21.雨中の騎士
昼休みになり、俺は食堂へ向かった。
山盛りの肉料理を三人前ほど確保し、窓際のテーブルに着く。
向かいの席には、アーシェとメルティが並んで座っている。
一緒に食べようと誘った覚えはないんだが……さては二人とも、ナイスガイな俺と片時も離れたくないんだな?
「アロン君、一人で寂しそうに食べてるから。なんだかほっとけなくて」
「かわいそうなお子様と一緒に食べてあげるんだから感謝しなさい。ほら、お姉さん、ありがとうは?」
二人とも、一人で食べている俺がかわいそうだから一緒に食べてあげる事にしたらしい。
ふっ、まあ、そういう事にしといてやるさ。なんだかこの肉、やたらとしょっぱいな……。
「また肉料理ばかり食べて。野菜も食べた方がいいわよ」
「大きくなれないぞー」
「うるせえな。食ってるよ、野菜も。だがまずは肉だ、筋肉だ。今の俺には圧倒的にパワーが足りていないんだ」
見ろ、この細い腕を。剣を振り回すのも一苦労だぜ。
少しでも筋力をつけるよう、毎日欠かさず剣を振っているんだが、なかなか成長してくれない。
いずれ大人の姿に戻るのなら、鍛える必要はないのかもしれないが、それがいつになるのか分からないからな。
今現在の力を可能な限り上げておかないと、敵と対峙した時に筋力不足のせいで太刀打ちできない、なんて事になったんじゃシャレにならない。
「……にしても、よく降るな。これじゃ屋外の訓練は全部中止か?」
「そうね。屋内の訓練場が空いていればいいんだけど。空いていない場合、自習か座学の授業になるでしょうね」
「うえー、座学か……メルティ、魔法で雨をどうにかできないか?」
「できるわけないでしょ。天候を操るなんて、大魔法もいいところよ」
窓の外の様子を眺めつつ、そんな事を話していると、降りしきる雨の中を歩いている何者かの姿が目に入った。
あれは……鎧姿の騎士か。警備についている、王国騎士団の誰かだな。
しかし、外は土砂降りだっていうのに、雨の中を見回りでもしているのか?
「……」
そいつはこちらへ向かって歩いてきていた。昼時だし、食堂で昼食をとるのかもな。
近付いてくるにつれ、そいつが右手に長剣を握り締めているのが分かった。
……なんで剣を抜いて歩いてるんだ? 騎士団の連中は、無闇に剣を抜いたりしないよう、訓練を受けているはずだが。
そいつがズンズン近付いてきて、俺はハッとした。
咀嚼中だった肉をゴクンと飲み込み、傍らに立てかけてあった二本の剣を手に取る。
「外だ! 気を付けろ、なんかヤバイぞ!」
窓の外に目を向けたまま、アーシェとメルティに叫ぶ。
直後、窓ガラスが叩き割られ、鎧姿の騎士が飛び込んできた。
「グルルル……!」
そいつはまだ若い、二十代半ばぐらいの騎士だった。
名前は知らないが、割と穏やかな感じの男だったと記憶している。
今はすっかり正体をなくしているみたいだが。
目が真っ赤に充血していて、顔中に血管が浮き上がっている。
なんだ? ヤバイ薬でもやって……。
「グルオァ!」
騎士が長剣を振るい、テーブルを真っ二つにする。
俺はもちろん、アーシェとメルティも慌ててテーブルから離れていたので無事だったが……。
一体、どうなってるんだ? なぜ王国騎士が俺達を襲う?
