第5話 魔女と魔女の仲間
セイルが来て次の日。
トウの家に別の来客が来ていた。
「トウ!!元気だった?」
約束をしていたわけではないのだが、彼女は忙しい時間を縫って、会いに来てくれる人物の1人であった。
玄関を開けるなりすぐトウに飛びついてきた、トウより小さな可愛らしい少女。
ピンクの華やかなフリルをあしらったワンピースで身を包んでいる。
髪の毛も薄いピンクでサイドの部分を二つにわけ、赤いリボンがつけられていた。
それを眩しそうにトウは見つめていた。
「……ええ、ココノツ。私は相変わらず、元気よ。
一人で来たんじゃないんでしょ?」
「もー!ココって呼ぶって前に約束したでしょ?」
「そうだった、ごめん。ココ。」
ココを宥めるように頭を撫でる。
頭にある小さめの帽子も、中々オシャレな飾りが付いていて思わず目が引かれた。
ふと、ココの後ろにトウを見つめている人物が目に入る。
トウと目が合うと同時に、その人物が目線を逸らさずに頭を下げた。
「ココ様の付き人になりました、エスターと申します。」
外されない目線に思わず体を硬らせる。
茶色い髪を後ろにひっつめてお団子にしている、とても真面目そうな女性が立っていた。
紺色のワンピースドレスに黒縁メガネがまたきつそうな印象に見える。
「あ、あの……」
知らない大人に思わずオドオドしてしまい、うまく言葉が出てこない。
思わず自分より小さなココの後ろに隠れてしまった。
「エスター、言ったでしょ?トウはとてもデリケートなのです。声をかけるのも細心の注意が……」
ココが自分を庇ってくれようとしているのが分かった。
だが、いつまでも庇われているわけにはいかないと、勇気を出してみた。
「ココ、私は大丈夫だからそんな気を使わないで……ちょっと驚いてしまって、すみませんエスターさん。」
慌ててココの後ろから出てスカートをつまんだ。
簡単なお辞儀にも眉一つ動かさないエスターにまたちょっと怯えてしまったが、バレないようにこっそり目を逸らした。
「ココ様、ここまでくるのにかなり手間取りましたので時間がそんなにありません。ワタクシ外で待っておりますのでお時間になったら声をおかけしますわね。」
そう言うとエスターはトウとは違う、きっちりとしたお辞儀をして外へと出ていった。
それをジッと目で追う二人。
エスターが橋を渡り切った音を確認してから、ココが口を開いた。
「新しい教育係よ……ちょっと真面目すぎない?」
ココの複雑な表情と、その言葉に思わずトウが笑う。
「前の人が適当すぎたのよ。あれぞ本当の教育係!って感じじゃない?」
ココもトウに向かって吹き出した。
「確かに前の人は適当すぎたわね!お父様も私に適当すぎるのよ……!」
さっきまでの笑顔と裏腹に、ココが少し寂しそうな表情を見せた。
ココも魔女である。
金色の月が溶けたような瞳の色に、薄いピンク色のフワフワした髪型。
全体的に服に関しても、色も生地もトウとは比べものにならない程高そうなものばかりだ。
ココは西にある隣の国の王族の娘として生まれたのだ。
初めは王族に魔女が誕生した事で『150年前、国民を置いて砦に篭ってしまった呪いなのでは』と、国がえらく騒がしくなったらしいが……。
ココの母親がとても冷静な人だった。
とても冷静に、そして娘の為に王妃は全力を尽くしたのだ。
ココは魔女として王位は剥奪されたが、城の隅に専用の屋敷をもらい、何不自由なく暮らしている。
たまにこうやって魔女仲間としてトウに会いにきてくれるのだった。
トウはそれがとても楽しみで、たまに会えるココの笑顔に心底癒された。
自分も会いに行けたらいいのだけど、トウは『決まり』でこの国から許可なく出る事ができない。
魔女仲間は他にもいるが、人見知りの自分にとってはココが一番心を許せる存在で、憧れの存在なのだ。
魔女は迫害を受けやすいが、彼女は違う。
魔女の中でも特殊な存在だった。
だからこそ、ココは他の国の魔女から受け入れてもらえないのだった。
ココもトウをとても信頼していた。
他の魔女たちと違い、魔法も使えない程弱く、それでいて意思は強く、いつもどんな時も凛としていたからだ。
「そういえば魔法は使えるようになった?」
心の中でココ自慢をしていると、ココが痛いとこをついてきた。
ウウッと小さく呻いて胸を抑えると、ココはお腹を抱えて笑った。
「調子がいいと、指先が光るんだよ……!」
グゥッと力を入れて、人差し指に力を込める。
……おかしい。
今日はピクリとも光らない。
指がダメなのかと今度は小指を出してみる。
そしてココの応援を受けながら、呻きながら小指に集中すると……。
わずかに緑色の光が、小指の爪の先を光らせた。
「「……光った!!」」
ココとトウの声が揃う。
でもなぜ人差し指がダメで、小指なら良かったのだろうか?
