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或る楽園のアイリス  作者: 朝倉 真
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Usual morning


 私はどこまでも役者だった。


 いつ、何処で、何のために生まれたのか定かではない自我を以って人生を送ることに少なからず違和感を覚えてこれまで生きてきた。


 善人のセリフを。


 生者のセリフを。


 満ち足りた幸せ者のセリフを。


 私はまるで自分のことを語ってるかの如く、謳い続けるだろう。


 だからこそ、あの時私が、いまの私自身が彼女を助けたのにはそれなりの理由があったハズだ。それも、運命的な何かが。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 六月六日。火曜日。

 梅雨本番の雨音に私は目を覚まし、洗面所で顔を洗った。ジメジメとした梅雨独特の湿度は部屋の中まで浸透するため、顔を洗っても気持ちまでがサッパリすることは無かった。

 白々しい朝だ。

 昨夜までの快晴を嘲笑うかのように降り出した雨は、朝のうちに止む気配は無さそうだ。

  顔を洗ったその足でキッチンへ向かい、朝食の支度を始める。

 朝食といっても市販のシリアルに市販の牛乳をかけただけの簡単なものだ。栄養バランスなんて知ったことではない。

 大して美味くないシリアルをかき込むと、ふと時計に目をやる。

 六時三十分。

 私の通ってる高校の授業は九時から始まるのでまだ二時間半ほど時間が空いていた。登校する時間を省いたとしても一時間以上はある。普段から時間には余裕を持って行動している私だが、今日に至っては度が過ぎたようだった。


 「・・・・・」


 私はシャワーを浴びることにした。

 こんなに朝早くからコレができるのは一人暮らしの特権であると勝手に思っている。

 寝起きの身体に染みる熱いシャワーにはなんとも言えない気持ちよさがあるのは言うまでもない。

 満足するまでシャワーを浴び、浴室から出てバスタオルで身体の表面の水分を十分に拭き取ったあとに下着を身につけた。

 そしてドライヤーで乾かしたボブカットの髪を櫛で梳いているとリビングから固定電話の呼び出し音が鳴っていることに気づく。

 正直、下着姿のほぼ全裸で電話をするのは気が引けたが、無視した場合の電話相手への申し訳なさを考えると行くしか無かった。私は髪を梳きながらリビングへ向かうと受話器を取る。側から見れば完全に変態の構図である。電話の向こうから聞こえてきたのは良く知った女性の声だった。


 「おはよう椎菜ちゃん。朝早くにごめんね〜。」


 聞くだけで眠くなるような、フワフワした女性の声だった。


 「おはよう。愛菜ねえさん。今日はこんな朝早くにどうしたの?」


 「椎菜ちゃん、今日から新学期だよね?」


 「うん、そうだけど」


 「それでね、新学期祝いに支給品を渡そうと思いまして」


 「はぁ...」


 正直なところ、新学期祝いにしては遅すぎるというとが第一に湧いた感想だったが、文句を垂れる権利は私には無い。

 それはまあ、何か物をくれるってのは一人暮らしの高校生にとっては嬉しい話でもあるからだ。

 


 「えっと、じゃあもうウチの近くに来てるの?」


 「いえいえ、もう椎菜ちゃんの家の冷蔵庫に入れちゃいました。」


 「ええっ」


 いつの間に。私が起きた時刻もそれなりに早かったハズなのに一体どのタイミングで...

 私は無線の受話器を耳に当てたまま──当然のことだが下着姿のまま、冷蔵庫の前に立ち、その中身を確認した。


 「・・・」


 「どう?美味しそうでしょ」


 「愛菜ねえさん、私って今年で何歳でしたっけ」


 「椎菜ちゃん?えーと、二十歳ぐらいだよね?」


 「残念。正解は16歳でした。そして、冷蔵庫の中に入ってるのはどー見ても酒なんですけど」


 冷蔵庫にはビール、チューハイ、ワイン、日本酒、と種類様々な酒達が大量の御摘みと一緒に鎮座していた。


 「わ、私の国では16歳からお酒が飲めるんだよねー...」


 「愛菜ねえさん、日本人ですよね」


 「あー」


 一体なにを考えているのだろうかこの人は。 


 「じゃ、じゃあ支給品は置いといたからね!そ、それじゃ、バイバイ!」


 「あっ!ちょっと!」


 半ば強引に切られてしまった。こういうことは昔から何度かあったのでおそらく天然なのだろう。


 「...ありがとうぐらい、言わせてよ」


 登校の時間は刻々と近づいていた。

 私は大急ぎで制服に着替えると、電気、ガス、コンロに消し忘れが無いことを確認すると足早に部屋を出た。

 これから私、藍住椎菜の退屈な一日が始まる。パッとしなくてどうしようもない一日が。


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