10話 精神支配と赤い竜(1/6)
俺が膝に呼ぶと、ニディアは緑の髪をぶわりと逆立てて、二歩ほど下がった。
怒った顔でニディアが言う。
「何でボクが! お前の膝になんか!!」
まあ、いきなりこれじゃニディアも来にくいか。
何と言い換えようか……と考える俺の背に、ライゴがドカッと飛び付いた。
「じゃあ僕ヨーヘーの背中ーっ」
「あっ、お兄ちゃんっ、シェルカもお背中ぎゅってするぅ……」
慌てて駆け寄るシェルカに、ライゴが俺の左側に寄るようにして背中を半分開ける。
「シェルカはこっちをどーぞ」
「うんっ、ありがとうお兄ちゃん」
シェルカに手を差し伸べるライゴは、まだ目が開いたばかりの妹を気遣っていて偉いな。
シェルカの少しおっとりした声も、いつもより弾んでいる。
「ヨーヘーのお背中、はんぶんこだね」
嬉しそうに言ったシェルカが、ライゴの手を取り俺の背中に張り付いたタイミングで、俺はまたニディアを見上げた。
「さあニディアお嬢様、こちらにちょうどお嬢様にぴったりのお席をご用意しております」
俺が恭しく頭を下げて膝を示せば、ニディアが金色の六つの瞳でぱちくりと瞬いた。
俺の後ろでライゴとシェルカも「ニディアもおいでよー」と呼んでくれる。
チラと視線で探せば、ケトは少し離れたところで本を開いたまま顔を上げて、こちらがどうなるのか見守っている。
うん、混ざりたい様子でもなさそうだし、ケトは問題なさそうだな。
昨日俺が居なくなった後、ライゴたちはすぐに隣の家で働いていたタルールさんに助けを求めてくれたらしい。
タルールさんは、ザルイルの帰宅までずっと保育室にいてくれたそうだ。
ザルイルいわく、元々タルールさんには今回のような場合のサポートも頼んでいたそうで、俺が心配したほどには、こちらに混乱はなかったようだ。
まあその、ライゴとシェルカが傷だらけでへとへとだったり、リーバが力の使い過ぎで一日寝ていたり、ニディアが一日中不機嫌だったりはしたわけだが……。
そんなニディアは現在。背中にライゴとシェルカ、片膝にリーバを乗せた俺の前で、赤い顔を腕で隠すようにしながら「う、ぅー……。ぅう……」と低く唸るような声を漏らして葛藤していた。
ニディアの様子をじっと見ていたリーバが、俺を見上げて尋ねる。
「にであ、こにゃい。ヨーヘーのおひじゃ、じぇーんぶ、あたちの?」
もうちょっと待ってくれるよう俺が言おうとした途端、ニディアが動いた。
「し、仕方ないな! 慈悲深いボクが、反省を態度で示すヨーヘーの貧相な足に、ほ、ほーーーんのちょっとくらい腰をかけてやらんこともないぞ!!」
そこまで言い訳せんでも……と苦笑が漏れそうになるが、ここは殊勝な態度でいないとな。
俺は、奥歯をかみしめて笑いを堪える。
ニディアはしかめっ面を赤くしたまま俺の傍までくると、尊大な言葉とは裏腹に、俺の膝の端っこにちょこんと座った。
そんな遠慮しなくていいだろ。
俺はようやく手の届くところに来たニディアの小さな肩を、しっかり抱き寄せる。
「ぅわぁっ」
「こちらは、お嬢様への無料サービスとなります」
「そ、そんなサービスは頼んでないぞ!」
「シェルカもっ、ニディアぎゅーってするぅ」
「シェルカまで……っ」
口では嫌がる様子のニディアだが、抵抗は一切見せないどころか顔が弛んでしまっているが……そんなに簡単でいいのか?
「じゃあ僕もー……って、そっちはもういっぱいだね。リーバちゃん、ぎゅってしていい?」
「ん。してい」
リーバが尊大な態度でライゴに許可を出すと、ライゴはリーバをヒョイと抱き上げた。
俺から離されたリーバが一瞬半眼になるが、ライゴが「リーバちゃんは可愛いねぇ」と語りかけると途端に機嫌を良くして「あたち、かあいい!」とライゴの腕の中でふんぞり返った。
おお! ライゴ助かった。ナイスアシスト!
