第46話 魔女、他国へ
ガタゴトと揺れる馬車の中で、ふとトウが出発前の出来事を思い返していた。
『ゼロ』にとっては、自分は『イチ』という魔女の代わりなのかもしれない。
勇者と共に戦った魔女の代わりと言うと、すごくおこがまし苦思ってしまうが、自分を通して『イチ』を想い出し見ているのだろう。
だがそれを自分がとやかく言える立場では無い事も理解していた。
むしろ自分もラファエルを忘れる為に、ミラルドを利用しているのかもしれない。
自分とミラルドは……きっと同じだから。
お互いの傷を分かち合える存在なのかもしれない。
だからこそこの婚約についても、そう理解し納得した。
ボーッと馬車から流れる風景を見ながら考え事をするトウに、スカイが咳払いで何か合図をする。
その咳払いにハッと、ミラルドがずっと自分に話しかけていた事を気がついたのだった。
「……大丈夫?気分でも悪くなった?」
「いや、ごめんなさい。
少し考え事をしてただけ。」
トウはそう言うと、肩を竦める様に下手くそに微笑んだ。
「……じゃあ、もう一度言うね。
まず北へいく。
あそこは魔女がいないので、挨拶程度に済ませ、そのまま西へ。
西はトウの友達がいるんだよね?
最長でも3−5日しか居られないけど……。」
ミラルドがトウの反応を見る様にチラリと視線を送る。
トウはその視線に気がつくと、ゆっくりと頷いた。
それを見て少しホッとした表情を浮かべると、また手に持った紙に目を落とした。
「西から一旦東に向かう。
本当ならそのまま南に行く方が近いんだけど、どうやら西と南が今冷戦状態なのか、門を封鎖しているらしいんだ。」
ミラルドの言葉を頷きながら聴いているトウはふとポータルの存在を思い出した。
確かナナが来た時にありったけの魔力を注入していったはずなので、正直10人ぐらいが往復してもまだあまりそうな気がする。
自分の家の建て替えで、確か……おばあちゃんのお店に隠したままだった様な……。
静かに首を傾け、うーんと唸るトウに、スカイが微笑しそうな表情を浮かべる。
普段無表情のスカイは、自分といる時は笑ってくれるのが嬉しいのだ。
「えっとそれで……。
そう、東に向かう。
そこでの滞在も3−5日。」
『東については思い入れもないので、さっさと日帰りでもいいぐらいだ』と思わず言いたくなったが、ナナがきっとまた赤い顔をして怒るのが目に見えているので、グッと堪える。
「東から南へ向かい、そこから中央へと帰宅予定だ。
移動を含め、旅の日数は約45日。
経路や日数に関してはこんな感じ。
あと、護衛やメイド、従者に関しても最低限信頼しているのしか連れてきていないので、僕ら二人を合わせても総勢7名だ。」
「45日……。」
気の遠くなる様な日数に思わず眉がギュッと寄る。
ああ、ポータルを持ってきていれば。
もっと早く思い出せていれば。
後悔してももう遅い。
北に関してはもう行くだけの魔力は残っていないから、役には立たなそうだが……。
「ここまでは表向きの予定だ。
それで、本題。」
「……本題?」
ミラルドは少し意地悪く微笑む。
「アーサーがよからぬ事で動いていると言う情報をが入った。
僕たちを旅行中に暗殺するつもりなんだろう。
……正直そこまで馬鹿だとは思わなかったが……。」
今度はミラルドの眉がギュッと寄った。
確かに。
昨日の話では王に嫌われたら困るので、しばらく手は出さないだろうという話だった。
にも関わらず、感情の赴くまま行動をしている彼は、後先を考えていないのだろう。
「……それは困ったね。」
トウもハァとため息をついた。
「大丈夫だよ。もう王には報告済みだ。
アーサーが襲ってきた事実だけあれば、それ相応の処罰があるさ。
んで、ここからが本当の計画。
事前に伝えた経路は使わず日数もずらすから、よく聞いてね。」
ミラルドの言葉に、トウは深く頷いた。
「そこでトウに相談なんだけど……」
