36.パイノエリア城
「はい、ここがパイノエリア王国の中心である、パイノエリア城です!」
『おーっ!』
「城内では静かにね」
『おーっ……』
王都ノエリアの北部中央、小高い丘の上に建つ、巨大な城。それがパイノエリア城である。
俺達、高等部一年の生徒は、クラスごとに分かれて担任の教師に引率され、城の見学に来ていた。
うちのクラスの引率はクララ先生。クラス委員を務めるアーシェが、皆のまとめ役だ。
しばらくぶりだな、この城に来るのは。隣接する騎士団本部には、割としょっちゅう来ているんだが。
最後に城に来たのは、『呪詛の魔女』討伐に向かう前だったか。王に呼び出されて、魔女討伐の勅命を受けたんだよな。
元より、俺は魔女を倒すために剣の腕を磨いてきたので、断るはずもなく、二つ返事で引き受けた。
そう言えば、魔女を仕留めたら報奨金は思いのまま、なんでも好きなものを与えようって言われたような……。
「ここが中央大回廊。有事の際には、分厚い壁で通路が遮断され、ジグザグに進まないといけないようになっています」
『おーっ』
「壁や調度品にはうかつに触れないように。各所に控えた衛兵の皆さんが飛んできて、首を飛ばされちゃうわよ」
『おおう……』
王国の中心にある城という事で、みんな興味津々のようだ。珍しげに城内の物を見回し、鎧姿の衛兵が立っているのに気付いて驚いたりしている。
俺も初めて来た時は結構緊張したっけ。なにかあったら衛兵どもをぶっ倒して逃げなきゃな、と思って、逃走経路の確認をしたりしたなあ。
「アロン君はお城に来た事があるの?」
「あー、まあ……何度か」
アーシェに訊かれ、適当に答えておく。
「それで落ち着いてるんだ。アロン君ぐらいの年齢なら、もっとはしゃいでもいいのに」
「いや、何度来てもすごいと思うよ。どんだけ民衆から搾り取ったら、こんな立派な城が建てられるんだろうなー、とか考えると愉快だし」
「そ、それって、なんか歪んでない?」
「ちなみに、武器庫と宝物庫、食糧庫と調理場の場所は完璧に記憶しているぞ。もちろん城からの脱出経路もな」
「ア、アロン君って、盗賊とかじゃないよね?」
大回廊を抜けると、やたらと広い部屋に突き当たる。俗に言う謁見の間だ。
広々とした部屋の奥には雛段があり、中央に立派な玉座が設置されている。
玉座には、頭に冠を載せ、礼服で身を包み、マントを羽織った、髭面の男が座っていた。
……って、国王がいるじゃないか。学院の見学授業なんかに付き合うとは、さては暇なのか?
「はい、皆さん。あそこにいらっしゃるのが、国王陛下ですよ。失礼のないようにね」
『はい』
さすがにみんな緊張しているな。国王にこれだけ近付ける機会なんてそうそうないもんな。
「全員で掛かれば、国王ぐらい倒せそうだけどな」
「……恐ろしい事を言わないで。冗談では済まないわよ」
俺が小声で呟くと、いつの間にか隣に並んでいたメルティが、注意してきた。
相変わらず真面目だな。まあ確かに、ちょっとばかし危険な発言だったか。
「部屋の左右に太い柱が何本かあるだろ? あの陰に伏兵が潜んでいるんだよ。柱一本につき一〇人ぐらい」
「えっ、まさか、今も?」
「ははは、さすがに今日はいないんじゃないかな?」
などと言いつつ、気配を探ってみて、柱の陰に複数の人間の気配があるのに気付き、冷や汗をかく。
いやまあ、生徒に紛れて他国の刺客が潜入している可能性もあるだろうからな。目立たないように警備を固めるぐらいはしてるか。
俺が城に呼ばれた時なんかは、いつも重武装フル装備の衛兵がズラリと並んでいたしな。牽制の意味もあるんだろう。
クララ先生が先導し、クラス全員、約三〇名が玉座の前に整列する。
先生がひざまずいて挨拶をしようとすると、国王がそれを制した。
「先生、どうか固くならずに。生徒諸君もゆるりとくつろぐがよいぞ」
国王の言葉に、皆の緊張が緩む。
穏やかな表情で生徒達を見回していた国王だったが、一人の生徒に目を止めると、少しばかり表情が強張っていた。
「おお、アーシェではないか。そなたも来ているとは知らなんだ」
「お久しぶりです、国王陛下。お元気そうで何よりです」
「う、うむ」
