42.盗賊都市
王都から馬車に揺られて丸二日、王国の領土の片隅に、その街はあった。
なにもない荒野の先に、分厚い壁に囲まれた城塞都市がある。
あれこそがボトムシティ。住民のほとんどが盗賊だという、盗賊都市だ。
俺は学院を休み、一人で向かうつもりだったのだが。
どういうわけか、同行者がいたりした。
「おお、あれが盗賊都市! 泥棒しか住んでいないって噂だけど、本当かな?」
「見るからに不気味な街ね。お財布を盗まれないようにしないと」
金髪の美少女剣士、アーシェ・クリダニカ。
いつもフードを被っている青い髪の魔法使い、メルティ・メルトロン。
クラスメイトの少女二人の同行を許してしまい、俺は早くも不安になっていた。
「なんで付いてくるんだ……危ない場所だって言ってるのに」
「危ないから、に決まってるでしょう? アロン君を一人で行かせるわけにはいかないわよ!」
どこで聞き付けてきたのか、俺が盗賊都市へ行くつもりだと知るや否や、二人とも一緒に行くと言い出した。
無論、俺は反対したのだが、二人とも聞いちゃくれなかった。
「俺は一人でも大丈夫なのに……」
「それはどうかしら」
隣に座ったメルティが俺の首に腕を回し、抱き寄せるようにして軽く絞めてくる。
「この通り、非力な私でも簡単に捕まえられる。剣のない君は、ただのお子様でしかないのよ」
「だ、誰がお子様だ! 放せって!」
確かに今の俺は一〇歳の子供であり、身体は小さくて力も弱い。
だが、これでも毎日のように剣を振って鍛えているんだ。非力なメルティの細い腕ぐらい簡単に振りほどく事ができる。
それをやらないのは、怪我をさせたらマズイからだ。
断じて、女の子にくっつかれるのがちょっと気持ちいいからじゃないぞ? いや、マジで。
しかし、俺の正体を知っているのに、よく平気でベタベタとくっついてくるよな。気持ち悪くはないのか?
「本当は大人なのにこんな小さい子供にされてると思うと愉快で……いじり回してしまいたくなるのよ」
メルティがクスクスと笑い、耳元で囁いてくる。
くそ、この俺をオモチャ扱いしやがって……今に見てろよ。
元の姿に戻ったら、逆にそっちをオモチャにしてやるからな。泣くまでくすぐるとかしてやろう。
「あなた達、遊びに来たわけではありませんのよ。分かっていますの?」
はしゃいでいる(ように見えたんだろう)俺達をたしなめたのは、もう一人の同行者だった。
王国騎士団、第一部隊隊長、マヨネラ・ライオット。金髪を縦巻きロールにしたお嬢様風の美人だが、凄腕の騎士でもある。
彼女は俺達の保護監督者という事になっている。
アーシェとメルティまでもが学院に休学届を出したので、盗賊都市へ行こうとしている事がバレてしまった。
当然のごとく、学院、保護者共に猛反対。
そこでアーシェがマヨネラに相談し、彼女が保護監督者として付き添う事になった。
王国騎士団の隊長が同行するのなら大丈夫だろうと判断されたのか、俺達は盗賊都市行きの許可をもらえた、というわけだ。
「あくまでも見学という事になっていますけど。お城を襲った魔女の追跡と調査も兼ねている事をお忘れにならないように」
マヨネラは単なる付き添いではなく、騎士団の仕事も兼ねているらしい。
なにしろ国王がいる城が襲われたのだ。賊に逃げられたままでは王国騎士団の名折れになる、といったところか。
「もちろんです、お姉さま! 街中を徹底的に調べて、魔女の居場所を突き止めてやりましょう!」
「い、いえ、あなた達はそんなにはりきらなくても……くれぐれも危険な真似はしないように願いますわ」
例の暗殺者みたいな警備隊の連中も来ているらしく、本格的な捜査はあちらが担当するらしい。
マヨネラは一般人の振りをして俺達を引率しながら調査を行い、俺達三人は邪魔にならないよう大人しくしておく、という事になっている。
警備隊や騎士団の連中が魔女を捕まえてくれるのならそれに越した事はないが、人任せにばかりしておくというわけにもいかない。
俺は俺で動いて、魔女の手がかりを探るつもりだ。いくらか当てもあるしな。
やがて馬車が街に入り、大通りを真っ直ぐ進んでいく。
俺を除く三人は馬車の窓から顔を出して街の様子を眺め、なんとも言えない顔をしていた。
「こ、ここが盗賊都市……なんだか陰気な街ね……」
アーシェが呟き、マヨネラとメルティがうなずく。
ボトムシティはそれなりに広く、規模の大きな都市だ。
しかし、街全体にあまり活気がなく、どこか寂れた空気が漂っている。
なにしろ住民の大半が盗賊稼業に携わっているという、犯罪者の巣窟みたいな街だからな。
明るく陽気な観光地なんかとは空気が違うんだ。
やがて馬車が止まり、いよいよ盗賊都市に降り立つ。
アーシェとメルティは緊張した面持ちで周囲を見回し、警戒していた。
