表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Beauty...Beautiful World?

作者: 雪水湧多

『Beauty…Beautiful World ?』_

「本日は成人式にお越しいただき誠に・・・」

 本来ならこんなところで椅子に座っている予定ではなかった。

 俺にはやるべきことがあるから。

 どこか見覚えのある同級生が挨拶を終える。 おそらく元学級委員や生徒会だろう。行事で何かあるたびに前に出ている人種だ。だからなんとなく覚えている。しかし名前まで思い出そうとはしなかった。

「どうでもいい」

 思い出したところで何になる?終わった後に気さくに話しかけてみるか?きっと少し話したあと、眉を歪めながら「ごめん・・・誰??」と聞いてくるに違いないぞ。申し訳ない雰囲気になるくらいなら話さない方がマシだ。

 そういえば俺の事を覚えている同級生なんているのだろうか?

「居たら面倒だ」

きっと会食に連れられるに違いない。苦手なんだ。ああいう表面上で酒を飲みながら食事するの。大学のサークルで一回行ったがもう二度と行きたくない。合コンにも誘われたが秒で断った。後にそのサークルを抜け、お誘いの連絡は来ない。今思えばなんであのサークルに入ったのだろうか。

「・・・」

 大学生活に夢を見てノリで入ったような気もしなくもない。あの頃は馴染むことに必死だったから大目に見よう。

 名前を思い出すよりかは有意義な暇つぶしをして、成人式は終わりを迎えた。

 なんてつまらないのだろう。


 会場の外は、袴や振袖を着た新成人で賑わっていた。どこも平和のポーズを取ってシャッターを切っている。

「懐かし~」「久しぶりじゃーん」とか言ってるが、現実で会っていないだけであって、どう通話とかして携帯越しに会っているんだ。

便利な世の中万歳。

「俺はやったことないけど」

「相変わらず人相悪いし、独り言か?千鶴」

 悪口という名の紹介文と名前を呼ばれ、振り向く。

「人相悪いのは生まれつきなんで、お前こそ来てたんだな、刈間」

「親がうるさくて、俺が行っても誰一人喜ばないって言ったのに、千鶴の事をダシにして無理やりだ」

「それなら俺は来ない方が良かったな」

「いやいや、あの頃話せなかったこととか酒の席で話したくてな良かったよいてくれて」

 フルネームは刈間かりま 涼斗りょうと。中学の時仲良かった奴の一人だ。

「あー、そう。で、裕磨は?」

 首を振って一応探して、いくつかの集団の中から該当者を見つけ見なかったことにしておく。

「しらん、柔道の奴らとでも喋ってんじゃないか?」

「そういえばあいつ部活関係のツテ多いよな」

「忘れたのか?あいつ中学入る前から柔道と相撲やって、前者は高校まで、後者は中学までやり続けた猛者だった。思い出したか?ポンコツ頭」

「ああ、思い出したよ。平和主義の俺には縁がないのによく知り合ったと思うよ」

 スポーツだけでなく、頭もよかった。文武 両道ってよく言われるけど、俺が知っている中で両立できていたのはコイツくらいだ。奥の細道よりも狭い人間関係ですけどね。俺、読んだことありませんし長距離歩くつもりもありませんけど。

「でも、ガタイは恵まれなかったのによく大会とか優勝してたよな」

「俺らは卓球でどれだけ頑張っても優勝どころか賞すらもらえなかったけどな」

 しばし、する予定のなかった昔話をしていると、火の無い所に煙は立たぬ。本人が煙を消しに来ましたよ。スタスタと。

「おう、いたいた。なんだ昔から変わらない面しやがって。ちったぁ変われよ。変わらな過ぎて退くわ」

「セリフそっくりそのまま返すよ」

「やー痛い痛い。何も言えないなー、やったのは髪を染めたくらいじゃほとんど変わらんな」

「そもそも、五年程度で急激に変わることもないだろ」

「そうか?意外と変わるもんだぞ」

 俺の意見に対して昔のように噛みつく、刈間。俺以外にもかなり噛み付く。

ただでさえ面白くもない昔話に裕磨も加わる。


 話が一段落したところで少しずつ周りが散り始めた。俺らも見合って、そろそろ変えるような雰囲気を作り出す。

「さて、帰るか」

「千鶴の帰るは、実家じゃなくて下宿先のように聞こえるぞ。なに行かないの?会食」

 裕磨の頭に疑問符が見える。なにその、さも当然のことを知らないような顔は。豆でも食べるか?

・・・予想はまぁ分かる。うん、行きたくない。

「俺もパス・・・って言いたいところだけど、まだ挨拶してない人がいるからとりあえずは行くよ。だからほら千鶴も来い」

「・・・」

 またこうして流される。鶴なのに空どころか陸すら不自由だ。いや、陸だからこそか?


ほらこうなる。

 第一印象はいつでも変わらない。それが真理だから。なんて。

「うるさい、アルコール臭い、帰りたい」

「ダメだ、まだ座って二分だ。カップ麺も作れないそれに注文もしちゃったんだ」

目の前には、お冷やが三つ並んでいる。

「ダメかよ、というか最近のカップ麺は1分あればできる。で、裕磨はトイレか」

「あいつ普段飲まない癖にこういう時ばかり飲むから」

 成人式の会場の外にいた時。既に飲んでいたらしい。

たまにいるよね。そういうやつ。え?いない?そう。飲まされる人はよくいるのね・・・そうだね、ウチの兄貴とか。よく愚痴が飛んできますよ。

「なに、裕磨とはちょくちょく会って酒飲んでるの?」

「まぁ、な。お前が大学行くことになって都市部で一人暮らししちゃったからな」

「へーそう」

 刈間はこんな風にしみったれたセリフを吐くやつじゃなかった。それなのに話したのは、酒か歳か。後者であってほしいけど、まぁ前者だよね。

「そういえば、お前丸くなったな。見てくれは年取ったオタクなのに」

 丸く?

・・・。

「最後のは余計だ。まぁ、でも、そうだな自覚はあるよ」

「昔はもっと毒があったな。「そうだな」、なんて自分を認める人間じゃなかったよ」

 ちょっとマネしたのは、わりとイラっと来たけど。

「そうかい」

「どうせ俺が知らない高校時代のことだろ。話せよ、居酒屋、ましてや成人式の後なんだ。そんなしみったれた話をするには丁度良い。良い肴よ」

カッコつけんな、刈間。お前、似合わんぞ?

