28.闘技場にて
午後の実技訓練の授業は、屋外にある闘技場で行われた。
闘技場は様々な公式行事に利用される施設で、かなり本格的な造りをしている。
中央はきれいに整地され、それを囲むように円形の観客席が設けられている。
平日は今回のように、訓練場として利用されているらしい。
闘技場か。なんだか懐かしいな。
昔、とある国の武闘大会に出場するはめになって、出てみたら俺以外の選手はみんなモンスターで、俺もモンスターの一体っていう扱いにされていた事があった。
あの時はひどい目にあったな。モンスターどもをみんな倒して、ついでに俺を騙してくれた主催者や賭けの胴元も倒してやったっけ。
闘技場には、俺達のクラスだけではなく、他のクラスの生徒達も来ていた。
高等部一年のクラスがもう一クラスと、なんだかちっこいのが大勢いるが……もしかして、初等部の生徒か?
「あっ、初等部の子達だ。かわいいねー!」
「そうだな。無邪気なもんだぜ」
「いやいやいや! アロン君も、本当なら同学年でしょ?」
アーシェに指摘され、苦笑する。
言われてみればその通りだが、どうも実感が沸かないな。
初等部の生徒達はとても小さくて、幼い顔つきをしている。
第三者視点で見ると俺もあんな感じなのか? 信じられねえな。
「まだ、この世の汚い部分や醜い部分を知らずにいるんだろうな……俺もあの頃に戻りたいぜ」
「その歳でどれだけ壮絶な人生歩んでるのよ!? 戻りたいもなにも同年代でしょ?」
俺が子供の頃はどうだったろう? 世の中には表と裏があるっていうのを理解したのはいくつの頃だったか……。
それ以前に、全てを奪われ、絶望のどん底に突き落とされたからな。
あれはある意味、この世で一番汚いものを見せられたようなものだし……。
クララ先生は不在で、初等部の方の教師もいなかった。
先生達は会議かなにかで遅れて来るらしく、生徒達は自主訓練を行うようにと指示を受けていた。
いつものようにアーシェと組んで訓練を始めようとしていると。
小さな子供が、テテテと駆け寄ってきた。
「アロン君! ボクに剣術を教えてくれないかな?」
それは今朝、遭遇した初等部の生徒だった。確か、ハイラといったか。
訓練着を着ていて、スラッとした体形をしているのが分かる。性別は分からないが。
「俺に剣術を? 別にいいけど……」
「やったあ! それじゃ、よろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げたハイラに、釣られて頭を下げてしまう。
年相応に元気で明るくて、いい子だよな。
しかし、メルティは「気を付けた方がいい」と言っていたっけ。なにかあるのだろうか。
アーシェは「お姉さんは見学してるから構わないよ」などと言ってニコニコしていた。
子供同士のやり取りが微笑ましいとか思っていそうだな。いつの日か、元の姿に戻る事ができたら、俺のアダルトな面を見せ付けてやるぜ。
互いに木剣を手にして、ハイラと向き合う。
考えてみれば、初等部の生徒と剣を合わせるのは初めてか。
高等部の連中とは身体付きがまるで違うから、間合いの取り方に注意しないとな。
「いつでもいいぜ。打ち込んでこいよ」
「う、うん。それじゃ……たああ!」
ハイラは両手で剣を構え、踏み込んで間合いを詰めると、上段から打ち込んできた。
……構えは悪くない。剣の振り方もいい。基本はできているみたいだな。
だが、遅い。高等部の生徒と比較するのは間違っているのかもしれないが、打ち込みの鋭さ、速さに差がありすぎる。
右手で木剣を持ち、右、左と交互に打ち込んでくるハイラの剣を、軽く受けてやる。
まあ、初等部ならこんなもんか? 将来に期待ってとこかな。
「たあ! たあ! ……えやあ!」
「……!」
不意に、ハイラの剣が軌道を変え、真横から打ち込んできた。
しかもそれまでとはまるで違う、鋭い一撃だ。速度的には三倍ぐらいか。
すかさず剣で受け、やや強めに、上向きに弾いてやる。
ガン、と木剣を弾かれ、ハイラはハッとした表情を浮かべていた。
「今のは悪くないな。不意打ちにしちゃお粗末だが」
「は、ははは、さすがだね! ちょっと自信あったのに」
剣を引き、ぎこちない笑みを浮かべるハイラ。笑ってはいるが、攻撃が通じなくて悔しそうだな。
「そもそもボクは、剣術は専門外なんだよね。護身用に覚えたけど」
「ほう。なら、なにが専門なんだ?」
「ふふふ、なんだと思う? 当ててみてよ」
……んん? なんだか急に雰囲気が変わったような。
妙に高圧的というか、挑発的というか……少なくとも、俺のファンってわけじゃなさそうだ。
「剣術が専門外か。格闘家には見えないし……もしかして、魔法が専門、とか?」
「ふふ、当たりだよ! さすがに鋭いよね。魔剣帝の弟子というだけあって」
「……それをどこで聞いた? 知っている人間はそんなにいないはずだが」
秘密にしているわけじゃないが、言いふらしたりはしていないからな。
俺が魔剣帝の弟子だという事は、学院側の教員か、ごく一部の生徒しか知らないはずだ。
それらを除いて、知っているのは……。
「苦労したよ。いくつもの使い魔を駆使して、やっと君の存在をつかんだんだ。魔剣帝に気取られたらまずいので、なるべく君には手を出さないようにして、かなり慎重に動くようにしたんだけど、どうやら魔剣帝は行方不明らしいね」
「……まさか、お前が……?」
ハイラはニッコリと微笑み、俺に告げた。
「『呪詛の魔女』の一番弟子、黄金眼パラカララ。はじめまして、魔剣帝のお弟子さん」
「……っ!」
馬鹿な、コイツが魔女の弟子だっただと……!
