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29.罠

 闘技場に来ている生徒の数は、全部で一二〇名ちょっとといったところだろうか。

 半数は高等部一年の連中で、残りは初等部のお子様達だ。

 戦って倒すのは難しくないが、なにしろ数が多すぎる。

 これだけの人数を相手にして、怪我をさせないようにして倒すというのは、かなり難易度が高い。


 一二〇対一、助けは来そうにない状況だが、俺一人で切り抜けられるのか?

 やるだけやってみるしかないか。あんな陰険で卑怯なヤツの思い通りになんかさせてたまるもんか。


「うぅー!」


 クラスメイトの一人が、木剣を振りかぶって襲い掛かってくる。

 それを合図に、俺を取り囲んだクラスの連中が、一斉に動いた。

 先日の騎士団の時と違い、バーサーカーにはなっていないようだ。取り憑かせたスライムの種類が違うのか、もしくは術者が異なる命令を与えているのか……。


「ごめんな。少し痛いと思うが、我慢してくれ……!」


 打ち込んできた剣をすべて弾き、鳩尾や脇腹を打って、向かってきた者達を倒してしまう。

 五人ほど倒し、地を蹴って移動、包囲の薄い箇所を狙って突っ込み、数人を倒して囲みに穴を開ける。

 どうにか包囲を突破したものの、ここは遮蔽物のない、闘技場のど真ん中だ。生徒達は四方に散っていて、すぐにまた囲まれてしまう。


「上等だ。こうなったら、全員倒してやるぜ……!」


 移動しながら木剣を振るい、ワラワラと群がってくる生徒達を、次々と倒していく。

 やはり手強いのは、リーチの長い高等部の連中か。しかし、動きは単純で、攻撃を回避するのは難しくない。

 よし、いけそうだな。操られている連中を倒して、ヤツを……魔女の弟子を、逆に追い込んでやる。


「でやあ!」

「!」


 いきなり鋭く重い一撃が襲ってきて、冷や汗をかく。

 どうにか剣で受けたものの、腕がしびれてしまった。一体、何者……。


「あははは! アロン君、勝負よ!」

「ア、アーシェ?」


 それは長い金髪をなびかせた美少女、アーシェだった。

 姿が見えないと思ったら、しっかりスライムに取り憑かれた連中の仲間になっていたらしい。

 俺を除く生徒全員って言っていたからな。当然、アーシェも例外ではなかったか。

 他の連中と違って、意識がハッキリしているみたいだが……どうなっているんだ?


「その子は腕が立つようだから、意識を半覚醒状態にしておいたよ! 本人は訓練の続きをやっているつもりで、本気で攻撃してくるはずさ!」


 どこからか、魔女の弟子の声が聞こえてきて、ご丁寧に説明してくれた。

 へえ、そうなのか。そいつはまた、余計な真似をしてくれたもんだな。

 他の生徒は、意識を持たないアンデッドみたいな動きなので、どうにでもなる。

 だが、アーシェは違う。元々腕が立つ上に、他の生徒達と同時に仕掛けてくるとなると……さすがにハードだぜ。


「アロン君、勝負、勝負よ! あははは!」

「なんか楽しそうだな! 本当に操られているのか!?」


 群がってくる生徒達を牽制しつつ、ガンガン打ち込んでくるアーシェの剣を懸命に防ぐ。

 理性のタガが外れているのか、アーシェはいつもより動きが鋭く、一撃一撃が重かった。

 ヤバイ、そろそろ木剣が限界だ。新しいのに取り替えないと。


「たあ! 魔力斬!」

「ばっ……!」


 アーシェが魔力剣を使い、全力で打ち込んでくる。

 俺も反射的に魔力剣を使って受けたが、限界に来ていた木剣の刀身が、ボン、と破裂してしまった。


「や、やべっ……!」

「あははは! 初めてアロン君に勝てそう! やっちゃうよー!」

「くっ……!」


 冗談じゃねえ。この俺が、学生のアーシェに負けるだと?

 いくら弱体化したとはいえ、そんなのは到底受け入れられない。

 こうなったら意地でも勝ってやるぜ。『魔剣帝』をナメるなよ……!