「お、なんだ?俺の知らないことか?気なる気になる。さぁ、千鶴!俺の知識欲を満たしてくれ」

 いつの間にかトイレから帰ってきた裕磨はまだ酔っているらしく、肘で突きながらニヤニヤしてやがる。

「つまんない話だよ、どうでもいい。それより俺の焼酎まだ?」

「まだだよ、しかし誤魔化すの下手だな。何かあったんだろ?ほら、お前は何でも抱え込む癖があるんだ。どうせそうだろ?話くらいは聞くぜ。そうした方が楽になるだろ」

「・・・別に楽とか関係」

 ある・・・かな。できることをできないと、嘘を吐きたくない。例えば、友人関係での休みの日程。空いてるのに空いてないとか言いたくない。

 少し話すとしよう。あの夏の日のこと。

 蜃気楼のように掴み所のない縁が招いた悲劇。

息を吐いて、二人の目を見る。

「そうだな、AIってわかるか?」

「AI?ああ、スマホにも搭載されてるやつだろ?AIが自分で考えて答えを出すみたいな」

「聞いたことあるけど具体的に説明しろって言われたら無理だな。しかし、AIが俺の知識欲を満たすのになんの関係が?」

「慌てるなよ、ただ話すのにちょっと知識があった方がわかりやすいだけだ」

 AIを勉強しているならわかるが、苅間は美大、裕磨は工業系の専門学校だ。

 苅間はPCをよく使うからある程度知識はあるが、詳しくは知らないだろう。

 裕磨はAIに近いかもしれないが話を聞く限りでは遠いようだった。

「初めに、強いAIと弱いAIってわかるか?」

 二人は顔を合わせ、初めに口を開いたのは裕磨だ。

「知らん。そもそもAIにそんな区分があったことすら知らん」

 続いて苅間。こっちは知ってそうだ。

「聞いたことだけはある」

・・・

「そうか、じゃあある程度話せばわかるな」っていうのは悪手だ。

 このセリフを言った時、苅間は知ったかをしている。昔からそうだ。

 だから、わかるように説明した上でこいつの面を守る必要がある。

すごくめんどうくさい。でももう始めたことだ。やり切ろう。

「あー、そうだな。強いAIは、イメージするならアニメや映画とかに登場するアンドロイドだ。人間のように判断して最適解を出すような感じ、ピンとくるのはドラ○もんだな」

「ああ、わかった。他にはターミ○ーターとかか」

 苅間には伝わったようだ。謎に理解が速い。

「なんとなくわかった、が。一般的にAIっていうとそれをイメージするんじゃないか?弱いAIのイメージがまるで掴めない」

 反対に裕磨は理解した上で純粋な疑問をぶつけてくる。なんとやりやすいことか。

実際本人曰く、学校でも優秀らしい。技術大会の選手に選ばれるくらいだとか。

「ありがたい」

「なんだ?改まって」

「いや、なんでもない」

「お、おう」

「弱いAIは、そうだな。裕磨とかはイメージしやすいんじゃないか?工場とかでも見るだろうし」

「うん?使ってる機械とかか?」

「今じゃほとんどだろ」

 横槍を入れる苅間。具体的に言わないあたり察するしかないが、鋭い。

「もしかして工場で使われている機械ほぼ全般?旋盤とか、一昔前だと、ほとんどが手作業でやってたとか。それが、今ではCADのまま削ってくれる。もしかしてそれが?」

「そんな感じ。与えられた仕事はできるけど、それ以上はできない。スマホにもあるだろ?S○ri」

 技術の進歩で工場の事故率がほぼ0となった。AIの導入による生産性の工場の副産物だけど・・・詳しいことは今度裕磨に聞いておこう。

 ちょっと仕事を頼むかもしれないし。

「ああ、確かに、あいつ会話できるけど基本的に定型文だよな。で、ここまで話してきたAIがどうした」

水を口にして、腕を組む苅間。

「強いAIは今の技術じゃ作れないんだ」

「そうだな」

「だから、二種類か。製作可能なものと不可能なもの。まさか・・・」

裕磨は察しが良かった。刈谷も裕磨の顔を見て、察した顔をする。

「そう、俺は、その強いAIに出会ったんだ」




 梅雨が明け。セミが所々で鳴き始めた。高校生になって、2回目の夏。去年と変わらない。

夏休みでもない、平日の昼。俺は自室でネットで無駄な時間を過ごしていた。

「あちー、アイス食べよ・・・ってそうだった昨日で食べ尽くしたんだ。結局いくつ食べたんだ?」

 冷凍庫まで行って引き返す。途中に置かれた5リットルのゴミ箱を覗く。

「・・・よく体壊さないでいられるな」

 まるで他人事。自分がここにいる実感がない。高校に入ってからずっとそうだ。

病院でも通院を勧められたが、一人で行くのが怠くて始めだけ。あとは行っていない。

ふと、思い立ち。自室のカーテンを開けてみる。

雲一つない快晴。

「散歩でも行くかな、ついでにアイスも買って」

 医師にせめて散歩はするように言われた。悪化したら病院に来なさいとも言われている。

ささっと準備して田舎の街に繰り出した。


 道中特に何か起こるわけでもない。こんな田舎町で何か起こるとすれば、祝い事だけ。車もほとんど走ってない。狭いから、この街。

「ありがとうございましたー」

 おじさんの定型文じみた挨拶を躱し、外に出る。

「中が冷たすぎて外が余計暑く思える」

 誰も聞かない小言を口に出しながら帰路に着く。

 突然だが、一生のうち何か外なるものに突き動かされたように何か別のことをしたくなる日があるだろう。朝のカーテンのような。ふと、思って行動するようなことが。

「ちょっと、行くか」

 家まであと少しのところで、進路を変更する。

 向かった先は、世界的に有名な神社。

その脇にある少し大きな池。透き通り、底までくっきり見える、100パーセント湧水。

「ここなら涼しい」

 アイスの封を明け、少し溶けたところをすくって口に運ぶ。

「やっぱダッツは最高、至高、祝福だ」


 食べ終えて、池を眺めていると後ろの方から何か大きなものが倒れる音がした。

「何?!」

 咄嗟に振り返って、状況を認識する。

・・・人が倒れている。連れの人が体を揺すっている。

 この時間はほとんど人が来ない。だからここが好きなのだけれど、今回はそれが裏目に出た。今ここにいるのは、自分しかいない。

「あ、あ・・・」

 こんな時、動ける人ならもう駆け寄っているのだろう。

俺はそんな人間ではないようで、体が動かない。足が動かない。心だけが、動いている。

あの時と一緒だ・・・

頭が真っ白になっていく。このままでは、俺も・・・

 バシャッ!

