第44話 魔女の婚約。
「……ごめん突然驚いたよね?」
膝の上に組んだ指をクルクルさせながら、ミラルドが申し訳なさそうにトウを見つめる。
「……どれからまず弁解をするつもり?」
目を見開いたまま即答するトウ。
その表情に思わずミラルドが吹き出してしまう。
それにますます不機嫌な顔となり、トウはミラルドを睨みつける。
「じゃあ、まずは婚約の件から。」
ミラルドは『コホンッ』と咳払いをした。
「当面の間、僕の婚約者として隣にいて欲しい。」
「……当面の間……。」
トウの不満げな復唱にミラルドは微笑んだ。
「そう、当面の間。
だがその間は、僕と親密な振りをしてもらう。」
「……親密な、振り。」
「それはどうしてでしょう?」
復唱しかできないトウに、スカイが図々しく口を挟む。
「……えっと、僕一応、王子なんだけどなぁ……」
ミラルドはスカイのそれでも気後れしない態度に、諦めるようにため息をついた。
「彼女はトウの味方なんだね?」
その言葉に、トウがミラルドに大きく頷く。
「スカイは、初めての魔女じゃない女の友達……。」
少し照れ臭そうに笑うトウに目を細めながら、ミラルドはまた大きく息を吐く。
「じゃあ一緒に聞いて欲しい。
これから話すことは、魔女にとってすごく大事なことなんだ。」
いつになくミラルドの表情が真面目な顔になり、トウとスカイに緊張感が走る。
部屋についた時点で人払いはされていて、実は部屋にはトウとスカイ、そしてミラルドの3人しかいなかった。
トウの広い部屋のソファーに向かい合って座っている。
ミラルドは立ち上がり、トウの横に座り直した。
三人掛けのソファーに、トウを挟んでスカイもソファーに座る。
ミラルドの声のトーンが小さくなった。
「これから世界は大きく歪む。
何故なら『封印』の一つが解けた状態だからだ。
北の魔女の死はとても大きい。」
「それは、先ほどおっしゃっていた国同士の戦争のことでしょうか?」
スカイの質問に、ミラルドは首を振った。
「いや、今は取り敢えず国同士の戦争は避けられたが、戦争のことではない。
君は僕が誰だか知っているかい?」
ミラルドはチラリとトウを見つめたが、すぐスカイの方に視線をおく。
スカイは質問の意図が汲めず首を傾げながら、『この国の第二王子様です』と言った。
ミラルドはトウともう一度目線を合わせて、目で会話するように頷く。
「……僕はミラルドであって、ミラルドではないんだ」
ミラルドの言葉にスカイは首を捻ったまま、訳が分からない様子でトウを見る。
トウは何かを言いたげに口をパクパクとするが、言葉にならずに頭を抱えた。
「……僕は150年前に勇者と言われていたこの国の王『ゼロ』の魂なんだ。
もちろんミラルドの魂もここにいる。
この体はミラルドの意思でもあって、ゼロの意思でもある。」
「……150年前……。
すみませんが、理解が追い付かないので……説明を続けていただけますか?
そのまま歴史の授業を思い出しながら、考えながら追いつきますので……。」
首を捻ったままのスカイは、考え込むように口元に手を当てた。
それを見てミラルドも話を続ける。
「僕が最後に覚えているのは、150年前……この世界は魔物から攻められ、それを僕と5つの国の魔女が協力をして戦っていた。
魔族の力は大きくなり、我々人間が不利になってきた。
僕は最後の魔王との戦いに、致命傷を負ってしまったようで、僕を死なさないためには僕の魂を魔王と共に封印するしかなかったのだろう……。
5人の魔女は僕を媒体として、最後の力を振り絞り、全ての根源となる魔王を一時的に閉じ込めることに成功した。
それが月が2つになったワケだ……。」
「月は、魔王が封じ込められているの?」
トウが声を振り絞る。
それにミラルドが頷いた。
「ムウは私の仲間だった『ゴの魔女、イツ』の生まれ変わりだった。
ムウは死んでしまった時に全ての記憶を思い出したと言っていた。
魔王はムウの死で封印のバランスが崩れているらしく、再び闇が世界を覆うかもしれない危機に晒されている。
一刻もはやく北の国に新たな魔女が産まれれば、封印も継続されるだろうが……おそらく150年経った今、魔王はより強力な力を持ち、今にも封印を解こうとしているらしい。」
ミラルドの一瞬見せた悔しそうな表情に、トウは目が離せなかった。
言葉をかけるか迷ったが、そのまま見つめることしか出来ずにいた。