そもそもコイツ、瞳の色が青じゃないか。黄金眼っていうのは瞳の色とは関係ないのか?
「……なぜ、ここで正体を明かしたんだ? 騒ぎを起こせば、警備についている連中が駆け付けてくるぞ」
「ボクの目的は、魔剣帝を倒して復讐を遂げる事だ。そのために、弟子である君には人質になってもらう。弟子が捕まったと聞けば、行方不明の魔剣帝も姿を現すだろうからね」
「答えになっていないが。俺が大人しく捕まるとでも思っているのか?」
訓練用の木剣を握り締め、身構える。
マズイな。よりによって訓練中に仕掛けてくるとは。
万が一の場合に備えて、自分の剣を持ってきてはいるんだが、闘技場の隅にある休憩所に置いている。ここからだとかなり距離があるぞ。
「君が見掛けに寄らず、強い事は知っているさ。これまでに何度も使い魔を倒してくれているからね。だからこそ、今、この場を選んで仕掛ける事にしたのさ!」
「ほう。そいつは一体、どういう……」
そこで俺は気付いた。
実技訓練の授業中にもかかわらず、周囲がやたらと静かである事に。
慌てて周りを見回してみると、うちのクラスの連中は皆、動きを止め、俺の方を見ていた。
皆の様子がおかしい事に気付き、冷や汗をかく。
「これは……お前、生徒達になにかしたのか?」
「んー、なにかしたというより、既に仕込んであったというべきかな……騎士団の連中を操ったのと同じ日に、君のクラスの連中は屋外で訓練をしていただろ? 訓練中に、雨が降ってこなかったかい?」
「そう言えば……ま、まさか、あの時に……?」
魔女の弟子はニヤリと笑い、愉快そうに告げた。
「そういう事さ。雨に紛れて、使い魔のスライムをばらまき、君を除く生徒達全員に取り憑かせておいた。同じ頃、別の場所で訓練中だった初等部の子達にもね」
「取り憑かせていたのに、今まで放置していたのか? もしかして、それは……」
「そう! 今日この時間、君のクラスと初等部のクラスが合同で授業を受けるのを知っていたのさ! そのためにボク自身も初等部に潜り込んでいたんだよ」
なんてヤツだ。そんな事のために、罪もない生徒達を巻き込んだのか。
というか、そこまでやるんなら、なぜ俺に……。
「変なヤツだな。俺にもスライムを取り憑かせれば、それで終わったのに」
「君に手を出したら、魔剣帝に気取られる可能性があるからね。念のため、君だけは除外しておいたのさ」
なんて用心深いヤツだ。確かに、そうするのが正解だが。
スライムに取り憑かれそうになったら、俺は気付いて、防いでいただろう。
そして敵の狙いを悟り、生徒達には治療を受けさせるなりして、スライムを除去していたと思う。
「闘技場の出入り口には魔道人形を配置してある。警備についている連中が異常に気付いたとしてもすぐには入ってこられないだろう。さて、ボクの操り人形となったこれだけの数の生徒達を相手に、どう立ち回る? はたして逃げ切れるかな?」
「くっ……!」
俺が斬りかかるよりも一瞬早く、ヤツは後ろ向きに大きく跳躍し、離れていった。
入れ替わりに生徒達がゾロゾロと集まってきて、俺を取り囲んでしまう。
虚ろな表情を浮かべてたたずむ、同級生や初等部の生徒達に包囲され、冷や汗をかく。
……やってくれるじゃねえか、魔女の弟子。あとで覚えてろよ……。