ミラルドがスカイに目配せをすると、スカイが小脇に抱えていたバスケットの中から見覚えある黒いものが3つ取り出された。
「……ポータル!!」
思わず馬車の中で立ち上がるトウ。
「これはどこへと繋がっている?」
「……北と、東。でも北はもう魔力が枯渇しているからいけないわ。
私たちが使った後に、ムウが使って……向こうの状態も無事かどうかわからないの。」
「そうか、魔力がないなら入れればいい話だが……」
その言葉にトウは嫌そうにまた眉を寄せた。
「お忘れかもですけど、私は魔法は使えないの。
魔力も、指先がちょっと光るぐらいの魔力しか持っていないわ。
ポータルに魔力は送れるけど、満タンにしようと思ったら多分1ヶ月はかかるわね。
小さい時から随分と練習したけど、無駄だったし。」
セイルのとこに移動するポータルは、日々毎日の積み重ねのおかげである。
毎日、少しずつ忘れずに魔力を送っていたからだ。
トウはお手上げと言わんばかりに、肩を竦める。
「魔力なら、僕があるから大丈夫なんだけど、そうか。
向こうの状態を先に見に行く必要があるのか。」
そう言うと、人差し指で唇をなぞりながら考え込んだ。
「……え?」
トウは思わず聞き返す。
なぜ、ミラルドに魔力が?
魔力や魔法は魔女しか使えない筈。
なのに何故。
不信感満載のトウの表情に、思わず吹き出すミラルド。
そっとトウの横へと移動し、トウを座らせながら肩を震わせた。
疑問いっぱいなトウにウインクをする。
「お忘れかもしれませんが、僕は元勇者だよ。
僕の瞳の色を忘れたわけじゃないよね?
多分そこいらの魔女より、魔力は高いはず。
……残念だけど、ポータルを作ったり、魔法は使えないけどね。」
「魔法使えないのに、魔力があったの?」
「魔力は何も魔法のためだけじゃないんだよ。
魔力を使って、戦う武器に付与をつけることも出来るんだ。
こんな狭い馬車の中じゃ見せる事は困難だけど。」
『いつか見せるね』と、ミラルドが続けた。
「なら、北のポータルは移動可能だ……。
後、東も。
東は確か、丹色のナナくんの家につながっていると言ってた気がする。」
トウの言葉に、ミラルドとスカイが思わず顔を見合わせた。
「なら、ルートは変えないが大幅に日数を短縮できる。」
唇に当てていた手を顎にのせ、考え込んだ。
そしてまたトウに微笑んだ。
「もう少ししたら森に入る。
そこまでにポータルに魔力を込め、馬車ごと北へ飛ばそう。
そのまま夜には西へ向かう。
報告したルートから外れ、短縮できた分遠回りして西に入る。
滞在期間を終え、その足で東にポータルで移動し、そこからまた馬車で南へ。
そこから安全を考慮してダミーの馬車と別れ、キミのお友達の部屋につながったポータルで帰還しよう。」
「……きっと、セイル驚いて叫んでしまうかもだね……。」
深く息が溢れる。
しかしポータルのことがバレていたのか。
しかも勝手に持ってきたことに少しムッとしてきた。
トウは思ったことがすぐ顔に出やすい為、ミラルダがすぐその顔色を読む。
「あ、誤解しないでほしいんだけど。
スカイは何もしていないよ。僕が勝手に持ってきて、持ってろと命令したんだ。
君たちの絆は破られてはいないから、そこだけは弁解しとくね。」
顎に添えていた人差し指をたて、細かくふる。
トウはスカイを見て微笑んだ。
もちろんムッとしたのはミラルドに対してだった。
実は言われるまで、スカイを疑っていない自分に気がついて思わず笑ってしまった。
ここまで深く人を信頼できるなんて不思議な感覚だった。
前とは比べ物にならないぐらい、自分がいろんな感情を持ち合わせていることに気がつく。
微笑み返すスカイの顔を見て、自分が誰からも見えない存在ではなくなった気がした。
「……これが上手くいったら、30日は短縮できるかもしれない。」
ボソリと言うミラルドの言葉に、ポータルを勝手に持ってきた事を思わず感謝することとなった。




