57.泥棒の上前をはねる者
俺達は、ひとまず宿に戻る事にした。
無駄に動き回るより、宿屋で待機していた方が安全だろう。
ベルリエルが魔剣を届けに来てくれるかもしれないしな。
宿屋に戻ってみると、食堂に黒装束の一団が来ていた。
王国警備隊のカエデという女だ。一緒にいるのはあいつの部下なのか分身なのか、パッと見では分からなかった。
「こんにちは。それじゃ」
「待てこら」
笑顔で挨拶をして通りすぎようとしたんだが、呼び止められてしまった。
仕方なく、俺達も食堂のテーブルに着いた。
「魔女は一緒ではないのか。逃げられたのではないだろうな?」
「別行動を取っているだけですよ。魔女を捕まえに来たんですか?」
「我々は闇オークションを主催する組織に潜り込んでいるのだが……オークションを取り仕切っているのが盗賊ギルドなのは知っているな?」
「ああ、そうらしいっすね」
「落札者との取引で揉め事が起こったらしく、盗賊ギルドは大騒ぎだ。落札者を消せなどと息巻いている連中もいて、物騒な雰囲気になっている。その取引相手というのが魔剣帝を名乗る者らしいのだが……なにか知っているか?」
「あー、まあ……それはですね」
揉め事の詳しい内容について、簡潔に話しておく。
無論、偽魔剣帝の正体については伏せておいた。
「なんだ、偽者なのか。噂に聞く、魔剣帝とやらに会ってみたかったのだが」
「魔剣帝に興味があるんですか?」
「うむ。一度、手合わせしてみたいと思っている。最強の剣士とやらをこの手で切り刻んでやりたいものだ……」
含み笑いを漏らすカエデに、寒気を覚える。
やっぱりコイツ、アサシンなんじゃねえのか。
元の姿に戻れたとしても、あまり手合わせはしたくないな。爆弾とか投げてきそうだし。
そこでアーシェが、笑いながら言う。
「やめた方がいいですよ。魔剣帝様に敵うわけないじゃないですか。身の程知らずって怖いですよねー」
「……なんだと? 身の程知らずとは私の事か?」
「そんな失礼な事は言えませんけど、その通りです」
「言っているじゃないか! 上等だ、表に出ろ!」
「ま、まあまあまあ。喧嘩はやめましょうよ」
アーシェとカエデが揉めそうだったので、慌てて双方をなだめておく。
俺が原因で決闘にでもなったら困る。一応は味方同士なんだから仲良くしようぜ。
「しかし、よりによってこの街で、魔剣帝の名を騙るとは、いい度胸をしている者がいたものだな」
「えっ? それって、どういう……」
「聞けば、数年前、盗賊達の親玉を倒したのは魔剣帝だとか。しかもその戦いの際、街の半分近くを壊滅させたと聞く。盗賊どもはもちろん、街の住民の大半は魔剣帝に恨みを持っているはずだ。そのような場所でわざわざ魔剣帝の名を騙るとは、命知らずもいいところだろう」
確かにな。この街で魔剣帝を名乗ってもメリットなんかないか。
しかし、そんなに恨まれているのかね? 当時の盗賊団とは和解したはずなんだが……。
「命知らずかもしれませんけど、あの方もお強いですからね。問題はないかと」
「なんだと? 貴様は偽魔剣帝が誰なのか知っているのか?」
「い、いえ、それは分かりませんけど。かなりの腕前だとお聞きしましたので……」
マヨネラはカイルの名を出さずに誤魔化していた。
他人に知られてはマズイと判断したのか。さすがに慎重だな。
「我々は魔女を逮捕できればそれでいい。そちらの用が済んだら教えろ。魔女は我らが処理する」
「あっ、はい。了解です」
俺は笑顔で手を振り、宿屋から出ていくカエデ達を見送った。
カエデ達が去った後、アーシェが問い掛けてきた。
「アロン君、魔剣を取り返したら、魔女の人を警備隊に引き渡すの?」
「いや? そんな約束をした覚えはないな」
「えっ、でも、今、了解したって……」
「あの人の言っている事は了解した、っていうだけだよ。従うとは言っていない」
「うわあ……」
アーシェは「なんてずる賢いの」とでも言いたげな顔だった。
まあなんだ、俺も最初は魔女のヤツを仕留めるつもりでいたが、話してみたらそんなに悪党ってわけじゃないみたいだったからな。
国王を拉致しようとしたのは未遂に終わったんだし、盗んだ物を返してくれさえすれば、見逃してやってもいいんじゃないか。
「マヨネラさんは? 魔女は絶対に捕まえないと駄目かな?」
「そうですわね……私の立場としては、犯罪者を見逃すわけにはいきませんが……被害者であるあなた達が許すというのなら、なにも見なかった事にしてあげてもいいですわよ」
「さすが、話が分かる。そういうとこ、好きだなあ」
「そ、それはどうも。……なぜでしょう、あなたに好きとか言われると、なんだか恥ずかしいですわ」
マヨネラは頬を染め、照れくさそうにしていた。
俺みたいな子供に言われても恥ずかしいものなのか? そういう反応をされるとこっちが照れてしまうな。
ベルリエルが連絡を入れてくるまでは宿で待機していた方がいいか。
ひとまず、皆で部屋に戻ってみると。
部屋の窓が開いていて、床の上に略奪の魔女ことベルリエルが倒れていた。
「お、おい、どうした? しっかりしろ!」
慌てて駆け寄り、抱え起こす。
彼女が着ているローブの腹のあたりが血で染まっているのに気付き、冷や汗をかく。
「う、ううっ……」
よかった、まだ息がある。
だが、この傷はマズイぞ。かなりの深手を負っている。
「とりあえず止血するぞ。誰か、医者か治癒魔法を使えるヤツを連れてきてくれ!」
「基礎的な回復魔法なら使えますわ。あまり深い傷は治せませんが」
マヨネラが回復魔法を使えるらしいので、手当を任せてみる。
傷の止血をしつつ、俺は瀕死の魔女に語り掛けた。
「しっかりしろ! 一体、誰にやられた? まさか、偽の魔剣帝か?」
「ち、違う、あいつじゃない……食堂から離れたところで、ヤツに会ってしまって……」
「ヤツって、誰だ?」
「我から魔剣を奪った、闇ギルドに所属するヤツだ……ヤツは我の動きを見張っていたらしく、いきなり不意打ちを……」
ベルリエルが鑑定を依頼して、魔剣を持ち逃げされた相手か。
闇オークションに出品したのもたぶんそいつなんだろうが、なぜ今さらベルリエルを……?
「すまん、またしてもヤツに魔剣を奪われてしまった……我とした事が、大失態だ……」
「もういい、しゃべるな。後の事は俺に任せて、大人しくしてろ」
カクンと頭を垂れ、ベルリエルはなにもしゃべらなくなった。どうやら気を失ったようだ。
傷口に手をかざして回復魔法をかけているマヨネラに尋ねてみる。
「治りそうですか?」
「難しいですわね。私の回復魔法では、痛みを和らげるぐらいしか……お医者様に診せた方がいいと思います」
くそ、なんて事だ。まさか、ベルリエルが襲われるとは。
彼女は盗賊どもとよく揉めていたようだし、敵も多いのだろう。
しかし、よりによって、彼女から魔剣を奪ったヤツが再び仕掛けてくるとはな。
それもベルリエルが魔剣を取り戻した直後に。あまりにもタイミングが良すぎないか。
彼女をずっとマークしていたのなら、そういった真似も可能だとは思うが……なにか引っ掛かるな。