後ろで、魚が跳ねてハッとする。

今倒れたら救急車がもう一台増えるだけだ。今やれることをしよう!最善を尽くそう!そうだ、俺はもう・・・

「大丈夫ですか?!」

 駆け寄って、声をかける。倒れた人は女性・・・いや、年端もいかない少女か。連れは男性。男性は視界の隅で、驚いた顔で固まっている。関係は親子か?

「ごめんなさい、この子、何か持病とかありますか?」

「・・・いや、特には」

「わかりました。とりあえず、救急車を呼んでもらっていいですか?」

 焦りつつもできる限り、表に出さないように。感情を殺すのは得意だ。

 男性を背負って日陰へ。持病じゃなければ熱中症の可能性がある。

男性がついてきた。

「えっと、救急車は?」

「そ、それは・・・その、言いにくいんだが、君を信用しよう。その子は、人じゃない」

「え?でも」

「とてもありがたいが、おそらく熱によるオーバーヒートだろう」

人じゃない?!

頭の処理がついていかない。

 オーバーヒート?冷却装置や安全装置のないハイエンドPCか何かなんだろうか?

でも、見た目は完全に少女。年は、14くらいだ。髪も肌もどこを見ても人間だ。

「しばらくしていれば治るさ」

 そう言って、男性はウエットティッシュで女性についた汚れを拭き取っていく。

 慣れているのか、どこか作業のように見えてしまう。

「え、いや、あの」

「君には心配をかけたね、ありがとう。まだ君のような若者がいるとは驚いた、私らのせいで食べていたアイスがダメになったのではないか?弁償しよう」

 男性は俺が元居た場所に散らばっているアイスの残骸を見て言った。

「いえ、大丈夫です。食べ終えたところなので」

「そうか、でも何かお礼はしようついてきてくれるかな?」

 思考が固まったままの自分は疑うことなく、女性を背負った男についていき。家に招待された。

 男の名は「帚木ははきぎ」というらしい。なんでも、現在は休んでいるがとある大学の教授だとか。研究分野は情報処理。特にAI分野を研究しているようで詳しいことは口外できないみたいだが、それでも「ある程度」は教えてくれた。

少女―――アンドロイドのエフィの詳細を聞いているうちに、当人が目覚めた。

「ここ、どこ」

「目覚めたか、おはよう。やっぱ冷却性能に難ありだな。人間の皮膚と同じ感触にしているからか?でも、それは外せない」

「おはようございます。それで、その・・・この人は」

「紹介しよう、千鶴君だ。倒れたエフィを心配してくれた今では滅多にいない良い人だ。ほら、あいさつ」

「初めまして、機体番号KJM-9。個別名エフィです以後お見知りおきを。先ほどはありがとうございました」



「ある程度って、どのくらいだ?」

 刈間は日本酒を口にして尋ねた。

「そうだな・・・」

 俺もついさっき運ばれてきた焼酎に口をつける。

・・・

 喉が焼けるような痛みにも似た感覚ともに、フルーツのような風味が鼻から抜けていく。

「今のAI学習方法では汎用型AIは作れない。でも、少女は汎用AIだと」

 裕磨は首をかしげた。

「一応確認しておく。お前が出会ったのって汎用型AIだよな」

「そうだな」

「強化学習とかじゃ無理ってことだよな」

 刈間は知っているようで知っていない微妙なラインを攻めてくる。とりあえず、他の方法をだしてけん制しておく。

「強化学習もそうだが、教師有り、無しはもちろんのこと、エキスパートシステムでも不可能だってさ」

 刈間はバツが悪そうに再度酒を口にした。空気を感じ取った、裕磨がまとめる。

「なにやら知らん単語が並んだな、とにかく今の技術じゃできないってことだけ頭に入れればいいんだな」

「そうしてくれ」

「で、それで?その作れないAIがどうやって作られたんだ?」

「それが・・・分からない。最後まで教えてくれなかった。聞いてもはぐらかされた、今はダメだと」



 エフィの詳細までは教えてくれなかった。ただ本当の娘のように可愛がっているとのこと。

 よくあるSF映画で登場するAI搭載アンドロイドのように、強化学習して成長していく。AIそのものは完成しているが強化学習はするらしい。曰く汎用型AIだから当たり前だと。

