58.本当の盗人
その日の昼下がり。
俺は盗賊ギルドに乗り込んだ。マヨネラにアーシェ、メルティも一緒だ。
先日の事もあって、ギルドの連中はあまり俺達を歓迎してはくれなかった。
明らかに警戒の目を向けてきていて、中には武器を手にして身構えている者もいる。
「ギルドマスターはいるかい? ちょっと話がしたいんだが」
俺が声を掛けると、盗賊達はざわめき、やがてギルドマスターである長身の男が出てきた。
「またあんたらか。俺になんの用だ?」
「色々と訊きたい事があってさ。知っている事を全部教えてほしいんだ」
ギルマスの男に勧められ、中央にあるテーブルに着く。
他の盗賊連中は遠巻きに俺達の様子をうかがっている。ザッと見て、五〇人ぐらいか。まあ、たとえ揉めたとしてもなんとかなりそうな人数かな。
「闇オークションを仕切っているのはあんた達、盗賊ギルドだよな?」
「ああ、そうだ。それがなにか?」
「なんでも扱い、誰にでも売る。盗賊都市ならではの一大イベントだ。闇ギルドの連中も盗品を売りさばいたりしているらしいな」
「なにが言いたい?」
警戒した様子のギルマスに、俺は軽い口調で告げた。
「俺は別に、非合法な商売や取引を否定はしない。そういうのもありなんだろう。この街ではな」
「……」
「だが、自分の持ち物を盗まれたあげく、それを使って大儲けをしようとしている人間を、見逃せるほどお人よしでもない。キッチリ落とし前はつけてもらわないとな」
「なんの話なんだ?」
「闇ギルドに所属し、魔女から鑑定を頼まれた盗品を持ち逃げしてオークションに出品、盗品を奪い返した魔女を襲って、また奪い返す……なかなかの極悪非道ぶりだな、あんた」
ギルマスの男はピクッと反応したが、すぐにニヤッと笑ってみせた。
「おいおい、勘弁してくれよ。言い掛かりもいいところだぜ。盗賊ギルドのマスターを務めているこの俺が、闇ギルドなんかに入っているわけがないだろ?」
「そう思うのが普通だよな。敵対関係にある闇ギルドに、まさか表のギルドのマスターが所属しているなんて誰も思わない。それを利用して、闇ギルドに出入りしていたんだろ。顔を隠し、偽名でも使って」
「ひどいこじつけだな。証拠でもあるのかよ」
余裕の笑みを浮かべているギルマスをジッと見つめ、俺は呟いた。
「……二度目に魔剣を奪ったタイミングがよすぎるんだよ」
「は? どういう事だ」
「今朝、魔剣は落札者に引き渡す予定だった。だが、取引は上手くいかず、魔剣は落札者に奪われてしまった。その魔剣を魔女が盗み、逃げたわけだが……魔剣を魔女が持っている事を知るのはあの場に居合わせた人間だけだ。あんたもあそこに来ていたんだろ? そして、取引がどうなるのかを監視していた。なにかあったら自分が処理するつもりでな」
「……」
「取引相手が魔剣帝を名乗り、魔剣の出品者が誰なのか教えないと金は払わないと言っているのを聞いて、肝を冷やしたんだろ? なにしろ魔剣を出品したのは自分なんだから。だが、そこであんたにとってはありがたい事に、魔女が魔剣を奪ってくれた。魔剣帝には手が出せなくても、魔女ならどうにかなる。そしてあんたはまんまと魔女から魔剣を奪ったってわけだ」
俺の話を聞いたギルマスは、不愉快そうに眉根を寄せていた。
「全部、憶測だろうが。証拠はあるのかよ」
「あのな。なんの証拠もなしに、こんなところに乗り込んでくると思うのかよ」
「……なんだと?」
「あんたは知っているのかな? 例の魔女は、自分が盗んだ品物には目印になる魔法をかけているんだ。品物が近くにあれば探知できるんだよ。もし、今ここに魔剣があったとしたら、どう言い逃れをするつもりだ?」
「魔法だと? そんなもん、魔女本人がいなきゃどうしようも……」
「我を呼んだか?」
「!?」
略奪の魔女、ベルリエルが姿を現し、ギルマスは目を丸くしていた。
「お、お前、どうして……」
「ふん、我がここにいるのが不思議か? それとも生きているのが不思議か?」
「い、いや、見た事もない女がいきなり現れたから驚いただけだ。誰なんだ、あんた?」
「たった今、話題に上がっていた魔女だ。我は盗んだ品に魔法でマーキングを施している。もしも近くにあるのなら、すぐさま探知が可能だ」
「……どうせハッタリだろ? 魔法のマーキングなんかしていないくせに、反応があるとか言って俺に罪を被せようと……」
「ちなみに、マーキングしてある品は、我の魔力に反応して光を放つ。まぶしいくらいにな」
「……!」
ベルリエルが手をかざし、掌に魔力の光を宿す。
かざした手を左右に動かすと、ギルドの奥にある扉から、光が差し込んできた。
盗賊達がどよめき、ギルマスの顔色が変わる。
「に、二代目、あんた、まさか……」
「うるせえ、俺を二代目と呼ぶな! あんなのはあれだ、魔女があらかじめ光る魔法を仕込んでたんだろ! 騙されるな!」
なるほど、そう来たか。
だが、光っているのが問題の魔剣だとしたら、どうするんだ?
