったが、魔族の騎士は無傷で立っていた。
兜の奥で光る鋭い目で俺を射抜き、ボソッと呟く。
「ほう。それが貴様の、真の姿というわけか?」
「うーん、どうかな。たぶん、五年後ぐらいの姿になるんだろうが……真の姿には程遠いかな」
「よく分からんが、手加減は必要なさそうだな……!」
「ああ。お手柔らかにな……!」
魔力をまとい、加速し、踏み込む。
敵もまた魔力をみなぎらせ、大剣を振りかぶる。
俺が間合いに入る前に、魔力の刃を叩き付けて仕留める算段か。
だが――そいつは俺にもできるんだぜ?
「むうん!」
「はあっ!」
大剣から巨大な魔力の刃が放たれ、空間を引き裂く。
魔剣ソードウインドを抜き、こちらも風をまとった魔力の刃を放ち、敵の放ったそれを真っ二つにする。
すると魔騎士は横薙ぎに払った大剣を切り返して踏み込み、真横から俺に叩き込んでくる。
その重い一撃を右手の魔力剣で受け止め、同時に左手で二本目の魔剣を――ブロードザンバーを抜き、魔力を込めて打ち込む。
「うおおおおおおおおお!」
「ぬううううううううう!」
ブロードザンバーが一回りほど大型化し、魔力をまとった刀身が、魔騎士の全身を包み込む魔力の壁にぶつかり、突き破る。
――手応えあり。もらった!
鎧を引き裂き、その中身ごと、ズバッとカットする。
「お、おのれ……き、貴様、やはり、アロン・エムス……魔剣帝、か……?」
「……かもな。秘密にしといてくれ」
「ぐはあ!」
魔騎士の巨体が二つに裂け、どす黒い瘴気みたいなものが噴水のように噴き出す。
鎧ごと身体が崩れていき、やがて塵一つ残さず消滅した。
この魔騎士、改名する前の俺の名前を知っていたのか。以前、戦った魔族の誰かから聞いていたのかもな。
「……やれやれ、どうにか勝てたな。……んっ?」
視線を感じ、見上げてみると、上空に浮遊した例の魔女が俺を見つめ、目を見開いていた。
なんだ? なにか驚いているような……。
「ば、馬鹿な。人間が魔族の騎士を倒すなど……それにあやつのあの姿、あの強大な魔力は……ま、まさか、あやつは……」
魔女はなにかに気付いたようにハッとして、自分と対峙している、もう一人の魔女、ベルリエルをにらんだ。
「貴様か! 貴様があやつを呼び込んだのか!? この馬鹿者が!」
「なんだ、やかましい。魔剣帝とやらの弟子がそんなに怖いのか?」
「ば、馬鹿者が! あれは弟子などではないわ、阿呆ぅ! とんでもない化け物を連れてきおって……あやつは我ら魔女の天敵なのだぞ……!」
「知るか。だが、貴様がそこまでうろたえるのなら、あいつの剣を奪って、この街に来るように仕向けたのは正解だったのかもなあ……ククク……」
よく見るとベルリエルの方はボロボロで、かなり苦戦している様子だった。
仕方ない、ちょっと加勢してやるか……なんて思っていると。
「冗談ではない。こうなったら、全力で潰してやるまでだ……!」
魔女が杖を振るい、呪文を唱えると、上空に巨大な魔法陣が出現した。
魔法陣から、新たなモンスターが降下してくる。
それは全身を分厚い装甲で覆った、巨大な竜だった。先程と同じモンスターを、さらに二体も召喚しやがった。
「装甲竜、メタルアーマードラゴンを二体召喚! そして、さらに……『融合』を発動!」
最初に召喚したヤツと、合わせて三体のドラゴンが、光に包まれ、一つに結合する。
現れたのは、全身を装甲で覆われた、巨大な三つ首の竜だった。
「超装甲竜、メタルアーマーヒュドラ! 街を焼き払い、人間どもを皆殺しにせよ!」
三体のモンスターが合体して、一体の超巨大モンスターに……合成獣みたいなものか?
しかし、街中にあんな馬鹿でかいモンスターを召喚するなんて、なにを考えてやがる。
巨体が通りに収まり切れず、周囲の建物まで押し潰して、無理矢理収まってる状態だ。
近所迷惑どころの騒ぎじゃないな。
「メタルアーマーヒュドラの攻撃! あそこにいる魔剣使いを全力で潰せ!」
「魔剣使い……って、俺の事か?」
三つもある頭部がすべて俺の方を向き、鋭い目を不気味に光らせ、にらみ付けてくる。
おいおい、よせよ。俺にそういう目を向けてきて、生き長らえたヤツなんてほとんどいないんだぞ。
しかし、魔騎士をやるのに結構力を使っちまったから、もうあまり余裕はないかもしれない。
「おい、貴様。なぜ、『ムラマサ』を使わんのだ?」
声を掛けてきたのはカエデだった。
俺の腰に差している片刃の長剣を凝視している。
国王からもらった、この魔剣の事か? なんでカエデがコイツの事を知ってるんだ?