帚木先生の家族構成は妻と娘がいたらしい。事故でなくなったとか。

紆余曲折を経て、エフィを作り今は実用化に向けて学習中だとか。でも持病であまり上手くいっていないようだった。

それを聞いた俺はエフィの強化学習を手伝うことになった。

内容は・・・

「っ!」

「ふんっ!」

「・・・っ!」

「あっ、だめだ」

 ラケットが空を切り、シャトルが落下する。

これでラヴゲーム。11対0。完敗。

「スポーツで、しかも性格が出るバドミントンなら人間らしい感じを引き出せると思ったんだけど、引きこもりの俺じゃ力不足だ」

「簡単です。スポーツは、計算をおこない相手に合わせ、最適解を出すだけです。人間は不器用ですね。いえ、千鶴さんが不器用なだけでしょうか」

「・・・AIって恐ろしすぎませんか?ちょっ   と前に陰謀論とかあったのがうなずけるわ」

 どうすればスキが生まれ必ず点が取れるのか。相手の癖はなんなのか。風の強さ。など全て計算してくる相手。勝てるはずがない。

「こうなったらとことんやってやる、何度でも挑むッ!」

「負けず嫌いは素晴らしい精神です。ですが、相手が悪いです」

「その減らず口、修正してやるッ!」

「どうせ結果は一緒です」

 終始煽られながらボコられ続けた。煽る機能まで搭載しているAI。これが、汎用・・・いや、もっと驚くところ他にあるだろ。

「はぁ、ちょっと疲れた。休憩」

「そうですか」

 ベンチに腰を掛る。平日の昼間の公園には、ほとんど人はいない。いても数人程度。これなら大して人目を気にする必要もない。

エフィを見るも汗の一つもかいていないが、隣に座られるとめちゃめちゃ熱い。ヒーターを隣に置いているみたいだ。

冷却機能ぐらいつけろと思っていると、エフィが急にこちらを見た。人のようにゆっくり向くわけではないので、動きが読めない。

「千鶴さん」

「はい、なんでしょ、天下のエフィ様」

「家族と遊ぶことは良いことですか?」

エフィが公園の遊具で遊ぶ親子を指さす。

「どうだろうな、人それぞれ。家庭によって違うんじゃないか?」

「そうですか」

 エフィは手をおろし、俯く。

「私には、帚木さんしかいません。それにこのように遊んだのは初めてです。あの子供のように母親に遊んでもらうことがなかったので、わからないのです」

「確かに、もう年だから無理だな。俺の親は良い親じゃないからわからないけど、良いもんじゃないの?帚木さんは歳で遊べないから俺に頼んだようなもんだし。本当だったら遊びたかったんだろうよ」

「そうでしょうか」

「そうでしょ、そうじゃなきゃ家にラケットもシャトルもない。なんならこの前のように散歩にすら行かないだろうさ」

「・・・千鶴さんは私と遊んで楽しいですか?」

「あ?ああ、楽しいよ。負けてばかりで悔しいけど、それでも何もない毎日よりはやることが明確で一生懸命やれる。こっちこそ、ありがとう。こんな感覚久しぶりだ。さて、もう一戦しますか!」

「また、ぼこぼこにします」

 立ち上がって伸びをすると、エフィはある一点を見つめていた。

「どうした?」

「どうして、あの子は一人なのでしょうか?」

「え?」

 エフィが見つめる先には、木陰でじっとしている男の子。平日の昼下がり。幼稚園に行かないぐらいの子供なら分かるがあれは多分・・・

「遠いな・・・っておい!」

 よそ見した隙にエフィは男の子に向かって全力疾走していた。

桁外れな走力。一瞬で距離を詰めた。視力といい、バドミントンの強さといい、見た目は人間なのに、アンドロイドなんだよな。


「どうして泣いているのでしょうか?」

「いや、遠くにいた知らない人が急に目の前にいたらびっくりするでしょ」

「視界には入っているはず」

「あのな、人間はお前みたいに全て認識したうえで行動してないぞ」

「そうでしたね、忘れてました」

「ほんとこういうところが・・・」

「ひっぐ、ひっぐ」

「そうだった、そうだった」

 エフィのせいで無駄に注目を浴びているため、できることなら速やかに離れたいがそうもいかない。元々泣いていたのかは定かではないが、目が赤い。背の高さをみるに小学生低学年の男の子がこんな時間に公園にいる。なにか事情でもあるのだろう。おそらくデリケートなことなのであまり関わるのは良くないが、こうなった以上仕方ない。

「どうしたんだ?」

「このおねーちゃんはやいぃぃ、ひっぐ」

「いわんこっちゃない」

「何ですかその目は、障害は迅速な対応が求められます」

「はいはい、ごめんね。このおねーちゃんちょっとバケモノだから」

「う、うん。バケモノッ」

「バ、バケッ」

「そうだな、バケモノだよな。怖いおねーちゃんはほっといてアイスでも買いに行こうなー」

「うん」

「・・・あの、私は」

 エフィはどうしたらいいのか分からない様子。本来こういった事の方がAIの強化学習に繋がるのではないのかと思い、あえて、突き放すことに。最適解が存在する事柄をやらせるのは間違いだったかもしれない、次からはちゃんと考えよう。

「好きにしたら?」

「・・・行きます」


 近所のコンビニでアイスを買って、公園のベンチに戻る。少し行くのをためらったが、この子の事情も考え、戻ることにした。ちなみに名前を聞こうとしたら「知らない人には教えない」とのこと。真面目なのかそうじゃないのかはっきりしない奴だ。この先も少年で貫こう。

「やっぱダッツは最高、至高、祝福だ」

「わーい高いアイス初めてー」

「そうか、存分に味わえ!そして沼に落ちるのだ!」

「千鶴さん。キャラが行方不明です」

「おっと、好きなものに過剰に反応してしまうのはオタクの悪い癖だ」

「ねぇ」

 少年はダッツを唇いっぱいにつけながらこちらを見ている。スプーンを使っているのに、どうやったらそんなにつくのだろうか。不器用なのか?

「なんだ?少年」

「どうして、僕のところにこのおねーちゃんは来たの?」

「そうだな・・・エフィ。お前の口から説明してやれ」

「え、それは・・・えっとそうですね上手く   説明できるかわかりませんがやってみます」

「頼んだ」

「まず、私は汎用――」

「ストップ」

 エフィをひっぱり、少年から遠ざける。どう扱えばいいのだろうか、判断が本当に難しい。アンドロイドだろうが、元は機械。計算機だ。そこを忘れてはいけない。

「あのな、順を追って説明するのは悪くない。むしろ分かりやすくていい。でもな、お前がアンドロイドだってわかったらどうだ。こんな小さい子供でもばらしたら明日帚木博士におはようも言えなくなるぞ!」

