9話 小さな体と大きな勇気(6/6)
「目……?」
シェルカが不思議そうに手で顔を触ろうとして、近づけた自分の手をじっと見つめる。
困惑した表情を浮かべたシェルカが、自分の手を額近くまで持ち上げた。
シェルカの額に新しく開いた一対の目が、今までの目と一緒に四つ揃ってパチパチと瞬く。
「目が四つになってるよ、シェルカ……大丈夫? 痛い?」
ライゴも心配そうだ。
そうだよな、自分には新しく目が開いた経験がないもんな。俺もそうだ。
「ううん、痛くは、ないけど……」
「けど……?」
困った様子のシェルカに、ザルイルが優しく声をかけた。
「おめでとうシェルカ。新しい目が開いてすぐは、物が二重三重に見えたりするものだから心配はいらないよ。慣れるまでは、転ばないように気を付けて歩きなさい」
「はぁい……」
シェルカはまだ目をシパシパさせながら、そう答えた。
なるほど、そういうものなのか……。
俺はザルイルに倣って、シェルカに微笑んだ。
「シェルカ、おめでとう」
ライゴも慌てて姿勢を正すと「おめでとうシェルカ」と目を細めた。
ライゴのブルーグレーの瞳には複雑な感情が宿っていたが、それも含めて、ライゴは精一杯真摯に向き合った。
「ありがとう。お父さん、ヨーヘー、お兄ちゃん」
シェルカがふわりと花のように微笑む。
その笑みには、みんなに祝ってもらえて、本当に嬉しいという気持ちがあふれていた。
……そうか。
ギリギリ間に合ったのか。
シェルカの瞳が開くまでに、ライゴは思い知った。
自分はシェルカにとって、大事な大事な『お兄ちゃん』で、それは目の数や飛べるかどうかには左右されないって。
それが『お兄ちゃん』としてのライゴの自信になったんだな……。
俺はライゴとシェルカの頭をそっと撫でる。
きっとライゴはあの園庭の花壇で、シェルカを守るため全力で戦ったんだろう。
「二人の冒険の話も、後でゆっくり聞かせてほしいな」
二人はキラキラの六つの瞳で俺を見上げて「「うんっ」」と笑った。
あの時、ザルイルが作った時間のおかげで、こうしてシェルカは開眼を良い思い出にすることができた。
ライゴもなんとか受け入れられたみたいだ。
俺は、ザルイルの後ろ頭を眺めながら、その思慮深さに感心する。
本当に、子ども達の事をよく考えてる良いお父さんだよな……。
というか、この人はこれだけ人格者なんだし、真面目にお嫁さんを探せば、少なくともライゴとシェルカの保育問題は解決するんじゃないか……?
……いや、ザルイルは相手を見つけたところで、相手に家庭に入ることや子育てを強制しないだろうからな……。どちらにせよ保育士は必要なのかも知れない。
「みんな、うちに着くよ」
俺たちを乗せて羽ばたくザルイルが、優しくそう告げた。
***
早朝から、ニディアはお怒りだった。
「貴様っ、昨日の態度はなんだ! 仕事中にボク達を置いて居なくなるなんて! そんなことで一人前の大人が名乗れると思っているのか!?」
いつもよりずいぶん早くニディアを連れて来たレンティアさんは疲れた顔で「すみません……これ以上引き留めておけなくて……。延長料金を請求してくださいぃ……」と言い残して、いつものレンガ色のトラコンに支えられるようにしてふらふらと帰っていった。
昨夜、帰宅したザルイルは、俺がライゴたちを寝かしつけている間に、レンリ盤とやらでリリアさん、レンティアさん、タルールさんに連絡をしてくれた。
俺が見つかったことと、明日もいつも通りに保育可能だという連絡だ。
ザルイルには、明日は一日休んではどうかと言われはしたが、明日も平日だ。ママさん達には皆仕事がある。俺だって体調に問題があるわけでもないしな。
連絡をした時、そこそこ遅い時間だったにもかかわらずニディアはまだ起きていたようで、ギャンギャン文句を叫んでいる声が部屋越しにもわずかに聞こえていた。
俺より耳の良い二人にはよく聞こえていたらしく、ライゴは半分だけ目を開けて「ヨーヘー、ニディアが明日はヨーヘーにお説教するって言ってるよ……」と教えてくれた。
既に夢の中だったシェルカも布団に触れてない方の耳だけをパタパタッと振っていたので、寝てても気になるほどの怒号だったようだ。
うーん……そんなにお怒りか……。
まあ、職務怠慢……いや、職務放棄か。
これは怒られても仕方ない大失態だよな……。
そんなわけで、俺はニディアに叱られる覚悟をしてはいたわけだが……。
それにしても説教が長い。
朝一番に来たニディアは、俺が他の子ども達を迎え入れる間もずっと後ろにぴったりついてきて説教を続けていたし、朝の集まりを済ませて自由活動の時間になった今も説教が続いている。
そもそも、俺を叱るのは雇用主のザルイルか、依頼主であるママさん達であって、お前じゃない気もするんだが……。
「おいっ! ちゃんと聞いてるのか!?」
「ちゃんと聞いてるよ」
「とことん反省してるんだろうな?」
「ああ、もうこれでもかってくらい反省してるよ」
「それならそれらしく態度で示せ!」
いや、既に俺はお前の前に正座させられた上で説教されて、今現在土下座させられてるんだが?
