第14話『地獄の使者②』
律とポム吉は通路の右角を曲がった。
曲がった先の通路には、左側に窓がいくつかあり、右側は部屋がいくつかある。
奥に逃げることも出来るが、律とポム吉は部屋に逃げ込むことにした。
「来いポム吉」
「おう!」
律とポム吉は手前から二番目の部屋に逃げ込んだ。
「ふぅぅ、早く隠れなくては」
「誰?」
しかし、入った部屋の中には一人の少女が居た。
広々とした部屋で、多くの玩具を広げて遊んでいる。
その少女は7歳くらいの年頃で、金髪で可愛らしい少女だ。
しかし、背中には左右非対称の黒い羽根が生えている。
「え?」
「地獄からの死者!ポム吉!」
「凄い、ぬいぐるみが喋ってる」
少女は喋ってるポム吉を見て、嬉しそうに笑った。
律は羽根の生えた少女に動揺しながらも、通路から聞こえる鎖の音を聞いて慌てた。
「やばい!来る!」
「そんな!?」
律とポム吉はあわあわと慌てる。
しかし、部屋の扉はゆっくりと開かれた。
扉からはラルスが姿を見せる。
「ど、う、し、た、の?」
少女はラルスの方を見て、口をゆっくり大きく動かして話した。
部屋には律の姿もポム吉の姿もなくなっている。
「誰か、来なかった?妙な、こととか、ない?」
ラルスは透き通った優しい声でそう言った。
少女はラルスの方を見たまま、大きく首を横に振る。
「そう。ならいいんだ」
ラルスはゆっくりと扉を閉めようとする。
しかし、何か思い出したかのように再び扉を開けた。
「今日は、莉愛の好きなハンバーグだよ」
「やったぁ!」
少女――莉愛は露骨に喜んだ。
声は小さめだが、体と表情で喜びを表現している。
「7時には来るんだよ」
「はーい!」
ラルスの表情は嬉しそうだった。
目が見えず、口しか見えない表情でも、声と口元だけで分かるくらい嬉しそうだ。
「大丈夫だよ」
ラルスが部屋から出て数秒後、莉愛がそう言った。
すると、玩具の山に隠れていた律とポム吉がひょこっと顔を出した。
「かっ、庇っくれてありがとう」
「ありがとう!」
律とポム吉はそう言って扉から出て行こうとする。
しかし、そんな二人に莉愛が玩具の弓で矢を放った。
ポム吉は矢を受け、その場に転ける。
「ほわあっ!?」
「待って、お父さんに告げ口されたくなかったら、私の元に来て」
「お父さんって?ラルスのことか?」
「ラルス?」
「さっきの、手錠の付いた男」
「そう、私のお父さん。知らないことを教えてあげる。だから私の知らないことも教えて」
律は困った表情を浮かべながらも、ポム吉の頭を掴み、莉愛に近寄る。
そして、ソワソワしながら、ポム吉と共に莉愛の目の前に座った。
「質問するのは私から。貴方達は誰?」
「ふっ、イケメンで正義の味方、西園寺 律」
「地獄からの死者!ポム吉!」
律とポム吉は堂々とドヤ顔で名乗って見せた。
莉愛はそんな二人に小さな拍手を送る。
「私もそう言うの欲しい。かっこいい」
「そう言うの?かっこいい名乗り方?」
「それ」
「えっと、名前は?」
「夢野 莉愛、7歳、好きな食べ物はハンバーグ。好きな本は幸福な王子。自己犠牲?とても美しくて悲しい所が好きなの」
「なるほど。ならば……博愛の王子!夢野 莉愛!ってのは?博愛ってのは、確か多くの人々を愛する?あれ?等しく愛するだっけ?まぁ、そんな感じの意味」
「かっ、かっこいい……博愛の王子」
莉愛は静かに頬を赤らめ、影響されてはいけない二人に影響されていく。
「やってみな」
「はっ、博愛の王子!夢野 莉愛……」
莉愛は少し恥ずかしそうに決めポーズを取る。
律とポム吉は優しく微笑む。
「良いね」
「かっこいい!」
「えへへっ」
莉愛は嬉しそうにし、すぐに思い出したかのような表情をする。
「律は人間?」
「えっ?人間だよ。隣のこいつはぬいぐるみだけど」
「やっぱ、人間って羽根がないんだね。本とかに出てくる人間は羽根がないから、薄々気付いていた」
「こっちこそ聞きたい。莉愛は人間?」
「多分人間。けど、生まれつきお父さんと似たような羽根がある。片方小さいけど」
「もしかして……君は神域の中で生まれたのか?外の世界を知らないのか?」
「神域?外の世界は知らないわ」
律は莉愛と言う存在におったまげた。
ラルス同様羽根が生えており、ラルスの娘だと言っている。
神域の中で生まれ育った少女に、どう接していいか分からなくなった。
「外の世界は人々が何万何億人も居るんだ。ここにはないような物が沢山ある。美味しい食べ物、面白い本、心躍るような物が沢山あるんだ。俺はその世界から来た。そしてその世界に戻るつもりだ」
「私も行きたい。外の世界を見てみたい。ずっと思っていたの……扉の外には何が待っているんだろって」
「扉?」
「お父さんが外の世界に行く時、必ず通る三階の扉。けど、三階は行くなって言われてるし、扉には鍵が掛かっている」
「それ!それを教えて欲しい!鍵の場所とか分からないか?」
律が莉愛の話に食い付いた。
扉、三階、鍵、脱出へのキーワードが沢山出て来る。
「分からない。けど、立ち入り禁止の地下室が怪しい」
「それだ。地下室だ。なぁ莉愛、本当に外の世界に出たいか?」
「出たい。一度で良いから見てみたい」
「ならば反抗期という名の宣戦布告をしよう。俺が莉愛を外の世界に連れ出してやる」
「ありがとう律」
「よろしく莉愛」
律と莉愛はポム吉の頭の上で握手をし、意気投合する。