「いきなりスリや強盗が襲ってくるかも……気を付けなきゃ」
「通行人がみんな泥棒に見える……気が抜けないわね」
一方、マヨネラはさすがに落ち着いたもので、余裕を見せていた。
「そこまで緊張する必要はないでしょう。油断してはいけませんが、普通に振る舞うように」
ちなみに、俺達は制服姿だが、マヨネラは私服姿だ。
引率役という事で、教師っぽいジャケットにタイトミニという出で立ち。腰には長剣を差している。
制服姿の俺達も浮いているが、マヨネラも浮きまくりだ。見るからによそ者って感じだよな。
「おっと、ごめんよ」
背中を丸めて歩いてきた中年男が、マヨネラに軽く肩をぶつけ、一言呟いて去っていこうとする。
すかさずマヨネラは男の前に回り込み、声を掛けた。
「お待ちなさい。今、取った物を返してもらいましょうか」
「な、なんの事だ?」
「私の財布を返してくださいまし。嫌だとおっしゃるのなら……その腕を斬り落としますけど」
「!?」
腰に差した剣に手をやり、マヨネラが殺気を放つと、男は顔色を変えた。
震える手で奪った財布を差し出し、男はすばやく逃げていった。
「ふう。早速、スリにあうなんて、油断も隙もありませんわね」
ため息をつくマヨネラを見て、俺は感心した。
「さすがは騎士団の隊長ですね。今のに気付くなんて」
「そういうあなたも、あの男の進路をふさごうとしていましたわね。どうやら噂に違わぬ実力をお持ちのようで、頼もしいですわ」
マヨネラにほめられ、少し照れてしまう。
彼女が気付かないようなら、俺が男から財布を奪い返すつもりだったんだが……その必要はなかったな。
なにしろここは盗賊都市なんだ。あんなのがそこら中にウヨウヨしている。気を抜くと、すぐに一文無しにされてしまうぞ。
「まずは宿に向かいましょうか。スリやひったくりに気を付けて」
マヨネラに先導され、盗賊都市の中心を貫く大通りを歩く。
実は、この大通りがこの都市で最も安全な場所だったりするのだが、それでもスリやひったくり、ぼったくりの露天商なんかがウヨウヨしている。
大通りから脇道や裏通りに入ると、さらなる危険が渦巻いている。ここはそういうところなのだ。
マヨネラが殺気を放ちながら歩いてくれたおかげで、俺達はスリなどの被害にあわずに済んだ。
さすがだな、王国騎士団の第一部隊隊長。俺のフォローは必要なかったか。
都市の中心にある繁華街の片隅に、旅行者向けの宿屋があった。王都学院の名義で予約を取ってあるらしい。
「ようこそ、王都の方々。家族向けの大部屋へどうぞ」
妙に愛想のいい、宿屋の主人から歓迎を受け、予約してあった部屋へ向かう。
宿屋の二階にある、大部屋だ。女性三名と同じ部屋に泊まる事になっていると知り、俺は困ってしまった。
「え、えーと、俺は別の部屋にしてもらえるように頼んでこようかな……」
「駄目です。なるべく行動を共にしないと危ないですわ。そのために全員同室にしたのですよ」
「い、いや、でも、俺は一応、男だし……」
「君はまだ一〇歳なのでしょう? 異性を意識し始める頃なのかもしれませんが、ここは普通の街ではありませんし、安全のために我慢してもらいますわ」
マヨネラに拒否されてしまい、俺は女三人と同室という事になってしまった。
身体は子供だが、中身は大人なのに、困ったなあ。
メルティがニヤリと笑い、俺に身を寄せてきて、小声で呟く。
「年上のお姉さん達と同じ部屋に泊まる事になってうれしい?」
「べ、別にうれしくなんかねえし! むしろ困ってるぐらいだよ」
「外見が子供なのを利用してエッチな事をし放題だとか考えていないの?」
「考えてねえよ! 俺をなんだと思ってるんだ!」
まったく、なにを言ってるんだ。大人をからかうんじゃない。
この俺がそんな破廉恥な事を考えているわけがないだろう。こう見えても意外と紳士で……。
「はあ、ずーっと狭い馬車の中に押し込まれてて疲れちゃった! やっと手足を伸ばしてくつろげるわー!」
「ふふ、そうですわね。街に出るのは少し休んでからにしましょうか」
アーシェが上着を脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを外して前を開け、ベッドの上に倒れ込む。
マヨネラも上着を脱ぎ、ブラウスのボタンをかなり際どい位置まで外してしまった。
美少女と美女が無防備な姿をさらしたのを目にして、俺は思わず固まってしまった。
「……うれしそうね、アロン。いえ、アロンさんとお呼びするべきかしら?」
「や、やめてくれよ……」
メルティにからかわれ、赤面してしまう。
出だしからこんな調子じゃ、先が思いやられるぜ。
今さらだけど、やはり一人で来るべきだったな……。




