通称
早くも大まかな構造を調べ終え、俺と新牧は顔を見合わせる。それから最も近くにあったⅠと書かれる部屋の扉に手をかけ、その中に入っていった。
部屋の中は最初皆が集められていたのとほぼ同じ内装。唯一違うのは花瓶に活けられた花の種類が異なっていることだけ。
ざっと見まわして人がいないことを確認。やや気を緩めた所で、不意に足に白い大きな毛玉がぶつかった。
驚いて毛玉を持ち上げてみると、毛玉の正体は真っ白な毛で覆われたポメラニアン。特に抵抗するそぶりも見せず、舌を出しながら大人しく持ち上げられている。
こいつは一体何なのか。呆然と隣を見れば、新牧もあんぐりと口を開けポメラニアンを見つめていた。
「こんなところに、どうしてポメラニアンが?」
「いやあ、分かんねえ」
二人で顔を見合わせていると、唐突にポメラニアンがきゃんきゃん吠えながら暴れ始めた。思わず手を離すと、解放されたポメラニアンは華麗に宙で一回転して無事床に着地した。
開いたままの扉に体を滑り込ませ、ポメラニアンはすたすたとどこかに歩いていく。
「……」
「……」
取り敢えず扉を閉め、ソファに腰を落ち着ける。
予想外の出来事のせいで妙な雰囲気になってしまった。数十秒間沈黙した後、俺は新牧にまだ聞きたいことがあるのを思い出し、口を開いた。
「ところで、新牧さんは黒桐さんだけでなく、金髪の隻腕男についても知っているようでしたよね。よければ二人について知っていることを聞かせてもらえませんか?」
「悪魔は一体だけとはいえ、他の奴らの情報も知ってるに越したことはないわな。それは勿論教えてもいいんだが……その前に敬語使って話すのやめねえか? あんましそういうの慣れてないのよ俺。俺のことは気軽に裕翔って呼んでくれ。俺もお前のことは、そうだな……銀色の髪に銀色の瞳だから、安直だけどシルバーって呼ばせてもらうわ」
「シルバー……。わかりま――分かったよ裕翔。それじゃあ、改めて宜しく」
「おう! こっちこそ宜しくなシルバー」
笑顔で握手を交わす。
その曇りなき笑顔を見ながら、ふと彼が悪魔である可能性もあるのだよなと思い返す。いや、それを言うなら彼にしてみても俺が悪魔である可能性を当然疑っているはずである。
それがこうも無警戒に握手を交わし合う。何とも奇妙な状況なのではとおかしさを感じ、口元に自然と笑みが浮かび上がった。
握手をし終えた裕翔は、「さて、さっきの質問に答えていこうか」と腕を組んで話し始めた。
「早速ぶちゃけた話をさせてもらうと、実は俺、あの場にいたお前以外の全員に心当たりがあんのよ」
「俺以外の全員に?」
見た感じ、あの場に裕翔と同じ日本人は黒桐以外いないように思えた。そもそも地獄にいる年数は人によって全く違うため、場所だけでなく生きてきた時代も異なっていておかしくない。偶然、集められた人物を全員知っていることなどあり得るだろうか? それとも悪魔が敢えて因縁のある者たちを集めたのか。
理由が分からず深く考え込む。そんな俺の表情はかなり険しくなってしまったようだ。ちょっと慌てた様子で裕翔は手を振った。
「ああ、なんか思い悩んじまってるみたいだけど、たぶん考えてるのとは違うと思うぞ。生前、単に趣味で歴史上の犯罪者とかよく調べててな。それで偶然あいつらのことも知ってたってだけ。まあ記憶にある犯罪者と特徴が一致してるってだけで、本当にそいつらかどうか確証はないけどな」
どこか出来すぎな感はあるものの、嘘を言っているようには見えない。ここで疑うことにあまり益はないように思え、俺は続きを促した。
「分かった。それじゃあ俺と裕翔、それから殺された男以外の六人について知ってることを聞かせてくれ」
「あいよ。じゃあまずは、金髪隻腕の男から。こいつは普通に実物の写真を見たことあるから、まあまず間違いない。俺が生まれてくる百年くらい前に、ヨーロッパで名を轟かせた殺人鬼――通称『隻腕のジョン』だ。幼少期から右腕に障害があって、ほぼ左腕だけの生活をしていたらしい。それで二十歳を過ぎた頃、基本お荷物の右腕に苛立ったジョンは、自ら自分の腕を引きちぎるっつう異常な行動に出る。それだけでも十分やばいんだが、あいつは自身の腕を引きちぎった時、あろうことか快楽を感じちまったらしい。全く理解はできないんだが、人の体を素手で分解する楽しさに目覚めたんだとか。それ以来あいつは虎視眈々と、人を誘拐・分解する機会を窺い続けた。異常者な割にそこの頭は妙に働くらしく、あいつは四十二歳で捕まるまでに、計二十四人もの殺害に成功した。……とまあ要するに、ここで覚えておいて欲しいのは、あいつはとにかく用心深く、それでいて左腕が人を素手で分解できるほど発達した超やばいやつってところだ。
さて次。その隻腕のジョンに襲われかけたのに、逆に反撃して見せた鉄製ステッキ持ちの老婆。彼女も顔写真を見たことがあるっていうのと、あの特徴的なステッキからほぼ間違いないと思う。通称『戦慄のメアリー』って呼ばれてる、まあこれもやばい婆さんだ。彼女は――」
「悪い、説明中だけど一つだけ聞いていいか」
「うん、どうした?」
我慢しきれず口を挟んでしまった俺に対し、裕翔は首を傾げてくる。
