第51話 会いたかった魔女との再会。
ニールがゆっくりと扉の方へ歩いていった。
部屋のドアの前で受け答えする様子をじっと伺っていると、振り向いたニールと目が会う。
「トウ様、どうやら王妃が晩餐までの時間、お茶に誘ってくださっている様なのですが……。」
と告げた。
突然の申し出に狼狽えたが『伺います』と使いに伝えた。
普通だと王妃に会う場合ドレスなどを着替えるらしいのだが、使いの人が言うにはそのまま来て欲しいとのことで、なんだかホッと胸を撫で下ろした。
ドレスなんて着慣れていないので、絶対着られている感丸出しなのだ。
と、言うことは気取らないで良いと言うことなのだろうか?
はたまた、着飾る必要がないと言うことか。
相手の出方がわからないが、とにかく失礼の内容にしようとトウはぐっと胸を押さえた。
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使いの人について庭園の側にある廊下を歩いていた。
トウの後ろにニールもスカイも一緒だ。
此処から見える庭もまた、たくさんの花が色鮮やかに咲き乱れていた。
思わず見惚れるトウに、使いの人はチラリと横目で見つめてきた。
その様子をいち早くスカイが見て、『コホン』と咳払いをする。
その合図にハッとしたのか、使いの人はトウから目を逸らし俯いたのだった。
廊下を抜け扉を開けると、外に出た。
『あれ?』とトウが首を傾げるが、使いの人は変わらず先へと進んだ。
『もしかして王妃様は別の宮をお持ちで、一旦外に出るとか……はたまたお外でお待ちとか……』
お茶会と聞いてきたのだが、どう考えても建物から外に出てしまっている。
景色が庭園ではなく『外』なのだ。
先程までの花はなく、整えられた生垣が道に沿ってあり、レンガで塗装された道が大きなアーチまで続いてた。
『……多分あっちは、さっき馬車を降りて入ってきた場所……』
レンガの道は丸い生垣に沿って分岐しているが、トウが見つめている方向には馬車の車庫を表す看板があった。
テクテクと使いの人について、まだ歩いている。
もしかしてやはり自分は歓迎されてはおらず、このまま外へ放り出されるのだろうか?
そんな不安でいっぱいになりながら、恐る恐る使いの人を追っていた。
暫くなんだかぐるぐると考えながら、ひたすら歩くこととなる。
レンガの道の外れで、使いの人の足が止まる。
突然くるりと振り向かれたので、トウは飛び上がるほど驚いた。
「……此処で暫くお待ちください。」
「……あの、此処で……ですか?」
トウたちが待てと言われた場所は、レンガの道が終わりを告げて塗装されていない土の道との分岐点だ。
景色も随分と華やかさも何もなくなり、あるのは手入れされていない木や、花もない雑草が生え茂った場所だった。
ただ広い風景に、ポツンと煉瓦造りの倉庫の様な建物が奥に見える。
使いの人が立ち去ろうとしたので、思わず引き止める。
「……本当に此処に王妃様がお待ちなんですか?」
トウの質問に使いの人が鼻を鳴らし、得意げにトウを見た。
「そうですが?」
そう言うとさっさと元来た道を戻っていった。
呆然とするトウに、ニールが耳打ちする。
「大丈夫です、トウ様。帰り道はスカイが目印にパンクズ落として歩いてたから、鳥が食べなきゃ帰れますよ!」
「……そんな冗談今は怖いだけだよ!!」
半泣きのトウを見て、ニールが困った様に笑った。
「励まそうと思ったならそんなブラックジョーク言わないのよ。」
「良かれと思ったんですよー!!」
冷静にスカイに諭され、ニールはトウに謝るのだった。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。
なんだかもう、ダメだとトウは思った。
その時、後ろから声がかかった。
びくりと肩を震わせながら振り向くと、見たことある人が立っていた。
「トウ様、お久しぶりでございます。」
茶色の髪を後ろで引っ詰めた黒縁メガネの女性。
思わずトウは指をさす。
「えええ、エスターさん!」
「……トウ様、人は指を刺してはならないと、教えてもらってないのですか?」