俺は心の中でライゴに手を合わせつつ、空いた左手でニディアの頭を自分の肩に引き寄せる。
「ニディアにもたくさん心配かけて、本当に悪かった。もう俺は二度と、お前たちを置いて急に居なくなったりしないと約束するよ」
昨夜ザルイルに相談してみたところ、『こちらの半年がむこうの5分程だった』というこの時間の流れの差が急に狂うような事は『あまり考えられない』との事だった。
絶対ではないのがちょっと残念なところだが、ひとまず『こちらの半年で向こうの5分』だとすると、今いる子たちを皆卒園……いや園ではないが、卒業させてから戻ったって、俺が寒空の下ベンチで寝こけて風邪を引く程度で済むだろう。
……翌日も出勤だが。
そんなわけで、俺は久々に心晴れやかに、すっきりとした気持ちで子ども達に向き合えていた。
この子たちを卒業まで見るとなれば、それまでに達成させたい課題や伸ばしたいところもあるしな……。
ニディアは俺の肩に顔をくっつけて、大人しく俺に頭を撫でられている。
シェルカも、時折小さく震えるニディアの背を優しく撫でている。
そのうち、ニディアが大きく呼吸をした。
お。動くか?
ニディアは「わ、……わかればいいんだ。わかれば……」と呟いて、俺の肩からゆっくり顔を離す。
俺はニディアの顔を覗き込んだ。
うん。もう泣いてはいないな。
俺の肩はちょっと湿った気がするが、気づかないことにしておくか。
ニディアは少し恥ずかしそうな顔をしていたが、俺の肩越しにシェルカと目が合うと、満足そうな笑顔をみせた。
よしよし、ニディアはこれで建て直せたとみていいな。
「……お前は、何をジロジロ見ているんだ」
ん? 気に障ったか?
「いや、ニディアは可愛いなと思ってな」
「なっ、なっ――!?」
ボッと火がついたように、ニディアの顔が赤くなる。
ニディアは妙に自信過剰なくせに、すぐ恥ずかしがるよな。
こんくらい「当然だ!」って自信満々に返してもよさそうなもんだが……。
「ヨーヘーっ、シェルカも可愛い!?」
「もちろん、シェルカも可愛いよ」
シェルカが尻尾をパタパタ振って、にっこり微笑む。
「あたち、かあいい!」
「ああ、リーバも可愛いな」
「ヨーヘー、僕も可愛い?」
ライゴ…… 。お前はまだ『可愛い』でいいのか……?
俺は内心首を傾げながらも「可愛いよ」と答える。
嬉しそうに笑うライゴに抱かれていたリーバが、突如腕を振り上げた。
「ちあう! あたち、いちばんかあいい!」
リーバの発言に、皆がリーバを見る。
なんだ? リーバは『何でも一番じゃなきゃ嫌期』到来か?
まだ『イヤイヤ期』も来てないのに、いきなりそこからか?
「ヨーヘー、あたち、いちばん、でそ!?」
うぐ、俺に聞くのか……!!
「ええー? そんなの、僕も一番がいいよ」
なんでだライゴ!
「シェルカも、一番がいいけど……」
シェルカは自信がなさそうだが、十分可愛いと思うぞ?
って、ニディアはそんな顔で睨むなよ!!
「俺から見れば、皆とっても可愛いよ」
俺は平静を装って、皆に笑顔で答える。
「えへへ……」と喜んでくれたのはシェルカだけで、ライゴは「ええー?」と不満を表し、ニディアは「ふん、つまらん答えだな」と言い捨てて、俺の膝から立ち上がった。
空いた俺の膝に、ライゴの腕からぬるんと飛び出したリーバが飛び込んでくる。
リーバは小さな両手で俺の襟首をぐいと引っ張ると、真っ赤な瞳で俺を見据えて言った。
「あたちが、いちばん!」
リーバの赤い瞳の中で、何かが一斉に瞬く。
途端、俺の思考はぐにゃりと歪んで、何もわからなくなった。
「リー……バ……」
俺の口が勝手に動くのを、意識の底からぼんやりと見ているような、そんな感覚。
おい待て、やめろ!
俺に何を言わせようとしてるんだ!!




