54.魔剣帝を騙る者
そいつは長身で、やや長めの金色の髪をした男だった。
黒っぽいコートを羽織り、背中には長剣を差している。
顔付きは分からない。なぜなら、顔全体を覆い隠す仮面を被っているのだ。
そいつを目にした途端、俺の身体を電流で貫かれたような衝撃が走った。
まさか、あいつは……ヤツなのか?
魔剣帝を名乗るなんて、どんな詐欺野郎が来るのかと楽しみにしていたんだが……。
よりによって、とんでもないヤツが現れやがった。
「やあ、リリア。お待たせ」
「お疲れ様です。ドラゴンゾンビの方はどうなりました?」
「なんとか片付いたよ。何度もしつこく再生して、なかなか仕留められなくてね。しばらく、アンデッド退治はしたくないな……」
仮面の男は疲れたように呟き、テーブルを挟んで僧侶の向かいに座った。
……待て、落ち着け、俺。顔を隠しているし、こいつがヤツだとは限らないぞ。雰囲気がよく似た赤の他人という可能性もあるじゃないか。
「そちらの彼は? 随分と若いボーイフレンドだね」
「やだなあ、違いますよ。朝ご飯を食べてたら声を掛けられて……そう言えば、魔剣帝のファンなんですって!」
「へ、へえ、魔剣帝のね……」
気のせいか、仮面の男が動揺したように見えた。
まあ、偽者なのは間違いないしな。なにせ、ここに本物がいるんだから。
「握手してあげたらどうですか? ついでにサインも。きっといい思い出になりますよ!」
「い、いやあ、どうだろう? 黒歴史にならないといいんだけど……」
やっぱりコイツはあいつなんだろうか。
分からないのは、なんでよりによってコイツが、俺の名なんかを騙っているのかという事だ。
コイツに限って、そんな必要はないはず。なにしろ、この男は……。
ちょっと確かめてみるか。
「魔剣帝さんっすか? お会いできて光栄っす!」
「あ、あー、うん。どうも……」
「でも、どうして仮面なんか被ってるんですか?」
「あはは、それはそうですよ! 素顔だと本人じゃないってバレちゃう……」
「えっ?」
「リ、リリア? 君は黙っていてくれるかな?」
今の台詞、僧侶の姉ちゃんもコイツが本物の魔剣帝じゃないって知ってるのか。
ますます分からないな。なぜ魔剣帝のフリなんか……なにか深い事情でもあるのか?
丁度そこで、目付きの悪い連中が十数人ほど、店に入ってきた。
あれは……盗賊ギルドの連中か。
先日、ギルドを訪ねた際に俺の顔を見たヤツがいるかもしれない。
この二人と一緒のところを見られたらマズイかも、と思い、さり気なくテーブルから離れて、魔女とメルティが待っている席に戻っておく。
「おい、どうなっている? あの男が魔剣の落札者なのか?」
「ああ。魔剣帝だと名乗っているらしい」
「ま、魔剣帝だと?」
するとメルティがすかさずツッコミを入れてくる。
「偽者に決まっているわ。さては詐欺師?」
「おい待て。なぜ、偽者だと言い切れるのだ?」
「それは……本物に会った事があるから。そうよね、アロン?」
「あ、ああ。俺は弟子だし、師匠を見間違えたりしないよ」
「そう言えばそうだったな。つまり、あれは偽者で間違いないわけか。しかし、それならなぜ偽の魔剣帝が魔剣帝の剣を落札したのか……なにがどうなっているのだ?」
「なにか事情があるんだと思う。少し様子を見てみよう」
盗賊ギルドの連中は、仮面の男の周囲にあるテーブルにつき、他の客が近付いてこないようにしていた。
「お待たせしました。こちらが商品でございます」
「確かめさせてもらおうかな」
「ええ、どうぞ」
商品が本物かどうかを改めつつ、仮面の男は呟いた。
「この剣をどこで手に入れたのか、入手経路を知りたい。出品者はどこの何者なのか教えてもらえないか?」
「お客さん、それは……闇オークションでは御法度ですぜ。出どころを探らないというのが暗黙のルールになっていますので……」
「それは分かっているが、どうしても知りたいんだ。なぜなら……この剣は元々、私の物なのでね」
「えっ? そ、それは、どういう……」
盗賊達がざわめき、戸惑っている中、仮面の男は、静かに呟いた。
「私が魔剣帝本人だと言っているんだよ。盗まれた剣を取り戻しに来た、というわけさ」
「なっ……なんだって……!」
衝撃の告白を受け、盗賊達の間に動揺が走る。
……よくもまあ、堂々とあんな嘘がつけるよな。本物がここにいるっていうのに。
「落札した剣の代金は払う。その代わり、その剣を持ち込んだ人間の名前と居場所を教えてもらおうか。私の剣を奪った報いを受けてもらわなければならないのでね……」
「い、いや、それは……」
「代金は払うのだから、そちらに損はないだろう。出品者がどうなろうと、見なかった事にしてくれ」
「……」
盗賊ギルドの連中は、かなり戸惑っている様子だった。
代表らしき男が、仮面の男に告げる。
「悪いが、お客さん、そいつはできない相談だな。なんでも取り扱い、誰にでも売り渡すのが闇オークションのルールだ。オークションの主催者側が参加者の情報を流したとあっちゃ、信用問題になる。たとえあんたが本物の魔剣帝だとしても、剣の出どころは教えられないな」
「ほう。それはそれは……なかなか、いい度胸だな……」
仮面の男の気配が変わり、わずかながら殺気を放ったのが分かった。
空気が張り詰め、盗賊達のみならず、広い店内全体に緊張が走る。
……あいつら、まさか、あの仮面男とやり合おうなんて考えてないよな?
