22.バーサーカー
食堂を離れ、渡り廊下を通って、校舎に戻る。
まだ騒ぎは起こっていないようだが、それも時間の問題かもしれない。
バーサーカーにされたのが食堂にやって来たあの男だけなら助かるんだが……あまり楽観的に考えない方がいいだろうな。
「いたぞ」
「!?」
通路の先に、鎧姿の騎士が立っているのを発見した。
騎士は全身ずぶ濡れで、抜身の長剣を握り締めている。
かなり距離があるのにすさまじい殺気を放っているのが分かり、ゾッとする。
あれはもう、まともな人間じゃないな。確認するまでもなく、バーサーカー状態のようだ。
「あの人は騎士団の、ヨルンさんよ! ベテランの騎士で、力より技を重視した剣術の使い手だと聞いているわ」
「技巧派か。だが、バーサーカーにされているとどうだろうな……」
「グルルル!」
騎士が吠え、猛然と突進してくる。
技巧派の動きではない。バーサーカーとなったために理性が吹っ飛んでいるのか。
……こちらとしては助かるが。
魔力をまとって加速、相手の間合いに入る直前に右へ飛び、壁を蹴って真横から仕掛ける。
魔力剣を一閃させ、剣をへし折り、鎧を割り、仰向けに倒す。
鳩尾に鞘の先を打ち込み、気絶させる。
相手が完全に意識を失ったのを確認し、俺は額の汗を拭った。
「バーサーカーになってたおかげで助かったぜ。得意の剣技を使おうって考える事もできないみたいだな」
「そ、そうね。ヨルンさん、一〇歳の子に倒されたって知ったら、ショックでしょうね……」
「黙ってればいいんだよ。そうだ、アーシェが倒した事にすればいい」
「む、無理無理! 私にそんな真似できるわけないじゃない!」
俺にやられた、っていうよりも信憑性はあると思うが。
それはともかく、バーサーカー状態の騎士は、凶暴になってはいるものの、動きが単純な分、倒すのは難しくなかった。
異様にパワフルになっているので、攻撃の威力が増大している点には注意が必要だが、そこにだけ気を付けていれば、まず負けはしないだろう。
周囲の気配を探り、異様に高い殺気を放っている人物を捕捉する。
騎士団の連中は外を徘徊していて、適当な入口から校舎に入ってこようとしているみたいだ。
残りは六人、近い位置にいるヤツから倒していこう。
「次はあっちだ!」
高等部から初等部まである三つの校舎を駆け回り、外から侵入してきたバーサーカー状態の騎士を迎え撃つ。
既に学院側が指示を出しているのか、生徒は皆、教室に避難しているらしく、校舎内は不気味なぐらい静まり返っていた。
「いたぞ!」
「え、ええと、あの人はアランさんで、お酒が好きで陽気なおじさん……」
「おりゃあ!」
武器を破壊して転ばせ、頭や腹を魔力を込めた鞘で打って気絶させる。
「次だ!」
「あの人は、力自慢で大食いのトムさん……」
「でやあ!」
「あっ、あっちから新手が! あの人は、歌が下手くそなシンヤさん?」
「うりゃあ!」
「今度はこっち! 小さい子供が三人もいるラックさんよ!」
「やりにくいな! たあ!」
「あっちにもう一人! 名前は知らないけど最近入団した新米の騎士さん!」
「入団早々気の毒に……おりゃあ!」
アーシェにどんな人物なのか教えてもらいながら、バーサーカーとなった王国騎士達を次々と倒していく。
広範囲を走り回ったのでかなり疲れたが……これでほぼ片付いたな。
あれから五人倒したから、合計七人で、残りは一人か。
……って、待てよ。残りの一人っていうのは、もしかして……。
高等部の校舎一階、天井の高い、広々とした通路にて。
そいつは他の騎士と同じくずぶ濡れで、通路のど真ん中にたたずんでいた。
まるで俺が来るのを待っていたようにして。
「そ、そんな! マヨネラお姉さままでバーサーカーに……」
金髪を縦巻きロールにした美女、王国騎士団第一部隊隊長のマヨネラ・ライオット。
騎士団の連中がみんなバーサーカーにされていたのだから、隊長のマヨネラが同じ目にあっていても不思議ではない。
だが、マズイぞ。マヨネラは他の騎士とは違う。
隊長を務めているだけあって、あいつの剣の腕は桁違いだ。
あいつもバーサーカー状態で、まともに剣術を使えないというのなら、勝機はあるが……。
「おほほほ」
「マ、マヨネラお姉さま? もしかして、正気を保っておられるんじゃ……」
「おほほほ」
「いや、やっぱり普通じゃなさそうだぞ……」
マヨネラは他の騎士達のように、顔に血管が浮き上がってはいないし、目も血走ってはいなかった。
獣のようにうなってもいないし、殺気も放っていない。
ただ、意味もなく笑っているだけだ。あれがあいつのバーサーカー状態なんだとすると、それはそれで怖いな……。
「アロン君、早くお姉さまを正気に戻してあげて。バーサーカーになったお姉さまなんか見たくないわ……」
「そうしたいのは山々だけどな。あいつ……あの人は、他の連中のようにはいきそうにないぜ」
「えっ?」
マヨネラが笑顔のまま、近付いてくる。その手に愛用の長剣を握り締めて。
あいつもバーサーカーにされているのは間違いなさそうだが、術の効き目が弱いのか、あるいは精神力が強いからか、かなり落ち着いた状態のようだ。
それがかえってマズイ。まともな精神状態じゃないのに、普通に剣術が使えるとなると……敵としては最悪の相手だ。
他の騎士達は野生の獣みたいな状態だったから、割と楽に倒せたんだが……。
「おほほほ!」
「!」
不意に、マヨネラが真正面から突っ込んでくる。とんでもないスピードで。
ヤバイ、こいつ、魔力操作ができていやがる!