丁寧にお辞儀をするアーシェに、どこかバツが悪そうな様子の国王。
そう言えば、アーシェは王族直系の家柄なんだっけ……国王とは親戚関係にあるのか。
「アーシェ。今日は革命ごっこはしないのだろうな。私に木剣で殴り掛かって、国王、討ち取ったりー! と叫ぶ遊びをよくやって……」
「し、しませんよ! そんなの、大昔の話じゃないですか!」
「そうか? ほんの五、六年前の話だったような……」
過去のヤンチャ話を暴露され、アーシェは耳まで真っ赤になっていた。
ほう。アーシェにもそんな頃があったんだな。五、六年前というと、今の俺と同年代の頃という事になるが。
「あと、『我は魔剣帝! 気に入らないヤツは国王だってぶん殴るぜ! フハハハハ!』と高笑いを上げる、魔剣帝の物真似をよくやって……」
「こ、国王陛下! 昔話はそのぐらいで!」
アーシェはさらに真っ赤になり、涙目になってプルプルと肩を震わせていた。
いつもはさわやかなお姉さんって感じなのにな。かわいいとこあるじゃないか。
「アーシェさん、本当に魔剣帝のファンなのね。それにしても魔剣帝ってああいう感じなの?」
「……俺に訊くなよ。あんな笑い方はしていないと思うが……」
メルティに小声で問い掛けられ、引きつってしまう。
俺の信条が、「何者にも囚われず自由である事」なのは確かだが、国王の前であんな台詞を言った事はないはずだ……たぶん。
「まあ、アーシェさんたら。失礼ですよ」
「ははは、先生。そう固くならずに……」
「魔剣帝様はそんな言い方しません。もっとクールに、『国王ごとき斬る価値もねえな』とでも言うんじゃないかしら?」
「せ、先生? さすがに無礼ではないかな? 余は国王だよ?」
クララ先生が妙な事を言い出して、国王が困惑している。
するとメルティが、また俺に囁いてきた。
「クララ先生まで魔剣帝のファンなのかしら。モテモテでうれしい? 魔剣帝のお弟子さん」
「うるせえよ。ほっといてくれ」
ここぞとばかりにからかってくるな。やれやれだぜ。
しかし、クララ先生みたいな美人にほめられるのは悪い気はしないな。
先生がまだ幼い頃に剣術の指導をしてあげた甲斐があったというものだ。
国王はコホンと咳払いをして、皆に告げた。
「さて、それでは、我が国の未来を背負って立つ諸君らに任務を与えよう。この城のどこかに、国家転覆を企む邪悪な魔道士と、その配下のモンスターが潜んでいる。それらを見付け出し、退治してほしいのだ」
いきなりなんだと思ったが、どうやらこれはあらかじめ用意されていたイベントらしかった。クララ先生が真面目な顔で国王に一礼している。
ただの城内見学じゃなかったわけか。これも実技訓練の一環ってところなのかな。
「三、四人でパーティーを作って行動するように。一番早く任務を遂行できたパーティーには、王様から豪華な賞品が贈呈されますよ」
豪華な賞品ねえ。現金はマズイだろうから、記念のメダルとかかな。
まあ、適当にやっとくか。俺が本気でやったんじゃ、他の皆に悪いし。
「賞品は、最近、某国から献上された珍しい魔剣だ。国宝級の価値がある物だと聞いている。よい記念になるぞ」
「……!」
なんだと? 国宝級の魔剣だって? マジかよ。
そいつはちょっと手にしてみたいな。魔剣帝としては。
「アーシェ、メルティ、俺と組んでくれ。一位を目指そうぜ」
「あれ、珍しくやる気ね、アロン君。もしかして魔剣に興味あり? 男の子だなあ」
「私は構わないけど。アロンとアーシェさんが組んだ上に、私まで加わったら、他の人達に勝ち目はないんじゃないの?」
メルティの意見はもっともだな。さすがにこの組み合わせは他のみんなに悪いか。
するとクラスの皆が、俺達に告げた。
「ふっ、あんまりナメないでもらいたいね。俺達だって毎日修練を積んでるんだ」
「飛び級の二人は優秀だけど子供だしな。体力的に不利なんじゃないか?」
「アーシェさんのパーティーに勝てば、学年一位も夢じゃないよね。やっちゃうぞー!」
ほう。みんな、意外と強気だな。さすがはクララ先生の教え子だ。
そういう事なら遠慮はいらないか。本気でイベントをクリアしてやるとしよう。