それだけはやめておいた方がいいぞ。ヤツは魔剣帝なんかじゃないが、恐ろしく強い。
それこそ、魔剣帝に匹敵するぐらいに。
「君達全員の首を飛ばすと言っても、誰もしゃべってはくれないのかな?」
「ふ、ふん。この人数を相手にか?」
「余裕だね。なにしろ私は魔剣帝だから! 君達が瞬きをするよりも速く、全員を仕留めるぐらいわけもない事さ! なにしろ魔剣帝だからね!」
魔剣帝である事を強調する仮面の男に、盗賊達は戸惑っていた。
「自分が魔剣帝だって二回言ったぞ」「なんか嘘くさくねえ?」「魔剣帝ってあんな喋り方だったか?」「顔を隠してるのが怪しすぎる」などと呟く声が聞こえてくる。
盗賊達が疑いの眼差しを向けると、仮面の男はコホンと咳払いをして、呟いた。
「どうやら疑われているようだね。それでは軽く、魔剣帝の腕前を披露しようか。今から、君達全員の、利き手を斬り落としてみせよう」
「なっ……!」
「ああ、動かないでくれ。利き手の手首のみを斬り落とすつもりだが、下手に動くと別の場所まで斬ってしまうかもしれない。全員、そのままでいてくれ」
盗賊達は息を呑み、誰も動けなくなっていた。
あいつ、マジでやる気か。つか、俺の名を騙ってなにをやってくれてるんだ。
「では、行くよ。せーの……」
「ま、待ってくれ!」
盗賊の代表が叫び、仮面の男は背中に差した剣から手を放した。
「あんたが魔剣帝だって言うんならそうなんだろ。信用する」
「そうか。では、剣を持ち込んだ出品者の名前を教えてくれ」
「それは、その……言えねえなあ!」
「!?」
盗賊のうち、数人が同時に煙玉を投げ、仮面の男の周囲を灰色の煙で包んだ。
もうもうと煙が立ち込める中、十数人の盗賊達がすばやく動き、店の出口へと逃げていく。
盗賊連中は商品を入れたケースと、仮面の男が持参していた、金が入っていると思われる鞄を抱え込んでいた。
商品も金も全部回収して逃げる気か。たくましい連中だな。
だが……そういう真似は、相手を見てやるべきだったな。
煙が漂う中で、仮面の男が、背中に差した剣に手をやったのが見えた。
刹那、煙が四散し、盗賊達全員がバタバタと倒れた。
仮面の男が剣を一閃させたのだ。目にもとまらぬスピードで。
倒れた盗賊達に近付き、仮面の男は剣と金を回収していた。
「リリア、彼らに治癒魔法をお願いします。斬ったばかりなのでくっつくはずですよ」
「は、はい、了解です。うわあ、相変わらず、すごいですね。この人達、自分が斬られた事にも気付いていないんじゃ……」
僧侶の女性が治癒魔法をかけて回り、盗賊達の傷を治していく。
……それで僧侶と組んでるのか。恐ろしいヤツ……。
息を吹き返した盗賊達に、仮面の男は静かに告げた。
「剣を持ち込んだ人物について、話してくれたら金は払う。話してくれないのなら払わない。そういう事でどうかな?」
「す、少し考えさせてくれ……」
「いいとも。でも、なるべく早く頼むよ。なにしろ魔剣帝だからね! とても気が短いから、ギルドごと潰しちゃうかもしれないぞ? なにしろ魔剣帝だから!」
盗賊達は色々と不満がありそうだったが、一度死にかけたばかりだったので、文句は言わなかった。
店を出ていく盗賊達を見送り、自称魔剣帝の男はため息をついていた。
「ふう、やれやれ。剣は手に入れたが、盗んだ犯人は分からないままか。彼らが教えてくれる気になるといいんだが……」
「きっと大丈夫ですよ! 気長に待ちましょう!」
「そうだね……」
僧侶の女性にうなずき、仮面の男はテーブルに着いた。
さて、なんだか妙な事になってきたぞ。
俺の剣が闇オークションから解放されたのはいいが、偽魔剣帝の手に渡ってしまった。
ただの偽者ならぶちのめして剣を奪ってやるところだが、あいつが相手では無理だ。
なぜならヤツは……たぶん、世界一腕の立つ剣士だからな……。




