022 日欧比較トイレ論 異世界トイレ考察④
サブタイほど比較文化論的な内容はありません。
※う〇この話は、まだまだ続きます。
おーじがトイレに行っている間、俺はたけちゃんと話していた。
「で、第何部まであるの?これ」
全然、異世界のことに触れてないし。
「三部までの予定。第二部は現世のインフラで、第三部は第二部までを踏まえた異世界トイレ考察な」
「先はなげーな。しかもテーマがテーマだから、う〇この話しかしてねーんだけど」
「まー、しゃーねーべ。明日はふじやんの番だけどどうよ?」
まぁ、ぼちぼち?なんて会話をしてるとおーじも戻ってきたんで、俺も用を足して、異世界考察が再開された。
「それじゃ始めんよ。異世界考察はもうちょっと待っててな。第二部は古今東西の下水道事情を紐解いてくぜ。まず日本から。江戸時代の主要都市ってすごくてさ、上下水道が整備されてんの。江戸を例にすると、水源がある地域では、石や木で作られた用水路(※1)が張り巡らされていて、地下水井戸でなくって水道水が循環する上水井戸も広く利用されてたんだと。でも江戸の町って埋め立てのところが多くって、水源や地下水の恩恵を受けれないところもあったんだ。で、そういった地域には水売りが桶を背負って、お得意先に売りに行ってたんだと。あ、そうそう。さっきも落語の話したけど、水売りの落語もあるんだってさ(※2)。落語ってもっと敷居が高けー感あったけど、庶民の生活をクローズアップした身近な演目が多くってさ、落語のイメージが変わったわ」
へー、落語ねぇ。俺もちょっと興味湧いてきた。
「上水道に関しては、さっと簡単に話したけどこんな感じ。次は江戸の下水道な。これも家の前とかに樋があって、生活排水や雨水とかが下水路を通って川に流れる仕組みなんだと。ああ、生活排水っていっても、現代みたいにバカみたく水を使わないし、糞尿は田畑の肥やしになるから下水道に流されるなんてことはなかったみたいぜ?長屋の共同厠に溜められたり、交差点ごとに辻便所っていう、今でいう公衆便所的な桶がおかれていた町もあったんだってよ」
ふむふむ。下水道が生活排水のみで比較的汚くないのは好ましいな。
「でも、江戸時代のトイレは、当時世界一とか言われてるけど、少し誤解がるんだとさ。上方(京都や大阪)の大都市では、辻(※3)ごとに辻便所って呼ばれる公衆便所が整備されているところが多くて、町の衛生環境が良かったんだってよ。で、一方江戸では、主要なところだと上方のように辻便所が設けられてたんだけど、一歩外れると辻便所が整備されてないような町内ももちろんあって、そういった地域は、道の隅や物陰に糞尿があふれて、雨になるとひどい有様だった、なんて話もあるんだって。」
へー、当時の日本では、トイレ事情も含めて江戸が一番進んでいると思ってたけど、大阪とか京都のほうが清潔だったんだな。あ、人口密度の関係もあるから、江戸のほうが他の都市よりも人口比でいうと、辻便所の数が足りなかったってことかな?
「まぁどっちにしても、う〇こが空から降ってくるヨーロッパに比べたら、トイレ先進国だったのは間違いはないんだけどな。じゃ、次にヨーロッパの上下水道について進めるぜ。物語にもよるけど、異世界って古代から中世のヨーロッパを背景にしている所謂ナーロッパ世界じゃん?だから日本との比較文化って意味合いでも考察していきたいと思うんだわ」
たけちゃんは続ける。
「ヨーロッパで歴史的な上水道っていったら、古代ローマ帝国のローマ水道なんだけど、石やローマンコンクリートやレンガなんかで作られてて、今でも一部は生活用水用に活用されてるんだわ。有名なところだと、フランス南部の水道橋ボン・デュ・ガールな。西暦一世紀の中ごろに作られてて、水路の高低差を維持しながら遠方に水を送るために橋を架けたんだぜ?2000年ちかくも前なのにスゲー技術だぜ」
ん。ローマンコンクリートという言葉に心躍らされる。内政チート転生者が、よく活用するアイテムだし仕方がないw いつか俺たちででローマンコンクリートを再現してみたいな。
「世界最古の下水道は、メソポタミア文明が栄えた中東イラクのバグダッドで、今から7000年も前の紀元前5000年だったんね。バグダッドは当時、シュメール人が作ったバビロンって都市国家があって、下水道遺構が発掘されてるんだって。で、紀元前2200年ころのアッカド王朝期には、宮殿跡で水洗便所遺構がみつかってるんだってさ」
バビロン。その響きに、厨二病心をくすぐられるのは、きっと俺だけじゃないはず。ホビロンじゃないよ?
「次に、インダス文明が栄えたモヘンジョダロだと、今から4000年も前の紀元前2000年ころに下水道遺構や水洗便所の建造がみられるんだってさ。で、し尿はレンガで作られた下水道を経て川に流してたんだけど、各家庭には下水を一時的に溜める下水溜めがあったり、下水路の途中に簡易的な下水処理施設にあたる沈殿池ってのを作って、河川の自浄力を高めてたんだってよ(※4)」
日本だと、まだ稲作も伝わってない縄文時代だぜ?恐るべし古代文明、ヤック・デカルチャー!
(※1)石樋、木樋もくひと呼ばれていました。
(※2)水屋の富という演目です。
(※3)十字路、交差点のことです。広義では、道端や路傍なども含まれます。
(※4)微生物の働きによって、汚濁物が沈殿池に溜まり上澄みの水が河川に排出されます。