15.切り札
「ゲット、ゲットォ! 三人目のニンゲン、ゲットォーーーッ!」
「うるさい。消し炭に変えてやる」
メルティが魔力を高め、杖の先に魔法の光を生じさせる。
人形が捕獲用の網を射出するより先に、メルティは光弾を放った。
拳大の光弾が猛スピードで射出され、人形の胴体部分に命中する。
ボン、と爆発し、見事仕留めたかに見えたが、なんと人形は無傷だった。
「魔光弾の直撃を受けても無傷なんて……人間なら粉々に吹き飛んでいるのに……!」
そんな殺人的な威力の魔法を一三歳の少女が使えるというのはどうかと思うが、あの人形には通じないようだ。
よほど頑丈にできているのか、あるいは……魔法に耐性があるのか?
「ゲット! ゲット! ロリニンゲン、ゲットォ!」
「だ、誰がロリニンゲンなのよ!? バラバラに分解してやる!」
メルティが魔法の光弾を連発したが、それらをすべて受けても、人形は無傷だった。
ヤバい、どうもメルティでも勝てそうにないぞ。早くこの網を破って加勢に行かないと。
少しずつ、糸を焼いてはいるんだが、両手がまともに動かせない状態では難しい。
くそ、この俺がこんな単純な罠に引っ掛かるとは……我ながら情けなくて涙が出そうだぜ……!
「アロン君、こっちに……私にライターを……!」
「アーシェ? わ、分かった!」
網に包まれたままゴロゴロと転がり、アーシェに近付く。
アーシェも俺と同じ状態だが、二人で互いの糸を焼いてしまう方が上手くいきそうだ。
一方、魔法が効かない人形を相手にして、メルティは苦戦していた。
魔法の種類をあれこれと変えて撃っているようだが、人形には通じない様子。
「炎も雷も駄目か。私が使えるレベルの魔法では、耐魔法加工が施されたあの人形を倒せない……!」
マズイな。俺が油断して動けなくなったせいでメルティまで捕まってしまったら、最悪だぞ。
仮に捕まったとして、俺とアーシェなら脱出できるかもしれない。
メルティはまだ小さいんだし、彼女だけでも捕まらないようにしないと……。
「メルティ、無理するな! お前だけでも逃げろ!」
俺が叫ぶと、メルティは俺の方を見て、なぜか笑っていた。
「ふっ、この私があんなお子様に気遣われるなんてね……ふふふ」
「メ、メルティ?」
「冗談じゃないわ! 私の力はこんなものじゃないんだから! こうなったら、とっておきの奥の手を見せてあげる……!」
「!?」
メルティは気合を入れ直し、魔力を高めていった。
元々、彼女は一三歳というのが信じられないぐらい魔力が高い。大人の魔法使いと比較しても遜色のないレベルだ。
それをさらに、限界まで高めている。なにか強力な魔法でも使うつもりなのか?
「本来、これは邪法で邪道。あまり使いたくないし、リスクも大きい。でも、あんな人形に後れを取るぐらいなら……やってやるわ!」
強大な魔力に身を包み、メルティが叫ぶ。
魔道人形が例の網を放ったが、メルティが発する魔力の結界に阻まれ、届かなかった。
「行くわよ。時空魔法、リンク・アップ……!」
メルティが杖を振るい、上空に向けてかざし、なにかの魔法を発動させる。
地面と空、両方に魔法陣が出現し、青白い光が渦を巻き、メルティを包み込む。
なんだ、あれは……あんな魔法、初めて見るぞ……!
「ふうう……はあっ!」
メルティが叫び、光の渦が輝きを強める。
やがて俺は、信じられないものを目にした。
光の中で、メルティが急激に成長している。
背がグングン伸びて、手足も長く、スラリと伸びている。
胸がググっと膨らみ、腰が括れて、お尻も大きく……って、ええっ!?
