3.編入試験
職員棟に入った俺は、適当な職員に声を掛け、学院長室に案内してもらった。
かなり広い、豪華な装飾が施された部屋の奥に、大型の机が置かれ、学院長とやらが立派な椅子に座っている。
すんげー長い髭を生やした、気難しそうな爺さんだ。
「アロン・エムス君……王国騎士団団長殿の推薦状あり、か……」
俺が持参した推薦状に目を通して、学院長は独り言のように呟いていた。
ちなみに推薦状は正真正銘、騎士団長に書いてもらった本物だ。
俺が魔女の呪いで子供にされたと話したら、団長のオッサン、俺を指差して爆笑しやがった。笑い事じゃねえっての。
ひとしきり笑われた後、相談に乗ってもらったが……まあ、騎士団には色々と貸しがあるからな。たまには力になってもらわないと。
「当学院が実力至上主義である事は知っておるかね?」
「あっ、はい。噂は聞いています」
「噂ではなく、事実だ。我が学院は王国最大にして最高の教育機関であると自負している。生徒には名門貴族の家柄の者が多いが、平民出身の者も少なくない。学業、武術、魔術などの才能のある者には広く門戸を開き、才能を伸ばすべく適切な教育を施す。それが当学院の基本方針なのだ」
「はあ」
よく分からんが、才能があれば身分にかかわらず入学させてくれるって事か?
そいつはいいな。子供の頃の俺もこういう学校に通ってみたかったぜ。
今現在、まさにその子供にされてしまっているわけだが……。
「君は武術と学問、どちらが得意かな? いや、訊くまでもないか」
俺が腰に提げている長剣を見て、学院長はニヤリと笑った。
「騎士団団長殿が推薦するぐらいなのだし、相当な腕前なのだろうな」
「いやー、どうですかね。なにしろ子供なので……」
「自信がないのかね?」
「いえ、割と強いんじゃないかと思います。十年後……いや、二十年後ぐらいには世界で一番目か二番目に強い剣士になるんじゃないかなーと」
「ほう、将来的には世界一になると……言うではないか、少年!」
いやまあ、一応、魔剣帝と呼ばれるぐらいにはなっていたんで、ただの事実だが。
子供にされたせいで、レベル999ぐらいからレベル5ぐらいにまでダウンしてしまったけど、たぶん同年代の連中が相手ならそこそこ強いんじゃないかと思う。
「本来なら筆記と実技の試験を受けて、総合点で評価するのだが……実技のみでも高評価なら合格にする事にしている。どうだ、実技試験を受けてみるかね?」
「あっ、はい。お願いします!」
実は筆記試験については全然自信なかったんだよな。実技だけでも合格にしてくれるのならありがたい。
そこでドアがノックされ、学院長が入室を許可すると、一人の教師らしき人物が入ってきた。
「アロン君、こちらが実技試験を見てもらうクララ先生だ」
銀色の短い髪をした、大人の女性。ジャケットを着込み、タイトスカートをはいている。
かなりの美人だが、目付きが鋭く、見るからに気が強そうだ。
……どこかで見た事があるような? 気のせいかな。
「試験を見てもらうって……えっ、女の先生に?」
思わず声を上げてしまった俺を、クララ先生はジロッとにらんだ。
「私が男に見えるの? それとも、女なんかでは自分の相手は務まらないとでも?」
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「彼は将来、世界一の剣豪となる予定だそうだよ。学院の教師レベルでは相手にならないのかもな」
「ほう。そうですか」
学院長が愉快そうに呟き、クララ先生がますます表情を険しくする。
な、なんかマズイ雰囲気じゃないか? ここは一つ、俺の小粋なジョークで場の空気を和ませてやるか。
「うっ……や、やられた……!」
「アロン君? どうしたのかね」
「い、いえ、クララ先生のあまりの美しさにハートをぶち抜かれてしまったようで……やりますね、先生!」
「……」
胸を押さえて痛みに顔をしかめながら、笑みを浮かべて親指を立ててみせる。
俺の見事なパフォーマンスを目にしたクララ先生は、今からターゲットを仕留めるアサシンみたいな顔をして、殺意を込めまくった眼差しで俺をにらんでいた。
あれ? もしかして外しちまったかな?
