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009 プリンス

よろしくお願いいたします。

「大変申し訳ございませんでした」


 安田家の玄関で、深々と頭を下げるスーツ姿の壮年の男性。枇杷島くんのお父さんだ。俺の親父や和歌菜パパよりも3〜5歳ほど若そうで、アラフォーといった感じ。彼の斜め後ろには枇杷島くんもいて、つられて頭を下げている。


 時間は夜6時を少し回ったばかり。外はとっくに暗くなっている。玄関には枇杷島くんと枇杷島くんパパ、出迎えているのは和歌菜と和歌菜パパと和歌菜ママ、そして俺。

 え?なんで俺が和歌菜ん家で、枇杷島くんのお父さんの謝罪を眺めてるのかって?俺が枇杷島くんとL◯NEでやりとりして今に至ってる経緯なんでご理解を。



 あの後フクとアクアは、俺たち三人に行為を見られながら、体位を変えつつ15分ほどしてようやく分離した。フク、小型犬の癖に俺のよりデカくね?と思ったのは秘密だ。何がって?ナニだよ!!?


 枇杷島くんは蒼白になってひたすら和歌菜に謝り、和歌菜はまるで自身のことのように羞恥心を滲ませ顔を赤らめながらアクアの首に抱きついて頭を摩っている。その場にいたけど当事者でない俺は、幾分早く我に返り二人に言い放った。

「和歌菜、犬も若しかしたら人みたいにアフターなアレがいけるかもしれないから、すぐに家に戻るぞ。枇杷島くんもお家の人に今回のこと伝えといて。急ぐぞ!」

 俺たちと枇杷島くんは、ほどなく散開した。

 帰路でも、アクアはまるで他人事のように途中の草むらで匂いを嗅いだりしている。さっきの情事がウソのよう。


 それから家に到着するまでは10分にも満たなかったけど、和歌菜はほとんど口を開かなかった。若菜にとって妹分のような存在であったアクアに、自分の目の前で大人になる様子を見せられたのだから、彼女の心情は計り知れない。


 和歌菜家に到着すると、俺は和歌菜を先に行かせ、とりあえずアクアをアンカーに繋いでドッグハーネスを外し終えてから家に上がらせてもらう。在宅の和歌菜ママにひとまず今回のことを報告するためだ。

 手を洗い終え、勝手知ったるリビングに腰を下ろすと、和歌菜ママがココアを出してくれた。和歌菜はすでに口にしている。あったかい物を飲んで少しは落ち着いたかな?

 俺は和歌菜ママに事の次第を報告し、あと2時間もすると会社から帰ってくる和歌菜パパに伝えてもらうことと、アクアは避妊手術をしていないとのことなので、動物病院に電話してアドバイスを受けることを勧めた。


 ジョギングで少し汗をかいたことと、アクアがジャージに体やら鼻先やらを擦り付けたこともあり、俺も一旦家に帰らせてもらった。自宅でシャワーを浴び終えると枇杷島くんからL◯NEが来ていて、内容は、親と一緒に安田邸に謝罪に行きたいとのことで和歌菜パパが在宅の時間を教えて欲しい、というものだった。

 婆ちゃんと母ちゃんに今回のことを説明したあと、もう一度和歌菜家に伺い枇杷島くんのお父さんが今回の件で謝罪に伺いたい旨を和歌菜ママに伝え、枇杷島くんとL◯NEをやりとりし、冒頭の謝罪に繋がる。



「頭を上げてください。こちらも発情期(ヒート)対策を怠っていて起きた事故ですから」

 和歌菜パパが対応している。なるほど、散歩の時に気付いたアクアの匂いは発情中のサインだったようだ。だから和歌菜もあの時[時期的なもの]と言っていたんだな。


 頭をゆっくりと上げる枇杷島くんパパ。頭からつま先まで隙がない。短く整えられた髪、夜にもかかわらずハリのあるワイシャツ、体にフィットしたスリムなスーツ。艶のあるつま先のトンがった革靴。ガキの俺でも、彼が只者ではないことがわかる。それでいて顎髭なども生やしておらず、清潔感があり誠実そうな人柄が伺える。


 そしてもう一つ、俺が気になっていること。それは枇杷島くんが手から下げている紙袋。あれ一松庵のヤツだ。一松庵ってのは、市外人にも知られた地元でも老舗の菓子店なんだ。伝統の和菓子から洋菓子、生菓子や焼き菓子、和洋折衷のものまで幾つもの代表的な菓子を創作している。贈答用として人気は高いが、値段もお高い。地元民の俺も、年に数回家への頂き物を口にするくらいだ。


「ご主人さまは事故とおっしゃってくださいましたが、アクアさんにうちのフクがしてしまったことはお詫びの言葉もございません。もしアクアさんの繁殖を予定されていたのならば、本当に取り返しもつかないことです」

 またしてもお詫びをする枇杷島くんパパ。

「いやいや、この子を繁殖用にしようと考えていた訳ではありませんので。まぁ、いつかはお母さんになってもらいたいとは思ってましたが。これほどまで気を使っていただけるとは、むしろこちらが恐縮してしまいます」

 穏便に収めようとする和歌菜パパ。


 その後、枇杷島くんパパは「こころばかりではございますが」と、枇杷島くんから受け取った一松庵の菓子折り(おわびのこころざし)を和歌菜パパに渡し、アクアの診察や緊急避妊をする場合には費用をすべて負担させて欲しいと願い出て、連絡先の名刺を添えていた。


 ひとまずの終息を迎えたが、枇杷島親子を見送って戻ってきた若菜パパが、先ほど受け取った名刺に目を落とし一言。


「・・・あの方、枇杷島建設の専務さん(おえらいさん)だ」


 ふぁっ!?その会社、ガキの俺でも知ってる地元の有名企業やん。数キロ先に本社があって、幾度もその前を通ったことがある。マジで?

 あらゆる意味で濃密な土曜日だったけど、これが今日一番の驚愕。



 枇杷島くんが御曹司(プリンス)だった件!

お読みくださいましてありがとうございます。

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