38.ヒュドラを倒せ
「メルティさん、援護をお願いね!」
「了解」
アーシェが剣を抜いてヒュドラと対峙し、後方に控えたメルティが杖を構えて呪文を唱える。
俺は魔法については素人だが、魔法使いの知り合いや、これまでに戦った相手などから、それなりに知識を得てはいる。
メルティは魔法を使う際、呪文を簡略化して唱えている場合が多い。
正式な呪文から最低限必要な単語のみを抽出して唱えているのだ。
他にも呪文の高速詠唱や、無詠唱呪文も使えるらしい。
魔法の種類によって使えるものと使えないものがあるようだが。
「魔光弾」
杖の先に青白い光を宿し、掌サイズの光球を射出、敵にぶつけて爆発させる。メルティがよく使う攻撃魔法だ。
光弾が三連射され、三つあるヒュドラの頭部にそれぞれ命中し、爆発を起こす。
おお、やるな、メルティ。出会ったばかりの頃よりも、魔法の威力が上がっているみたいだ。
さすがに倒せはしなかったが、ヒュドラはジリッと後退していた。
そこでアーシェが、魔力をまとった状態で前に出て、長剣を振るってヒュドラの頭部に斬りつける。
「たあ! 魔力斬!」
魔力剣が炸裂し、大岩のように巨大で頑丈なヒュドラの頭部に、ザクッと大きな斬り込みが入る。
ヒュドラは苦しげな咆哮を上げ、耳まで裂けた口を全開にして、紅蓮の炎を吐き出した。ヒュドラの得意技、ファイヤーブレスだ。
「うわっと! 危ない!」
ヒュドラの火炎放射を慌てて避け、アーシェは剣を構え直した。
なぜか俺をチラリと見てから、ニヤリと笑ってみせる。
「こんなモンスター、魔剣帝なら瞬殺だよね。私だって、こんなの全然余裕だよ!」
魔力をまとって加速し、魔力剣でヒュドラの首に斬りつけるアーシェ。
狙いは悪くないし、実にいい感じに剣を振るえている。どうやら、俺の援護は必要なさそうだな。
「次で決める! 行くよ、雷鳴斬ッ!」
アーシェが加速し、さらに威力を高めた魔力剣が稲妻の軌跡を描き、ヒュドラの首の一つを斬り落とす。
すごいな、アーシェ。ほぼ完璧にあの技をマスターしているぞ。
雷鳴が轟かないのが残念だが、そこは練習次第ってところか。
「雷鳴波!」
メルティが杖を振るうと、杖の先から稲妻が迸り、轟音と共にヒュドラの巨体を貫いた。
その一撃でヒュドラは黒焦げになり、ズズン、と地響きを立てて倒れ伏した。
アーシェが顔色を変えて叫ぶ。
「ちょっと、メルティさん!? トドメは私が刺す予定だったのに、なんで仕留めちゃうの?」
「殺れる時は迷わず殺れ、と師匠に言われていたような気がしたので……あと、私の実力を見せ付けるチャンスだと思って」
「もう! せっかく新必殺技を披露しようと思ったのに!」
メルティにトドメを刺す役を奪われ、アーシェは悔しそうにしていた。
連携はイマイチみたいだが、どちらもさすがだな。そこらの二流三流の剣士や魔法使いじゃ、この二人には太刀打ちできないだろう。
ヒュドラを倒された魔道士は、かなりショックを受けた様子だった。
膝がガクガクと震え、今にも倒れてしまいそうだ。
いや、ちょっと演技がオーバーなんじゃないか?
どうせ生徒に倒されるために用意したモンスターだったんだろうに。
「わ、我のヒュドラが……この日のために大枚はたいて用意したモンスターが、学生などに倒されるとは……おのれ、弁償しろ、貴様ら!」
本気で怒っている様子の魔道士を見て、アーシェが俺に問い掛けてくる。
「あ、あれ? 倒したらまずかったのかな?」
「いや、ここは倒さなきゃならない場面だろ。襲ってきたのは向こうが先だし」
「だよね? なんであんなに怒ってるのかな?」
「もしかすると、仕留めたのがまずかったのかも……一定のダメージを与えるだけでよかったんじゃないか?」
イベントだもんな。そういう段取りだったのかもしれない。
そうすると……誰の責任になるんだ?
