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10話 精神支配と赤い竜(5/6)

「いつまでついて来るんだよ。もう俺様についてくんなって言ってるだろ!? さっさと帰れよ」


人型になったエルディランは、ツンツンと跳ねた真っ赤な髪を揺らして、眉をしかめて母トラコンにそう言った。


「ええ、分かってるわ。今日は送り迎えだけって約束したものね。無理しないでね。寂しかったらいつでも呼んでちょうだいね」

母トラコンが、ニッコリ笑って優しく言う。


俺は母トラコンを人型にしようと向けかけていた手を引っ込める。

そうか、今日はエルディランは一人で頑張ることにしたのか。偉いな。

母親に対する言葉遣いとしてはどうかと思うが、今日のところは黙っておくか。


それにしても、エルディランとママさんの髪をつい外ハネでイメージしてしまうのは、トラコン姿の時に背中に並んだ背びれ(?)が二人とも外ハネだからだろうか。

ニディア達とは逆向きに反ってるからな。

鱗も、ニディア達は大きく立派な鱗がズッシリゴツゴツと並んでいるが、エルディラン達はトカゲ的というかなんというか……、小さなうろこが隙間なくぴっちり並んでいるので、撫でてもつるんとしてそうだ。

俺はここ数日で同じトラコンであるエルディランとニディアの違いを沢山見つけていた。


「今日は一緒に遊べるかな?」

ライゴが俺の横でわくわくとエルディランを見ている。

エルディランは昨日までは終始母竜にべったりで、子ども同士の接触はほぼなかったからな。

「ああ、遊べるといいな」

言いつつ俺がライゴのふわふわの頭を撫でると、シェルカが俺の後ろに半分隠れたまま呟く。

「シェルカは、あの子、ちょっと怖い……」

俺は上半身を軽くひねって、シェルカの頭もよしよしと撫でてやる。

「まだ来たばかりだからな。無理せずゆっくりで大丈夫だよ」


誰とでも友好的なのはライゴの良いところだし、よく知らない相手をちゃんと警戒するのはシェルカの良いところだ。


そこへ、バタバタンといつもより手荒く朝の支度を済ませたニディアが駆けてくる。

「お前、ここまでわざわざ送ってきてくれた母親に向かって何という口のきき方だ!」

なるほど。ニディアが許せないのはそこもか……。


「ふん、ニディアには関係ないだろうっ」

そう言ってそっぽを向くエルディランの口端が上がりかけているが大丈夫か?

そんなにダダ洩れで、好意は伝わらないものなのか……??


「エリュビーノさんにあれだけ心配をかけておいて、よくそんな傲慢な態度がとれるものだな」

「俺様が心配しろって言ったんじゃねーし」


二人のやりとりにおろおろし始めるライゴとシェルカ。

視線で探せば、リーバはまるで興味がなさそうに自分の朝の支度をしている。


エリュビーノさんは二人の様子にニコニコしながら声をかけた。

「いいのよニディアちゃん、いつもありがとう」

彼女にとってはこれがいつもの……いや、いつもよりイキイキしている息子の姿……なのだろうか?

「じゃあ体調も変わりなしですね。エルディランくん、お預かりしますね」

俺が母トラコンのエリュビーノさんと話を終えて頭を下げると、エリュビーノさんは名残惜しそうに、何度も振り返りながら帰って行った。


エルディランも気になるのか、時々空を見上げているな。

寂しさがつのる前に、朝の支度に誘ってみるか。

「エルディラン、ロッカーに案内するから、場所を覚えて……」

「うっせー、俺様に話しかけんな二つ目」

「……」

思わず言葉を失ってしまった。これは前途多難だ。


チラとライゴの様子を見れば、やはり眉毛がハの字になってしまっている。

ここに二つ目は俺とライゴしかいないからな……。


「お前は……いいかげんにっ!!」

叫びかけたニディアが、ハッと周りを見る。

シェルカとライゴが耳をふさいでいる姿に、ニディアはボリュームを落として「しろ」と付け加えた。


おお、ニディアはついに叫ぶ前に気づけるようになったのか!?

