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35.そして、未来へ

 子供の頃から、ずっと剣を振り続けた。

 なにもかも失った俺には、そうするしかなかったんだ。


 世界中、色々な国をめぐり、様々な敵と戦った。

 剣の腕を上げ続けた俺は、やがて『魔剣帝』と呼ばれるようになった。

 どんな怪物だろうが、魔物だろうが魔族だろうが、立ちふさがる者はすべて斬り捨ててやった。


 だが、それでも……魔女に対する恐怖は、心のどこかに残ったままだった。

 俺がどれだけ剣の腕を上げようとも、あの魔女には通用しないんじゃないか?

 魔女に挑み、返り討ちにされる夢を何度も見た。


 『呪詛の魔女』は姿を消したまま、数十年もの間、現れなかった。

 ヤツはもう、現れないのかもしれない。

 そう思うと、なんだかホッとしたもんだが……。


 魔女が出現したという情報を得た時、俺の身体を電流が走った。

 恐ろしいと思った。できれば会いたくないとも。

 だが、同時に――うれしくてたまらない自分がいる事に気付いた。


 やっと、仇が討てる。

 そう思うとたまらなかった。あいつだけは、他の誰にも譲るわけにはいかない。


 死ぬかもしれない。俺の剣なんか通用しないかもしれない。

 それでも俺は、魔女に会いたかった。

 ヤツを殺すのは、俺の役目なんだ。


 あいつを斬る事ができたのなら。

 俺自身はどうなってもいい。本気でそう思った。


 そして、その結果が……。





 術者であるパラカララが倒された事により、闘技場内の氷は解けてなくなり、生徒達に取り憑いていたスライムも蒸発してしまった。

 とりあえず、一件落着、か。生徒に犠牲者が出なくてほっとしたぜ。


「あ、あのう、アロン君? さっきのあれって、一体……」


 おずおずと話し掛けてきたのは、アーシェだった。

 アーシェは俺のそばにいたからな。一部始終を見られてしまったか。

 しかし、なんて説明をしたらいいんだ?

 別次元の世界の俺と身体を入れ替えたとか言っても分かってくれるか?

 ……俺自身にもよく分かっていないのに。


「あの人って、魔剣帝だよね? どうしてアロン君が消えて魔剣帝が現れたの?」

「あー、いや、それはその……」

「もしかして、アロン君が危ない時には、魔剣帝を呼び出せるとか? そういうアイテムか、魔法具を使ったんでしょ?」

「えっ?」

「そっかそっか、なにしろ師匠と弟子の関係だもんね。緊急時に備えて、そういうアイテムを渡されていてもおかしくないよね!」


 アーシェは一人で納得して、うんうんとうなずいていた。

 そうか。俺自身が魔剣帝の姿になった、とは考えなかったわけか。

 説明するのも面倒だし、そういう事にしておくか? 別に問題はない……よな?


「でも、すぐに消えちゃったよね。そしたらアロン君がいて……あれ、アロン君と魔剣帝が入れ替わってた? どうなってるんだろ?」

「ま、まあ、あまり深く考えない方が……俺もよく分かっていないし……」


 アーシェは不思議そうに首をかしげながら「そっかー」とか言っていた。

 俺はコホンと咳ばらいをして、アーシェに告げた。


「助かったぜ、アーシェ。アーシェが手助けしてくれなかったら、あいつには勝てなかった。師匠も礼を言ってたよ」

「ま、魔剣帝様が? やだそんな、どうしよう……あ、あの、よかったら今度、サインをもらえますかって頼んでくれないかな?」

「いいけど……魔剣帝のサインに価値なんかあるのかな?」

「私個人にとってはすごいプレミアものだよ! 誰かが持ってたら、家の財産を注ぎ込んででも手に入れなくちゃ……」


 アーシェは目付きがヤバかった。それに今、魔剣帝様って言ったような?