「うーん、メルティさんがここぞとばかりに強力な魔法をぶっ放したのがよくなかったんじゃ……」
「そういうあなたは首を落としていたでしょう。仕留める気満々だったじゃないの」
「……俺は手を出してないから弁償とかしなくてもいいよな?」
「パーティーなんだから連帯責任でしょ! 逃がさないわよ!」
誰の責任なのかで俺達が揉めていると、魔道士が吠えた。
「やかましいぞ、貴様ら! 責任なら全員に取ってもらう!」
「いくらぐらいですか? 負けてもらえると助かるんですが……」
「ふっ、そうだな……貴様らの命で払ってもらおうか!」
魔道士が叫び、被っていたフードとマントをバサッと脱ぎ捨てた。
もっさりとしたマントを着ていたので分からなかったが、魔道士は女性だった。
やや短めの灰色の髪に、褐色の肌をした、かなりの美人だ。年齢は二〇代後半ぐらいか。
なんだか肌の露出度が高い、妙な衣装を着ている。
例えるなら、身体にピッタリとフィットした小さめのサイズのローブを、あちこちカットして肌を露出させたような衣装だ。
胸元や腹部、太股なんかが露出しまくっていて、どこかの国の踊り子のようにも見える。
「きゃああ! エッチな格好のお姉さんが出てきたよ! これもイベントなのかな?」
「……悪くないイベントだな。こういう授業なら大歓迎……」
「こら。アロンは見てはだめよ。一応、子供なんだから」
「よ、よせ、メルティ! 見えないじゃないか!」
背後から身を寄せてきたメルティに目隠しをされてしまい、俺はもがいた。
魔道士はといえば、握り締めた拳を胸の前に掲げ、プルプルと震えていた。
「貴様ら、どこまでもナメた態度を……我が力、思い知るがいい!」
魔道士はなにもない空間に長い杖を出現させ、それをつかんで振りかざした。
杖の先に雷光が宿り、バチバチと音を立てながら球体を形成し、射出する。
「超爆雷撃!」
『!?』
雷撃の塊みたいな球体が猛スピードで飛来し、俺達はギョッとした。
嘘だろ、おい。あの呪文は……かなり高威力の雷撃魔法だぞ。
何度か見た事があるが、モンスターの群れや、大型のモンスターを仕留めるのに使うような強力な魔法で、生身の人間相手に撃ってもいいものではないはず。
俺とアーシェが剣を構え、魔力剣で迎撃しようとしたところ、メルティが杖を振るって叫んだ。
「超魔光弾!」
いつもより大きめの魔力弾が発射され、敵が撃った雷撃球にぶち当たり、激しい爆発を起こす。
爆風で吹き飛ばされそうになり、俺とアーシェは身を低くしてこらえた。
「ふっ、ざっとこんなものよ」
「ふっ、じゃねえ! 一瞬、死ぬかと思ったぞ! もう少し威力を加減しろよ!」
「相手の魔法の威力に合わせただけ。私は悪くないわ」
俺が抗議しても、メルティはすまし顔をキープしていた。いい性格してやがるな。
一方、攻撃を防がれた敵の魔道士は、忌々しげにうなっていた。
「くっ、まさか学生ごときに我の魔法を相殺されるとは……国王を拉致する絶好の機会だというのに……!」
そこでアーシェが、俺とメルティに問い掛けてきた。
「ね、ねえ、なんだかイベントにしてはおかしくない? ヒュドラもそうだけど、今の魔法も、明らかにやりすぎだよね? 私達以外の生徒だったら死んじゃってるよ?」
「実は俺もなんか変だなと思っていたところだ。演技にしては力が入りすぎているというか……もしかして、これは……」
するとメルティが、淡々と呟いた。
「あの人、本気で城を攻めに来たみたいね。それにあの顔には見覚えがあるわ。確か、お尋ね者の魔女の一人だったような……」
そこで謎の女魔道士が、ニヤリと笑って言う。
「ふん、我の顔を知っている者がいたか。ならば名乗っておこう。我が名はベルリエル! 人呼んで『略奪の魔女』なり! 欲しいものはすべて奪うのを信条としている! 今回はパイノエリア王国、国王の身柄を拘束するために来た!」
「魔女の一人だと……!」
なんてこった。イベント要員じゃなかったのか。
魔女を名乗るという事は、高位の魔道士であり、そしてあの言動からして、邪悪な存在なのは間違いなさそうだ。
にしても、なんでまた魔女が……嫌な予感しかしないな……。




