プロローグ
なんということでしょう……!
思わず前世で見ていた某番組のナレーションを心の中で叫ぶくらいにフレッティンは動揺していた。某番組のナレーションであれば、その言葉の後に続くのは肯定的なものだ。しかし、フレッティンが続けて思ったのは逆に否定的な意味合いの台詞。
この女、私と同じだわ……!
フレッティンはぎりりと奥歯を噛み締めて、目の前で困ったように微笑む女を睨み付けた。それは決して公爵令嬢がする表情ではない。しかし、フレッティンはそんなことよりも重大な事実を目の当たりにしているのだ。今現在、目の前で華のように微笑む可憐で思わず守ってあげたくなっちゃうような子爵令嬢リリィアンが自分と同じく前世の記憶を持っているという重大な事実を。
可笑しいと思ったのよ、ヒロインであるリリィアンが学園に入学したはずなのにイベントがまったく発生しないんだもの。
入学式でのイベントも入学してからの細々としたイベントも、それどころかヒロインと攻略対象との出会いのイベントすら発生していない。そのことにフレッティンは可笑しい可笑しいと思いながら日々を送っていた。
あまりにもイベントが発生しないため、フレッティンはついに自分から動いた。偶然を装ってリリィアンにぶつかり、申し訳ないと謝罪をしつつも怪我をしていてはいけないからとごく自然に医務室へ連れて行こうとしたのだ。しかし、医務室への誘いをリリィアンはさらりと断った。「いえ、どこも痛くありませんので……医務室へ行く必要はありませんわ」と。それでも後で痛みが出ることもあるので念のために診て頂きましょうと微笑むフレッティンに「本当に大丈夫ですわ。フレッティン様こそお怪我をされては大変です。フレッティン様を診て頂いた方が良いと思います」などとリリィアンは困ったように微笑んだのだ。
その瞬間、フレッティンは思った。この女も自分と同じなのだ、と。
そう、フレッティンには前世の記憶がある。うっすらと覚えていることは、今生きているこの世界が前世でした乙女ゲームの世界であるということ。そして、その攻略対象がろくでもない男ばかりであるということ。また自分の立ち位置はヒロインを邪魔する役回りである悪役令嬢であること。
そこまで思い出したフレッティンは、攻略対象の相手はヒロインにお任せしようと思った。自分の婚約者も攻略対象であるが、のしを付けて元払いで差し上げたいような男だ。せめてもの救いか、顔だけは良い。別にあの男と結婚しなくてもフレッティンもフレッティンの家も困りはしない。だから、婚約者も含めてまるっと攻略対象はヒロインにお任せして素敵な恋を育んで貰おう。
そう思っていたのだ、フレッティンは。しかし、待てど暮らせどイベントは発生しない。平和な、いつもと同じ学園生活だけが続いていく。そして焦れに焦れて起こした結果がこれだ。
なんということでしょう……!
フレッティンは冒頭と同じことを呟いて頭を抱えた。ヒロインも自分と同じだったなんて誰が思うであろうか。そりゃいくら待ったってイベントが発生する訳がない。ヒロイン自身が避けて通っているのだから出会いのイベントすら起こるはずがないのだ。
ぎりりと奥歯を噛み締めてフレッティンはヒロインを見上げた。ヒロインであるリリィアンは同情的な生温い微笑みでフレッティンを見つめていた。あんな男の婚約者だなんて可哀想、そう顔に書いてある。
なんということでしょう……!
フレッティンは頭を抱えたまま、三度目のナレーションを呟いた。いやでもここで諦めてしまっては自分が地獄を見ることになる。冗談じゃない。そう思ったフレッティンはぎっとヒロインを睨み付けて心の中で叫んだ。
絶対に、この女に婚約者を押し付けてやる!