言葉のタイミングを失ったまま、ミラルドの表情が消える。
「トウは僕の恋人だった『イチ』の生まれ変わりだそうだ。
初めて会った時、もしかしてと思っていたが……いや、それは今いいんだ。」
口籠るミラルドに、スカイが顔を上げる。
「二つ目の月は魔王を封印していたとは、知らなかったです……。
まさかそんな……世界の闇が、まさか魔王だなんて……。」
流石のスカイの表情も曇っていく。
トウはソッとスカイの手を握った。
「歴史の本や絵本には『世界を闇に染めていた魔女達が死に、闇が晴れ朝が来る。そして魔女の呪いのせいで二つ目の月ができ、魔女はその呪いの反動で、月と同じ目を持って生まれる。』と言われてますけれど、闇は魔族のせいだったと……。」
「……そうだ。
この世界に魔女の呪いなんて存在しない。
魔女はこの世界を守っているんだ。
月の瞳の子供が定期的に生まれるのは、その世界の運命を受け継ぐタイミングに当たってしまったのか、輪廻なのかそこまでは分からないが……。」
ミラルドがふと、トウを見つめていた。
自分を見つめる視線が、まるで自分の中の魂の奥を見られているような感覚に陥り、なんだか気恥ずかしくなる。
トウは生まれるタイミングで魔女になってしまったとは思わないけど、うまく表現できないもどかしさでグッと頭を抱えた。
それならば、やはり『運命』なのか。
そう思う方がストンと心に落ちる気がした。
「150年前に魔王が封印され、その後世界は平和になった。
長い年月が経つうちに、人は記憶を塗り替え、勝手に魔女を虐げる世界となった。
それは魔物にとっても好都合で、今どうにかしないと魔物ではなく、人間が人間を滅ぼすこととなるだろう……。
そうなったら、死んでいった仲間も浮かばれないんだ……。」
伏せられたミラルドの瞳の奥が、揺れた気がした。
「確かに……それは恐ろしい事です……。
あの、この事は私の兄に共有してもよろしいですか?
一人じゃ抱えきれないので、あでも口止めは勿論させます。」
スカイが表情を曇らせる。
心なしか顔色も悪い気がする。
トウはソッとスカイに寄り添った。
それを見てスカイもトウに寄り添う。
「……君とニールだけに留めるなら構わない。」
「それは大丈夫です……。
兄も騎士の端くれなので、口は硬いですし。
しかし、これからどうすれば……?」
スカイの暗い顔にトウが心配そうに覗き込んだ。
うっすらと微笑む顔に不安の色が消えない様子。
「……とりあえず、手始めにこの国の魔女の認識を変えたいんだ。
と、いうよりもそんな細かい事を悠長にやっている時間はないんだけどね……。
でも僕とトウが婚約するという事は、正直『晴天の霹靂』になると思う。
魔女は婚姻が許されていない。
だがその常識が変わる。
南の国の王妃にも魔女の認識については同意見で、こちらの話に協力してくれるようだ。」
思わぬところで出た言葉に、ココのことを思い出す。
最後に森の小さな家に来てくれて以来、幾分も会えていない友達。
元気かどうか心配で、胸が苦しくなった。
「手始めに婚約をする。
それから婚約の同意を取るために、各国に出向きトウを紹介する。
その時その国々で、視察と隙を見て昔の仲間の痕跡を探したい。
何か手がかりがあればいいが……。
それを糸口に、魔王を再び封印する方法を探したいんだ。
……トウ、協力してくれ。」
そういうと、ミラルドは頭を下げる。
それに戸惑うトウは、何度も頷いた。
「わかった……私ができる事なら。」
「ありがとう……。スカイも移動の際はトウについて来てほしい。」
「……わかりました。」
スカイも頷く。
スカイとトウの返事に、ミラルドはホッとした表情を見せた。
それを見てトウも何故かつられてホッとする。
ミラルドは立ち上がり、トウに手を差し伸べる。
それに手を合わせると、ミラルドの腕の中へと引き寄せられた。
抱きしめられ戸惑うトウに、ミラルドが耳打ちをする。
「あ、でもこの一時的な婚約の事は絶対……スカイの兄、ニール以外には内緒にしてほしい。
……その兄も上司には絶対内緒だ。」
思わずトウはミラルドを見上げた。
「ラファエルのこと?」
「そう。」
微笑むミラルドに、トウは少し考えて答えを出す。
「……わかった。誰にも言わない。」
トウの言葉に、ミラルドは満足そうに微笑むのだった。




