9話 小さな体と大きな勇気(4/6)
……ここはどこだ?
俺は目を開いた。……はずだった。
それなのに、視界は真っ暗なままだ。
確かめるようにパチパチと瞬く。
それでも視界は黒一色でしかない。
――――閉じ込められた……?
頭の隅にそんな疑問がよぎった途端、ドッと音を立てて心臓が激しく鳴り出す。
途端に息ができなくなった。
くそっ、こんなとこで震えてる場合じゃないだろ!
ライゴとシェルカは無事なのか!?
あの後、ぐるぐると目の回るような感覚に襲われて、気づけばここにいた。
すぐにでも二人の怪我をみて、手当をしてやりたいのに。
俺を待っていてくれた二人を、すぐ見つけないと。
そばを離れないと、約束したのに……っ!!
俺は、相も変わらず、暗所や狭所がダメらしい……。
子どもの頃の出来事がトラウマなんだと、原因はわかってはいる。が、それだけではどうしようもない。
浅い呼吸は、何度繰り返してもろくに酸素が取り込めなくて、指先が少しずつ痺れてくる。
あれから……もうずいぶん経つのにな……。
「っ……」
息苦しさに、思わず喉を掻いた手。
指に触れたのは、ぴたりと俺の首に張り付いた、紫色の輪だった。
これは、ザルイルの毛で作られた首輪だ。
そうだ。
ここはザルイルのいる世界だ!
俺は、あの頃の、何もできずに震えていた小さな子どもじゃない!!
ザルイルの首輪を通して、ザルイルの力を借りる。
見えない大きな手が、俺の周囲を探った。
ここはどうやら茂りに茂った草の陰のようだ。
見えない手で自分自身を掴むようにして、俺は空中に飛び上がる。
ガササっと葉擦れの音を立てて草むらを抜ければ、外は真っ暗な夜だった。
そうだ。この世界には月も星もない。
日中と同じく、気まぐれに月や星らしきものが出る事もあるが、それは空に描かれた絵や柄と同じで、方位を測れるようなものではなかった。
飛び上がった勢いに任せて、そのまま上昇する。
広い空間に出た開放感を、どこまでも続く空の広がりを、肌で感じる。
見下ろせば、広がる大地のところどころにぽつぽつと小さな明かりが見えた。
俺は、ほっと息を吐いて、震える肺を宥めるように、ゆっくりと深呼吸した。
よかった……。
どうやら、俺はライゴとシェルカと一緒にこちらに戻ってこれたらしい。
ファサッという柔らかい羽音は、ザルイル達フワトラコン種のものだ。
どこかから聞こえた微かな音。
聞き間違いじゃなかったはずだ。
俺は必死に周囲を見回す。
「ヨーヘーーーーーっっっ!!」
最初に聞こえたのはライゴの声だった。
続いて、シェルカの声が追いかけるように俺を呼ぶ。
「ヨーヘーーっ、どこにいるのーーーっ!」
二人はふわふわの姿でザルイルの背に乗っていた。
ザルイルの濃い紫色の体毛は夜闇に紛れていたが、その上のパステルピンクが俺の目に留まった。
そうか、二人はおそらく、あの保育室に戻ったんだろう。
俺がお昼寝の場に戻されたように。
二人とも、叫びすぎで掠れていた声が治っているようだ。
よかった……。
俺は手を口に当てて拡声器の魔法を発動させると「ここです!」と叫んで手を振る。
この夜闇で、コートもリュックも黒を着ている可視性の低い俺だったが、耳のいい彼らはすぐに気づいてくれたようで、こちらへまっすぐ飛んできてくれた。
「ヨーヘーっ!!」
俺のところまでもう少しというところで、ライゴが俺に向かって飛びついてきた。
うおっ!?
