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一回戦終了

 数秒の完全な沈黙。

 誰も口を開かず、言われたことの正当性を必死に脳内で処理している。

 全員が俺の言葉を理解するのに全力を注いでいるという構図は、どこか高ぶるものがあるけれど。今は悠長に彼らの理解を待っていられる時間はない。

 どうせ聞かれるであろうことを、片っ端から告げていく。


「ルール説明であったように、参加者は最初の部屋にいる生者です。俺の理解が正しければ、花瓶に活けられた花だってそれに該当します。そしてこの花が悪魔であるとすれば、先程挙げた条件にも全て該当する。全身に返り血を浴びているし、花ゆえにこの部屋から動けなかったため金髪の男以外を殺すことができなかった。

 どうやって殺したかに関しては、一つだけ持つという特殊能力の力でしょう。花を刃のように鋭くして伸長させる能力とか、花を剃刀のようにして弾丸のように飛ばせる能力とか。いずれにしても、なぜジョンだけが狙われ殺されたのか。それも黒桐さんがいなくなった途端にという二つを考えれば、悪魔がこのⅨ号室におり動くことができなかったと考えるのが最も妥当です。そして人を除く生物でこの部屋にずっといたのは花瓶に活けられた花ぐらい。ついでにこの部屋には他にも花が三本ありますが、血がついているのは金髪の男のすぐ隣にあったこの花だけ。これ以外に納得のいく回答はないと思いますが、どうでしょうか」


 全員をじっくりと見まわし反応を窺う。

 この推理にはかなり自信があるし、まず間違いないと思う。詰めの甘い点としては、『エウレカ』と唱える前にこの花が意思を持って動くかどうか確認しなかったことだ。とはいえさっきの場面、『エウレカ』と唱えるのがあと一秒でも遅かったらポメラニアンは殺されてしまっていた。それに花が動くかどうかの確認はそれだけでもかなりのリスクがある。

 まあこの説明だけでも、十分納得してもらうことは可能なはず。

 だが――


「「「「「「………………」」」」」」


 懸念していた通り、誰一人からも賛同の声は上がらなかった。

 彼らが花が悪魔であるという回答に納得していない、というわけではない。彼らの目にはそれが事実であることを認める意志が窺える。しかし、それ以上に彼らの瞳には、地獄に落とされた悪人であることを認識させる冷徹さが宿っていた。

 この悪魔の遊戯が内包する最大の問題点。それは『エウレカ』と唱え悪魔を特定できたとしても、誰一人として賛同者がでなければ唱えた者は脱落するという点。別に勝利者に制限があるわけではないため、普通なら躊躇わずに賛同してくれそうなところだが、ここにいる者はそんな常識を持つ者ではない。


 地獄に落とされた畜生――いや、悪魔どもである。


 まさに悪魔の遊戯。勝ち上がれるのはより悪に染まった狡猾な者だけ。

 半ば予想していた展開に諦めを覚え、俺はソファに腰かける。記憶を失っていることもあり、もともと蘇りになど興味はなかった。だからここで脱落することに対して惜しいという気持ちはない。強いて思うことは、この悪魔共が一体何を考えて生きていたのか、詳しく聞いてみたかったということぐらい。

 まあそれだって、実際どうでもいい話。あと何分残っているのか分からないが、残り時間は地獄では決して味わえないソファの感触でも楽しんで――


「俺は賛同するぜ」


 俺の隣にダイブしながら裕翔が急に賛同の声を上げた。

 しっかりと俺の目に視線を合わせ、彼はにかりと笑みを浮かべる。


「『花』が悪魔ってのは完全に盲点だったんで、つい反応遅れちまったけどよ。さっきのお前の推理には間違いがないように思えたし、俺は賛同させてもらうぜ。つうかお前らもこいつの推理が正しいのは認めるだろ? ささっと賛同してクリアしちまおうぜ」


 無邪気な裕翔の呼びかけ。

 それに毒気を抜かれたのか、意外にも賛同の声が連なる。


「そうねえ。私も銀髪の坊やの推理には矛盾がないように感じたし、賛同させてもらおうかしら」

「オレモ、ヨクワカラナイガ、オマエハシンジラレルキガスル。ダカラ、サンドウスル」


 戦慄のメアリーと人喰いのデオガート。そういえばこの二人は言うほど悪人ではなかったなと思い出す。

 思いがけず、賛同者が三人も。悪魔と俺を除けば生存者は六人だからこれでゲームクリアか。そう思うも、特に何も起こらない。制限時間いっぱいまでは何も起こらないのか。それとも、


