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8話 命の時間と目に映る差異(3/6)


「……ヨウヘイ?」

ザルイルの声に、俺はハッと目を開けた。


「あ……、な、何ですか?」

「いや、君があまりに長いことそのままだったので、思わず声をかけてしまった。疲れているなら、もう休んだほうが良いよ」

言われて手元を見れば、真っ白な紙にはまだ一本の線も無かった。

「絵を描いていたのかい?」

ザルイルは既に描き終えていた三枚の紙を覗き込みながら尋ねる。

「絵というか……紙芝居を作ろうと思ってます」

「カミシバイ?」

あ、紙芝居はこっちの世界にはないのか……?

「紙をこうして、絵本のように読み聞かせるんですよ」

作りかけの三枚を重ねてスライドして見せれば、ザルイルがなるほどという顔で頷いた。

「ふむ。直接伝えにくい話なのかい?」

この人には敵わないなと思いつつ、俺は頷く。

「そうですね……。これは俺の、価値観の押し付けかも知れないと思って……」

園の絵本部屋にあった一冊の本。

それは、おじいちゃんが死んでしまった事を理解できない幼い主人公が、両親の悲しみや祖父との思い出を辿り、死というものを受け入れるまでを描いた一冊だった。

俺は今、記憶を頼りにその絵本を紙芝居にしていた。

「そうか……。ヨウヘイは優しいな」

「え」

そうだろうか? 俺の思う生死観なんて、あの少年には全く当てはまらないかも知れないのに。

むしろ、間違った生死観を教えてしまうのではと……、その責任を負いきれずに、俺は紙芝居なんて遠回しな手段を取っているというのに。

「ヨウヘイはいつでも、相手に選択の余地を残しているだろう? それは、優しさの一つだと私は思うよ」

「……そう、でしょうか……。ザルイルさんは、俺を買い被り過ぎですよ」

こんなの、ただ俺が臆病者なだけだ。

苦笑して答えれば、ザルイルは少しだけ困った顔をして、俺の頭を撫でて言った。

「君はもう少し、自分の価値に気付く方がいい」

こないだと違って同じくらいの大きさで頭を撫でられると、どうにも恥ずかしいんだが。

おそらく、ザルイルから見た俺はあまりに小さくて、子どもと同じ、幼く守るべき生き物に見えてるんだろうな……。

そう思うと、俺だけが恥ずかしがるのも滑稽な気がする。

俺は「ありがとうございます」とザルイルの言葉を素直に受け取った。


俺の返事に気をよくしたのか、ザルイルが小さく笑って尋ねた。

「ヨウヘイは元の世界に気になることはないのかい?」


元の世界……?