獣のように吠え、騎士が斬りかかってくる。
……仕方ないな。理由は不明だが、やる気なら相手をするまでだ。
短い方の剣を抜き、斬撃を受け止める。
なんだこれ、重い……! めちゃくちゃ重い一撃を打ち込んできやがった。危うく剣を折られるところだったぞ。
「グオォアアア!」
「このっ……!」
騎士が剣を振りかぶったのにタイミングを合わせ、魔力をまとって瞬間的に加速、魔力剣を一閃させる。
相手の剣を叩き折り、甲冑を真っ二つにしてやる。
騎士は後ろ向きにひっくり返って倒れたが、すぐに起き上がろうとした。
鞘に魔力を込めて振り下ろし、騎士の頭をぶん殴ってやる。それでようやく、そいつは大人しくなった。
「ふう。やれやれ、びっくりした……なんだコイツは、ヤバイ薬でもキメてんのか?」
昼時という事もあって、食堂にはかなりの数の生徒がいたが、あまりの事に皆、声もなかった。
無理もないか。みんなの憧れ、王国騎士団の騎士が、窓から飛び込んできて暴れ出したんだからな。
「そ、そんな……王国騎士を倒しちゃうなんて……アロン君って、正規の騎士よりも強かったの……?」
「えっ?」
呟いたのはアーシェだった。信じられないといった顔をして俺を見ている。
他の生徒達もアーシェと同じような表情を浮かべ、ざわめいていた。
いかん、やりすぎたか。とっさの事だったので、つい……。
「は、はは、まさか! ほら、この人、明らかに普通の状態じゃなかっただろ? それでたまたま、不意打ちが成功したんだよ! いくら俺でも王国騎士に敵うわけないじゃないか!」
「そ、そうよね? あー、びっくりした。いくらなんでも王国騎士より強いわけないよね。もしもそこまで強いのなら、学院に通う必要もないでしょうし」
「そ、そうそう! 騎士に勝てるんなら、飛び級どころか卒業してるって!」
アーシェはどうにか納得してくれた様子で、食堂にいる他の生徒達も俺の言い訳を信じたみたいだった。
メルティだけは、めっちゃ疑いの眼差しで俺を凝視していたが……あの子は無駄に鋭いから怖いな。
「な、なあ、メルティ。この人がどういう状態なのか分からないか?」
「……」
するとメルティはおずおずと前に出てきて、倒れた騎士を見つめて呟いた。
「魔法によるバーサーカー状態のようね……何者かによって強制的にバーサーカーにされてしまったみたい」
「薬じゃなくて、魔法か。しかし、そんな簡単にバーサーカーになんかできるのか?」
「普通は無理。催眠術や魔法薬を併用して、じっくり時間をかけて作り上げるものだと聞いた事があるわ。屈強な王国騎士を即座にバーサーカーにするなんて、なにか特殊な方法を使わないと不可能だと思う」
「特殊な方法、か……」
うーん、俺は、魔法については専門外だからな。
今までの経験で見たものや、知り合いの魔法使いから教わった知識しかない。
「この人、ずぶ濡れね」
「ああ、雨の中を歩いてきたからな……」
そこで俺はハッとして、メルティを見つめた。
メルティも俺と同じ事を考えたのか、神妙な顔でうなずいている。
「お、おい。まさか、この雨が……」
「ありえるわ。騎士団の人達は屋外で警備をしていた。雨に紛れて、魔法薬かなにかをまいたのだとしたら……可能だと思う」
「嘘だろ。もしもそうなら、警備についていた騎士団の連中全員が……ヤバいぞ、おい!」
俺とメルティが顔色を変えたのを見て、アーシェが問い掛けてくる。
「ちょっと、どういう事? 誰かが騎士団の人達になにかしたの?」
「ああ。何者かが王国騎士団をバーサーカーの集団に変えちまったらしい」
「そ、そんな! なにかの間違いなんじゃ……」
「まだそうだと決まったわけじゃないが、最悪の事態を想定しておいた方がいいと思う。騎士団の連中は何人ぐらい来ているんだ?」
「ええと、マヨネラお姉さまが率いる第一部隊の精鋭が……確か、八名ぐらいだったと思う」
「バーサーカーにされた王国騎士団の騎士が、八名か。学院の生徒全員を皆殺しにできる戦力だな……」
こいつはマジでヤバいぞ、非常事態だ。
バーサーカー状態の騎士達が校舎に入ってきて、生徒達を無差別に襲ったら……一体、どれだけの犠牲者が出るのか見当も付かない。
全員、俺を標的にしてくれるのなら、その方が対処しやすいが……現時点では、騎士達がどういう動きを見せるのか分からないな。
「学院側に状況を説明して、生徒達を避難させた方がいいな。メルティ、報告役を頼めるか?」
「分かった。任せて」
「俺は校舎を回って、騎士団の連中を捜すよ。バーサーカーになっているのなら止めないと」
「わ、私も手伝うわ! 騎士団の人達についてはそこそこ詳しいし!」
アーシェが叫び、俺に同行するという。
この際なので手伝ってもらうか。俺一人じゃ騎士団全員を押さえるのは無理かもしれないし。




