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10話 精神支配と赤い竜(6/6)

「ヨーヘー、そのまま左手をエルディに向けて、手を広げてみろ」


「ん? えーと……こうか?」


俺は隣に来たニディアに言われたとおりにやってみる。

途端、エルディランが涙目になった。


「わわっ、ごめんなさいごめんなさい!! もうしません!!!」


何だ? 俺は自分の手を見る。

俺の左手首には、念のためにつけられた拘束用の腕輪が付いていた。

エルディランはこれが怖かったのか……?


「安全に隔離されるだけの結界と違って、その拘束具は捕らえた相手を無力化するために雷撃が加えられるからな」


「雷撃!?」

驚いた俺の声に、今度はニディアが驚きを浮かべる。

「なんだ? 聞いてなかったのか?」

「聞いてない……」

というか雷撃ってなんだ。電流が流れる的なもんか……?


ニディアは、ふむ。と呟いて口を開く。

「……そうだな、知ればヨーヘーは余計に使用をためらいそうだからな。あの紫なら言わないか」


紫……ってザルイルの事か。

俺はすっかり怯えて半泣きになっているエルディランに右手を差し伸べて、なるべく優しい声で言う。

「エルディラン、大丈夫だよ。俺はこの腕輪は使わないから」

ニディアが俺の言葉に一言付け足す。

「まだ今は、な」

俺は苦笑を浮かべながらも頷いた。

絶対使わないとは言い切れない。俺だって命は惜しい。それだけは、エルディランにも分かっててもらわないとな。

エルディランは俺の手を取ることなく立ち上がると、警戒した表情のまま三歩程距離を取る。


「まったく……。こいつには覚悟がないんだ」

ニディアがエルディランを冷たく見下ろして言う。

「やられる覚悟もないくせに、吠えることだけは一人前で。こんなのにボクと同じ血が流れてるなんて、思いたくもないな」


なるほど。確かにニディアには覚悟があった。拘束具の雷撃をくらってでも、必ず俺を食い殺そうという覚悟が。

改めて思い出しても、あの時のニディアには凄味があったな。

俺は思わず、あの時噛まれた肩に手をやる。


俺の仕草に気づいたのか、ニディアが小さく「……あの時は、すまなかった」と呟いた。

そういえば、ここまでずっと、あの時のことには触れてこなかったからな。

ママさんからの謝罪は受けたが。

ニディアもわざわざ掘り返したくないだろうと思っていたんだが、もしかして謝りたかったんだろうか。

今までずっとわだかまりを抱えていたんだとしたら、気づいてやれなくて悪かったな。


「ああ。もう大丈夫だよ」

言って、俯きかけた緑の髪をポンと撫でれば、ホッとはにかむ表情のニディア。

それと同時にエルディランが叫ぶ。

「お前っ! 俺様の前で良くもそんな……ぅわっ!?」

俺は、エルディランへ左手を向けて広げてみる。

途端に、彼は静かになった。

というかお前ついさっき『もうしません』って言わなかったか?


うーん……。俺も脅すようなことはしたくないんだが、そうポンポン結界に弾かれると、流石に俺の移動や結界の解除に使うザルイルの力がもったいない。

エルディランが弾かれる際の“心の引き金”も絞れてきたし、そろそろ根本的に解決をはかりたいところだが……。


俺はなんとかエルディランを刺激しないように午前の保育を終えて、給食を挟み、エルディランを除く子ども達を寝かしつけた。

ニディアは寝つく直前まで「アイツに隙を見せるなよ」と心配していたが。


エルディランのママさんいわく、エルディランには昼寝の習慣がないらしい。

保育園でも就学時期が近付くと最高学年の子達は昼寝無し生活に移行し始めるのだが、エルディランの場合はその前から寝ない子だったとの事だ。

「家では時々お昼寝したりもするんですけどね」

というママさんの言葉から、体質的に昼寝が不要なタイプではなさそうだが。

寝つきが悪いのか、それとも、保育園は彼にとって無防備になれない環境なのか……。


俺は、大急ぎで午後の支度を済ませると、エルディランの所へ戻った。

クッションの積み重なるお昼寝コーナーの周囲は四角いスツールで区切られている。

壁際と入り口をのぞいてぐるりと囲まれたスツールのひとつに、エルディランはつまらなそうに膝を抱えて座っていた。

その視線は、チラチラとニディアの寝顔を盗み見ている。


……別に堂々と見つめても、今なら気付かれないと思うが……。


俺はエルディランから三つ分ほど席を空けて、スツールに腰をおろした。


「なあ、エルディランはニディアの事が好きなのか?」

俺の言葉に、エルディランは赤い髪を逆立てると口をぱくぱくさせて俺を見る。

「なっなっなっ……っ!?」

顔を真っ赤に染めたエルディランの顔は、緑の瞳だけがクッキリと目立っている。

エルディランが叫ぶ前に、俺は『しーっ』と人差し指を立てて仕草で示す。


エルディランも、寝てる子たちを叩き起こすつもりはないのか、ごくん。と叫びを飲み込んだ。


ここで「ニディアは可愛いもんな」なんて繋げると、こいつの場合はダメなんだよな。

ここは……。


「エルディランはニディアの兄にあたるんだよな?」

俺の言葉に、エルディランは緑色の瞳を瞬かせた。

「そ、そうだぞ。俺様とニディアは尊き総帥の血を受け継いでるんだからな」


今、総帥……とか言ったか? ニディアの一族ってどんな規模なんだ……?

