悪魔の正体
「お前、もう悪魔がどいつかわかったのか?」
裕翔が目を見開いて尋ねてくる。いや、裕翔だけではない。ポメラニアンを殺す直前にわざわざ『エウレカ』と唱えた俺に対し、この場にいる全員が奇妙な視線を投げかけてきていた。
この空気の中推理を披露しないといけないことにげんなりするが、時間は十分だけとかなり短い。もたついている暇などなく、素早く悪魔が誰かを納得させる必要がある。
俺は軽く息を吸うと、推理を開始した。
「さて、時間はないので手っ取り早く悪魔を指名したいと思います。ですがそのためにもまず、お二人の推理を最初に否定させてもらいます」
戦慄のメアリーとカーミラの再来を交互に見つめる。
メアリーは穏やかさと怜悧さを宿らせて、カーミラは挑戦的な光を宿して、黙って俺を見つめ返す。
いま彼女たちが何を考えているのか知りたいという好奇心を必死に抑え、俺は言葉を紡いだ。
「先にポメラニアンが悪魔でないと考える理由からいきましょう。黒髪の青年――裕翔が先ほど言っていましたが、この遊戯に参加する悪魔からすれば、自分の正体がばれることのない場面で殺害を躊躇う理由なんて一切ないはずです。しかし、もしポメラニアンが悪魔であるとするなら、少なくとも二回はそのチャンスを棒に振っています。一度目は俺と裕翔がⅠ号室でその子を発見した時。無警戒に抱き上げたにもかかわらず、一切攻撃を加えようとはしてきませんでした。そして二度目は黒髪の少女――黒桐さんと廊下ですれ違ったとき。そこの金髪の男――ジョンを無傷で殺す力があるのなら、彼女を殺すことだって容易かったはずです」
「別にそれってそこまで不可思議なことではないんじゃないかしら。一度目は相手が二人だったから。二度目はそこの美少女が油断してなくて、殺せそうになかったから。そして金髪男は犬がまさか悪魔だと思っておらず隙だらけだったから殺した。これで筋は通るでしょう」
カーミラが適切なカウンターを返してくる。彼女に他意はないだろうが、今の俺にとっては反論の一つ一つが死神の鎌に思えてしまう。
あまり焦りすぎないよう心掛けながら、俺は首を振って、「そうでしょうか」と言い返した。
「一度目に動かなかった理由はともかく、二度目に動かなかった理由は無理がありませんか。まだ悪魔による殺害が起きていない、最も警戒が低い段階で一対一で勝てないと考えていたなら、今後殺せる機会なんてないでしょう。それにポメラニアンが金髪の男を殺したのだとして、その後どうして鳴き声を上げて人を呼んだのでしょう? 不意を打つことで屈強な男も殺せるなら、静かに部屋で待ち伏せでもしていた方が、確実に全員を殺せたはずです。それとも、これだけ血を浴びているのに一切疑われることもないと考える程、悪魔は馬鹿なんでしょうか?」
「……もういいわ。さっさと話しを続けて」
こちらの言い分に納得してくれたのか、カーミラは腕を組んで口を閉ざす。
ほっとするのも束の間。残り時間を考え、すぐに気を引き締め次の話に移った。
「続いて、悪魔の能力が『壁をすり抜ける能力』だった場合。やはりこれもおかしいんです。というよりこれに限らず、金髪の男をあっさりと殺せるような能力を持っているとは考えづらい。理由は簡単ですが、もしそんな強力な能力を持っていたなら、一人で部屋にいた皆さんが殺されていないはずないからです」
「あら……言われてみればそれもそうね」
カーミラの時とは違い、メアリーはすんなりとこちらの意見に賛同してくれた。
瞬間移動だろうが壁のすり抜けだろうが、どんな能力を持っているにしろ、狙うのなら一人でいる相手を狙うだろう。相手が何人いようと殺せるというのなら、最初の部屋の時点で皆殺しを行っていたはずだ。
となれば、わざわざ黒桐と二人でいたジョンを敢えて狙って殺す必要はない。真っ先に狙うのはうたた寝をしていたというカーミラや、体格的にはひょろりとしているイーサンとなるだろう。
しかし悪魔はそうはしなかった。いや、悪魔が殺しを躊躇う必要性がない以上、『しなかった』と考えるのはおかしい。『できなかった』と考えるべきだ。
「強力な能力も持たず、されど無傷で、返り血を浴びることもなく彼を殺すことができる。そんなことってあり得るのでしょうか? あり得たとして、あなたが特定した悪魔とは一体どなたなのでしょう?」
続きが気になってしょうがないのか、黒桐が瞳を輝かせながら聞いてくる。そんな表情も一々艶めかしいが、まあそれは置いといて。
小さく咳ばらいを一つすると、俺は悪魔のもとに向かってゆっくり歩きだした。
「この場所には見た所風呂がありません。だから返り血を浴びてしまったのなら、それを洗い流す術はない。血を洗い流すような偏った能力が与えられているとは思いづらいし、特殊能力が血を拭い去るものだとすれば、純粋な力だけでジョンを瞬殺したことになり、やはり考えづらい。かといって相手が単独であれば一瞬で殺せる能力だったとするなら、他に被害者が出ていないのもおかしい。
以上をまとめると、悪魔を特定する条件は三つ挙げられます。
一つ。遊戯開始時にこの部屋にいた生者であるもの。
一つ。体や衣服に血がついているもの。
一つ。金髪の男を殺すことはできたが、他の参加者は殺せなかったもの
これら条件を満たすもの。つまり悪魔は――」
足をピタリと止め、俺は犯人を片手で持ち上げた。
「この花瓶に活けてある『花』ってことです」




