023 Imagine there's no wc 異世界トイレ考察⑤
「で、ヨーロッパだと、2階や3階の窓からう〇こが捨てられてたって。二人も、耳にしたことがないか?ひでぇ話だよな」
窓から捨てるって意味わからん。なんでだよ?可笑しいだろそれ。便所で用を足せよ。思わず俺はたけちゃんに突っ込んだ。
「なんでって、多くの家や店・職場・学校なんかにトイレがなかったからなんだってよ。ヴェルサイユ宮殿にだってトイレがなかったんだぜ(※1)? 古代は上下水道が発展して公衆トイレもあったってのに、驚きだよな。まぁそれにも理由がいくつかあって、4世紀後半にローマ帝国が分断したんだけど、その過程で水道が真っ先に破壊されたんだとよ。で、流せるモノも流せない。仕方がないから汚物は建物の外、すなわち道に捨てられたんだ」
「!!? いやいや、破壊されたら直せよ。あと、汲み取り式のトイレはなかったんかい!」
「農村部には、汲み取り式はあったらしいぜ?日本と同じように肥料としてのし尿の汲み取りを生業とする人もいたっていうし。もう一つの疑問のほうだけど、古代ローマ帝国の影響力や文明が偉大過ぎたんだわ。ローマがぽしゃると西や東に分かれたり、一部がフランク王国になってこれも分裂したり、ペルシアやその後のオスマンに攻められたり、大国・小国が勃興して、その都度ローマ時代のインフラが破壊され、直しても破壊され・・・。かつてあった水洗トイレも機能しないし、そうなるとトイレなんていらんわな。都市部は農村部と違ってし尿の需要もなかったから、陶器製のおまるが所謂ポータブルトイレで、用を足したら家の外に捨てるって寸法よ。あと野〇ソがデフォで、学校や職場にはさすがにおまるは持ち歩けないから、建物の陰とか茂みで済ましてたんだってさ。二人とも想像してみろよ。トイレという概念が存在しない便臭な世界を」
「え?話には聞いていたけどひど過ぎるね。そんなこと許されていたの?」
おーじが質問した。俺も同感。窓から汚物を捨てるなんて本来許されないでしょ!?
「あー、一応ルールはあったみたいな。排泄物は決められたところに捨てましょうって。でもまぁ、大半の住民が守ってなかったってさ。当時の西洋人には、それが耐え難いものって感覚がなかったんだろ?風呂も入らず、体も一カ月に数回拭くだけ。臭いは香水でごまかして。で挙句の果てにノミ、ダニ、ネズミが徘徊してペストやコレラが蔓延って何連コンボよ?」
なるほど、現代の日本人みたいに、常に自分や他人の臭いを気にして、過度なキレイ好きなのも生きずらいけど、過度な不衛生状態は文字通り、死が隣り合わせで生きずらいわな。
「んで、中世(※2)後期から産業革命後の近世になると、フランスのパリやイタリア大都市部なんか特にひどかったんだとよ。原因は18世紀以降の人口流入が、一つの原因なんだって。中世以前も窓ポイはあったんだけど、産業革命を経て都市部の人口が激増して衛生環境がどん底になったんね。そこで、やっと為政者も重い腰上げたのよ。糞便を集めるルールの徹底や、川に流さない法案。公衆トイレ的な建物の設置とかな。19世紀になると徐々に公衆トイレも広まっていったんだけど、すげー汚かったんだってさ。キレイな公衆トイレは有料で、女性が利用できるようなところは数少なかったらしいぜ。
ちょっと話が横道にそれるけど、中世から近代にかけては、日本だけじゃなくって世界的に女性の地位は低くてさ、現代でこそ男女平等や人権においては日本以上のフランスでは、19世紀初めまで女性がズボンを穿くことが禁止されてたんだってよ?雨が降ると、道が糞尿交じりの水たまりと化す屋外に、踝が隠れるくらい長いスカートでなんて歩けるワケねーよな?女性が外出することすら大変だったのは想像に難くないわ」
「そうだったんだね。ヨーロッパって、もっと昔から男女平等を謳ってたと思ってたんだけど、女性が生きづらい時代が長かったんだね」
おーじが相づちをうつ。俺は頭を傾げる。何時んなったら異世界考察に移んねん。
「ああ、ついでに調べたんだけどサ。女性の社会参画(※3)は、ヨーロッパだと20世紀前半以降、日本だと終戦以降だから、それまでは制度だけじゃなくって、環境的にも女性には生きずらい世の中だったってことだな。で、なんの話だっけ?そうそう、西洋のトイレ事情な。20世紀以降急速に水洗化が進んだんだけど、日本と圧倒的に違うことは、誤解を恐れずに言うと今現在でもヨーロッパの街並みは便所臭いってことなんだってよ。ふじやん、なんでか解るか?」
おうっ、急に振られてしまった。なんで臭いか?
