55.偽魔剣帝と魔剣帝(本物)
「おい、どうするのだ? お前の魔剣が偽の魔剣帝に奪われてしまったようだが……」
「ああ。どうしたものかな……」
ベルリエルに訊かれ、俺は悩んだ。
俺が本来の姿であれば、話は簡単だ。偽者を演じているあいつに声を掛け、剣を返してもらえばいい。
だが、残念ながら今の俺は、子供の姿に変えられてしまっている。
魔剣帝本人だと言っても、簡単には信じてくれないだろう。
「とりあえず、話をしてみるよ。二人は待っていてくれ」
「一人で大丈夫か?」
「ああ。ここは俺に任せてくれ」
ベルリエルとメルティをその場に残し、席を立つ。
再び仮面の男と僧侶の女性がいるテーブルに近付き、声を掛けてみる。
「やあ、どうも。少し話をしてもいいかな?」
「いや、悪いが我々は忙しい……」
「どうぞどうぞ、座ってください! なにか食べますか? 魔剣帝さんが奢ってくれますよ~!」
リリアと呼ばれていた僧侶の女性に勧められ、空いている席に着く。
仮面の男はなにか言いたそうだったが、リリアに「ファンは大事にしないと」と言われると黙っていた。
「さっき、柄の悪い連中と揉めてたみたいですよね。金を払うとか払わないとかで……」
「えっとぉ、あれはその……ちょっとした行き違い? みたいな? ですよね?」
「ああ。こちらの出した条件に彼らが応じず、金と商品を奪って逃げようとしたので、ちょっと懲らしめてやったんだよ。騒がしくしてしまってすまない」
「あいつらって、盗賊ギルドの連中でしょう? 闇オークションを仕切ってるっていう」
「よく知っているな。何者なんだ、君は?」
そこで俺は、ニヤリと笑って告げた。
「実は俺、この都市には盗まれた剣を取り返しに来たんですよ。色々調べていたら、どうも闇オークションに流れているみたいで」
「剣を? どんな剣なんだい?」
「世にも珍しい、魔剣ですよ。破壊の魔剣、ブロードザンバー。魔剣帝の愛刀です」
「!?」
リリアが目を白黒させ、仮面の男もビクッと反応した。
さて、そろそろハッキリさせておこうか。
「どうやら、あんたが落札したらしいな。魔剣帝を名乗るあんたが、なぜか魔剣帝の愛刀を」
「い、いや、それは……君は一体、何者だ?」
「俺は一応、魔剣帝の弟子という事になっている。魔剣は師匠である魔剣帝から預かった」
「魔剣帝の弟子だと……馬鹿な、魔剣帝が弟子など取るはずが……」
いや、魔剣帝はお前なんだろ? もうボロが出ているぞ。
苦笑しつつ、さらに追及してやる。
「嘘じゃないぜ。師匠から預かった魔剣はもう一本ある。ほら、コイツがそうだ」
「その剣は、魔剣ソードウインド……! 確かに、魔剣帝の持ち物だが……」
「俺が魔剣帝の弟子なのは、知り合いに聞いてもらえば分かる。今は別行動を取っているが、王国騎士団のマヨネラと、学院で同級生のアーシェも一緒に来ている。俺が魔剣を取り返すために来た事も知っているよ」
「マヨネラとアーシェが? そこまで言うのなら、嘘ではなさそうだが……」
困惑した様子の仮面の男に、俺は鋭い目を向けた。
「嘘つきはあんただろ。魔剣帝の名なんか騙りやがって……どういうつもりなんだよ?」
「うっ! も、もしかして、最初から私が偽者だと……」
「ああ、バレバレだった。ついでに言うと、あんたが誰なのかも分かってる」
「!?」
「なんで魔剣帝のフリなんかしてるんだ? そんな必要ないだろ、カイル」
「……!」
俺が指摘すると、仮面の男は椅子をガタンと鳴らし、仰け反っていた。
「馬鹿な、なぜ私の名を!」とでも言いたそうだな。
「あの……もしかして君は、私に会った事があったり……」
「まあね。もう何度も会っているかな。それこそ色々な場所でな」
すると仮面の男は観念したのか、顔を覆った仮面を外してみせた。
予想していた通りの、整った顔立ちをした優男の素顔が出てきて、安堵する。
やっぱりお前か、カイル。別人だったらどうしようかと思ったが……。いや、むしろ別人だった方がよかったか?
「これには色々と複雑な事情があってね……」
「というと?」
「知っているとは思うが、例の『呪詛の魔女』を倒した後、魔剣帝は行方不明でね。一部では死亡説もささやかれているんだ」
「あー……」
「遠方に出ていた私は、風の噂で魔剣帝の話を聞いてね。彼が死んでいるはずがないと思い、立ち寄りそうな場所を回ってみたんだが、姿を見たという話を聞かない。死んではいないにしても、かなりマズイ状況に陥っているんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど。それで?」
「魔剣帝が死んだなどという噂が広がれば、邪悪な者達の動きが活発になるかもしれない。彼を恐れている者は多いからね。そこで、私は名案を思い付いた。私が彼に化けて、魔剣帝は健在だと世間にアピールしてやればいいんじゃないか、とね」
「それでその黒っぽいコートと仮面を?」
「そうさ! なんとなく魔剣帝っぽいだろう? 彼の素顔を知る者と遭遇したとしても、仮面を被っていれば誤魔化せるし」
「……」
事情は分かった。こいつなりに考えての行動だったんだな。
その変装はどうかと思うが……もう少し似せてみようとは考えなかったのか?
