5.魔剣帝の噂
実技訓練の授業は二時限続けて行われた。
俺はずっとアーシェと組んで、実戦形式で彼女に相手をしてもらった。
おかげでいい運動になったぜ。アーシェに感謝だな。
「お疲れ。さすがはクラス一の剣士、強いなあ」
「はあ、はあ、はあ……お、お疲れ様……き、君もなかなか、やるじゃない……はあ、はあ、はあ」
アーシェは肩で息をしていて、汗っかきなのか、全身汗だくだった。
学生とは思えない、かなりの腕前だった。
彼女が一番だとして、他の生徒もそれに近い腕前なのだろうか。
だとしたらこの学院のレベルは相当なものだな。
「アロン君、ちょっと」
「はい?」
クララ先生に呼ばれ、先生のもとへと駆け寄る。
先生はため息をつくと、小声で俺に囁いた。
「やりすぎよ。もう少し加減しなさい」
「えっ? なにかまずかったですか?」
首をひねる俺に、クララ先生は呆れたように呟いた。
「アーシェさんは学年のトップ、高等部全体でも五本の指に入る実力者よ。そんな彼女を相手に互角以上の立ち回りをしてみせるなんて、悪目立ちしすぎでしょう」
「えっ、そうなんですか? なるほど、それで結構強かったのか……」
「『結構強い』程度のレベルではないんだけど……困った子ね」
どうやらアーシェは生徒の中でも別格の腕前だったらしい。
生徒が皆、彼女と同等の腕前というわけではないのか。ちょっとホッとしたぜ。
先生は、俺が変に目立ってしまって、他の生徒からいじめられたりするのではないかと心配してくれているみたいだった。
周りの生徒達の反応を見る限り、その心配はなさそうだったが。
みんな、子供の俺の事をアーシェが相手をしてあげている、というように見ている様子だ。
誰も俺の実力がアーシェと互角かそれ以上だとは気付いていない。
学生相手ならそれなりに戦えるというのが分かっただけでも収穫はあったな。
本来の俺には遠く及ばないが……少しでも差を埋められるように努力しよう。
昼休みになり、俺は学生食堂で昼食をとった。
食堂はかなり広く立派な施設で、育ち盛りの学生がたらふく食べられるように、安価な値段でボリュームのある料理が提供されていた。
街にある普通の食堂の半分以下の値段じゃないか。きっと王国が補助金とか出してくれているんだろうな。
「ううっ、調子に乗って食いすぎたか……」
少しでも筋肉を付けようと思い、肉料理を中心に食えるだけ食ったんだが、さすがに食いすぎた。
腹を押さえてよろめきながら食堂を出て、どこか落ち着いて休める場所を探す。
適当に歩いていると、やがて中庭らしき、開けた場所に出た。
ベンチを見付け、そこで休もうとしていると、ベンチの近くにいる集団の中に見知った人物の姿があるのに気付いた。
あの金髪の美少女は……アーシェか。他の連中は見た事のない顔だな。なにをしているんだ?
「で、どうかな。入ってもらえないかな?」
「……もう少し、考えさせてください」
皆を代表するようにして、眼鏡を掛けた優男がアーシェに話し掛けている。どうやらなにかの勧誘をしているようだ。
アーシェは渋っているみたいだが……クラブかなにかかな?
ま、まさか、いかがわしい遊びのお誘いとかじゃないよな? そういうのはまだ早すぎると思うぞ。
「迷う必要はないと思うがね。我々はただ、貴族出身者のみが所属できるサークルに参加してくれないかと言っているだけなんだよ」
「分かりますけど、貴族出身者のみというのが、ちょっと……」
アーシェが困っていると、強面でガラの悪そうな男が前に出てきた。
「貴族は貴族同士でつるむもんだぜ。平民連中と仲良くしてなんの得がある? よく考えろ」
「そういう考え方は、学院の方針に反するのではないでしょうか?」
「綺麗事はいい。実際、まともに剣が振るえるのは貴族出身の人間ばかりだろ。平民で腕の立つ剣士なんてほとんどいやしないじゃないか」
「そんな事はないです。平民出身でもすごい剣士はいると思います」
男はムッとして、アーシェに問い掛けた。
「誰がいるっていうんだよ?」
「……たとえば、魔剣帝とか。彼は平民の出身だと聞きましたが」
「うっ……ま、魔剣帝か……」
『魔剣帝』の名を聞き、連中が怯んだのが見て取れた。
……俺って、学生の間でも結構有名なのか? ちょっと照れるな。
「い、いや、あんなのは例外中の例外だろ! 貴族とか平民とかで語れるレベルじゃないって!」
「生まれてすぐ、産声を上げるよりも先にモンスターを斬ったって話だぞ」
「読み書きを覚えるよりも早く剣術を極めたって聞いたな。初めてドラゴンを斬ったのは三歳の時だとか……」
「魔族ですら魔剣帝の名を聞いただけで泣きながら逃げていくって噂だし、人間かどうかも怪しいよな」
うーん、なんか微妙な評価だな……。
剣の達人として尊敬されてるっていうより、化け物扱いされているような……?
噂話にしても盛りすぎだよな。確かに俺は最強クラスの剣士だが、さすがにそこまで超人じゃないぞ。
「私は、彼のような真の剣士を目指しています。ですから、家柄などを基準にした集まりというのはどうも……」
「俺達が家柄だけで集まってる能無し集団だって言いたいのか?」
表情を険しくした上級生と思われる集団に迫られ、アーシェは困惑していた。
強面の男が、ニヤリと笑って言う。
「そこまで言うんなら、見せてくれよ。真の剣士を目指してる人間の実力ってやつを」
「えっ?」
「上級生だからって遠慮はいらないぜ。俺達に勝てたら、もう勧誘はしない。ただし、負けたらサークルに入ってもらう。それでどうだ?」
「……」
アーシェは迷っている様子だったが、やがてコクンとうなずいてみせた。
「分かりました。その条件、お受けします」
「いい度胸だ。じゃあ、勝負しようか……!」
「!?」
言うが早いか、男は長剣を抜き、いきなり斬りかかってきた。
アーシェは見事な反応速度で斬撃をかわしたが、さすがに驚いている。
「ひ、卑怯ですよ! いきなり剣を抜くなんて!」
「真の剣士を目指すんなら、このぐらいかわせなくてどうするよ。実戦に卑怯もクソもないだろ?」
「くっ……!」
強面の男に続いて、仲間の生徒達までもが剣を抜き、アーシェを取り囲む。
アーシェも慌てて剣を抜いて構えたが、多勢に無勢、いくら彼女でも、あの人数を相手にするのはキツいだろう。
……やれやれ。仕方ないな。
ちょっとだけ、手を貸すか。