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27.魔女

 時はすぎ、昼休み。

 食堂で食事を終えた俺は、学院内をブラブラと歩いていた。

 広大な学院の各所に、騎士や魔法使いが警備についている。敵が襲撃してきたとしても、これまでのようにはいかないだろう。


 だが、不安だ。敵はもう、俺の事を特定しているはず。

 俺だけを狙ってくるのならいいが、俺を捕まえるために、他の生徒や警備の連中まで被害にあうようなら問題だ。

 やはり、俺はしばらく身を隠した方がいいのではないだろうか。


 校舎裏を歩いていると、前方から妙な人物が近付いてくるのが目に入った。

 大きなとんがり帽子に、もっさりとしたローブ姿。かなり小柄な人物のようだ。長い杖を持っている。

 衣服の各部に、歯車みたいな飾りを大量に縫い付けている。杖の先も歯車みたいな形状だ。

 警備についている、魔道士の一人か。

 しかし、妙な歩き方をしているな。なんだか地面の上を滑っているような……もしかして浮いてるのか、あれ。


 小さな魔道士は、俺の傍らをすり抜けようとして……ピタッと、足を止めた。


「待て。おぬし、どこかで会ったかのう?」

「いや? 人違いじゃないかな」


 声は子供みたいだが、口調は年寄りみたいだ。

 そいつはとんがり帽子のつばを上げて、素顔をさらした。

 かなり幼い少女に見える。桃色の髪に、金色の瞳――。


 それを確認するなり、俺は慌てて後ろ向きに飛びのき、距離を取った。

 ……金色の瞳、だと? まさかコイツが、黄金眼ゴールデンアイなのか?


「なんじゃ? なぜ逃げる。顔をよく見ようとしただけじゃのに」

「お、お前は……黄金眼ゴールデンアイとかいう、魔女の弟子か?」


 すると謎の幼女(?)はムッとして、瞬間的に距離を詰めてきた。


「ワシは黄金眼などではないわ、あほう! 瞳が金色のヤツはみんな黄金眼か? よく考えろ!」

「い、いやでも、すっごく怪しいし……」

「違うと言うとろうが。物騒なものを抜くでないわ、小僧」

「!」


 いつの間にか、幼女は俺の剣の柄を杖の先で押さえていた。

 俺は反射的に剣の鞘をつかんでいつでも抜けるようにしていたんだが……間合いの詰め方といい、コイツ、只者じゃないな。


「ワシは魔道士ギルドから協力の要請を受けて来たのじゃ。しかし、黄金眼の名を知っておるという事は、おぬし、ただの生徒ではなさそうじゃな」

「そういうあんたこそ普通の魔道士じゃないだろ。何者なんだよ」

「ワシか? ワシはミリオム・999《トリニティナイン》。至高の魔道士にして、時空魔法の達人よ」

「ミリオム・999? 時空魔法だと……」

「『次元の魔女』とも呼ばれておるな」

「なっ……魔女、だと……!」


 『魔女』という単語を聞いた瞬間、全身に悪寒が走った。

 再び後方へ飛び退き、間合いを開け、身構える。

 まさかこんなところで魔女に遭遇するとは……今の俺に勝てるかどうか分からないが、向こうがやる気ならこっちも死ぬ気でやるしかない……!

