19.魔剣帝の行方
翌日から、学院の敷地内には王国騎士団の連中が配備されていた。
さすがにここにだけ詰めていては王都全体の警備がおろそかになるので、必要最小限の人員のみが派遣されているみたいだったが。
学院の各所に、鎧に身を包んだ騎士が立っているというのは、なんだか物々しい雰囲気だが、生徒達はそれほど気にした様子はなく、むしろ騎士団の姿を見る事ができて喜んでいるようだった。
生徒にしてみれば、騎士団は憧れの存在というわけか。
高等部の校舎へ向かおうとしていると、一人の騎士が立っているのが目に入った。
縦巻きロールにした長い髪をなびかせ、笑みを浮かべているのは、第一部隊隊長のマヨネラ・ライオットだった。
昨日、挨拶を交わしたのに無視するのはマズイよな。とりあえず挨拶だけしておくか。
「おはようございます」
「あら、おはよう。あなたは確か、アロン君でしたわね」
「お勤めご苦労様です。それじゃ」
さっさと行こうとしたんだが、呼び止められてしまった。
「お待ちなさい。あなた、魔剣帝の弟子だそうね?」
「は、はい。一応……」
「魔剣帝はどこにいるのか知りませんこと? 魔女を倒してから、行方が分からなくなっていますのよ」
「い、いや、俺は分かんないかな。師匠は気まぐれだし、放浪癖があるので……旅に出たいなー、とか言ってた気がするし」
俺が適当な事を言って誤魔化すと、マヨネラはため息をついていた。
「やはりそうですか。うちの騎士団長も似たような事を言っていましたし、いい加減な男ですわね……」
「ええと、師匠になにか急用でも……」
「別にそういうわけではありませんけど。たった一人で超危険な魔女を討伐に出たりして、なにを考えているのでしょう。無事に終わったのなら終わったと、報告に来てもいいと思いませんか?」
「そ、そう、ですね……」
「まったく。この私がほんのちょっとだけ心配してあげたというのに。実にいい加減な男ですわ」
「は、はあ」
あれ? もしかしてこいつ、俺の事を心配してくれてたのか?
なんだ、意外といいとこあるじゃないか。いつも威張っていてツンツンしている、お嬢様育ちの騎士って感じだったのに。
「マヨネラさんは、うちの師匠と仲がいいんですか?」
「いいえ、全然。弟子のあなたの前で言うのもなんですけど、あの男は実に無礼で失礼な野蛮人です。いつか首をはねて差し上げようかと考えているぐらいですわ!」
「そ、そうなんですか……すげえ嫌われてるんですね、師匠……」
ちょっと悲しくなり、ガックリ来ていると、マヨネラはやや慌てた様子で俺に告げた。
「その、別に嫌っているわけではありませんのよ。剣士としての腕前については尊敬していますし。ただ、ちょっとだけ気が合わないというか……あちらがからかってくるので、つい私もムキになってしまうのですわ」
「えっ? 絡んでくるのはそっちなんじゃ……」
「なにかおっしゃいまして?」
「い、いえ、なんでもないです。俺……じゃなくて師匠は意外と傷付きやすいので、できれば優しくしてあげてください」
「努力しますわ。早く旅から戻って来られるといいですわね」
「そ、そうですね」
マヨネラから離れ、額の汗を拭う。
別人を装って顔見知りのヤツと話をするのって、結構疲れるな……。
しかし、俺が子供だからか、随分と穏やかな態度で接してきたな。いつもあんな感じなら揉めたりしないのに。
元の姿に戻れたら、優しく接してやるか。それがいつになるのか分からないが。
騎士団が警備についているんだし、さすがにもう魔道人形のような目立つ刺客を送り込んできたりはしないだろう。
敵は既に、標的を特定できているんじゃないか。だとすると、俺に直接仕掛けてくるかもな。
学院にいる間は安全だと思うが、油断はできないぞ。気配を消した暗殺のプロが、音も立てずに背後から襲ってきたり……。
「わっ!」
「!?」
いきなり背中を叩かれ、俺は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
慌てて反転すると、そこには笑顔のアーシェが立っていた。
「な、なんだ、アーシェか……驚かさないでくれよ」
「あははは、ごめんごめん! でも、ちょっと驚きすぎじゃない? ふふふ」
「刺客かと思って、反射的に斬っちゃうところだったぞ」
「あははは……それは勘弁してほしいなあ……」
俺が剣を抜きかけているのを見て、アーシェは引きつっていた。
にしても、俺の背後を取るとはやるじゃないか。完全に気配を消して近付いてきたな。
「でも、刺客ってなんの話なの?」
「それは……ほら、最近やたらと物騒だからさ。魔道人形の次は暗殺者が来るんじゃないかと思って」
「大丈夫よ。マヨネラお姉さまが率いる王国騎士団の皆さんが警備に当たってくれてるんだから。怪しいやつの侵入を許しはしないわ」
「そうだよな。俺の考えすぎか……」
ため息をつく俺の顔を見つめ、アーシェは呟いた。
「もしかして、アロン君は誰かに狙われるような覚えがあるの?」
「えっ? いや、それは……」
「それって、魔剣帝の弟子だから?」
「うっ……!」
アーシェには何も話していないのに、鋭いな。
やはり彼女は、ただの貴族令嬢なんかじゃないな。あいつの弟子だというのなら、当然とも言えるが。
「魔剣帝は敵が多いっていうし、魔剣帝本人には怖くて手が出せないけど、弟子を人質に取れば……なんて考える悪党はいそうよね。なんて卑劣なの!」
「いや、そうと決まったわけじゃ……」
「大丈夫、危ない時は私が手を貸すから安心して! 悪党の思い通りになんかさせないわ!」
「そ、そう。頼もしいな」
アーシェは握り拳を掲げ、俺を励ますように叫んだ。
正義感が強いのはいい事だと思うが、あんまり力みすぎてもよくないぞ。ほどほどにな。
「アロン君に近付く怪しいやつがいたら、片っ端から叩き切ってあげるわ!」
「それはよせ! やりすぎだ!」
妙にやる気になっているアーシェに、俺は冷や汗をかいた。
協力してくれるのはありがたいが、危ない真似はしないでほしいな。できれば誰も巻き込みたくはないんだ。