「じゃあどうすれば」

「全部じゃない、都合よく切り取って話すんだ。できるな?」

 このまま話していたら明日のニュースをそうなめだ。帚木教授には他言することを禁じられている。でも全て指示してはいけない、基本はコイツ自身で考えることだ。

「はい、やってみます」

 エフィは他の子供は遊んでいて楽しそうなのにどうして一人なのかと疑問に思ったからと伝えた。自分の身の上話を始めそうになったりもしたが、なんとか伝わったようだ。

「あのね、僕のおかあさんがね。なんか、お父さんじゃない人が来るから。僕ね、すごくいやな気持ちになって、学校も行きたくなくて」

 少年は最後に「お父さんじゃないからいいかな」と付け足した。

「ああ、そういうことか」

「千鶴さん?」

 瞬きをした一瞬に、昔の記憶が瞼に映された。古い記憶。忘れたい記憶。忌々しい記憶。

気持ちは痛いくらいわかる。ランドセルを背負ってない理由も分かった。

 逃げ出したんだ。自分の居場所なのに、そうじゃない気がして。気持ち悪くて、でもどうしたらわからなくて物理的に距離を置くことしかできない。俺と同じだ。



「小学生にダッツか、かー贅沢だ贅沢だ」

「別にいいだろ刈間、お前こそハイエンド品ばかり好むくせに」

 少し時間が経って、三人共出来上がり始めた。俺は酒に弱く、二人のペースに合わせるために調整した。多分裕磨もそうだろう。刈間みたいな酒豪が羨ましいよ。

「しかし、小学生。しかも低学年でそんな状況か。千鶴みたいにひねくれた大人にならないと良いけどな」

「どうだろな、なってほしくはないけど。可能性は捨てきれないよ」

 二杯目の焼酎に口をつける。そろそろお代わりかな。

「で、そのあとはどうしたんだ?」

「え?ああ、しばらく少年と遊んでたよ。三日ぐらい」

「ぶっ続けで?」

「違う。刈間は少し酒のペース落とせもう何杯だよ」

「何杯だろ」

「そろそろほどほどにしとけよ、裕磨も・・・ってなにやってんだ!」

「この日本酒と、ウイスキーあと落花生追加で」

全く、のんきな奴らだ。いや、飲む気なやつらか。


 エフィへの恐怖心が晴れ、俺よりもエフィの方が懐くのにそう時間はかからなかった。

少年とは公園でいろんな遊びをした。

バドミントンはもちろん、鬼ごっこやサッカー、バスケ、とにかく遊んだ。エフィも少年を通じて人を理解して来ているようで、迷惑かけないようにオーバーヒートする前に必ず休むようになった。

 しかし、雨の日を挟んで次公園に来ても少年は来なかった。夕方まで二人で遊びながら待ってみたものの、エフィの表情は暗かった。

「別に約束して来てるわけじゃないんだ。一日くらい来ない日があってもおかしくない」

「そう、ですね」

 次の日も、また次の日も来なかった。次第にエフィの表情がどんどん暗くなってきているので、帚木教授に呼び出された。

「実は、エフィと公園で遊んでいたら――――」


「そうか、納得したよ」

「でも、AIとはいえ心配です。何か出来たらいいのですが・・・」

「ああ、そうだな、何かしてやりたいが生憎そう言ったことは苦手でね。娘のことで妻に怒られたよ」

 帚木教授は笑いながら話しているが、笑おうにも笑えなかった。だって、この人涙浮かべてるんだ。

「すみません、俺はこれで」

「・・・」

 強引に帚木教授の家を出た。耐えられなくてまた逃げた。帰路の足取りは重く、次第に雲行きも悪くなっていった。

「・・・あ」

 雫がぽつり、頬に当たる。上を見上げるとドス黒い雲に覆われた空。雷をゴロゴロ鳴らしてこれから降らせるぞと合図していた。

「傘ないし、走るか」

しばらく走っていると、本格的に降り出した。そろそろいつもの公園が見えてくる。つい、目で中を確認する。

「あ、なんでこんな日に」


 いつものベンチで泣いていた。あのベンチは簡易なものの屋根がついているため濡れる心配はない。しかし、どうしたものか。こういうのは苦手だ。何しろ経験がない。

「どうした?」

「ひっぐ、ひっぐ」

「まるで出会った日のまんまじゃないか」

「ひっぐ、ひっぐ」

 少年はうずくまったまま泣き続けている。何かあったのは間違いない。ランドセルを背負っていることから察するに、あっていない間は学校に行っていたらしい。

「ちょっとまってて」

自販機で飲み物を買ってくる。戻っても泣き止まないので、落ち着くまで待つことにした。

「どう、落ち着いた?はいこれ、ジュース」

「ひっぐ、ありがと」

 震える手でゆっくり炭酸ジュースを開けてちょびっとだけ飲む。こっちも小さい子供の相手は慣れないんだ、アドリブで乗り切るしかないのにこの行動は安心できる。

「どうした?話聞くよ、話せば楽になる。抱え込んでても嫌な感情ばっかり大きくなっていつか隠しきれなくなる」

「・・・」

「いいよ、時間はある。おちついたらで」

「ううん、もう、大丈夫」

「そっか」

「あのね、りこんするんだって」

「あ・・・それは嫌だね」

 大方、少年が無断欠席を繰り返しその連絡を受けた。それをキッカケに不倫がばれたと。他にも思いつくものはあるけど、どれも少年がキッカケになっていたんじゃないかな。子供って小さいうちは目につくし。

「うん、いや、りこんしてほしくない」

「そうだね」

「でも、また僕が言ってもきっと悪くするだけ」

「・・・」

 子供の・・・それもまだ小学生の子供の前でそんなことを言ったのか?それとも、そう少年が感じたのか?わからないけど、前者なら親の精神年齢が低いのだろう。学生同士で付き合って、若いうちに結婚した夫婦によくみられる。ここは、人生の先輩もとい同じ境遇の先輩としてやりますか。

「あのね、俺も同じなんだ。親が離婚するって言ってた」

「え?」

少年が驚いて小さい子特有の泣いているときに出るしゃっくりが止まった。

「ちょっとショッキングかもしれないけど聞いてくれるかな」

「うん」

「俺は、君より少し歳を重ねたぐらいにね離婚の話が出たんだ。理由は君と同じ。お母さんの不倫。ここまでほとんど変わらないよ」

「うん」

「それでね、離婚するのが嫌で家を飛び出したんだ」

「え?」

 少年は自分の心を読まれたかのような顔をしている。でも、気にせず続ける。

「朝に飛び出して、夜になって家に戻ると暗 い顔した両親がいてね。お互い目が真っ赤で、俺が帰ったって分かるとまた二人そろって泣いてた。それを見て思ったことを素直に言おうとした。離婚しないでって。でも」