どちらのママさんも眷属とやらを連れてウロウロしてるしな。

まだまだ他に腹違いの兄妹だとかがいそうな予感はするな……。


「へえ、すごいんだな」

俺の相槌に、エルディランはえへんと胸を張って答える。

「そ、そうだ。俺様はすごいんだぞ。将来はニディアから鱗を貰って、俺様が総帥になるんだからな!」


……うん?

その二つって、関連してるのか……?

気になる部分はあるものの、今はひたすらエルディランに共感を寄せる。

まずはエルディランが俺の話を聞いてくれるようにならないと、何も始まらない。


「そうなのか、エルディランはすごいな」

「ふん、どうせ二つ目のお前では一生トラコンの鱗など手に出来ないだろう」


よくわからんがそういうものなのか?

トラコンの鱗なら、俺にもニディアにもらったものが1枚あるが……。

プレゼントとしてくれたくらいだし、確かにホイホイ配るようなものではないんだろうな。


「トラコンの鱗って、仲良しの印みたいなもんなのか……?」

「尻尾や背の鱗にはそういう意味もあるな。けど俺様が狙ってるのは違うぞ。ニディアの額の鱗だからなっ」


額の鱗……? って、ニディアがこないだくれたやつだよな?

それを貰うと、エルディランが総帥になれるのか……?

まさか、それがないと総帥になれないとか、そういうことじゃないといいんだが……。

……なんだかマズイ予感がするな。

俺は内心で冷や汗をかきつつ、そっと尋ねてみた。


「えーと……、額の鱗にはどんな意味があるんだ?」

途端にエルディランが顔を赤くする。

「そっ、そそそっ……っ、そんなのっっ二つ目のお前には関係ないだろっっ!」

慌てて叫ぶエルディランの声に、寝ているライゴとシェルカの耳がパタンパタンと動く。

うるさかったようで、二人の顔はちょっとしかめっ面になっている。


「ごめんごめん、言いにくいなら聞かないよ。俺はトラコンの事って分からない事ばっかりでさ」


正直に言えば、トラコンの事どころか他の種族の事だって、この世界の事はまだまだ全然わからない。

幸い、ザルイルに手配を頼んだ『この世界の常識まとめ本』にぴったりの一冊が手に入りそうだと昨夜ザルイルが教えてくれたので、その本が届いたら勉強しようと思ってはいる。


俺の無知に気をよくしたのか、エルディランは「ふん、物を知らないやつなんだな」と勝ち誇った顔をした。

「トラコンの額の鱗は特別なんだぞ。外鱗の内側に生えてる鱗で、生まれた時から生えてて、はがしたらもう二度と生えてこないものなんだ。一人のトラコンにたった一枚しかない、めちゃめちゃ大事な鱗なんだぞっ」


「……へぇ、そうなのかぁ……」

俺は、つとめて平静を装って答える。

いや待ってくれ……そんな貴重な物を、俺が持ってていい……のか……?


「……うん?」


いつも俺の顔ばかりを睨みつけていたエルディランが、ふと何かに気づいたように俺の腹あたりを凝視する。


「なんだお前、トラコンの鱗持ってんじゃねーか」


見ただけで分かるのか!?

確かにエプロンのポケットにはニディアの鱗が入れてあるが……。


「どんなのだよ、見せてみろよ」


俺のポケットに遠慮なく手を伸ばしてくるエルディランに、俺は思わず後ずさる。

これを見せるのは……うん……絶対にマズイ気がするぞ!?


「なんだよ、見せてみろって。どうせ抜け落ちたクズ鱗なんだろ? 俺様が笑ってやるって」


こらこら、そういう言い方はよくないぞ!?

俺は喉元まで出かかった注意の言葉を飲み込みながら「いやいや、まあまあ」と後退する。

せっかく少し話ができてるのに、ここで拘束具は向けたくないしな……。

エルディランに距離を詰められて、俺はサッと立ち上がった。


逃げる俺に狩猟本能でも刺激されてしまったのか、エルディランは瞳を輝かせて俺を追いかけ始めた。

「ケチケチすんなよ、見せてみろよー」

「わ、ちょっ、人の嫌がることを強要するのは良くないぞ!?」

語気を強めないように気をつけつつ、軽く注意を入れてみる。

よしよし、まだ爆発する気配はないな。


猪のように真っ直ぐ突進してくるエルディランを、俺は右へ左へと跳び避ける。

動きは早いがまだ狙いが単純だな。良く見て避ければ捕まる心配はなさそうだ。


「なんだよー、ちょっと見せてみろってー」

と言いながら俺を追いかけるエルディランは、どうみても楽しそうな顔をしている。


このまま外に誘い出して、しばらく走り回らせてみるか?

動けば多少はエルディランのモヤモヤもスッキリしそうではあるが、もしこの赤い竜の体力がニディアレベルだとしたら、俺の体力が先に尽きるのは間違いない。


俺は一抹の不安を感じながらも、エルディランの攻撃をかわした次の一歩で、保育室の外へと続く扉を開いた。


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