いつも被っているフードがはだけ、青い髪がかなり長くなってあふれ出てくる。
顔つきまで大人っぽくなり、メルティは少女から成人女性ぐらいの年齢へと急成長していた。
「これがリンクアップ……成長した自分が未来に存在すると仮定してリンクし、未来の自分から魔力を借り受け、一時的に大人の姿へとアップグレードを行う。私の切り札よ」
「おおっ、すげえな、メルティ! かなりかわいいじゃねえか! きっとモテモテだな!」
「大人に変身した私に対して、かわいいですって? そこは綺麗とか美人とか言うべきじゃないのかしら! べ、別に自分が美人だとは思わないけど……」
俺の感想を聞いたメルティはムッとしていた。
いや、だってなあ。確かに成長したけど、それでも二十代前半ぐらいだよな。
俺の本来の年齢からすると、年下もいいところなんだよな。まあ確かに、美人だとは思うが。
「この状態なら、普段は使えないレベルの魔法も使用が可能よ! 通常の魔法も一〇倍ぐらいの威力になるわ!」
グレードアップした、長くて立派な装飾が施された杖を振りかざし、メルティが呪文を唱える。
一〇倍に増幅された魔力弾が放たれ、人形に直撃、激しい爆発を起こす。
あれだけ頑強だった人形のボディがグシャグシャになり、全身の関節から煙を噴き出している。
おおっ、すごいぞ! 完全に形勢が逆転したな。あれなら勝てそうだ。
「次でとどめよ。粉々のバラバラにしてあげる……!」
メルティが新たな呪文を唱えようとした、その時。
半壊した魔道人形の傍らに、魔法陣が出現した。それも複数。
魔法陣から、新たな魔道人形が次々と浮き上がってきて、さしものメルティも愕然としていた。
「そ、そんな……一体だけじゃなかったの……?」
新手の魔道人形は、五体もいた。
しかし、今のメルティなら余裕で倒せるんじゃないのか?
「メルティ、早く倒しちゃえよ! 大人に変身した状態なら楽勝なんだろ?」
「それが……そうでもないのよ」
「えっ?」
「リンクアップには時間制限があって、強力な魔法を使えば使うほど時間は短くなる。あの人形を倒せるレベルの攻撃魔法をあと一、二発も撃てば、変身は解除されてしまう……」
「な、なんだって……!」
邪法とか言ってたしな。無理なパワーアップをする分、色々と制限があるって事か。
くそ、どうする? やはりメルティには逃げてもらうか?
それとも可能な限り攻撃してもらって、敵の数を一体でも多く減らしてもらうか……。
俺が悩んでいるうちに、敵が動いた。
巨大な魔道人形五体が一斉に稼働し、扇状に展開して、メルティと対峙する。
連中は長い腕を振り上げて手の先をメルティに向けると、腕の先から砲身のような物を伸ばした。
砲口に光が宿り、輝きを増していく。どうやら、かなり強力な魔力弾のようなものをメルティに向けて撃つつもりのようだ。
「破壊、破壊スル!」
「くっ……!」
もはや逃げるのも間に合わず、メルティはその場にとどまっていた。
このままじゃ、メルティが……くそ、どうにかならないのか?
「アロン君、両腕の糸を焼き切ったわよ! これで動けない?」
「!」
アーシェが叫び、自分の両腕が自由に動かせるのを確認し、俺はハッとした。
おお、やったな! ずっと根気よく俺に絡み付いた糸を焼いてくれていたのか。助かったぜ、アーシェ!
ライターを使い、両脚に巻き付いた糸を焼き、動けるようにする。
剣に絡み付いた糸も焼いてしまい、やっと自由になった。
「早く私の糸も……って、アロン君!?」
悪いが、それは後回しだ。急がないとメルティがヤバイ。
魔力をまとい、全力でダッシュ、メルティの前に出る。
そこで丁度、魔道人形が砲撃を開始した。ギリギリ間に合ったな……!
「せやあ!」
剣に魔力を宿らせ、魔力剣に変えて横薙ぎに振るう。
飛来した五つの魔力弾をまとめて真一文字に斬り、爆発させる。
また例の網を使われたら面倒だ。ここは速攻で、少しだけ全力を出させてもらう……!
魔力を高めて加速、人形どもに肉迫する。
連中が反応するよりも速く、瞬間的に威力を高めた魔力剣を振るい、五+一体の魔道人形の間を縫うようにして駆け抜け、斬撃を浴びせる。
地を蹴り、メルティの傍まで後退し、俺は魔力を解除した。
「い、今、なにをしたの? 姿が見えなくなったけど……」
「ん? まあ……とりあえず、片付けといたよ」
六体の魔道人形がそれぞれ輪切りになり、バラバラになって崩れ落ち、爆発する。
俺は剣を鞘に納め、目を丸くして固まっているメルティに、ニヤッと笑ってみせたのだった。