……そんなこと……。


「……ありますよ。いっぱい」


俺の返事に、ザルイルは小さく息を呑んだ。

「そう、なのか……。君が向こうの話をしないのは……。……、いや、すまない。私が浅慮だった」

それはただ、彼らに話したって仕方のない話だったからだ。

別に遠慮していたわけではない。

「いいえ。気にしないでください」

苦笑する俺の顔を、ザルイルの金色の瞳が八つ、じっと見つめている。

俺の些細な表情の変化も見過ごすまいとするその姿に、俺はほんの少し逃げ出したくなる。

「……もし良かったら、私にも聞かせてもらえないだろうか。君の気がかりを」


そんなの聞いてどうするんだ。

とは思うものの、こうなってしまったザルイルは話を聞くまで引き下がらないからな……。

少しくらい話しておくとするか……。


「いや、ただ……。向こうは今、どんな状況なのかな……と、思っているだけですよ」


ザルイルは、俺を見つめたまま静かにうなずく。


「俺が急にいなくなったとしたら、俺のクラスの子達は、今頃どうしてるだろうかと……」


「そうだね」とザルイルが相槌をうつ。


「亜夢ちゃんは……、お昼寝から起きるといつも咳をするんですよ。

 だから、俺はいつもコップに少しだけ水を汲んでおくんです。

 起きてすぐに少しでも水を飲めば、咳は酷くならないみたいなんですよね。

 でも今はどうなってるんだろうな、と……」


「彗くんは、並ぶ時いつも前から三番目に並びたいんです。

 それ以外の場所だとぐずってしまうんですが、彗くんは嫌な理由を自分からは言わないんですよね。

 周りの子は、知ってる子は知ってるんですが……、代わりの先生にうまく伝わってるといいなぁと……」


「実咲ちゃんは、今、なんでもピンクじゃないと嫌な時期で……」


話し始めたら、止まらなかった。

どの子にも、気になることなんて……あるに決まってる。

ザルイルは椅子を引き寄せて俺の隣に座ると、言葉を挟むことなく、ただ静かに頷きながら俺の話を聞いていた。


「だから……、皆、元気にしてるかな……って……。

 きっと、俺のせいで、他の先生方に随分……迷惑を、かけただろうな……って。

 俺、戻ったら……、どうしたら……いいんだろうな……って」


ザルイルの手が俺の頭を引き寄せた。

……俺の声が揺れてしまったからだろうか。


俺の額はザルイルの肩に寄せられて、互いの表情は見えなくなった。


「……すまない。そんな不安や気がかりを……、それほど抱えたまま、君は子ども達の世話をしていてくれたんだね……」


謝罪の言葉が耳元で聞こえる。


「私達だけが幸せにしてもらっていたなんて……。実に忸怩たる思いだよ……」


ザルイルがそんなに恥じ入らなくても、話さなかったのは俺なんだし。

それに、ザルイルだけじゃなく、俺だってライゴやシェルカたちに幸せをもらっている。


俺はザルイルから顔を離した。

ザルイルは、俺が思ったよりもずっと悔しそうな顔をしていた。


俺よりもザルイルの方が慰めが必要なんじゃないか?


「大丈夫ですよ、気にしないでください」

そう言って、俺は苦笑を浮かべる。


ザルイルは少しだけ、ホッとしたような表情を見せた。


***


「おーい、みんな戻っておいでー。お話の時間だよー」

保育室のテラスから拡声器モードを使って、外を走り回っていた子ども達を呼び集める。

広い庭ができてからというもの、自由遊びの時間は大抵皆外で遊んでいた。

今は昼ご飯の後だったので、お話を読んだら次は昼寝の時間だ。

リーバのトイレも済ませてあるし、みんなお腹が膨れていて、少し疲れて、この顔ぶれだと、今が一番ゆっくり話を聞いてもらえる時間だった。


「今日は何のお話ー?」

真っ先に帰ってきたライゴが瞳を輝かせて聞く。

ニディアはシェルカと一緒にリーバを連れて戻ってきてくれたようだ。

「ボクは血湧き肉躍る冒険譚がいいな!」

「あたち、おうたがいい」

「わ、私はなんでもいいよぅ」

ケトも皆の後に続いて本棚の前に集まって座る。

今日で保育五日目のケトだが不安げな感じは大分薄れてきたな。


俺は、制作に四日かかった紙芝居を低い机の上に立てると「今日は紙芝居をやるよ」と言った。

「「「カミシバイ?」」」

ライゴ達が俺の言葉をそのまま繰り返す。

「ああ、紙芝居だよ。いつもの絵本より大きいから、絵もよく見られるぞ」

ワクワクと期待に満ちた視線を受けて、俺はひとつ息を吸い込んで話を始めた。


主人公の男の子はまだ幼くて、おじいちゃんのお葬式でも棺の中のおじいちゃんは眠っているのだと思ってしまう。

そうして、しばらく経ってから、おじいちゃんに会いたいと思った主人公はおじいちゃんを探し始める。

いつもおじいちゃんが散歩していた道にも、公園にもおじいちゃんは居ない。

住んでいた家には、おばあちゃんだけが暮らしていて、仏壇にはおじいちゃんの遺影が飾られている。


まあ、日本の仏壇を描いてもピンとこないだろうから、ここはザルイルに聞いてこっちの世界でのポピュラーな祭壇……丸い球体が台に乗せられたそれを、ザルイルが見せてくれた資料を元に描いてみた。


「ボクの知ってるものより随分貧相だな」

フンと鼻を鳴らしてニディアが言う。

お前のとこは代々なんちゃらってよく言ってるもんな。

なんか祖先を祭ってるとこも、すごい祭壇になってんだろうな。

「……ぼくの、家にも……ある……」

ケトがポツリと呟く。


主人公に、おじいちゃんにはもう二度と会えないと教える両親。

泣き出す主人公に、両親とおばあちゃんは、自分達もおじいちゃんに会えなくなって悲しいのだと伝える。

そして皆で、おじいちゃんとの楽しい思い出をたくさん話す。

物語の終わりに、主人公は「おじいちゃんは、もうどこにもいないんだね」と言う。

すると、お父さんは「お前の存在そのものが、おじいちゃんの生きた証だよ」と主人公の頭を撫でる。

お母さんが主人公にも分かるよう優しい言葉で、その命がおじいちゃんから、それよりもっと遠いご先祖様達から、ずっとずっと受け継がれてきたのだと説明する。

おばあちゃんが「私の記憶の中にも、おじいちゃんが生きているのよ」と話す。


そうして、主人公はおじいちゃんの死を受け入れながらも、自分の中のおじいちゃんの存在を感じる事ができるようになった。


「おしまい」

と締めくくって、最後の一枚をめくる。

皆に見えるのは、最初の表紙に戻った。


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