相棒
「――では、殺人は禁止。次に誰かが死ぬまでは自由行動ということで宜しいでしょうか?」
今までの議論を総括して、黒髪の少女が言う。
勿論否定の声は上がらない。
悪魔と人間との区別などつけられるとは思えず、また互いのことを全く知らないため化けていることを見抜くのも不可能。結果として、参加者と悪魔との決定的な違いは、参加者を殺さなければならないかどうかだけだと思われた。
となれば発見方法はただ一つ。悪魔に自由に動いてもらい、誰かを殺してもらう。その時のアリバイや殺害方法などから悪魔を特定することだ。
一人死亡したため残り八人。それぞれ悪魔になど殺されない自信があるのか、自由行動に対して異を唱える者は一人もいない。かくいう俺も、殺されない自信などさっぱりないものの、他に考えは思い浮かばなかったため特に異論は唱えなかった。
結論が出ると同時に、両手にナイフを持った黒人の男が獣のような俊敏さで部屋から出て行く。それにやや遅れて鉄ステッキの老婆や、紅ドレスの女、冴えない白人の男も部屋を後にする。
残ったのは俺と隣席の男、黒髪の少女、金髪の男(隻腕のジョン?)の四人。
金髪の男は全く動く気配を見せない。おそらく自身を狙ってきた悪魔を返り討ちにするつもりでいるのだろう。
黒髪の少女は目を閉じて黙想している。一見隙だらけに見えるが、どこか尋常でない気配を感じるため迂闊に手が出せる雰囲気ではない。
そして隣の男は――
「よう相棒。それじゃ俺たちもこの部屋を出るとしようぜ。こうも固まってると悪魔も手出しできなくてゲーム進まねえだろうしよ」
「……ああ」
初対面の男に対し相棒呼ばわり。その馴れ馴れしさに警戒心が呼び起こされるが、他の参加者と違い一人で悪魔に立ち向かえる自信はない。ここは彼の策に乗っておいた方が安心かと思い、俺は素直に頷いた。
俺が頷いたことを確認すると、そいつは黒髪の少女にも声をかけた。
「ちな、そっちのお嬢さんも良ければ俺たちと一緒に行動しませんか? 腕とか足とか華奢ですし、悪魔が襲って来たらやばいでしょうから」
黒髪の少女は目を開けることなく、淡々と答え返す。
「それは余計な心配ですよ、新牧さん。私は見た目ほど、か弱くはありませんから。それにあなたなら、そのことは当然ご存知でしょう?」
二人は知り合い同士なのか。新牧と呼ばれた男は、苦笑しながら「そりゃそうっすね」と頷いた。
「やっぱ黒桐桜子ちゃんも、俺のこと覚えてましたか。それじゃあ、お互い日本人同士勝ち残れることを願ってますよ」
新牧はそう笑いかけると、俺を促して部屋の外に出て行った。
部屋の外には、真向かいに全く同じ扉と、真っ白な廊下があった。特に仕掛けのようなものはなく、等間隔で扉が設置されているだけの直線的な廊下。各扉の横にはアルファベットで数字が書かれている。今までいた部屋はⅨ号室らしい。
「軽く歩きますか」
新牧のその言葉に頷き、二人並んで廊下を歩き始める。
特に変わらぬ景色。少し歩くと突き当りに到着。右にも左にも進めず、引き返す以外の選択肢がなくなる。来た道を戻りながら、ようやくそこで俺は口を開いた。
「さっきの少女、黒桐桜子さんでしたか。生前のお知り合いだったのですか?」
「んにゃ。知り合いってわけじゃねえよ。ただ同じ時代を生きてきた日本人同士、テレビでお互いの顔と名前を知ってただけで。お互い、一世を風靡した犯罪者だったからねえ」
どこか昔を懐かしむような声。
今更ながらまじまじと男の顔を見れば、成る程日本人といった容貌である。短めの黒髪に黒目。やや白よりの肌色で、眉は薄く目はたれ目。パッと見優しい雰囲気に思えるが、じっくり見ていると油断ならない輝きも感じさせる。
こちらがまじまじと見ているのに気づくと、新牧はおどけた表情を浮かべた。
「もしかして相棒も俺のこと知ってたりします? 令和の鼠小僧つって当時の日本では有名だったんよ俺。と、そういやまだ自己紹介もしてなかったな。俺の名前は新牧裕翔。生前は怪盗ってくくりの粋な犯罪者だったもんだよ。相棒は?」
「俺は……よく分かりません」
「よく分からない? それってどういうことよ?」
「記憶喪失なんです。俺の記憶の始まりは、地獄の針山に串刺しにされているところから。だから自分の名前すら知りません」
新牧は驚いた様子で目を見開いた後、「ネームレスか」と呟いた。
初めて聞く単語に首を傾げる。すると新牧はそれを察してかすぐに説明してくれた。
「地獄にいるって時点で生前善行より悪行が多いってことになるわけだけど――まあ俺としてはそこ結構モノ申したいんだけどな。死んで気付いたら地獄にいたし、なんか適当に罪を読み上げられて~年ここで罰を受けなければならないーとか、言い訳すらさせてもらえず強制執行。地獄があるってだけで驚きだけど、この無理やりさ加減も――ってこれは今はいいわな。ええと、それで地獄に行った奴らはたいてい生前の記憶を持ったままで、罰を受けることでその過去を悔いるようにさせられる。ただ一部、過去を持ったままでは絶対に悔いたりしなさそうな奴らは、過去を全て奪われ罰だけを受けさせられる。それが鬼たちの間では『ネームレス』って呼ばれんのさ」
「過去を持ったままでは絶対に悔いない……。俺は一体、生前に何をしたんでしょうか」
「さあなあ。そこまでは俺も知らねえ。魂レベルからぶっ飛んでヤバい奴とか、もしくは悪事を為すに足るひどい虐待を受けてきたとかじゃねえかなあ。まあ後者だとしたらそんな奴を地獄に送んなって言いたい気もするけどよ」
「そうですか……。ところで新牧さんはどうしてそんなに詳しく知っているのです? 地獄のどこでそんな情報を?」
「そりゃ俺を罰しに来た鬼と仲良くなって仕入れた情報よ。昔から人と仲良くなんのはめちゃ得意だったからな。鬼ってのもロボットみたいなんじゃなく結構感情豊かだし、おしゃべり好きっぽい奴と仲良くなってある程度のことを教えてもらってんよ。そもそも俺の罪って実はそこまで重くねえしな。生きてる間に人殺したこともなかったし、重い罰はあんま受けてねえんだ。まあ事情があって、罰を受ける期間はかなり長くなっちまってるけど」
「……地獄にいる者も様々なんですね」
罰を与えに来た鬼と仲良くなるなど考えたこともなかった。まあ一方的に話し続ける喋り好きの鬼もいたわけで、人によっては仲良くなろうとする者がいても不思議ではないのかもしれない。
そんな話をしているうちに再び突き当り。どうやら今いる場所は、一本の廊下とその両側にある十二の部屋だけで構成されているらしい。廊下に他の人影が全くないということは、皆どこかの部屋に潜んでいるようだ。