隻腕のジョン
「いや、開始とするじゃねえだろ。わけわかんねえって」
声が聞こえなくなると同時に、俺の隣に座っていた男がぼそりと声を漏らす。ついそちらに視線を向けると、男もこちらを見つめながら、「な、お前もそう思うだろ」と声をかけてきた。
初対面の、それも地獄行きの畜生相手にこの気軽さ。この遊戯に選ばれたことからもただの馬鹿とは思えず、小さく頷くだけに留める。
すると、正面のソファに腰かけていた一人の老婆が、口を開いた。
「さて、私たちはこれから悪魔探しをしないといけないようだけれど、皆さんはどうなさるつもりかしら?」
向かって右側のソファに座る、メガネをかけた男が応じる。
「どうするつもりとは? 現状やれることは話し合いをして――」
「勿論私は一人ずつ殺すつもりでいる」
メガネの男の右隣に座っていた金髪の男が、唐突にメガネの男の首を握りしめた。
何が起こったのか分からないようで、メガネの男はもがきもせず目を瞬かせる。すると、次の瞬間には「こきり」という子気味の良い音を奏で、男の首は不自然な角度に曲がってしまった。
呆気にとられる一同を尻目に、金髪の男は「こいつは悪魔じゃなかったようだ」と呟く。それからゆったりと立ち上がり、先ほど口を開いた老婆の下に歩み寄った。そして先ほどと同じように、左手を老婆の首に伸ばし――
「その方法は止めておいた方がいいと思うわよ、坊や」
男の手が首に届くよりも早く、男の目に先の尖ったステッキが突きつけられた。ステッキは木製ではなく鉄製で、西洋の剣を彷彿とさせる。
あと数ミリでも動けば目に刺さらんとするステッキを前に、金髪の男も動きを止める。
数秒の硬直状態。
静寂と緊迫に包まれた場を、老婆の声が緩やかに浸透した。
「悪いけれど、私はそっちのメガネの坊やとは違って簡単に殺されてあげるつもりはないの。もし殺すことでこのゲームをクリアしようと考えているなら、私以外を狙ってもらえないかしら。まあ、一筋縄ではいかないでしょうけれど」
老婆はわざとらしく自身の背後に視線を送る。
彼女の背後には、両手に柄の細いナイフを持った黒人の若者が。チリチリと痛みすら感じるような殺意を持って、金髪の男を睨み付けている。
二対一。それも自身と同じく人を殺し慣れている相手。
金髪の男は自身の不利を悟ったのか、手を引っ込めると、そのまま部屋の隅に移動した。花瓶の置かれた棚の横に立ち、壁に背を預ける。左手で顎をさすりながら、「では、私はここで待つとしよう」と宣言した。
自由過ぎる男の動きに、一同はまたも呆気にとられる。そんな中俺は、今更ながら金髪の男が隻腕であることに気づいた。右肩からばっさりと腕がなくなっているようで、主を失った服がひらひらと漂っている。
俺と同じく金髪の男が隻腕だと気づいたのか、隣席の男が「あいつ、隻腕のジョンじゃねえか」と声を漏らす。
どこかで聞いたことのあるような名前に記憶を揺さぶられ、俺はそれが何を意味するのか聞こうと隣の男に目を向ける。だがそれより早く、左側のソファに座る黒髪の少女が、状況を整理するため声を上げた。
「いい加減、話し合いを再開しませんか。皆殺しをすることで悪魔を見つけるという方法は、このメンツでは厳しいみたいですし。どうやって悪魔を特定するのか、それぞれ案を出すのはどうでしょう」
* * *
「早くも始まったな」
各所で起こる悪魔の遊戯第一回戦。
今回は地獄の中でも選りすぐりの凶悪犯を抜擢したため、いつもよりも殺人までのテンポが早い。それと同時に、簡単に皆殺しが起きないよう牽制する動きも早かった。
隣でいつも通り、恨めしそうな顔をしている幽鬼に向かい、男は声をかける。
「今回は今までにない盛り上がりを見せてくれるとは思わないか? 隻腕のジョン。鬱闇の理人。紅弾丸のイカルガ。バッドマザーのテイラー・ハドワトス。太公望の再来と呼ばれし朴孔煉。他にも世界を震わせた凶悪犯から死後も犯行がばれることのなかった怪物がまだまだいる。これからが実に楽しみだ」
幽鬼は青白い顔で、各遊戯を眺めながら、「どうでしょう」と首をひねる。
「どちらかと言えば頭脳犯よりも武闘派が多いように思えます。初回の悪魔であれば一人の犠牲も出さずにクリアすることだって難しくないでしょうに、どこもかしこも殺し合いが起きている。こんな有様じゃ、四戦目まで進んで来れる人はいないのではないですか?」
「別に畜生共がどこで脱落しようが、楽しませてくれるなら何の文句もないのだがな。しかしまあ、それは今回の畜生共を甘く見過ぎた発言だ。頭脳派の凶悪犯も一定数いるし、中には悪魔に匹敵するのではという膂力の持ち主だって――と、見よ。早くも全参加者を殺すことで突破した馬鹿がいるぞ。あれは志垣村のカイドウか。開始五分で突破とは、史上最速じゃあないのか」
「……初戦の悪魔は頭も悪く、力も弱い。
二戦目の悪魔は頭は悪いが、力は強い。
三戦目の悪魔は力は弱いが、頭は賢い。
四戦目は知勇兼備で弱点無し。
最終戦は、言うまでもなく。
しかし、初戦の悪魔は弱いとはいえ、勿論身体能力は人のそれを遥かに上回っているのに……。それをこうもあっさりと。確かに、甘く見過ぎていたかもしれませんね」
幽鬼のただでさえ青い顔が、さらに青ざめている。元人間であるこの幽鬼からすれば、今見た映像は決して笑い飛ばせるようなものではなかった。
対して男は愉快そうに鼻を鳴らすと、口を大きく三日月形にして呟いた。
「さて、カイドウ君以外にもまだまだ危険な奴らは残っている。彼らのお手並み拝見と行こうじゃないか」