 近くにいた生徒の懐に飛び込み、鳩尾を殴打して悶絶させ、そいつの木剣を取り上げる。

 尚も俺を追撃してくるアーシェから逃れるようにして、周りの生徒達の間へ飛び込み、盾になってもらう。


「卑怯よ、アロン君! クラスのみんなを盾にするなんて!」

「うるせえ! これだけ大勢を相手にしなきゃなんないのに、卑怯もクソもあるか!」


 アーシェから距離を取りつつ、他の生徒を手当たり次第に倒していく。

 一対一になれば、アーシェが相手でも確実に勝てる。この調子で数を減らしていけば……。


「!」


 上空から光るなにかが飛来し、慌てて回避する。

 それは地面に落下すると、小さな爆発を起こした。

 これだけ大勢の人間が入り乱れて争っている中、俺の位置を正確に捕捉して攻撃魔法を放てるヤツなんて、そうはいない。

 例の魔女の弟子かとも思ったが、違う。さらに厄介な人物だ。


「エロ少年、覚悟……!」


 俺を取り囲む生徒達のはるか後方、訓練着にフードを被った、小柄な少女の姿が見えた。

 やっぱりお前か、メルティ・メルトロン。できれば違っていてほしかったが。

 まさか、メルティまで操られているとはな。彼女ならなんらかの方法で操られるのを防いでいるんじゃないかと期待していたんだが、さすがに無理だったか。


「いつもいつも私の事を馬鹿にして。今日こそは泣かしてやるわ!」

「お、おい、メルティ? 操られてるんだよな? 操られてるフリをして日頃の恨みを晴らそうとしてるわけじゃないよな?」

「泣かす!」


 メルティが短い杖を振るい、魔法の光弾を上空に向けて連発する。

 周りを囲む生徒達の頭上を飛び越え、俺が立っている位置に向けて、正確に光弾が降ってくる。

 ああくそ、嫌になるぐらい精度の高い遠距離攻撃だな! 敵に回すとこれほど厄介な人間も珍しいぜ。


「私もいるわよ! でやあ!」

「うわっ、危ねえ! 殺す気か!」


 メルティの攻撃魔法を必死に避けている俺のところへアーシェが飛び込んできて、魔力剣で斬りつけてくる。

 そこらの生徒が何人いようと俺の敵じゃないが、あの二人は違う。二人とも学生のレベルを超えた実力の持ち主だ。

 ぶっちゃけ、そのへんにゴロゴロしている、二流三流の剣士や魔法使いよりも腕は上だろう。

 将来が楽しみではあるが、敵に回すと最悪の相手だな。

 特にメルティはヤバイ。彼女に遠距離攻撃をされていては、俺はまともに動く事ができなくなる。

 まずはメルティを倒しておくか。接近さえすれば、容易に倒せるはずだし。


「みんな、どけ! 道を開けろ!」


 右へ左へとフェイントをかけながら、アーシェの攻撃を避けつつ、群がってくる生徒達を倒し、メルティがいる方へと走る。

 メルティも接近されれば終わりだと分かっているのか、魔法を放ちながら移動し、俺から距離を取るようにしている。

 だが、もう少しだ。俺には一気に間合いを詰める方法や、離れた位置にいる標的に攻撃を食らわせられる技がある。

 あと少し近付き、邪魔な生徒達を突破できれば……。


「さて、そろそろ頃合いかな? 腕の立つ二人を除き、残った生徒全員を、バーサーカーにしてあげちゃおう! ここからが本番だよ!」

「なっ……!」


 魔女の弟子の愉快そうな声があたりに響き、さすがにゾッとする。

 あの野郎、スライムを取り憑かせて操っている人間の状態を自由に切り替える事ができるのか?

 そう言えば、『呪詛の魔女』も、不死人に変えた人間を自在に操るのを得意としていたな。さすがはヤツの弟子だぜ。


 既に二〇人ぐらい倒しているが、残りの約一〇〇人が一斉にバーサーカー化して獣のような雄叫びを上げ、闘技場内は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 最悪だ。なんて真似をしやがる。あいつには最低限のマナーや理性がないのか?

 こうなったら俺も、腹をくくった方がよさそうだな……生徒達に怪我をさせないようになんて、言ってる場合じゃないぞ。

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