「でも?」

「遅かったんだ。机の上に離婚届があって印鑑が押された後でね。言えなかった。その次の日にね、最後にって旅行することになったんだ。言えないままね。旅行してる時もずっと考えて、考えていた。旅行の帰り道に言おうとして、俺が声を出した瞬間対向車線からトラックが突っ込んできて二人ともいなくなっちゃった」

「っ」

 少年は息を飲んだ。せっかく泣き止んだ目に涙を浮かべて。

「ごめんね、こんな内容で。でも事実だから」

「うん。僕より辛い人生送ってるんだね」

「かもね。だから俺から一つ忠告。俺は最後まで二人に言えなかっただから、君は言いたいことがあるなら言えるうちに言わなきゃ言えなくなるよ」

「・・・そうだね。僕言ってくる。おにいさんみたいに後悔したくないもん」

「そっか、お、晴れてきた。それじゃ、行ってらっしゃい」

 少年は光芒に照らされ、まるで祝福されてるようにかけていった。少し羨ましかった。でも、俺よりも少しでも幸せなな人生を歩んでほしくて、大きく手を振った。

「行ったか」

背後で枝を踏む音。

「あれでは脚が汚れるな」

「そうですね」

「聞いていたのか?」

「はい、ごめんなさい」

 少年が座っていたところにエフィが座る。エフィは混乱した表情に加え、俯いているせいで体調が悪く見えてしまう。アンドロイドは特に病気にかかるとかはないだろうが、そう見えてしまうのは人間と遜色ないくらい精巧な作りゆえか、人間そのものが案外単純な作りなのか。

「・・・」

「凄いですね。私には到底できません」

「そうだろうな、実際、経験がないからな」

「ですね。あなたは尊敬に値します。評価を改めなくては」

「・・・」

「・・・」

 変に突き飛ばしてしまったか。いや、人の反応としては正しいが対応は失格だ。こうなればあとは、さらけ出すだけなのかもしれないと半ばヤケになる。

「聞いていた通り、俺は現在父がたの祖父の家に居候している。ろくに学校も行かず。迷惑をかけているクズな人間ですよ」

「でも、人を救えます」

「・・・」

 エフィは顔を上げ、光芒を見て口を開く。

「私は、生まれた理由すら分からずただ人に近づくために毎日勉強する日々。そんな私よりよっぽど価値がありますよ」

「どうかな、世間一般的に見ればどんなに偉くなっても技術の結晶であるエフィの方がよっぽど価値がある」

「・・・価値観の相違。分かりませんね、人間って」

 俺は立ち上がり、エフィの前に立つとこちらを見上げても目をそらした。

「それはそうだ。人間ですら人間を理解して いない。そのうえ無意識に結果主義だ、現にエフィのようなSFチックな奴の方がそのことを理解しているからこそ言える。俺からすればそっちに方が人間らしい」

「人間らしいですか・・・しかし、物語などの創作物の方が心を動かすなんて、人間て不器用ですね」

「不器用だから必死になる。あの少年のように。立ち向かおうとして、逃げてわからないから悩んで、また立ち向かう」

「私にもそんな複雑なことできるのでしょうか」

 エフィは強いまなざしで俺を見る。顔は平静を装っても、その目は不安に満ちている。これで、アンドロイド。やはり、至近距離で見れば見るほど、人間より人間らしい。

「どうだろうな、お前次第だろう。俺はお前じゃない」

「そうですね」

「・・・」

 エフィも立ち上がる。その顔は、人間だった。

「私、もっと千鶴さんの事が知りたいです」

「え?」

「なんで?俺のことなんてつまらないでしょ」

「いえ、そのなんというか。なんでしょうね、ただ、知りたいんです」

「お、おう、雨も止んだことだし。どこか行って話すか?」

「はい、行きましょう」

 俺たちは、近所のカフェに行って、今までの事を改めて話した。話していると、少し心が楽になった。これまで抱えてきたもの、背負ってきたものを一度整理したみたいだ。つい泣いてしまった。それを見たエフィは自分の事を話してくれた、実は結構俺の事を不安がっていたこと、少年に抱いていた憧れや帚木教授の不満までも。