それがまたツボに入ってしまって、二人で涙が出るほど笑った。
二人で転げるほど笑うと、ふとココが柱の傷に気がついた。
その傷を撫でると、静かに歌い始める。
その歌は目に見えない空気に色がつくような、トウの小さな家を満たしていった。
トウの家が歌に反応するように、置いているポットの中身が美味しそうな赤茶色の紅茶に変わり、傷のあった古ぼけた柱も、みるみると綺麗に磨かれたように若返っていった。
「……すごい……ココの魔法はすごいよ……」
初めて魔法を見た子供のように、トウははしゃいでいた。
自分の家の中が生き返っていくような気分で、ココを見つめた。
そんなトウを気にせず、ココの歌は終盤へと移っていった。
ココの魔法は歌でできている。
歌声の高さや、曲の種類によってココの魔法も変化した。
これを目の当たりにすると、魔法が得意ではないトウにとってココはまさに憧れの人物でもあり、逆に劣等感の対象ともなる。
羨ましそうにココを見つめる。
ココの歌が終わり、トウの家は見違えるように綺麗になった。
薄汚れたテーブルクロスが赤と白のチェックに変わり、台所にある小窓のカーテンが、ほんのりピンクのレースに変わった。
トウが一番感動したのが、自分のボロボロの服がまるで新品のワンピースの様になった事だ。
しかもいつも着ている無地の灰色のワンピースではなく、明るめのグレーに少し流行が取り入れられた赤茶色の花の模様がうっすら入っていた。
「……ココ!ありがとう!」
とても嬉しそうにはにかみながら、お礼を言うトウにココは静かに微笑んだ。
その時、突然扉が乱暴に開き、エスターが飛び込んできた。
「……ココ様!!」
エスターの叫び声と同時に、ココが後ろに倒れ込む。
トウは訳がわからずにその場に立ち竦んだ。
エスターがココを受け止め大事には至らなかったが、エスターの表情はとても険しそうにトウを見つめていた。
「……ココ様に無理なお願いは辞めて頂きたいのです。
いくら魔女仲間でもココ様とあなたは身分も何も違うのですから。家をまるごと内装を変えるだなんて、14歳の子供には流石に命の危険もあるのですよ!?」
エスターの腕の中で、苦しそうにココがうっすらと目を開ける。
「トウは私に何も望んでいません。私が勝手にやったのです……!」
ココは苦しそうに、強くエスターを見つめた。
トウは何もいえないまま、ただ二人のやりとりをオロオロと見つめることしかできなかった。
「……でしたらココ様がご自身で気をつけるべきです。
本当に『ご友人』を大切にしたいのであれば、『ご友人』に疑いがかからない行動をするべきでしたね。
今日こんなに魔力を使い果たしてしまったら、唯一のココ様の『お仕事』ができないのではありませんか?」
その言葉に、ココはぐっと唇をかんだ。
「……それぐらい、出来るわよ。毎日……夕方に、まちにひびくほど、おおごえで、うたうだけなんだから……!」
ココは言葉を詰まらせながら、涙を堪える様にぐっと眉間に力を入れた。
それをエスターは淡々とした表情で見つめ、無造作にその涙をハンカチでかすりとった。
「……そうですか。なら、良いのですが。
そろそろお時間となりますので、ココ様。」
エスターはそのまま、手のひらを扉に向けた。
ココはエスターの腕からヨロヨロと起き上がり、自力で歩こうと扉へ向かう。
エスターはそれを見てるだけで助けようとはしなかった。
「……ココ……!!」
トウはココの悔しさを感じ取る様に、涙を溢れさせた。
「……何故トウが泣くの!」
立ってるのもやっとな筈なのに、ココはトウに微笑んだ。
その笑顔もまた、トウの胸に刺さった。
「ココ、ありがとう。
私のために歌ってくれてありがとう。」
トウはかけられる言葉が、それしか見つからなかった。
それでも泣きながら必死で感謝を述べるトウに、ココはまた微笑んだ。
「最近の魔女は、オシャレじゃないと!
トウももうちょっと頑張ってよ。」
ココはそう言うと、外で待機してた護衛の馬に、荷物の様に乗せられた。
森の中だから、馬車で来れないから……馬で来たのか。
大変な思いをしてきてもらった上、魔力を使い果たすほどの魔法をもらった。
そしてまたココは大変な思いをして帰っていくのだ。
だが『今度は私が遊びにいくわね』なんて言える訳ないし、ヘトヘトなココを見つめることしかできない。
かける言葉が見当たらないのだ。
『ごめんね』も違う気がする。
エスターがトウを責めるのも頷ける。
だが決してごめんねとは言わない。
なのでトウはありったけの『ありがとう』をココに渡す。
姿が見えなくなるなっても、ありったけの力で手を振って。
「……オシャレ、頑張るよ。
……頑張ってみる。」
苦手な裁縫も頑張ってみよう。
今度ココが来るときは、ココの為にリボンでも縫ってみよう。
小さな魔女からトウは沢山の物をもらい、やはりココは自分の憧れだと胸を奥を熱くした。