別に大して重要な話ではないのだがどうにも気になってしまい、ついつい疑問が口を突いて出た。
「さっきから通称を教えてくれるんだが、それは裕翔が考えた名前なのか? それとも世間でそんな風に呼ばれてたのか?」
「ああ、悪い悪い。いやさ、俺のこの知識って、ネットのとあるまとめサイトが主なのよ。でそこに少しでも犯罪者たちを印象付けようと、管理人がこうした名前を付けててね。俺も個人的に気に入ってたんで、そっちの名前で呼んじゃってるわけよ。というか本名は逆に覚えてねえの」
「成る程……分かった、続きを話してくれ」
「了解」
裕翔は気分を入れ替えるためか脚を組み直すと、話を再開する。
「んでこのメアリーさんなんだが、元々は凄腕の傭兵だったとかで、まあ化物じみた戦闘能力と勘の良さを持っている。そんな彼女が起こした事件は、孫娘を虐めて自殺に追い込んだ少年少女六人を誘拐・監禁。精神が崩壊するまで――いや、精神がぎりぎり崩壊しないラインを見定め、警察に発見されるまでの一週間、とにかく地獄を味合わせたってものだ。傭兵時代に拷問の極意を学んだとかで、そりゃあえげつないことをしたらしい。結局監禁された子供たちは全員精神をおかしくして、解放されてから一か月と経たずに狂い死にしたらしい。敵に回したくないって意味では隻腕のジョン以上かもな。
さらに次。メアリーの隣に座ってた、両手ナイフの黒人君。あれは正直あんま自信ないんだけど、あのナイフと獣じみた動きからして、たぶんあってるとは思う。未開の地から都会に連れて来られ、奴を飼育しようとした富豪及びその警備員を殺しまわった通称『人喰いのデオガート』。ネットの噂によりゃあ食人族らしくて、殺しまわった後にそいつらの一部を食べてたとか。
そんじゃ、次は赤いドレスを着て髪も真っ赤に染めてた全身赤女な。あれも特徴的な女だし、ネットに載ってた写真とうり二つだからまず間違いない。あの伝説の吸血鬼の再来って恐れられた奴で、そのまんまなんだが通称『カーミラの再来』。十二人の美少女を誘拐し、殺さずにその生き血を採取。飲んだり浴びたりして美容を保とうとしたって話だ。他の奴らに比べれば戦闘力とかはないだろうけど、まあ狂った女だから絶対に気を許しちゃだめだな」
少し話し疲れたのか、裕翔は首をひねり腕を伸ばす。
先ほどから一方的に情報を提供してもらっており、やや申し訳ない気持ちを覚える。とはいえもし彼が悪魔でないのだとしたら、情報を共有し合うことは悪魔発見に繋がるかもしれない。ここは気遣うよりも、しっかりと情報を覚えておくことが恩返しになるだろう。
黙って彼が話し始めるのを待つこと三十秒。裕翔は「あと二人だな」と言い、話を再開した。
「さっきの話し合いでほとんど喋らなかった、のっぺり顔のひょろい白人男。これも顔写真の情報からほぼ間違いない。通称『ベイビーアブダクションのイーサン』。連続幼児誘拐犯で、特徴としては影が薄く気配がしない。つい数秒前までベビーカーに乗ってた赤ん坊が、いつの間にかいなくなっている。そんな事件が頻発して、日本風で言うと神隠しが起きているってネットニュースでよく流れてた。結局は監視カメラの映像から特定されたんだが、とにかく相手の意識の間隙を狙うのがめちゃくちゃうまい奴だ。純粋な戦闘力ならあれだが、暗殺とかさせたらかなりの腕前になるだろうな。
そしてそして、最後は俺と同じ日本人である黒桐桜子――」
「私がどうかしましたか?」
ガチャリと扉が開き、ちょうど名前を呼んだ少女が部屋に入ってきた。
別に悪いことは何もしていないが、陰口を言っているのを聞かれたような気まずさを感じ、俺と裕翔は慌てて首を振る。
「いや、まあ、ちょっとした世間話だよ。俺以外にも日本人がいるなんて驚いたなーって。な、相棒!」
「あ、ああ。それより黒桐さんはどうしてここに? 誰か被害者でも?」
俺たちの反応を見てなぜか笑みを浮かべた黒桐は、黒髪をさらりとたなびかせながら首を傾げた。
「私の知る限りではまだ被害者は出ていないわ。ただ単にあの部屋で待機しているのも飽きて散歩に出ただけ。とはいえこの場所はとても狭くて、すぐ暇になっちゃったのだけれど。そしたらここから私の名前が聞こえてきたから、扉を開けて――」
「きゃん! きゃんきゃんきゃんきゃん!」
黒桐の話を遮る形で、遠くからポメラニアンの鳴き声が聞こえてくる。
何をそんなに興奮しているのか。一度だけでなく何度も繰り返される鳴き声。
なんとなく嫌な予感を覚え、俺はソファから立ち上がり廊下に出た。
廊下を見渡すと、とある部屋の前で何やら赤い物体がくるくると動き回っていた。
一体あれは何だ? と目を凝らしてみた所、それが真っ赤に染められたポメラニアンであることに気付いた。
より強まる嫌な予感。
いつの間にか俺の隣に並んでいた裕翔も、赤い物体の正体がポメラニアンだと気づいたようで「なんであいつ赤く?」と呟いている。
この場において、先まで白かったポメラニアンが赤くなる理由。実質一つしかその答えは思い浮かばず、次の瞬間には俺は走ってその部屋に向かっていた。
部屋前を走り回るポメラニアンを蹴飛ばさないようにしつつ、中をのぞき込む。すると、ある意味予想通り。金髪の男――隻腕のジョンが首から血を流して倒れていた。