マヨネラが剣を振るい、魔力をまとった斬撃が俺を襲う。
魔力剣で斬撃を弾いたが、後ろ向きに吹き飛ばされてしまった。
分かってはいたが、こいつ、強い。本来の俺ならともかく、子供にされた今の俺じゃ、勝つのは難しいかも……。
「おほほほ! おほほほ!」
「笑いながらガンガン斬りつけてくるなよ! 殺す気か!」
理性を失った王国騎士団第一部隊隊長の攻撃をどこまで防げるのか。
さらにまずいのは、マヨネラはまだ本気じゃないって事だ。
あいつが本気で剣を、技を繰り出してきたら、しのぎ切れないかも……!
「おほほほ! おほほほ……おほう!」
「ちっ……!」
マヨネラが魔力をまとった剣をグルンと一周させ、螺旋状の斬撃を放ってくる。
どうにか軌道を読み、魔力剣で弾き、直撃を防いだが……威力がありすぎて剣を折られてしまいそうだ。
あんな重い一撃、そう何回も受けきれないぞ……!
「ア、アロン君! 私も手伝うわ!」
アーシェが叫び、長剣を両手で握り締めて構える。
そこで俺は、アーシェに尋ねた。
「マヨネラ……さんとアーシェは姉妹弟子なんだよな? なら、得意技や癖なんかも分かるか?」
「う、うん、大体は。ただ、最近は一緒に鍛錬を行っていないから、お姉さまがどこまで強くなっているのか分からないけど」
「最新の情報じゃなくてもいいさ。身体に染み付いた癖っていうのはなかなか抜けないものだしな」
アーシェはうなずき、マヨネラの様子をうかがいながら呟いた。
「お姉さまが得意としているのは、超高速の踏み込みと同時に放つ、神速の斬撃。剣に雷光を宿らせ、稲妻のような軌道を描く、雷鳴斬よ」
「そいつはヤバそうな技だな。仮に剣筋を見切ったとして、さばけるかどうか……」
まともな状態じゃないからか、マヨネラはすさまじい魔力を発し続けている。
あれじゃ、身体がもたないぞ。早くどうにかしないと、命にかかわる危険がある。
今のマヨネラを倒すには、俺もあいつと同等の魔力をまとう必要があるが……子供の身体でどのぐらいまでの魔力に耐えられるのか。
「おほほほ……!」
「来るぞ!」
マヨネラが前傾姿勢になり、それが踏み込みの予備動作なのを悟り、気を引き締める。
……雷鳴斬とやらは、見た事がある。なので、剣筋を見極めるのは不可能ではない。
問題は、剣の軌道を見切ったところで、今の俺に対処できるのかどうかだ。
かわすか、受けるか、弾くか、流すか……選択を間違えるとえらい事になるぞ。
「おほっ、ほほほ!」
「くっ……!」
超高速の踏み込み、そこから繰り出す、稲妻のごとき軌道を描く、神速の剣。
まとった魔力が雷光に変化し、斬撃と共に雷鳴が轟く、まさに必殺の剣だ。
剣筋は見えた。だが、コイツをまともに受ければ、剣ごとバッサリやられてしまう。
瞬間的に、剣に魔力を集中、強度を限界まで上げる。
雷光をまとった重く鋭い斬撃を、魔力剣で受けて……流す!
「アーシェ! 今だ!」
「……任せて!」
マヨネラの踏み込みに合わせて、アーシェは天井まで飛んでいた。
俺が斬撃を流し、体勢が崩れたマヨネラに、上空から斬りかかる。
アーシェも魔力をまとい、魔力剣を使っている。これが決まれば、さすがのマヨネラも……。
「おほほほ!」
「なっ……!」
頭上から打ち込んできたアーシェの剣を、マヨネラは身体を回転させて剣で受けてみせた。
なんという超反応。人間の領域を超えているな。さすがだ。
だが……その動きは不正解だ。
神速の動作中に回転なんかしたために、一時的に立ち止まった形になった。
俺の、目の前で。
「でやあ!」
魔力剣を一閃、マヨネラに斬撃を浴びせる。
マヨネラはアーシェの剣を弾き、俺の剣に自分の剣を合わせてきた。
ガン、と剣と剣がぶつかり、俺の剣が折られてしまう。
「おほほほ!」
「おかしいか? 勝ったのは俺の方だぞ」
「おほっ?」
剣を折られるのと同時に、左手に握り締めた鞘を振るい、魔力を込めたそれでマヨネラの側頭部を打つ。
俺の剣ではこいつの魔力剣を受けきれないのは分かっていた。なので、剣を犠牲にして、鞘で一撃を入れてやる作戦だったのだ。
いい感じの手ごたえと共に、マヨネラはその場に倒れた。
アーシェのアシストがなかったら、俺は斬られていたな。
彼女が一緒に来てくれていて、助かったぜ……。