「魔剣帝を名乗って、わざと大きな仕事を受けてみたりした。それなりに効果はあったんじゃないかと思う」
「ええと、じゃあ、どうして魔剣を落札したりしたんだ?」
「魔剣帝の魔剣が闇オークションに出品されるらしいという噂を聞いて、魔剣が本物なら、えらい事だと思ってね。新たな魔女か、魔族の罠にでもかかって魔剣を奪われたのかもしれない。それならともかく魔剣を回収しておいて、出品者から入手経路を探り出してやろうと……魔剣帝の居場所がつかめるかもしれないからね」
割と真相を突いているな。俺は魔女のせいで子供にされ、魔女に魔剣を奪われたわけだから。
「魔剣帝がどこにいるのか、そもそも彼は無事なのか、知っていたら教えてくれないか?」
「……」
コイツになら話してもいいと思うが、ここじゃ人目があるからな。
誰に聞かれるか分かったものじゃないし、事情を説明するのはまた今度改めてという事にしておくか。
「居場所は知らないけど、魔剣帝は無事だよ。割と元気だと思う」
「本当かい? それならいいんだが……」
「その魔剣は俺が預かっている物なんだ。渡してもらえないか?」
するとカイルは、少し思案してから答えた。
「悪いが、それはできない」
「なんでだよ。俺の事が信用できないのか?」
「いや、たぶん君が魔剣帝の関係者なのは本当だと思う。その点については疑っていない」
「だったら……」
「だが、君は預かっていた魔剣を奪われたわけだろう?」
「うっ……!」
「そんな君に魔剣を渡していいものかどうか……また盗まれるかもしれないし、私が預かっていた方が安全なんじゃないか?」
くっ、そう来たか。
俺が魔剣を盗まれたのは事実だし、そこを指摘されると弱いな。
だが、俺は魔剣帝本人なんだぞ。渡しても問題はないというか、盗まれるかどうかの心配なんて、余計なお世話なんだが……。
仕方ない、ここはいったん引いておくか。
俺が魔剣帝だと分かれば、剣を渡してくれるだろう。
それまでは、コイツに預けておいた方が安全なのかもしれないしな。
「分かったよ。それじゃ、あんたに預けて……」
「フハハハハ! どうやら交渉決裂のようだな! ようやく我の出番か!」
「!?」
そこでいきなり、店内に笑い声が響き渡った。
この声は……確認するまでもなく、あいつか!
見ると、ベルリエルは、俺達が着いていたテーブルの上に立っていた。
メルティが魔女を見上げてオロオロしている。かわいそうに。
「おい、偽の魔剣帝! 他人の名を騙ったあげく、そいつのような子供から魔剣を取り上げるとは、この不届き者め! 恥を知れ、恥を!」
「な、なんだ、君は? 随分と無礼な態度だが……テーブルの上に立つのは行儀が悪いし迷惑だぞ!」
「ふん、やかましいわ! 我は『略奪の魔女』なり! 小僧の魔剣、返してもらうぞ!」
「!?」
ベルリエルが手をかざすと、次の瞬間、その手には魔剣ブロードザンバーが握られていた。
手が届くような距離ではないし、魔剣が飛んでいったわけでもなく、瞬間移動したようにしか見えなかった。
おそらく、あいつの魔法なのだろう。離れた位置にある物を瞬間的に取り寄せる事が可能なのか。
大したものだが、相手が悪すぎる。よりによって、コイツに盗みなんかを仕掛けるとは……。
「盗みの魔法か? 面白い真似をしてくれるね……」
カイルが呟き、静かに立ち上がる。
俺は冷や汗をかき、ベルリエルに向かって叫んだ。
「おい、逃げろ、早く! できるだけ遠くへ離れるんだ!」
「小僧? なにを言って……」
ベルリエルが首をかしげている間に、カイルは背中の剣に手をやった。
同時に、俺は叫んだ。
「右に飛べ!」
「!」
本能的に危機を察したのか、ベルリエルは俺の指示通り、右へ飛んだ。
刹那、彼女がいた位置の空間をなにかが引き裂き、奥にある壁に巨大な猛獣の爪痕のようなものが刻まれる。
カイルが剣を振るい、その剣圧で斬りつけたのだ。
店の出口へと飛んでいくベルリエルに向け、カイルが剣を振るおうとしたのを見て取り、俺は短い方の魔剣を抜き、カイルの前に飛び込んだ。
ヤツの剣を、魔剣で押さえる。
「驚いたな。君には私の太刀筋が見えるようだね」
「ま、まあ、どうにか」
「さらに驚いた事に、私が剣を振るう動作に入る前に、攻撃の性質や方向を読んでいたな? 予知能力でもあるのかね」
「さ、さあ、どうだろ……」
「おまけに私の剣を止めるとは……信じられない真似をするね」
魔力剣を全開にして、ギリギリ止められた。
攻撃を先読みできたのは、コイツの太刀筋の特徴や癖を知っているからだ。
コイツはそれだけ恐ろしい相手なんだ。今の俺には一時的に動きを止めるぐらいしかできない。
「早く逃げろ! コイツの視界に入ったら真っ二つにされるぞ! 見えなくなるまで離れるんだ!」
「わ、分かった!」
直後、ベルリエルの姿が消えた。
おそらく、転移魔法を使ったんだろう。これでひとまずは安心か。
「で? 彼女を逃がして、君はどうするのかな。私から逃げられるとでも思っているのかい?」
ニヤリと笑ったカイルに、俺は冷や汗をかくしかなかったのだった。




