008 マウンティング
よろしくお願いします。
※性的な描写があります。ご注意ください。
昼飯を食べた俺と和歌菜は店を後にした。
ファミレスは俺たちの家と中学校の中間にあるので、あと12,3分も歩けば家に着くはずだ。時間は昼の2時を過ぎたところ。と言っても4月の初めなので、5時前には空が薄暗くなってしまう。
今日は家に着いたら運動着に着替えて、和歌菜ん家のお犬様であるハスキーのアクアを一緒に散歩することになった。
アクアは中型犬だけど、元が使役犬ということで運動量が半端ない。最低でも朝晩1時間づつは散歩が必要だ。俺もよくアクアの散歩に付き合うのだが、あれは散歩というよりジョギングに近い。安田家にもらわれてそろそろ2年になるが、アクアのおかげで俺も持久力がついた。
ちなみに、ウチにもトイプードルのショコたん(本名ショコラ)がいるけど、室内犬のため夕方に15分ほど近所を回るにとどめている。あと、大きなアクアにビビって近寄ってこないため、一緒の散歩はできない。
今日はどのルートを通ろうか、なんて話しながら家に到着し、和歌菜とのしばしの別れ。俺はロンTとネックウォーマーの上にフード付きのジップアップ・ジャージを纏いランニングシューズを履いて隣に向かう。少し薄着かもしれないけど、走っているうちに体が温まるはずだ。
隣、といっても田舎の一軒家同士。それぞれ広い敷地のなかに屋敷や駐車場、庭にはガーデニングや垣根や生垣がある。家の裏手の垣根の隙間をショートカットして和歌菜ん家の敷地内にお邪魔する。和歌菜ママの手入れが行き届いた家庭菜園を通り抜けると、ハッハッハッと息を切らせながらアクアが近寄ってくる。ドッグアンカーから伸びている長めのロープリードに繋がれているため、比較的自由に安田家の庭を動き回っている。
アクアは、いつもに増して俺の匂いを嗅ぎ、体を俺の足に擦り付けてくる。
(ん?痒いのか?若干匂うなコイツ)
犬臭さとは違う感じだ。俺はしゃがんでアクアの体をわしゃわしゃしてあげると、気持ちよさそうに目を細めながら鼻を俺の胸元にスリスリ。おふっ、湿った鼻でジャージがちょっと濡れちった。
こいつが仔犬のころからの付き合いだから慣れてるけど、水色に近い青目だから四白眼みたいでまるで殺し屋のようだ。犬は人間と違って白目が隠れているから、水色の角膜の真ん中にある瞳孔が黒目に見えてしまい、人相ならぬ犬相が悪い。アクア、メスなのに。
アクアと戯れていると、見慣れたアクア散歩用ウェアを着た和歌菜が玄関から出てきた。
「ごめん、おまたせー」
和歌菜の腰には大きめのウエストポーチが装着されている。若菜がミニバドで散歩に連れていけなかった時に俺がアクアを散歩することもあるから知っているが、あのポーチの中には大型犬用のディッキーバッグ、所謂うんちバッグが入っている。見かけ通り、アクアのヤツでっかいブツを排出するから、バッグのサイズも大きいんだ。ショルダータイプや手提げタイプでないのはジョギングを兼ねているからで、ウエストポーチに500mlのペットボトルを入れて走っている程度なので邪魔にはならない。
和歌菜がハーネスを胴にくぐらせ着用し終えた。
「それじゃ、今日は国道を横切って農道を通って戻ってくるルートでいいかな?」
「ああ、農道って言っても舗装されてるし、代かきにはまだ早いからトラクターはいないだろう」
だから田んぼの泥を踏んでスニーカーが汚れることもない。
「うん、今日もよろしくね。アクア、ゴー!」
和歌菜の掛け声とともにアクアが走り出した。初めこそ勢いに任せたダッシュだったが、すぐにアクアは並足になり、時折地面の匂いを嗅いで用を足しながら進んでいく。
途中、現在同居している婆ちゃんが、1年半前に亡くなった爺ちゃんと住んでいた空き家を通り過ぎる。爺ちゃんが入院したのを機に婆ちゃんが親父の家に同居を始めたのが2年前だから、人が住まなくなってから久しい。家の裏は山とまでは言わないが林が覆い、家の表側は短めの雑草が生えているが春先のため生い茂ってまではいない。一ヶ月に1,2回、母ちゃんが家の空気の入れ替えを行なっている。
そんな婆ちゃんの元家を横目にしながら、和歌菜の家で感じたアクアの気になった点を尋ねてみた。
「今日、アクアなんか匂わね?」
「うん。えっとね、時期的なものだと思うんだ。三日前にシャンプーしてるんだけどね」
ふーん、そうなんだー。くらいでアクアの匂いに関して関心がなくなった俺。黙々とジョギングを続ける。
30分くらい、走ったりたまにアクアの都合で止まったりを繰り返しながら折り返し地点を過ぎ、農道の半ばまできた時、見覚えのある人物と偶然出会した。
「ふじやーん。あ、初めまして。僕、ふじやんのクラスメートの枇杷島総司っていいます」
枇杷島くんの登場だ。若菜に気付いて自己紹介を始めた。和歌菜のことは見かけたことはあっても、話すのは今日が初対面のようだ。
「こちらこそ初めまして。安田和歌菜です。それで枇杷島くんもお散歩ですか?」
和歌菜と俺の目線は、枇杷島くんの足元に向けられている。彼も犬を連れていた。ブラタンの芝犬で間違いないだろう。
ウチのショコたんとちがって物怖じしない正確なのか、自分より10cmほど体高が大きなアクアに鼻を寄せてクンクンと嗅いでいる。
「この子、なんて名前ですか?ウチのはアクアっていうんです」
「フクです。福は内のフクです。」
「男の子なんですねー。何歳なんですか?」
一瞬和歌菜の視線がお尻を向けているフクに向いた。芝犬って垂れ尾ハスキーと違って巻尾で肛門とか丸見えだから分かっちゃったのかなー。
「そろそろ3歳です」
「そうなんですかー、ウチのは2歳だからフクくんがお兄さんですねー」
なんてほのぼのした会話を交わしている。
「枇杷島くん、家こっちの方だったんだね。それほどウチの学区と離れてないんだなぁ」
「うん、あと数百メートル学区の境界線がズレていたら、僕も北小じゃなくって東小だったかも」
「そっか、それほど離れていないんだったら、今度学校が終わったら一緒に・・「ゆ、ゆーじん、大変!」・・えっ?」
「あっ、フクなにやってんだ。離れて!」
突然和歌菜と枇杷島くんが焦り出した。俺も気になって視線を向けてみると、フクがアクアに乗っかっていた。
「こら。フク、離れろ」
迫力身に欠ける枇杷島くんの言葉に全く動じず、前足をしっかりとアクアの腰にホールドし片方の後ろ足が空を掻きながらも、もう片方の後ろ足を支えに懸命に腰をふるフク。あげく、引き離そうとフクの胴に手を近づけようとした枇杷島くんに対して、振り向きざまに犬歯を剥き出しにして威嚇してきた。どっからどう見てもKE・DA・MO・NOです。
「どうしようゆーじん、アクアが。アクアが・・・」
アクアのリードを持ちながら、和歌菜が俺のジャージの袖を引っ張っている。うん。アクア、後ろからフクくんのを受け入れちゃってるね。フクくんの鬼畜具合と相対して、アクアは何もないかのように四肢でその場に立っている。
枇杷島くんと和歌菜は、当事者の飼い主ということもあって慌てふためいている。
なんというカオス!お散歩デートがどうしてこうなった?
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