「やっぱりポメラニアンも参加者にカウントされている?」


 とすると過半数の賛同の獲得にはもう一人(一匹)必要ということになる。

 だがカーミラの再来も、ベイビーアブダクションのイーサンも、殺戮ラブドールの黒桐桜子も口を開こうとする気配はない。ポメラニアンに関しては仮に賛同する気があったとしてもどう表明するというのか。そもそもこちらの会話が理解できているかすら怪しい。

 一度希望を抱いてしまったためか、急に焦りの気持ちが生じ出す。そもそも過半数の賛同が得られなかった場合に、賛同してくれた者は一体どうなるのか。もし一緒に脱落となるのでは、流石に申し訳なさすぎる。

 俺はソファから立ち上がると、黒桐に声をかけた。


「黒桐さん。賛同してもらえないかい? この推理は間違いないと思う。賛同してくれれば君に損はさせない。次の遊戯でも」

「おそらく次の遊戯で私とあなたは同じ場所にいないでしょう」


 俺の言葉を遮り、黒桐は優美な笑みを浮かべるながら、髪を撫でつけた。


「前回同じ場所にいた相手であれば、その人が悪魔かどうかすぐに分かってしまいますもの。おそらく次回の遊戯で私とシルバーさんは一緒になりません。となればあなたを助けても私の利益にはなりませんよね」

「だ、だけどそれを言うなら俺を助けても黒桐さんに不利益はないはずだ。勝者数に制限がかけられていない以上、足を引っ張り合う理由なんて」

「それは分からないじゃないですか。勝ち上がった人数が多かった場合、悪魔様の機嫌が変わってしまうかもしれません。それに蘇る悪人の数は一人でも少ない方が、世界の平和のためにもいいと思いませんか?」


 あまりにも純粋な悪意に満ちた笑顔。これと言った理由などなく、ただ周囲の人物が不幸になることに喜びを感じている者の表情。

 こんなものを説得するのは到底無理だと感じ、一縷の希望を込めてカーミラとイーサンに目を向ける。だがこちらも唇に薄い笑みを浮かべ、狼狽する俺を見て楽しんでいた。

 暴力が禁止されたこの空間では、脅すこともできはしない。

 改めて詰みであることをつきつけられ、力なくソファに座り直す。

 ソファに座り込んだ俺と入れ違いに、今度は怒りの表情を浮かべ裕翔が彼らに食って掛かる。だが、もう時間がない。裕翔には申し訳ないが、俺はここでリタイア――


「全く、どいつもこいつも腐りきった鬼畜ばかりじゃな」


 唐突に、これまで一度も聞いたことのないしわがれ声が部屋に響き渡る。

 一体どこから聞こえたのかと部屋を見渡すと、再び同じ声が部屋中に響いた。


「普通に喋れることはできるだけ隠しておきたかったのに、まさかもうばらすことになるとは。しかし儂を救うためにリスクを冒してくれた若者を見捨てるわけにもいかぬからな」


 ふと足元を見ると、体を真っ赤に染めたポメラニアンが。そして、まるで人のように口角を上げて笑いながら、


「儂もこやつの推理に賛同する」


 と喋った。

 驚きから口が半開きに。

 それと同時に脳内で声が聞こえてくる。


『これにて制限時間である十分が経過した。また過半数の賛同も得られたため、ジャッジを行う。

 此度の畜生の推理は、《正解》、である。

 よって生き残った畜生共は全員次のステージへ進んでもらう。それでは、次回の遊戯も楽しみにしている』


 遊戯クリアへの余韻に浸る間もなく、体が光に包まれる。そして――



  *  *  *



「ふむ。これにて全ての遊戯が終了したな。どうだ。お前から見て興味深い畜生はいたか?」


 赤と黒の紋様が生き物のように乱れ動く奇怪な一室。

 椅子に座っている男は、隣に控える幽鬼に声をかけた。

 幽鬼は青白い顔に渋面を浮かばせて答える。


「そうですね。やはり真っ先に全参加者を殺し遊戯をクリアした志垣村のカイドウ。それから自身を悪魔だと答えさせることで、自分以外の全員を脱落せた蒼天の魔女アリア。後は圧倒的な話術で一切の闘争を起こさずに悪魔を特定して見せた、殺舌鬼佐久間九朗。この三名でしょうか」

「ふむ。お前もだいぶ目の付け所がよくなってきたな。確かに奴らは面白い。それに、三人ほど紛れ込ませたネームレスもそれぞれ生き残ったからな。奴らにはサービスとして一戦突破する度に記憶を返してやろうと思っている。きっと次の遊戯ではより面白い展開が見込まれるだろう。そうだ、次の遊戯では奴らをまとめて……」


 男は楽しそうに次の参加者の組み合わせを考え始める。

 幽鬼は傍らでそんな男の姿を眺め、侮蔑した表情を浮かべて小さく溜息を吐いた。


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