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第47話 魔女のいなくなった国。

国を出てまだ数時間しか経っていないのにな、と。

トウは古いクローゼットの中で膝を抱え、丸くなりながら思っていた。

薄暗く程よい狭さのここは、なかなか居心地が良いのだが……。


なせトウがこんなところに隠れているかと言うと、これには訳があるのだ。


ミラルドが人里離れた場所に馬車を止めると、ポータルに魔力を込め、思いっきりポータルを引っ張ったのだ。

すると人が一人通れるだけだった黒いシートが、粘土のように広がっていった。


「正直ポータルをこんな使い方する人をはじめてみた。」


「ん?なんだ知らなかったのか?」


キョトンとした顔でミラルドは小首をかしげた。


そもそもポータルなんて、魔法の使えないトウには用事のないものだった。

小さい頃におばあちゃんがお店と使っていたもので、自分がフルで使おうと思ったら、微々たる魔力を何週間も込めなければいけない、手間のかかるものだと言うイメージしかなかった。

伸ばして広げるなんて、思いつく訳がない。


「……今まで二人以上で使ったことはないのか?」


「……あるけど、ギュッとなって無理やり通る感じ……」


知らなかった自分が少し恥ずかしくなり、少し小声で早口で呟く。

それを全部逃さず聞き取ったミラルドが、腕で口元を隠しながら肩を震わせているのが無性に腹が立ったのだった。


一頻り笑い終えたミラルドが、何やらニール達と話をしている。


ついでに昼食を取ろうと、スカイが炊き出しを始めていた。

それを手伝いながら、ミラルドたちの動きを頬を膨らませながら見つめていた。


トウの視線に気がつき、ミラルドと目線が重なる。

頬を膨らませたままのトウを見て、また笑うのを我慢するような表情でこちらに歩み寄ってきた。


「……そんなに笑う!?」


唇を突き出して、フンッとミラルドから視線を逸らす。


「……ごめん、馬鹿にした訳じゃないよ?可愛いなって思って。」


横腹を痛そうに抑えて、ミラルドが微笑んだ。


「……で、なんか用?」


そっぽを向いたまま、トウが口を開いた。


「ああ、一旦馬車が通れるかポータルの向こうを見てくる。

トウたちはここで待っててくれる?」


「……いや、私も行くよ?