見えない手を増やして受け止めようとしたところで、ザルイルが俺に要素を分ける。
俺がライゴとシェルカの要素を貰って、二人の倍ほどの大きさになったところで、待っていたらしいシェルカも飛びついてきた。
シェルカは手に懐中電灯代わりの光る球を持っていた。
ああ、これでさっきはシェルカがやたらと見つけやすかったのか。
ザルイルは俺たちをまとめて背に乗せると、ゆっくり方向転換をした。
ぐすぐす泣き出す二人を、俺は両腕でぎゅっと抱きしめる。
きっと、俺を見つけて、父の背の上で、ようやく安心できたんだろう。
「心配かけて……本当に、ごめんな……」
二人には本当に、たくさんの心配と苦労をかけてしまった……。
ライゴとシェルカは俺の言葉にどちらも首を振って「「大丈夫だよ」」と小さく笑って答えてくれた。
シェルカの握る光球のおかげで、夜でも二人の姿は良く見える。
よく見れば、目立つ怪我は治っていたが、まだところどころに小さな擦り傷が残っていた。
俺は二人の涙をそっと拭って、優しく優しく頭を撫でた。
「ヨウヘイは空に居たのか、良い判断だ。夜は危ない生き物が多すぎるからね」
ザルイルの言葉に顔をあげると、ザルイルは長い首を大きく後ろに曲げて、琥珀色の瞳で俺をじっと見つめていた。
「二人と一緒に……、戻ってきてくれて、本当にありがとう……」
ザルイルの言葉の終わりが震えて滲む。
「ザルイルさんにも多大なご心配をおかけして、申し訳ありません……」
こちらの世界で、突然一人になったザルイルは、一体どれほど寂しかっただろうか。
人間の俺から見れば、もふもふ姿のザルイルからは月日の経過を感じ取れないが、ともすればライゴやシェルカの弟妹が増えていてもおかしくない、よな……。
「あの、俺たちはどのくらいの期間、こちらに居なかったんですか?」
俺はおそるおそる問いかける。
「ふむ……。正確に答えるなら……」
三十六年……いや、あれは概算だったし、公園でもライゴの説得にしばらくかかったから、下手したらもう四十年は過ぎていたり……とか……?
ザルイルの返事を待ちながら、俺は四十数年と宣言される事への覚悟をする。
「完全にいなくなったのは、ヨウヘイだけだね」
「え!?」
「ヨウヘイが消えたと聞いて、私はその原因が自分にあると気づいたよ……。昨夜の君を見れば、君がどれほど向こうに心を残しているか、それを考えないようにしていてくれたのか……」
「昨夜!?」
俺は思わず聞き返した。
ザルイルはまだ何か話し続けていたが、昨夜という単語に仰天した俺の耳には入らない。
「僕がこっちに戻った時、リーバの舌がしゅるるって口の中に戻っていくのが見えたよ」
ライゴの言葉に、俺は慌てて尋ねる。
「リーバに怪我は!?」
「うーん? 無さそうだったよ?」
そうか、二人はあの時の、昼寝の時間に戻ったのか。
俺が気付いた時には外は暗かったから、二人とは少し時差があったのか、それとも俺がしばらく気絶していたのか……?
シェルカが言う。
「リーバちゃんがね、お歌うたってって言うから、シェルカが歌ったの。そしたらまた寝ちゃった」
「僕はすぐヨーヘーを探しに行こうと思ったんだけど、父さんが帰ってきて、まだヨーヘーはこっちの世界にいないって言うから、皆とバイバイしてから探しに来たんだ」
「そうか……、ありがとうな」
俺は感謝を込めて二人の頭を撫でる。
どうやら預かっていた子ども達は皆無事で、全員保護者に引き渡せたようだ。
「リーバちゃん、今日はお迎えまでずっとうとうとしてたの」
「疲れたんだろうねって、父さんもリーバのママさんも言ってたよ」
俺は、リーバの舌が巻き付いた右手首を見る。
向こうではカラカラになっていたはずのそれは、生々しい赤色に戻っていて、まさに今、一滴の雫が肘へと伝おうとしていた。
「うわ」
ザルイルの背に雫が落ちないように、慌てて拭おうとした俺にザルイルが鋭く叫ぶ。
「待ちなさい!」
普段聞かないザルイルの厳しい声色に、俺たち三人はぴたりと動きを止めた。