 臨戦態勢を取った俺を見やり、魔女だと名乗った幼女はため息をついた。


「落ち着け。ワシは敵ではない。『魔女』と呼ばれる者が皆、悪党というわけではないのじゃ」

「それは……確かにそう聞いているけど……」

「ワシが敵なら、貴様を既に屠っておるじゃろう。違うか?」

「……」


 確かにそうかもな。最初に間合いを詰められた時、俺は反応できなかった。

 超スピードか、瞬間移動か。いずれにせよ、あの時、俺は殺されていたかもしれないわけだ。


「今日のワシは、あくまでも魔道士ギルド所属の魔道士として来た。安心するとよいぞ」

「……」

「しかし、おぬし、えらく若いのに、大した剣気と魔力を持っておるな。名をなんという?」

「アロン・エムスだ」


 すると幼女は、ハッとした表情を浮かべた。


「おお、おぬしがアロンか! メルティから噂は聞いておるぞ」

「メルティから? あんたはメルティの知り合いなのか」

「何を隠そう、あの子はワシの弟子なのじゃよ。なかなか優秀じゃろう?」

「メルティの師匠なのか。それでその、噂というのはどんな……」


 俺が尋ねると、メルティよりも幼く見える彼女の師匠は、愉快そうに告げた。


「飛び級のメルティよりもさらに若い、恐ろしく優秀な剣士だとか」

「い、いやあ、それほどでも……」

「年上の色気のある女にしか興味がない、とんでもないエロガキだとか」

「い、いや? そんな事はないっすよ?」

「年下のくせによくからかってくる、生意気なヤツだとか」

「そ、そんなに生意気じゃないと思いますがね……」


 散々な言われようで、さすがに引きつってしまう。

 メルティめ、俺の事をそんな風に言ってるのか。あとで覚えてろよ。


「しかし、危ないところを何度も助けてくれた、頼りになる少年じゃとか」

「おお? いやあ、それほどでも……」

「意外とかわいいところもある、割といい男じゃと言っておったような……」

「そ、そうすか? 照れるなあ」


 なんだ、結構高評価じゃないか。

 今度からメルティにはもう少し優しく接してやるか。


「おぬしは、魔剣帝の弟子だそうじゃな」

「あ、ああ、まあ。一応」

「ふむふむ、なるほどのう。それで年齢にそぐわぬ、強大な魔力や剣気を持っているわけか……」


 金色の瞳でジッと見つめられ、冷や汗をかく。

 敵意はないようなので安心したが、どうにも捉えどころのない相手だ。

 なにかを探られているような……気のせいか?


「ワシは何度か、魔剣帝に会った事がある」

「!?」


 なんだって? 俺に、魔剣帝に会った事があるだと……?

 いや、そんな馬鹿な。俺にはそんな記憶はないぞ。さてはハッタリか?


「まあ、会ったといっても、この時間軸ではないがのう。魔剣帝に言っても、記憶にないと言われるのがオチじゃろうな」


 どういう意味だろう。この時間軸ではない? おかしな事を言う幼女だな。


「アロン・エムスという事は……もしやおぬし、エムス村の生き残りか?」

「!? な、なんでそれを……」

「やはりか。あの村には以前、行った事がある。のどかでよい村じゃったな」

「……」


 なんなんだ、この幼女は……俺の事をどこまで知っているんだ?

 俺が警戒の目を向けると、謎の魔女は穏やかな口調で呟いた。


「アロンとやら。おぬしが何者なのかは問うまい。じゃが、身の振り方には十分に気を付ける事じゃ。おぬしが間違った道へ進めば、周囲の人間も少なからず影響を受けるじゃろう。この世を地獄に変える事すらありえる。おぬしは、世界の命運を分ける星のもとに生まれた、特別な存在なのじゃ」

「……」


 特別な存在か。あまりうれしくない特別のような気がするな。

 個人的には、運命がどうとか、そういうのはクソくらえって考え方なんだが。

 しかし、周りの人間に悪い影響を及ぼすというのなら、そいつは俺の信条に反するな。

 もっと慎重に行動するべきって事なのか。


 ミリオムという魔女は、不意に懐から大きな懐中時計を取り出すと、時刻を確認するなり顔色を変えた。


「むおっ、もうこんな時間か! 急がんと食堂が閉まってしまう! では、さらばじゃ!」


 言うが早いか、文字通り飛ぶような勢いで去ってしまった。

 いや、警備に来たんだよな? 学院の食堂で昼食をとるために来たわけじゃないよな?

 どうにもつかみどころのない魔女だ。幼女なのか年寄りなのかも分からなかったし。あとでメルティに訊いてみるか。


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