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9話 小さな体と大きな勇気(5/6)

ザルイルは厳しい声色で続ける。

「それに触れてはいけないよ。ヨウヘイはそのまま右手だけを真上にあげて……、頭は下げておきなさい。ライゴとシェルカも伏せておくんだよ」

「は、はい……」「うん」

ザルイルは俺たちが姿勢を低くすると、魔法で冷たい風のようなものを俺の腕に当てた。

凍り付きそうなほどの強烈な冷気に、痛みを感じる。


「もういいよ」

ザルイルに、いつもの調子に近い声で言われて、俺たちはホッと息を漏らした。


「まったく、あの子の執着心には驚かされるよ……。しかし今回はそれが功を奏したんだろうね。今度礼くらいは言っておくべきか……」

ぶつぶつと何やら不満げにザルイルが呟いている。

それなりの速度で空を進んでいることもあって、前を向いてしまったザルイルの独り言は中々聞き取れない。


俺の右手首には、リーバの舌どころか、血の跡すら綺麗さっぱり消え去っている。

凍え切った手首をさすると、ザルイルが「すまない、痛かったかい? 家に戻ったら長蛆蛇の神水をかけよう」と申し訳なさそうに謝った。

あの『治る水』にはそんな正式名称があったのか!? と、内心驚く。

確かに、感覚がなくなるほどに冷えた腕は、温まるほどに赤味を増して、ヒリヒリとした痛みを訴えていた。


「あ、これシェルカがあげたの」

「僕のもある!」

右手首をさすっていた左の腕には、二人にもらった首輪が巻かれていた。

そうだ。あの時の俺はこれが首輪だという事を忘れていて、ひとまず腕に通したんだよな。

通したときにはぶかぶかだったはずのそれは、今、吸い付くようにピタリと俺の腕に巻き付いていた。


「なるほど、腕に巻くとは……」

ザルイルが感心するように呟く。

「足よりは強力だが、首ほどの強制力はない。そこなら確かに、日をまたがないうちならヨウヘイ自身で外すこともできるだろう」


……それは、日をまたいだらもう、俺では外せないって事なのか……?

背筋にほんの少し寒いものを感じつつ、俺は二人に尋ねる。


「これのおかげで二人を見つける事ができたよ。ありがとう。今日のところはこれを外してもいいかな? これからも、ずっと大切に持っているから」


俺の言葉に、二人は「「うん」」と嬉しそうに頷いた。

どうやら、俺がこれを外す事より、これをちゃんと使えた事や持っていた事の方が嬉しいようだ。

よかった。

外すなと言われたらどうしようかと、ちょっとだけ、思ったからな……。


とても折り紙で作られたとは思えない密着ぶりの輪だったが、引っ張ればするりと外せた。

元の折り紙やリボンの質感に戻った輪を、俺は丁寧に折りたたむ。

今はエプロンを着ていなかったので、ひとまずリュックにしまおうとしたら、ザルイルが言った。

「中の毛は一度使ってしまったから、新しいものを入れておいた方がいいよ」

ライゴとシェルカは、二人そろってちょっとだけしかめ面をしてから「うん、わかった」「はーい……」と答えた。


うん? 今の顔はなんだったんだ?


ザルイルがクスクスと小さく笑いながら前を向く。


「ここの毛ね」と、シェルカが自身のふわふわの眉間を撫でながら話す。

「抜くと、ちょっと痛いの……」

「そうなのか」

俺は目を丸くする。

そういえばザルイルも眉間の毛を抜いていたな……。

どこの毛でもいいわけではないって事か。

で、眉間の毛は抜くと痛い、と……。


俺は二人の頭をゆっくり撫でて言う。

「今すぐじゃなくていいよ。まずはうちに戻って、小さな傷も治して、それからお風呂かな。ライゴとシェルカは夕ご飯は食べた?」


あちこち薄汚れたままの毛並みを見る限り、まだお風呂には入っていないようだな、と思った俺に、ザルイルが言う。

「私達は先にいただいたよ。ヨウヘイがいつこちらに着くか予測できなかったもので、すまないね」

「ああ、いえ。気にしないでくださ……」

俺の言葉に被せるように、ザルイルが続ける。

「ヨウヘイの分は置いてあるから、戻ったら先に食べなさい。君は向こうでも子ども達にだけ食べさせて、自分は食べていなかったと二人から聞いたよ? なんでもかんでも自分を後回しにしなくていい。今日大変だったのは、ヨウヘイもだろう」


思いもよらない言葉に、俺は瞬きをする。


シェルカがふわふわの首を傾けて尋ねる。

「ヨーヘーはどこも痛くない?」

ライゴも、俺の赤くなった右腕をそっと撫でて尋ねた。

「腕のとこだけ?」


大きくて暖かいザルイルの背に乗っているだけで、安心してしまうのに。

そんな風に気遣われると、肩の力だけじゃなく涙腺までもが弛んでしまいそうだ。


「うん……。俺は、どこも痛くないよ」


小さく微笑んで答えると、シェルカは「よかったぁ」と俺の胸元に顔をすり寄せる。

ライゴも「うん、本当によかった……」と俺の胸に顔を寄せてきた。


二人の嘴がぶつかりそうなほどに近付く。

シェルカは、ライゴの顔が近くに来たことが嬉しいのか、にこにこしている。


ここんとこずっと避けられてたもんな。『大好きなお兄ちゃん』に。


ライゴは少しだけ気まずそうに苦笑してから、シェルカの手をそっと握った。


おお!?

これは、ついにわだかまりが解けたか……!?


シェルカは紫色の瞳を一瞬丸くしてから、嬉しそうにゆっくり細めて言った。

「お兄ちゃん、今日はシェルカの事、助けてくれてありがとう」

至近距離で、にこにこの妹に愛情たっぷりに感謝を伝えられて、ライゴがぎこちなく微笑み返す。

ライゴは恥ずかしそうにほんの少しだけ視線で俯くと、小さな声でそっと答えた。

「……僕は、シェルカのお兄ちゃんだからね」

シェルカが「うんっ」と頷いて「お兄ちゃん大好き!」とライゴに抱きつく。

ライゴはふわふわのパステルピンクの背中を優しく撫でてからゆっくり答える。

「僕もシェルカが大好きだよ……。シェルカが、僕の妹でよかった」


最近はぎくしゃくしてたが、もともと二人は仲の良い兄妹だったもんな。

どちらもが相手を気遣う優しい性格だったせいで、ずっと互いに遠慮しあって……。

喧嘩に発展しない分、こっちもどう関わったものかと悩んでいたが、また二人が向き合えて、本当によかった。


こちらの世界ではほんの一瞬の出来事だったが、二人にとっては命がけの大冒険だったよな……。


視線を感じて顔をあげたら、こちらを見ていたらしいザルイルがスッと前を向く。

その口元には微笑みが滲んでいた。

ザルイルも嬉しかっただろうな……。

ライゴとシェルカが笑い合う。その姿に、俺も胸がジンとする。


その時だった。

シェルカの額の辺りがもぞりと動いた。

よく見れば、ふわふわの毛皮には二本の亀裂が生まれている。


……これは、まさか……。


ライゴも気づいたらしく、俺と同じくシェルカの額を凝視している。

シェルカの額で2本の切れ込みがゆっくり開くと、その下には紫色のキラキラした瞳があった。


「あ……、シェルカ、目が……」


俺が飲み込んだ言葉を口にしたのは、ライゴだった。


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