「面白い子ね。学院の教師程度じゃ相手にならないでしょうけど、殺すつもりで実技試験の相手をしてあげましょう……」
「ク、クララ先生? 相手はまだ子供なのを忘れないように……」
「ふふふふ」
学院長が諫めたが、クララ先生は不敵な笑みを浮かべるだけだった。
うーん、どうも怒らせてしまったらしいな。俺のジョークがハイレベルすぎてウケなかったか。
しかし、マズイな。今の俺の力じゃ、大人の相手をするのはかなりキツいぞ。
場所を屋外に移して、実技試験を受ける事になった。
そこそこ広い更地で、普段は生徒達の実技訓練を行っている場所らしい。
誰もいない殺風景な訓練場の真ん中で、クララ先生と向き合う。暇なのか、学院長も立ち会ってくれた。
「実戦形式、三本勝負とする。あくまでも試験なので、双方、怪我のないように。よいな?」
学院長が試験の説明を行い、俺はコクンとうなずいた。
使用する武器は、訓練用と思われる木製の剣だ。
こんな物でも本気で打ち込めば、大怪我をするかもしれないな。
「準備はいいな? では……始め!」
学院長の合図で、実技試験が開始された。
クララ先生は木剣を両手で握り締め、両脚を肩幅に開き、やや腰を落とした構え。
ふむ。試験の対戦役を務めるだけあって、なかなかやるようだな。いい構えだ。
三本勝負という事は、二本取らなければならないわけだが、子供になってしまった今の俺の力で、大人から二本も取れるのだろうか……。
「来なさい。遠慮はいらないわ」
クララ先生にうながされ、小さくうなずく。
では、お言葉に甘えて……大人相手にどこまでやれるのか、試させてもらうか。
「はあっ!」
地面を蹴り、前傾姿勢で突進、一気に間合いを詰める。
大人であるクララ先生と、子供になった今の俺とでは、リーチの差がかなり大きい。
攻撃を届かせるには、どうしても相手の間合いに入らなければならない。
クララ先生の間合いに飛び込み、斜め下から打ち上げるような軌道で斬撃を放つ。
当然、クララ先生は俺の動きに反応して避けるか、剣で受けるか、あるいはカウンターを繰り出すかするはず。
「くっ……!」
剣で受けたか。ならば……連撃で押し切る!
すかさず剣を振るい、右に左に、上から下からと軌道を変えて斬撃を放つ。
悪くない感じだ。本来の俺のスピードには程遠いが、クララ先生は反撃できないでいる。このまま追い込めば……。
「くっ、この……!」
「!」
攻撃の合間を縫うようにしてクララ先生が突きを繰り出してきて、一瞬、ヒヤリとする。
だが、遅い。俺の反応を試しているのか?
考えるよりも先に身体が動き、先生の攻撃を剣で絡め取るようにして受け、弾き飛ばしてやる。
剣を失い、丸腰になった先生の喉元へ剣先を突き付ける。
「ま、参った。降参よ」
先生が負けを認め、俺は大きく息を吐いた。
なんだ、あっさり終わったな。子供相手という事で手加減してくれたのか? 意外と優しい先生だな。
「あ、あなた、一体……誰に剣を教わったの?」
「えーと、それは……ま、魔剣帝、かな……」
「魔剣帝ですって! 弟子を取らないという噂の、あの最強剣士に教わったというの?」
「え、ええ、まあ……」
「実は私も、昔、魔剣帝に剣術の指導を受けた事があるのよ。彼の弟子だというのなら、その規格外の強さにも納得がいくわ」
クララ先生の話を聞き、愕然とする。
俺の指導を受けた事があるだと……言われてみれば、やはり見覚えがあるような気がする。
うーん、いつ、どこでだったか……銀髪の子に剣を……。
「……クララ・ロウウェル?」
「そうだけど。私の名前を知っているの?」
「あー、いや……し、師匠から聞いた事があるような気がして……」
当たりか。確かあれは、一〇年ぐらい前だったかな。知り合いの娘さんに、ちょっとだけ剣術を指南した事があった。
あの頃はもっと小さくてロリロリしていたと思うんだが、月日の流れってヤツは早いもんだな。
ロリッ子がこんなナイスバディな美女に成長しちまうなんて……別人すぎて誰なのか分からなかったぞ。
しかも王国が誇る学院の教師になっているなんてなあ。
昔とは立場が逆転してしまったわけだが、おかしなめぐり合わせもあったもんだ。
「それじゃ、二本目を」
「その必要はないわ。合格よ」
「えっ?」
キョトンとした俺を見つめ、クララ先生はため息混じりで呟いた。
「今の一連の動きで、あなたが只者ではない事が分かった。これだけの実力があるのなら試験を続けるまでもないでしょう。合格よ」
「マジで? やったあ!」
両腕を振り上げて喜ぶ俺を見て、クララ先生と学院長は苦笑していた。
そこでクララ先生が、深刻そうな顔で言う。
「ただ、問題が一つ。あなたのレベルでは、初等部に入っても学べる事はないでしょう。中等部でも苦しいかも」
「えっ?」
新たな問題が持ち上がり、俺は首をかしげたのだった。