さらには朝からべったりのリーバに今も背中に張り付かれていて身動きが取れないってのに。
これ以上どうしろってんだよ。
シェルカがそっと俺の横にしゃがみこんで、囁く。
「ヨーヘー、ニディアはヨーヘーが居なくなって、とってもとっても悲しかったの」
反対側にはライゴも寄ってきて、同じようにしゃがむ。
まあ、俺が床に顔をつけてるような状態だからな。
「あのね、昨日はニディアずっと怒った顔しててね、僕たちニディアに声かけられないくらいだったんだよ」
ライゴの言葉にシェルカが小さな声でひそひそと補足する。
「ニディアね、泣きそうだったの」
ああ確かに、ニディアは涙をこらえようとするとしかめっ面になるよな。
……つまり、俺が本当に求められてるのは謝罪じゃないのか。
「リーバ、体起こすぞ、落ちるなよ」
「ん」
ゆっくり体を起こせば、リーバがスルスルと背中から降りてきて、正座で痺れてきた俺の膝にストンと座った。
いてて……。
俺はしかめ面にならないようこらえながら、痛む足を崩してあぐらをかくと、真ん中に陣取るリーバを端に寄せる。
「リーバはこっちな」
避けたはずのリーバは、ぺたんと腹ばいになって俺の膝の真ん中にもどってきた。
「あたちの」
そういや、リーバとリリアさんには朝からザルイルが礼を言っていたが、リリアさんは「あらぁ……そうだったのねぇ……」というなんとも言えない返事をしてたな……。
「ヨーヘー、あたちの」といつも通りに主張するリーバに、リリアさんが「ヨーヘーちゃんは小さくて弱い生き物なんだから、そうっとしてあげないと死んじゃうのよ?」と諭すのを聞いて、ぞっとしたところまでがいつも通りだ。
ザルイルが強引にリーバの舌を取っ払ったって事は、あのままついてるとかなりマズイ物だったんだろうが。具体的にどうなるものだったのか、聞きたいような聞きたくないような……複雑な気持ちだ……。
ともあれ、今はニディアだな。
俺は俺の膝を独占したいらしいリーバをもう一度ひょいと抱き上げると、左の膝に下ろした。
「ニディアとお膝を"はんぶんこ”だよ」
「はんぶん……?」
リーバは顔を上げて俺を見ると、大きな赤い瞳に期待を浮かべて瞬く。
……なんかちょっとだけ嫌な予感がしたので、俺は言葉を足した。
「あー……。俺のことを物理的に半分にするのはナシな。俺は、二つに分けると死にます。わかるか?」
「んー……。うん……」
どこか残念そうにリーバが頷く。
やっぱりこいつ、今俺を二つにする気だったんじゃないか……?
俺は自分の頭がその想像図を思い浮かべないうちに、素早く右の膝をポンポンと叩いてニディアを呼んだ。
「ニディア、おいで」
俺が微笑んで右腕を広げると、ニディアが一瞬でカッと顔を赤くする。
「なっ、なん……っっ!?」
緑の髪をぶわりと逆立てて、ニディアはうろたえる様に二歩ほど下がった。