「あああ、ごめんなさい……、なんだか嬉しくて……。」
『嬉しい』と言われ、エスターは気味が悪そうに眉を寄せた。
それでもトウはホッとする。
置き去りにされたと思っていたのに、ちゃんと知っている顔が見れたからだ。
エスターは『こちらにどうぞ』と手を差し出した。
その手の方向は、さっきトウが『倉庫』だと思った建物だったのだ。
『倉庫』だと思った建物に入ると、中の内装がピンクで統一されていた。
とても可愛くて、思わず見惚れてしまう。
入り口に置かれたうさぎの小物は、ピンク色と緑色でとても可愛かった。
というか近くで見ると、建物自体も可愛い感じだった。
外観も蔦で覆われていたが、薄桃色のレンガで作られており、小じんまりとしている感じが小さなお城の様にも見えた。
『……なんで倉庫なんて思ったんだろ?』
自分の家より遥かに立派なのに……。
なんだかとても反省してしまうのだった。
玄関の置物を見ながら若干落ち込んでいると、バタバタと足音が近づいてきた。
「トウーー!!!」
その声に振り向くと、ココが飛びついてきた。
「やっと会えた!ようこそトウ!」
ココは目に涙を溜めていた。
それにつられてか、トウも涙が溢れる。
「私も……!私も会いたかったよココ!」
そして2人で強く抱きしめあった。
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感動の再会を玄関でしていると、エスターのお叱りが飛んでくる。
慌てて離れる2人だったが、エスターのひと睨みでまた半泣きになっていた。
半泣きでまた抱き合っていると、後ろからクスクスと笑い声が聞こえた。
「まるで蛇に追い込まれたネズミのようね。」
その声にエスターの小言が止まり、スッと頭を下げる。
声の方に目をやると、王妃が2階から降りてきていた。
「お母様!」
ピョンとウサギのように跳ねて、ココが今度は王妃に飛びついた。
「ココ、だめよ。もうあなた重いんだから。」
「だってぇ、お母様に会えたのも久々なんだもの……」
小さな子供の様に甘えるココを見て、トウはほっこりと微笑んだ。
自分の母を思い出す。
『私もよく大きくなっても抱きついていたなぁ……』
ココと王妃を見て、母のことを重ねていた。
『確かに、可愛がってもらっていた。』
それだけは揺るぎないはず。
記憶の母が伯爵のいう通り、伯爵夫人に故意に酷いことをしたとは思えなかった。
自分だけは信じてあげよう。
トウは王妃とココを見ながら、そう思っていた。
「奥様、ココ様、お客様の前ですよ。
そろそろご案内してくださらないと。」
呆れた様に言うエスターに王妃とココが顔を見合わせて笑った。
「トウ、こっちよ。」
ココに手を引かれ、家の中へと入っていく。
「小さいけど、私の家なの。
私はこの家をすごく気に入ってるわ!」
ココが嬉しそうに家の中をあっちこっち案内してくれた。
「私はその間、お茶の準備をしておりますね。」
エスターがそういうと、小さくお辞儀をして奥へと消えていった。
スカイがその後を追い、奥へと向かう。
トウとニールは王妃と一緒に、ココの案内についていった。
二階建ての家。
2階はバストイレとココの寝室、そしてエスターの部屋と衣装部屋があった。
そこには小さい頃に来ていた服までとってあり、ココが大きなぬいぐるみにそれを着せて楽しむ様だとこっそり教えてくれた。
1階はリビングとキッチン、食料品を保管するパントリーがあった。
「……此処にエスターさんと暮らしているの?」
こっそりと聞くと、ココはにっこり微笑んで頷いた。
「私の全部をやってくれているの。
護衛も、料理人も、家庭教師もエスターが1人でぜーんぶやってくれる……。」
ココはそう言うと少し寂しそうだった。
「そっか……でもエスターさんすごいね。
最初会った時怖かったけど。」
トウのこの言葉に、ココが小声でいた。
「……今も怖いよ!」
そう言って2人で顔を見合わせ笑う。
あんまり楽しそうに笑うので、後ろで見ていた王妃とニールも釣られて笑っていた。