感情も昂ぶっていただろうに、凄い自制心だ。

それもこれもライゴとシェルカのためか。ニディアは本当に友達想いだよなぁ。


「はぁ? なんで俺様がこんな下等な生き物の言うこと聞かなきゃなんねーんだよ」


そういうエルディランは、ニディアにかまってもらえて嬉しくてたまらないのか、ニヤニヤを通り越してニコニコになっちゃってるぞ大丈夫か。


うーん……。

エルディランのこの態度がニディアの気を惹くためのものだとしたら、このままでは良くないな。

なにせ、エルディランからしてみれば、これで思い通りにニディアを釣れているわけだからな。

暴言をその都度ニディアが強化してしまうのでは、暴言がエスカレートするのも当然だろう。


エルディランには、その方法よりももっと、ニディアの気を惹く方法があると思わせなきゃダメだ。


そもそも、そんなやり方ではニディアの怒った顔しか見れないじゃないか。

ニディアは真剣な顔も、笑った顔も、とても魅力的な女の子なのにな。


俺の視線に気づいたのか、ぎゃんぎゃん言い合っていたニディアがこちらを振り返る。

「ヨーヘーも何とか言ったらどうだ。馬鹿にされているのはお前なんだぞ?」


「ああいや、悪い。ちょっとニディアの成長に感動してて……」


「……は?」

ニディアが怪訝そうな顔で俺を睨む。

「怒った顔ばかりじゃ、せっかくの可愛い顔がもったいないぞ?」

俺がニディアの頭をポンと撫でて言った言葉に、ニディアがボッと顔を赤くする。

この照れ屋さんなところもニディアの可愛いとこだよな。


「ライゴたちの事を考えて、さっきは怒鳴らず我慢してくれたんだろ? 優しいな」

「なっ、そっ、そのくらい、当たり前の配慮だ」

ニディアはそう言うが、その『当たり前の配慮』ってのができない人も多い。

だからお前は大した奴だと、俺は思うよ。


ライゴとシェルカが口々に「ニディアありがとー」と言うのがまたほほえましい。


さて、どうするかな。今日は『あったか言葉』と『チクチク言葉』の話でもするか?

そんな事を思いながらエルディランに視線を戻せば、エルディランは物凄い形相で俺をにらんでいた。


「お前っ! 二つ目の癖にニディアに馴れ馴れしいんだよ!?」


俺ってそんなに馴れ馴れしいか……?

「まあ、頭くらいは撫でてもいいんじゃないか?」

俺の言葉に、エルディランは悔しそうに叫ぶ。

「ニディアは前の保育園では先生に撫でられたりしてなかったぞっ!」

不思議な事にエルディランの叫び声は、そう耳に痛くはないんだよな。ニディアのような腹の底から力のこもった声ではないからか?


「そうなのか?」

俺が尋ねると、ニディアが腕を組んでフンと鼻を鳴らす。


「ボクを撫でようという度胸のあるやつがいなかっただけだろう」


……ニディアを撫でるには、度胸がいるのか。


「ボクは、ヨーヘーになら撫でられても構わないと思っている。問題ない」

ニディアはそう言って、俺の手を取ると自分の頭にポンと乗せる。


なんだ。もうちょい撫でてほしかったのか?

促されるままに緑色の頭を撫でてやると「僕もーっ」「シェルカもーっ」「あたちも!」と子ども達が集まった。

ケトだけはこちらを見るだけで寄ってはこないが、どことなく羨ましそうな顔にみえる。

後でフォローを入れておこう。


「俺様の前でいい度胸だな! 殺してや――」


精一杯のすごみを効かせたエルディランの声に俺が振り返った時、そこにエルディランはいなかった。


「る、ぅ、うぅぅぅううううっっっっ!?」


遥か頭上から悲鳴の残りが聞こえてくる。

またか……。こいつも本当に懲りないなぁ……。


あれから、エルディランは面白いほどに毎日俺を睨みつけては結界に弾かれていた。

これでもう六回目か……?


五回目の昨日にはママさんもすっかり慣れて、それどころか、エルディランのすぐそばにいたママさんに一切衝撃を加えることなく、悪意を持った対象のみを瞬時に弾き出すその技術に感嘆していた。

いわく「神族の扱う術は、私たちの魔法とは仕組みからして違うんですね……」とのことだが、俺にはその差はまるでわからない。ひとまず子どもが弾かれても安全が確保されているのは助かる。というくらいの理解度だ。


しかし安全なのは喜ばしいが、結界そのものが大きすぎて、外まで弾かれた子を迎えに行くのはひと手間だ。


「おーい、エルディラン、無事かー?」

俺は空中に向かって自分の体を持ち上げるようなイメージで飛び上がる。

保育中のサイズだと俺もそこそこ大きいからな。力を使わせてしまうザルイルには申し訳ない。


「バーカ! 無事に決まってんだろ! 何回目だと思ってんだ!」


最初はいきなりの出来事に大泣きしていたエルディランだったが、二度、三度と弾かれるうちに、こちらも慣れてしまったようだ。


律儀に返事をするあたり、エルディランも悪い子ではなさそうなんだが……。

俺への当たりが強すぎて、何とも言えない……。


球状の透明な膜に閉じ込められたエルディランを、俺はひとまずそのまま保育室の中へ下ろす。

今日はママさんがいないからな。

こっちもそっちも、目を離すわけにはいかない。


「今のは俺に向けた悪意だな? 少しは反省してるか?」


「バーカ、するわけねーだろっ。お前みたいな角も牙もない奴、怖くもなんともねーんだか……ら……」


ふんぞり返って息まいていたエルディランが、ふ、と怯えた顔をした。

ん? なんだ……?


思わず、膜を解除したばかりの俺も動きを止める。

そんな俺の横に、ニディアが何やら悪い笑みを浮かべてやってきた。


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