 冗談抜きで、俺の……魔剣帝のファンなのか? 信じられねえな。

 世間一般の人気は、アーシェの師匠の方がはるかに上だと思うんだが……。


 学院側に知らせてくると言って、アーシェは闘技場から出ていった。


「やれやれじゃのう。ようやく片付いたか」


 ため息をつきながら近付いてきたのは、小さな魔女、ミリオムだった。傍らにはメルティも控えている。


「エムス村唯一の生き残り、アロンよ。これでおぬしの復讐も終わったわけじゃな」

「……まあな。魔女の弟子はおまけみたいなもんだが」

「パラカララも、気の毒なヤツなのじゃ。師匠である『呪詛の魔女』が邪悪そのものの存在となってしまったために、自らも邪悪に染まるしかなかったのじゃ。すばらしい才能の持ち主だっただけに、惜しいのう」

「根っからの悪党じゃなかったわけか。ちょっとかわいそうだったかな」

「これだけの騒ぎを起こしたのじゃから仕方あるまい。おぬしがやらんでも、いずれ誰かがあやつを討っておったじゃろう」


 魔女を名乗るだけあって、なにか思うところがあるのか、ミリオムはどこか悲しそうにしていた。

 『呪詛の魔女』は完全に人間やめてたからな。あんなイカれたのが師匠じゃ、弟子が悪党になるのも無理はないか。


「もしかして、師匠がロリだから、メルティはロリなのか?」

「そんなわけないでしょう。そもそも私は年齢相応であって、ロリじゃないわ」


 俺が指摘すると、メルティはムッとしていた。


「うちの師匠はあちこちの時空を飛び回っていて、その副作用的なもので、今は幼い姿になっているのよ。少し前までは普通に大人の女性の姿だったのに……」

「なんじゃメルティ、師匠が若くなってうれしくないのか?」

「若くなりすぎでしょう。早く元に戻ってください」


 自分よりも幼い姿になってしまった師匠を見つめ、メルティは不満そうだった。

 今の姿は仮の姿って事なのか? 妙な魔法を使うし、謎の多い魔女だな。


「そう言えばメルティ、魔女の知り合いなんかいないって言ってなかったか? 知り合いどころか師匠が魔女だったのかよ」

「魔女には偏見を持っている人が多いから、隠しておいた方がいいと思って」

「あー、それはそうかもな。じゃあ、パラカララにも会った事があるのか?」

「ええ。何度か師匠を訪ねてきた事があったわ」


 それでパラカララが化けた初等部の子に危険を感じたのか。

 立場的にはどちらも『魔女の弟子』だったんだな。あちらの方がかなり格上だったみたいだが。


「隠し事が多いのはお互い様でしょう。その二本の剣、どちらも魔剣だったのね」

「あ、ああ……いや、これは別に隠していたわけじゃ……」


 そこでメルティは俺に身を寄せ、小声で囁いた。


「見せてもらったわよ、あなたの本来の姿を。魔女の呪いを受けて、そんな姿にされたわけね」

「なっ……!」


 ギョッとして、メルティの顔を見つめる。

 ロリロリした魔女の弟子は、愉快そうに笑っていた。


「……師匠に聞いたのか?」

「いいえ、師匠はなにも。ただ、あの時、師匠がどんな魔法を使ったのかは見ていて大体分かったから。アロンが魔女の呪いについて知りたがっていたのは、自分が呪いを受けていたから、と考えれば辻褄が合うし」


 淡々と語るメルティに、俺は冷や汗をかくばかりだった。

 具体的な事は何も教えていないのに、そこまで分かるものなのか?

