第45話 ミラルドの願い事。
その日のうちにトウは王と謁見する事となった。
第一王子がふんぞり返り、王の言葉にかぶせるように魔女を批判するので、途中で騎士に連れられ退場していった。
赤い顔でジタバタ暴れながら引きずられる第一王子を見ていて、これが次の王でこの国は本当に大丈夫なのかと、トウでさえ不安に思うぐらいだった。
その後はシーンとした広場の真ん中でボソボソと喋る王と、困った顔の王妃の通訳に大臣とミラルドが会話しているだけだった。
トウは初めて『この国の王』を見た。
王はこの国のトップである。
想像や物語の絵本で見た王様とは全く違う姿に、トウは言葉が出ないでいた。
贅を体に蓄え、無駄に装飾で着飾り、体制を変えるだけでも息切れをする。
そんな夫が指を動かすだけでも、顔色を変えビクビクしながら見つめる妻。
これがこの国が『平和』な証拠なんだと、トウはぼんやりと思った。
自分の理想はきっと『ゼロ』のような王なんだろうか。
国民のために命をかけて戦い、国民のために死んでいく。
今でも感謝し慕われているからこそ、鎮魂祭があるのだ。
正直何を言われていたのかも覚えていない。
ただミラルドとの婚約を『国としても』認められたということだけはわかった。
第一王子は納得してなさそうだったが……。
そのまま流れるように旅の支度をする事になった。
トウの護衛として、ニールとそしてスカイが同行することとなった。
少しだけラファエルが気になったが、ニールがこっそり『ラファエルがノラを探してくれている』と聞いて、申し訳ないやら嬉しいやらで少しだけ、はにかんだ。
ミラルドの方もミラルドが信頼出来る人物を数人確保して、少人数で行く事となった。
「こんな早くバタバタ出発して大丈夫なの?」
身支度をスカイに整えてもらっているのを、オロオロと眺めていたトウが静かに口を開く。
「……トウの不安は、アーサーのことかな?」
トウの部屋のソファーに座って書類の束を抱えてたミラルドが顔をあげる。
トウは何も言わなかったが、書類をテーブルに置くと髪をかき上げた。
「僕らが旅をしている間に動くだろうね。
隙を与えることになるけど、しばらくは『王』が止めると思うんだよな。」
そういうとミラルドが肩を竦める。
だがどう考えても納得できないトウは腕を組んだ。
「……何故そう思う?」
腕を組んだままミラルドを見つめる。
そんなトウに不適に微笑み、立ち上がった。
「王にとって僕たちは『国』の為になる事を『無償』で貢献しているからだよ。
自分の懐は傷まず、僕らが婚約する事で懐が潤うのさ。」
「私たちの婚約でお金が入ってくるって事?」
「お金は『お祝い』ぐらいだけど、潤うのはもっと別な事。
僕たちの婚約で、他の国との基盤とパイプが出来るんだ。
今の王が一番ほしいものを、僕が与えようとしているってわけ。」
「王が欲しいもの……」
トウの呟きに、ミラルドが小さく息を吐く。
「うちの国は商人が沢山いるおかげで、税金が高い。
仲介だけで3代先まで遊んで暮らせる資金は蓄えているだろうな。
なので王の欲しいものは『お金』ではないんだ。」
そういうと、ゆっくりとトウの方へと歩み寄る。
トウはそれを静かに目で追っていた。
ミラルドは視線を少し、斜めに下げて口元を押さえながら続けた。
「この国の王が欲しいのは、『他国の信頼』。
他の国から一目置かれる存在になりたいんだ。それを『僕』を使って実現できるなら、僕のいうことに逆らうわけがないんだよ。
という事は、アーサーが何か企んでも何も出来ないだ。
今問題を起こすと、アーサーの株は下がる。
王は気まぐれだから、失望すると簡単だ。
アーサーは絶対次の王になりたいからね……僕らが帰るまで何もできないよ。」
そういうと、ふとまたミラルドは宙を睨むように眉を寄せた。
「本当に次の王様が、第一王子でいいの……?」
どう見てもミラルドはアーサーを認めていない。
だがミラルドが王になる事を嫌がっているようにも思えるが……。
「トウは僕が本当にしたかった事って、きっとわからないだろうな……。」
「それは『ゼロ』が私に伝えないとわからないままだよ。」
トウの言葉に、ミラルドは静かに微笑んだ。
「僕がやりたい事は、国を統一することでも、魔王相手に戦うことでもないんだ。
僕は自由になりたい。」
「……自由に。
……私と一緒ね。」
「そうだね。
だから別にボンクラが国王になろうが関係ないんだ。
今でもいい加減ボンクラだ。それでも平和にうまくやっているのは、周りが優秀だからだ。
僕は名声にもお金にも興味はない。
なんなら自由にさせてくれるなら、僕が魔王になってもいい。」
そういうと、トウに微笑んだ。
トウはそっとミラルドに近づき、背中から両手で包み込む。
コテンとミラルドの背中に頭を寄せると、眉をギュッと寄せた。
「……一緒に自由になろう。
全部終わったら、この国から一緒に旅に出てもいいね。
どこへだって行けそう。
ずっと遠くに、もしかすると別の世界もあるかも知れない。」
「……ラファエルはいいの?
まだ……好きなんじゃないの?」
トウはその言葉に、グッとさっきより眉を寄せる。
そして言葉を引っ張り出す様に話す。
「……ラファエルは結婚するんだよ。
私のことはもう関係ないの。
そのうち忘れちゃう、きっと忘れなきゃ。」
抱きしめられていたトウの腕を掴む。
そしてクルリと向かい合わせになると、そのままミラルドがトウを抱きしめた。
「……ごめん、違うとわかっているんだけど。
『イチ』もよく言ってたんだ。ここでは無い世界に、一緒に行こうって……。」
ミラルドが泣いている気がしたが、トウも抱きしめ返した。
まるで大きな犬をあやす様に、ミラルドの頭を撫でる。
柔らかな髪に指が通る感覚。
少し震えている肩に、トウの眉が解かれる。
そしてまた頭を撫でる。
なすがままのミラルドに、少しだけ可愛いなと思ったのだった。