その日は凄く楽しかった。俺は今日ほど心が軽くなった日を知らない。今後同じようなことがあってもこの日以上が来るとは思えない。

「こうやって話していると、エフィってもう立派な人間だよ」

「そうですか?わからないことや知らないことも多いですし、千鶴さんみたいに誰かを救うことなんてできませんよ」

「止めてって、俺はそうやって褒められるのに慣れてない」

「そうやって、意外と可愛らしい顔するんですね」

「可愛いって、何言うんだ?それはあれか?ネットで―――――――」

 何時間話しただろうか。気づけば、辺りが暗くなり始めた。結構な時間が経ってしまったので、エフィを帚木教授の家まで送って行った。

「それじゃ、また明日。起きて、準備したら直ぐ向かうよ」

「はい、待ってます」

「じゃ、また」

「はい、また」

 エフィと別れ帰路につくと、空には星が登っていた。その光景を見たとき胸がざわついた。

 なんだろうか、この感覚は・・・

 その感覚の招待を探りながら、しばらく歩いていると後ろの方で、道端に転がった枝を踏むような音がした。

「ん?」

 振り向くと、誰もいない。

「猫か何かだろう。田舎だし、案外たぬきとかだったりして」

 俺は気にせず、その感覚の名前を探った。その晩、心は軽いのに妙な胸騒ぎがして眠れなかった。



 翌日の事。少年が帚木邸を訪ねた。何度か成り行きでここに連れてきてはいたが中には入れたことはないためか住所は知っている様だった。

「あの、お兄さんは・・・?」

「千鶴さんはここでは暮らしていません」

「そっか、てっきりここに住んでいるのかなって思ってた」

「あの人はここでお手伝いをしているだけです」

「そうなんだなんの?」

「研究です」

「なんの?」

「それは・・・」

 エフィの背後から声がした。

「AIの研究だよって言ってもわからないか」

「あっ、―――さん


 俺は少しだけ寝坊したが、いつものように帚木邸を訪れた。しかし、玄関には少年とその母親がいるようだった。

「俺はお邪魔ですかね?」

「あ、千鶴さん」

「おにいさんだ!」

「あ、あなたが、私たちあなたに俺を言いに来たんです」

「へ?」

「息子から聞きました。息子の背中を押してくれたとか。ギスギスしていた私たちの危機を息子が救ってくれました。本当にありがとうございます」

「いえ、自分は何もしてませんよ。しかし、親思いの良い息子さんですね」

二人は見合って、少し微笑んだ。

「そうですね、自慢の息子です」

「あ、そうだこれ皆さんで」

 少し大きな包装紙に包まれた四角い箱を差し出してくる。弱ったな、経験がない。こんなこと初めてだ。

「え?そんな、いいですよ」

「これ僕が選んだんだ!」

「なんでしょうか?これ?」

・・・これは断れる状況じゃないな。

「受け取りましょう。千鶴君」

 帚木さんは君が受け取れと言わんばかりの目が痛い。

少し、頬が熱くなっているのを無視しながら「じゃあ、頂きます」と受け取る。

「それじゃあ長いもなんですから、私たちはこれで」

「は、はいお気をつけて」

「じゃーねー」

「はいまた今度ね」

「さて、中に入ろうか」

 リビングでエフィが期待の眼差しで見つめる中包装を開ける。中身は有名高級お菓子会社の詰め合わせだった。

「凄いな、これいくらしたんだ・・・」

「ネットで調べると・・・」

「エフィ、そういったものは調べちゃいけない。千鶴君、私は書斎にいる。帰るときや、何かあったら来なさい」

「教授もおひとついかがですか?」

「私はいい、甘いものは苦手でね」

「そうですか」

 帚木教授が去った後、エフィが紅茶を淹れてくれてしばらくティータイムになった。雑談が続く中、エフィはとあることを口に出した。

「私、最近夢を見るんです」

「AIでも夢を見るんだな」

「そうみたいです」

「どんな夢なんだ?」

「それが・・・」

 エフィは少し言い難そうだ。間がもたず、紅茶を啜って質問してみる。

「それは帚木教授には?」

「言ってないです」

「なんで?」

「その、言い難くて」

エフィは迷いを断ち切るように若干おどおどしながら続けた。

「その夢に出てきたんです。それで、私の事をエフィとは違う名で読んでいるんです。―――――」

 呼ばれた名前を言う前にビービーと警報音がする。小さいけれど音声も聞こえる。そのやかましい音は別室、おそらく寝室の方で、次第に焦げた臭いが充満していく。知っている。これは――――――

「火事だ!エフィ!消防に連絡をして!」

「はい!千鶴さんは!?」

「俺は、近所の人に知らせて退避させる!」

「わかりました」

 口をテーブルにあった布巾で塞ぎながら帚木邸を飛び出ようとして立ち止まる。

「嘘だろ?」

 既に火は玄関の外を征く手を阻むように激しく揺れている。これでは、まるで―――

「クソッ!他は!!」

 どこか出られる場所はないかと、窓がある部屋をまんべんなく見てあたるが、どこも既に外に火が見える。

「完全に放火じゃないか!!」

 リビングに戻ると、声がした。

「千鶴さん!千鶴さん!」

「エフィ!」

 書斎は二階だ。階段を駆け上がるにも、煙が立ち込めている。これでは、こちらが危ない。いや、そもそも囲まれている時点でリビング時間次第だろう。幸いなのは、リビングは比較的中央だということ。消防待ちか・・・でも、二階のエフィはどうだろうか?火や煙が下から立ち込めたり、下手したら倒壊してしまう。

「大丈夫か!」

「千鶴さん!それが!」

 階段から降りてくるエフィの体が少し汚れている。これは、上も危ない。

「教授は!」

「それが、持病で現在呼吸困難です」

 よりによって持病は肺関係だった。後で聞いた話だが、肺がんで既に何割か切除していたらしい。

「・・・」

「どうすれば・・・」

 エフィは人でないから何とかなる。でも、俺と教授はそうじゃない。なんとか、なんとかしないと。周りは既に火で囲まれている。

「エフィ、消火器は?」

「キッチンにあります、でも異常なほど火の 勢いが強いです。これでは使ったところで意味はないでしょう」

「なら、教授をここまで――――」

 階段の方向を向くと、パチっと音がしていることに気づく。これではもう時間がない。消防なんて悠長なこと言ってられない、どうする。どうすればいい!!

 悩む俺にエフィは口を開いた。

「まず、千鶴さんを外に出します。そのあと、 上に行っておと・・・教授を救います」

「でも!!それじゃ」

「外に近く、いま私の目の前にいるのは千鶴さんです」

「・・・わかった」

 エフィは俺の体をお姫様抱っこのように持ち上げ、窓ガラスに勢いよく後ろ向きで突っ込む。破片が飛び散り、火がエフィの服を焦がす。

「っ」

「と、大丈夫ですか?」

「ああ、エフィ早く教授を!」

「はい!」

 返事をした直後に二階の窓まで一気に跳んだ。俺はそれを眺めることしかできなかった。

「君!大丈夫か!」

「はい、大丈夫です。でもまだ中に人が、それにエフィも」

「さっきの子だな、なんなんだ、一瞬で君を救い出し、一瞬で戻っていくなんて・・・」

「なんでしょうね」

 後ろにいたらしい消防士に声をかけられた。詳細を聞くとどうも、放水しようにも近くに川も消防栓もなく準備に手間取り、ポンプ車も遅れているようだ。そのうえ、火があまりに強くて強引に突入できなかったようだ。