だって、私は一度行ったことがあるし、多分ポータルからの場所もわかるだろうし。」


最後に通ったのが駆け落ち中だったムウなので、向こうのゲートに不安があった為でもあった。


「わかった、じゃあ僕とニール、トウもおいで。」


ミラルドは俯いたままのトウの前に手のひらを差し出した。

頬は膨れたままだったが、その手のひらにトウは手を重ねた。


軽い昼食を取り、ポータルに足をかける。

馬車がゆっくり通れるほどの大きさになったポータルはまるで、黒い水たまりのようにも見えて、思わず足がひいてしまう。


それに気がついてか、ミラルドがトウの肩を自分の方へ寄せて、抱き抱える様にそのままゆっくりとポータルの中へと消えていった。


『どっちにしろギュッとなって通ってんじゃん……』


トウはそう思いながら少し口を尖らせた。


そして今ここだ。


ポータルはどうやらどこかの家のクローゼットの中に隠されていたのだった。

入り口を大きく伸ばしても、出口は小さいままだったので、少しホッとする。


多分だが、ここはムウの家のどこか。

クローゼットの服はムウの服ではない匂いがしたから。


「トウはここにいて。僕とニールでポータルを安全なとこに運んでから、迎えにくるよ。」


「……また伸ばすの?」


出口も伸ばさなきゃ通らない。

ミラルドは答えなかったが、笑顔がそう物語っていた。


小さく息を吐くと、頷いた。


「……ここは北の国の魔女の家。多分、どこかの使われてない部屋だと思うから、慎重にね。」


「……なるほど、なら慎重にいかないとだね」


ミラルドの眉が少し寄った様にみえたが、すぐにいつもの笑顔に戻ったので、彼の気持ちを汲み取れなかった。

ニールに目で合図をし、そっとクローゼットを開け、そのまま振り向かず出て行ってしまった。


薄暗いクローゼットの中はとても退屈だった。

なんとなく退屈でお腹いっぱいだったこともあり、トウは緊張感もなくウトウトとしてしまったのだった。


突然勢いよく開けられたクローゼットから、差し込んだ明るい光に驚いて目を開ける。


逆光の光に、人影がこちらに手を伸ばしていた。

その人物は誰なのかわからないが、ミラルドたちでない事だけは一瞬で分かった。

肩を掴まれ外に出される。

トウの体が恐怖で強張っていた。


「……なぜここに!?」


自分の肩を掴んだ人物の声に聞き覚えがあった。


「……何故……トウ、さん?」


「……ジェイスさん……」


トウが名前を呼ぶと、ジェイスはそっとトウの肩から手を離し、顔を背けた。


「……勝手にすみません、ポータルが使えるかどうか様子を見にきたら……ここに。」


ジェイスはトウから離れると、そばにあったソファーの肘掛け部分に浅く腰掛けた。

そして頭を抱える様に、ため息をついた。


「……婚約、したんだってね。」


ジェイスはそう言うと、ゆっくりと目線をトウに向けた。

ムウと一緒だった時の面影はなく、鋭い視線がトウに刺さる。


「……ジェイスさんも、ご結婚おめでとうございます。」


トウはジェイスの視線に怯える様に、目を伏せる様にお辞儀をする。


ムウと駆け落ちした時の彼とは、まるで雰囲気が違った。

酷く疲れた様な顔に、だいぶこけた頬が老けた印象にも見える。


「……何故、婚約が認められたんだ?

相手は、ラファエルかい?」


そう言うと、ジェイスはゆっくりと立ち上げる。

トウはその気迫に押され、一歩後ろに下がった。


「……違う。ラファエルじゃない……そしてこの婚約も、いろいろあって……」


一歩一歩と迫るジェイスの足に、トウはクローゼットの扉に背中をとられ、どこへも逃げられずにいた。


「何故、僕らはダメで、君は……よかったのだろう。

国が違えど、誓いは守らねばならないと……何故、ムウは死んだ?

……トウ、教えてくれ、哀れな僕に。」


ジェイスの窪んだ目から、涙が溢れる。

平凡だが、笑顔の素敵な青年だった。


正気に戻って貰おうと、トウは必死でジェイスに話しかけようとする。


「……あの、私は……」


だが、恐怖で言葉につまる。


徐ろに、ジェイスの手がトウの喉を掴んだ。


『ヒュッ』と言う息が口から漏れ、目の前が真っ白になった。


息が出来ず、思わず喉元の腕に力いっぱい掴んだが、びくともしない。

その分少しずつ喉を締め付ける力が強くなっていく気がした。


『考えなきゃ!……こんな所で、死ぬわけには……』


酸素の行き渡らない頭で必死に考える。


自分が出来なかった事を私がしたと思っている。

憎しみが勝ち、我を忘れている……!


『彼を救わなきゃ……!』


トウが思った事はそれだけだった。

だが、だんだんと意識が遠のいてくる。


このままここで死ぬのかと思った時、何故か体が軽くなる。

トウは持てる力を振り絞り、思いっきりジェイスを両足で蹴り付けた。


小さな体でも思いっきり蹴る事で、ジェイスの体を後ろのソファーへとよろめかせた。

勢いよく外れた手が、トウの喉を引っ掻く。


ジンジンと痛みを感じたが、咳込みながらトウは必死に呼吸を落ち着かせ、ジェイスの前に立ち上がった。


「……ジェイス、あなた、一体何をしているの?」


トウの口から出た言葉に、ジェイスが苦しそうに腹を抑えたまま目を見開く。


「……何をしているのかと聞いているの。」


とっさに彼女の口調を、空気を思い出す。

精一杯、トウは彼女の立ち振る舞いをした。


「……まさか、そんな……!」


ジェイスはまた涙を流しながらヨロヨロと立ち上がる。


「……君なのか?本当に、……君か?」


トウはジェイスの前をゆっくり通り過ぎると、後ろに回りソファーに腰掛ける。

そして腕を組み、足を組んだ。


『思い出せ……!!』


必死で思いついた案だった。

薄れる意識の中、ふとムウの姿が見えたのだった。


彼女の仕草、喋り方。

少しでも疑われたらその時は終わる。


ミラルド達が戻ってくるまで、何としても彼を正気に戻さなければ。

ムウの為でもあるが、今ここで殺されたらきっと、北と中央は戦争になる。

たとえ私が不法侵入した事で彼に捕まったとしても、他国の魔女殺しはきっと死刑になる。

もしかすると多分、彼は死にたいのだ。

ムウがいない世界に耐えきれず、死ぬに死ねないのだ。


彼を救う方法はこれしかない。

私がムウになりきる事……。


トウはゆっくりと微笑みながら、唾液をゴクリと飲み込んだ。



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