 鋭いとかそういうのを通り越して、ちょっと怖いな……。


「心配しないで。誰にも言わないから」

「そ、そうか。そうしてくれると助かるよ」

「今後は敬語を使った方がいいのでしょうか、魔剣帝様?」

「やめてくれよ。今まで通りで頼む」


 なんか弱みを握られたみたいだな。まあ、メルティなら別に構わないか。


「ロリ師匠、彼の呪いを解く方法はないのですか?」

「ロリ師匠言うな。残念ながら、ワシは呪いに関してはあまり詳しくなくてのう。ただ、最も強力な呪いとは、死の間際に放ったものだと聞く。相手に対する、恨み、憎しみが強ければ強いほど、呪いは強力なものとなり、解くのは難しくなるそうじゃ」


 ミリオムは呪いに関しては専門外らしい。俺にかけられた呪いが強力なものであるのは間違いなさそうだが。

 パラカララは『呪詛の魔女』の一番弟子だったらしいから、呪いについても色々と知っていたのかもしれないな。

 ヤツを斬る前に訊いておくべきだったか? そんな余裕はなかったし、素直に教えてくれたとも思えないが。


「こう言ってはなんじゃが、最悪、元に戻る方法はないと考えた方がよいかもしれぬのう」

「そんな……それじゃ俺は一生、このままなのか?」

「いや、そうはならんじゃろう。おそらくじゃが、そのまま成長していくのではないかな」

「このまま成長? マジか……」


 実は俺も考えていた事だ。呪いによって、ずっと子供のままなのか、あるいは子供の状態から普通に成長していくのか。

 どちらになるのか、月日が経過しないと分からないと思っていたんだが、時を操る魔女であるミリオムがそう言うのなら、成長する可能性が高いのかもしれないな。


「成長したら、あの姿になるの? ふーん……」

「な、なんだよ?」

「別に。今はただのエロ少年だけど、成長したら結構格好良くなるんだな、と思っただけ」

「エロ少年言うなよ。……大人の俺って格好良かったのか?」

「そこそこね」

「そこそこか……」


 メルティの評価は微妙だった。なんだかクスクス笑っているが……。

 そこへアーシェが戻ってきた。クララ先生を連れてきている。


「私がいない時に、なんだか大変な事に……私の責任だわ……」


 暗い顔で落ち込んでいるクララ先生に、俺は慌てて告げた。


「せ、先生の責任じゃないですよ! 悪いのは、邪悪な魔道士です。そいつは倒したし、生徒に被害はほとんど出ていないので、安心してください」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるわ」


 クララ先生は俺に身を寄せると、ギュッと抱き締めてきた。

 先生の豊かな胸のふくらみが頭の上に載ってしまい、大人の女性のいい匂いに包まれて、のぼせてしまいそうになる。


「君も無事でよかったわ。あまり無茶はしないでね」

「は、はい。了解です……」


 みんな、気安く抱き締めてきたりしてくれるから、子供っていうのも悪くないよな。

 心地よい感触に身を委ねていると、不意に後頭部をゴン、と打たれた。


「い、いてえ! なにするんだ!?」


 犯人は、メルティだった。小さな拳を握り締め、ジト目で俺をにらんでいる。


「顔がいやらしいわ。大人の男が子供の振りをして抱き付いてるみたいで気持ち悪い」

「ばっ……べ、別にそんなんじゃ……こら、痴漢を見るような目で見るなよ!」


 正体を知られてしまっただけに反論がしにくく、俺はうろたえるばかりだった。


 ともあれ、これで魔女の弟子による俺への復讐劇は幕を閉じたわけだよな。

 そして、俺の復讐の後始末についても終わったわけだ。

 次は、俺にかけられた呪いを解く方法を探さないと。女の先生に抱き締められて喜んでいる場合じゃないよな。


「アロン君、次は私が抱き締めてあげる! ほらほら、おいでおいで!」

「い、いや、いい……あっ、こら、いいってば! やめてくれ!」

「などと言いつつ、うれしそうね。中身がアレだと考えると、犯罪的だわ」

「お、俺はそんなの狙ってないからな? 誤解しないでくれ!」


 なぜかアーシェにまで抱き締められてしまい、うろたえる俺を、メルティが非難する。

 こんな調子で大丈夫なんだろうか? 今後の学院生活が不安になってくるな……。

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