「それは我が祖国から友好の証としてパイノエリア王国に送られた伝説の名刀だ。強力な呪いがかけられているため、素人が抜く事は禁止されているが……腕の立つ剣士が使えば、まさに名刀、途轍もない威力を発揮するという」
「やっぱり呪われてるんじゃねえか! 確かによさそうな剣だが……」
「斬った対象から生命力を吸い取り、切れ味を増すという。吸えば吸うほど威力を増し、あらゆるものを斬り捨てる殺戮の妖刀、それが『ムラマサ』だ」
「めちゃくちゃ物騒だなおい」
殺戮の妖刀、か。過去にコイツで斬られた人間の怨念とか宿っていなければいいが……。
しかし、生命力を吸い取って切れ味を増すっていうのは使えそうだな。なんとなく、悪党が使いそうな能力なのがアレだが。
「メタルアーマーヒュドラだとぉ……フツーのヒュドラを購入して死なせてしまった我に対する皮肉か! 死ねえ!」
ベルリエルが吠え、装甲竜に向けて特大の魔力弾を放つ。
街一つを吹き飛ばしてしまいそうな威力が込められたそれを受けても、モンスターは無傷だった。
竜がファイヤーブレスを吐いて反撃し、ベルリエルは慌てて回避していた。
「一体でも倒せなかったのに、三体が融合するなんて……これはさすがにマズイですわね……」
マヨネラとアーシェは、融合前の装甲竜に攻撃を繰り返していたようだが、ほとんどダメージを与えられないでいた。
あの全身を覆う装甲はかなりの強度を誇るようだ。極大魔法や、魔力剣も通じないとはな。
「アロン君、どうしたらいいと思う? ……って、アロン君? あれ、なんか大きくなってる?」
「メルティの魔法で一五歳ぐらいになったんだよ。ちょっとだけパワーアップしたぜ」
「そうなんだ……んん? あれれ? んん……?」
「?」
アーシェは成長した俺の姿をマジマジと見つめ、なぜか怪訝そうに首をひねっていた。
「髪の色が違うし、顔付きも全然若いけど……魔剣帝様に似てない?」
「えっ? そ、そうかな……」
「めちゃくちゃ似てるわ。大ファンの私が、魔剣帝様と見間違えそうになったぐらい……もしかして、アロン君って……」
「ア、アーシェ、今はそれどころじゃないだろ? そういう話は後で……」
「魔剣帝様の、親戚なんじゃないの?」
真顔で呟くアーシェに、思わずこけそうになる。
そうきたか。本人だとは思わないんだな。ギリギリセーフってとこか。
「親戚か……まあ、そういう事にしといてもいいけど……」
「違うの? でも、ハッキリ否定しないあたり、怪しいわね……」
「い、いや、それは……」
「なんてね! 深く詮索されたくない事ってあるよね。今のは忘れて」
なにか複雑な家系の事情でもあると思ったのか、アーシェはそれ以上追及してこなかった。
胸をなで下ろした俺の顔をジッと見つめ、ポツリと呟く。
「それはそれとして、もっと成長したら、さらにそっくりになるのかも……ぬふふふ……」
「ア、アーシェ? 妙な目で見ないでくれよ」
変な笑いを漏らすアーシェが怖いが、正体がバレていないのならよしとしとこう。
マヨネラまで、俺の事を怪訝そうな目でジロジロ見ているのが気になるが……。
「まさか、あの男の子供なんじゃ……ううん、まさかですわよね……」
俺の事を、俺の隠し子じゃないかって疑ってるのか? ややこしいな、おい。
「やれ、メタルアーマーヒュドラよ! 早く、あやつを殺すのだ! ヤツさえ潰してしまえば、あとはどうとでもなる……!」
魔女が叫び、ヒュドラが咆哮を上げる。
随分と、俺の事を危険視しているようだな。俺に関する悪い噂でも聞いたのか。
あの魔女は、俺が魔剣帝本人だと思い込んでいるようだ。
確かにその通りなんだが、なぜそう結論付けたんだろう? 魔女の勘ってヤツかな。