「見付けたぞ。そら、こっちへ来い」
ベルリエルが糸を手繰り寄せるような動作をすると、奥の部屋のドアを突き破り、光る物体が飛び出してきた。
それは俺の愛刀、魔剣ブロードザンバーに間違いなかった。
魔剣は宙に浮いたまま移動し、ベルリエルに引き寄せられていった。
飛来した魔剣をパシッとキャッチし、略奪の魔女はニヤリと笑った。
「ようやく取り返したぞ。闇ギルド所属の鑑定士ノーマンよ。まさか貴様が、盗賊ギルドのマスターだったとはな」
「し、知らん! 俺はノーマンなんて名前じゃねえし、お前になんか会った事もねえ!」
「ほう、そうか。ところでこのマーキングだが、最も簡単で効果時間が長いのは、術者の血を塗っておく方法なのだ」
「そ、それがどうし……」
ギルマスがハッとした表情を浮かべ、ベルリエルが愉快そうに言う。
「貴様は短剣で我を刺したな? 無論、血は拭ってあるのだろうが、そのぐらいで魔女の血を浴びた痕跡は消えない。貴様が今持っている短剣が光を放てば、それは我を刺したもので間違いない。そら、その短剣を抜いてみせろ」
「ぐっ……!」
ベルリエルに催促され、ギルマスは自分の腰にある短剣を押さえて、うなっていた。
……どうやら決まりのようだな。コイツがベルリエルから魔剣を奪った犯人だったわけだ。
この野郎、よくも今までしらばっくれてやがったな。なにが闇ギルドは邪魔な存在だ。自分もメンバーだったんじゃないか。
「どうした? 早く抜いて無実を証明してみせろ」
「……そんなに抜いてほしいんなら、抜いてやるぜ……!」
「!?」
ギルマスが瞬間的に距離を詰め、すばやく抜いた短剣でベルリエルに斬りつける。
俺はベルリエルの前に出て、短い方の魔剣でギルマスの短剣を受け止めた。
短剣が魔女のマーキングにより光っているのを確認しつつ、ギルマスに呟く。
「あんたの得意技が不意打ちなのはバレてるんだよ。そんな手が何度も通用すると思っているのか?」
「こ、このガキ……お前さえいなけりゃ、今度こそ魔女を始末してやったのに……!」
「いや、無理だろ。あんまり魔女をナメない方がいいぜ」
「!?」
ベルリエルの姿がグニャリと歪み、消えてしまう。
分身を残し、本体は後ろに下がっている。さすがにもう不意打ちを受けるのは御免だと思ったのだろう。
短剣を弾くと、ギルマスは後退し、悔しそうに歯噛みしていた。
「どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって! 魔剣帝のクソ野郎の剣を売りさばいて大儲けしようとしたのによぉ!」
「あ? 誰がクソ野郎なん……」
「クソ野郎とはなによ、このゴミクズ野郎があ! 魔剣帝様を侮辱すると許さないわよ!」
俺に代わって叫んだのはアーシェだった。
魔剣帝をクソ野郎呼ばわりされたのがよほど頭に来たらしく、これまでに見せた事のないような怒りの形相を浮かべている。
「魔剣帝様の剣は、あんたみたいな薄汚いコソ泥が触ってもいいような代物じゃないのよ、カス! 身の程を知りなさいよね!」
「こ、この俺が、コソ泥のカスだと……?」
「そもそも盗賊なんてただの泥棒だし! 人の物を盗んで生活しているなんて恥ずかしくないの? 盗賊なんかみんなまとめて牢獄送りになればいいんだわ!」
アーシェの遠慮も容赦もない物言いに、ギルマスだけでなく盗賊連中全員が不愉快そうに顔をしかめ、略奪の魔女ことベルリエルまでもがムッとしていた。
……まあなんだ、正論を言うのも時と場所を選ぼうな、という話だよな。
普段のアーシェはここまでキツイ事を言うようなタイプじゃないんだが、魔剣帝の悪口を言われたせいでキレているようだ。
「お前ら、俺の罪を暴いてどうしようってんだ? この俺が、参りました降参です、とでも言うと思っているのか?」
「いや、別にどうもしないけど。俺は魔剣をもらっていくだけさ。ベルリエルはどうする?」
「このコソ泥をぶちのめす。ついでにこいつらが溜め込んでいるお宝もいただいていくか」
魔力をみなぎらせ、両手の指をボキバキと鳴らしてみせるベルリエル。
俺は彼女を止めるつもりはないし、むしろ手伝ってやってもいいとさえ思っている。
今まで、散々振り回されてきたからな。お返しにギルドを潰してやるのも悪くない。
「どこまでも俺をナメてくれてるよな。いずれは盗賊王の名を継ぐ予定の俺様を捕まえてよう……!」
「!?」
盗賊王の名を継ぐだと……?
確かに、コイツにはその資格がある。かつての盗賊王は、あの男だからな。
だが、この状況で、勝ち目があるとでも思っているのか? 大人しく降参した方がいいと思うんだが……。
「俺はギルドを大きくして、力を付けるつもりだった。新たな盗賊王となって、魔剣帝を倒すためにな!」
「魔剣帝を、倒すだと……」
「そうとも! 先代の盗賊王の恨みを、この都市を半壊させられた復讐を遂げてやるのさ! ヤツを倒すためなら、手段は選ばねえぜ!」
ギルマスが叫び、懐からなにかを取り出す。
それは平べったい宝珠だった。鎖が付いていて、ペンダントになっている。
「闇ギルドで取引をしていると、こういうレアアイテムも手に入るのさ! コイツには悪魔の力が封じ込められている! それを開放すればどうなるか……今ここで試してやるぜ!」