「下水管の劣化とか?20世紀初頭の下水道が今でも使われているとかじゃね?」
苦し紛れに答えてみた。
「なるほどな。もしかしたらそんな地域もあるかもしれんけど、答えは違うんだ。ヒントを出すけど、日本のトイレ事情のときに辻便所の話しただろ?日本だと辻便所が時代を経て別の形で全国各地に存在しているんだけど、おーじ解る?」
「あ、コンビニ!」
「そう、正解!日本だと、コンビニってもはや社会のインフラになってるよな。24時間営業していて、だいたい必要なもんが手に入って、金も下せて、トイレも借りられる。日本は駅や公園のトイレ以外にも公衆便所的役割を担うコンビニがが多いから、街を歩いていても心配はないけど、ヨーロッパに限らず海外だと、現在でも公衆便所の数は、観光地を除いて多くないんだってよ。コンビニも日本みたいに密集していないし、夜中になる前にクローズするらしいぜ?そしてトイレを借りられないコンビニのほうが圧倒的に多いんだわ」
あー、ようやく俺も理解できた。
「なるほどな。ヨーロッパだと容易に便所を借りられないから、立ちションがデフォってことな。で、街が便所臭いって」
「そうゆうこと。まぁ、さっきも前置きとして『誤解を恐れずに』って言ったけど、あくまでも日本のトイレ環境や下水道環境と比べてってことな。結果的に日本上げ、西洋下げな感じになっちまったけど、日本のトイレ環境が他の国に比べてかなり恵まれてるってコトよ」
はー、こんな話を聞いちゃうと、海外旅行すら二の足踏んじまうわ。行こうとも思ったことないけど。移住なんで持っての他だな。あれ?日本のような快適環境がない異世界って、ヤバくね?
(※1)18世紀前半に、ヴェルサイユ宮殿に水洗トイレが設置されました。それまでは、おまるに用を足して決められた場所に廃棄していましたが、市井と同じように建物や庭木の陰で済ませたり、投棄する例が多かったそうです。
(※2)ヨーロッパにおける中世は 前期が5世紀~10世紀 盛期が11世紀~13世紀 後期が14世紀・15世紀です。ちなみに日本における中世は、11世紀後半から16世紀後半までです。
(※3)1893年 ニュージーランドで女性の選挙権が認められる
1902年 オーストラリアで女性の選挙権が認められる
1906年 フィンランドで、世界初の女性参政権(被選挙権)が認められる
1911年 アメリカ合衆国ワシントン州で女性の参政権が認められる
1918年 イギリスで戸主又は戸主の妻である30歳以上の女性に限定し選挙権が認められる
1919年 ドイツで女性の参政権が認められる
1920年 アメリカ合衆国憲法において女性の参政権が認められる
1928年 イギリスで選挙権の不平等が改善される
1945年 フランスで女性の参政権が認められる
1946年 日本で女性の参政権が認められる
※主要国を例に挙げました。この期間中に様々な国が、女性の選挙権や被選挙権を認める法改正を行っています。