「その、エフィって子以外にもいると言ったが・・・」

「ええ、年配の男性です。持病有りです」

「そのことをあっちの青い服の人にも説明してもらえるかい?」

「はい」

 俺は教授の事、エフィの事を伝えているときに疑問が浮かんだ。

「遅い・・・何かあったのかもしれない」

帚木邸に向かってできる限り大きな声で呼ぶ。

「エフィ!!!大丈夫か?!」

「・・・」

 返事はない。何があった?・・・何か不具合でも起きたのかもしれない。もしかしたらオーバーヒートで動けないのかもしれない。

俺は、再度帚木邸に入ろうとして消防隊員に止められた。結局敷地内に入れたのは消化と取り調べを終えてからだった。



「おいおい、暗すぎる。不憫すぎるぞ。まさか、教授は・・・」

 二人とも酒が空になっているのにもかかわらず、グラスを握りしめている。そう思う俺も、拳に力を込めずにはいられなかった。

「ああ、焼死体で発見されたよ」

「何だよそれ!エフィはエフィちゃんはどうなったんだ!」

 いつも以上に突っかかる刈間。勢いで俺の胸倉を掴み、裕磨に止められる。

「それが・・・おそらく、これは俺の推測だが、教授と最後を迎えることを選んだと思う」

「なんで!どうしてだよ、これからエフィちゃんが完成して大団円じゃないのかよ、裕磨もそう思っただろ」

「ああ、でも、世間に汎用AIとエフィという名が広まっていないのを考えると、そう考えるのが無難だろう」

「確かにな」

 刈間は落ち着いたのか、座り直す。気持ちは凄くありがたい、刈間は情に弱い。だからこそ、こういった話で全力になれる。これが良いところでもある。もちろん今のように悪く出ることもあるけれど。

「そんなことがあったなんてな、俺らが学校で工業系の事学んだり、テストを嫌がったりしているうちにお前は苦しんでいたんだな」

「だから、俺は成長出来た面もあるよ」

「千鶴、一ついいか?」

「何だ?」

「帚木教授は何も資料を残さなかったのか?」

「何も残らなかった。全部焼失したみたいだ」

 事件の後、俺だって気になっていろいろ調べた。大学に行って資料がないか探してもらったり、放火の犯人とかもできる限り調べた。 資料の方はほとんど残っていない様だった。

「犯人は?」

 刈間に続いて裕磨も質問してくる。

「犯人は?」

「ニュースとかでも取り上げられていたけど、 犯人は捕まっていて研究室の学生みたいだよ」

「なんでだ?別に帚木教授は悪い人柄じゃないよな、話聞いててもそう思うし」

 裕磨は勘づいたようで、もしかしてという顔をしている。

「研究室に顔を出さずに知らない高校生と仲良くしている帚木教授と、その高校生が気に入らなかったんだと。さっき話した、事件前に感じた視線はおそらく犯人だと思う」

「だとしても放火なんて不確実なものより、一人ずつやった方がいいんじゃないか?なんでわざわざ放火なんだ?」

「もしかして、少しでもバレないようにするためで、まとめて処理できるからとかじゃないか?」

「そうかもな、あの時間、少年親子で遠目でも三人いるのが分かったからな」

「・・・」

「・・・」

 間がもたず、焼酎のお代わりを注文する。二人のもついでに。注文を終えると、刈間にはまだ疑問があるみたいで。

「エフィちゃん遺体って言えばいいのかわからないけど、その見つかったのか?」

「ニュースでは非公開だったけど、帚木教授の遺体近くに機械部品が散乱していたらしい」

「そうか、じゃあ確実だな」

「・・・」

「確かにそんなことがあれば、丸くなってしっかり学校に行って大学にも行くよな」

「ああ、情報系の。流石に帚木教授が所属していた大学には入れなかったけどね」

 注文したお代わりがきた。

「これからの千鶴の未来が少しでも良くなるように」

 刈間がグラスを掲げる。ありがたいけど少し、恥ずかしい。

「そうだな、少しでも幸せをつかめますように」

「裕磨まで・・・」

「ほら、主役」

「わかったよ」

 しぶしぶグラスを掲げ、ぶつけてカーンと良い音を奏でる。

「ありがと」

 焼酎に一口つける。その時、頭に一つの予感が生まれた。

「もしかして・・・刈間!裕磨!」

「なんだ?いきなり」

「もう、幸せでも見つけたか?」

「違う、分かったかもしれないんだ帚木博士が作った汎用型AIの作り方が!!」

「マジか?!」

 こうやって、語ることで気づくものがあった。それは、火事だと気づく前エフィが言っていたことに加え、帚木教授のあの言葉・・・。多分そうだ。

エフィは・・・

「二人とも、協力してくれるか?」

「当たり前だ」

「もちろん、やるよ」



「エフィ・・・どうして、ち、千鶴君と出たんじゃないのか・・・」

「教授・・・いえ、お父さん」

「エ、フィ・・・違うなもしかして、あゆか」

「うん、久しぶり、お父さん」

「だめだ、あゆ。ここから離れなさい、お前だけでも・・・」

「いや、せっかくお父さんにまた会えたんだもん。嫌だよ一緒にいる」

「千鶴、君はいいのかい?」

「きっとわかってくれるよ、だってそう信じてるから。大丈夫だよ、お父さん、心配しなくてもあの人は強い人。弱く見えても、きっと何かを成し遂げるそんな人だよ」

「そうか、ゔ、あゆがいうなら、そ、なんだろ、な」

「・・・うん」

「あ、ゆ」

「なに?お父さん」

「ごめん」

「・・・ッ!お父さん、謝らないで!ねぇ!ねぇ!」

「あ、、、ぅ」

「お父さん・・・私も一緒にいくよ。だって 本当ならここに居ちゃいけないから・・・」

 薄れていく意識の中。彼の声が聞こえる。私をあの名前で読んでいる。でも、ごめんね、私。あなたと一緒にいちゃいけ――――――――ナイ



 成人式から数十年の月日が流れた。俺は大学を卒業し、大学院に入って博士号を取得。所属していた大学にツテで助手をやらせてもらって、歳を重ね結婚するころには准教授になっていた。

 そして、AIも完成間近だ。これから、アンドロイド用のパーツを刈間と裕磨に用意してもらおう。

 更には、ついに子供が生まれた。名前は、どんだけ悩んでも前に進めるように「あゆみ」となずけた。

 もちろん、AIにも名前をつけた。そう、名前は―――――――エフィ。

注意(あらすじに書かれたものと同じものです)

この作品は投稿者が学習の一環として執筆したものです。もしどこかでこの作品を見かけても盗作とかではないと思います。中の人が同じだけだと思ってください。もし、この作品を見かけてそのような疑惑ができた方はTwitterのDMにて受け付けております。

単に、せっかく長々と書いたのでもったいないと思い投稿したものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